無双の解体師

緋緋色兼人

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一章

29:エピローグ ゼウス教

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 地球において、初めて神級のダンジョンが制覇されたのは再誕の日から四十八年後の二〇七三年と、今からおよそ一〇〇年前の出来事。
 世界規模で行われたレースの勝者が、地球における神の名をゼウスに定めた日から数日後に、ひとつの宗教が興された。
 その名称は――ゼウス教。
 総本山はギリシャにあり、聖地はギリシャの首都でもあるアテネ。
 再誕の日以降、破壊しつくされたアテネはすでに再興されていて、その発展度合いや人口は審判の日以前を上回っていた。
 それはゼウス教の信徒が、アテネに集まってきたことに起因する。

 アテネの郊外にあるゼウス教の神殿。
 多くの財を投入されて造られた、パルテノン神殿を彷彿させるその白い建造物の外観は、見る者の目を引き感動を与える。
 神殿が自然と発する荘厳な雰囲気は、きっと誰もが感じ取れることだろう。
 昔、日本にあった東京ドーム四つ分の敷地面積を誇るゼウス神殿。
 神殿は三階建てとなっており、内部にはゼウスやそれに従属する人以上神未満の存在として、アポロン、ポセイドン、アフロディーテ、アルテミスなど、元オリュンポス十二神をはじめとして、さまざまな元神の像が祀られている。
 世界で唯一の神をゼウスとしているため、アポロンなどは神の従者と呼ばれていた。

 さておき、ゼウス神殿にある一室には人影が五つあった。
 黄金の髪が室内にあるライトの光を反射するかのように輝く、短めのブロンドヘアが精悍な顔立ちをより引き立てている。
 その男の名前はアンドレ・スミス。
 アメリカ人の彼は座り心地が良く、豪華な革張りのソファーに身を沈め、両隣にいる美女たちの肩に腕を回している。
 アンドレの右手にいるのは、彼と同じ髪の色をしたロングヘアの女性。
 彼女はギリシャ人でアグネテ・メルクーリという。
 アンドレは左にいる女性を自身のほうへ引き寄せて、心地良い柔らかさを堪能する。
 愛しの人の鍛えられた身体に、服の上からとはいえ触れたアメリカ人のエマ・ミッチェルは破顔していた。
 艶のあるプラチナブロンドから香る匂いに、思わず欲情しそうになったスミスはなんとかそれを抑えつける。
 その様子を羨ましそうに見ているのは、エマの左に座っていたアルテナイ・セミョーノフ。
 彼女はライトブラウンの髪を無意識にいじる。
 ボブカットが良く似合っているロシア人。
 そんなアルテナイと目があったアンドレは微笑みを見せた。

 彼らがいる部屋には四角形の大きいテーブルがあり、同じソファーで仲良くしているアンドレ、アグネテ、エマ、アルテナイの右斜め前方にあるソファーで背筋を伸ばして座っているのは、ブロンドヘアのニキアス・パパドプロスという男性。
 ギリシャ人のニキアスはアンドレに向かって言う。

「もうすぐ今日の面会客が来るのだ。少しは落ち着いてくれ」
「ちっ」
「私にそんな態度を取るとは……上に報告してもいいんだぞ?」

 苛立ちを隠さずニキアスを睨んでいるアンドレを、アグネテやエマが小声で宥める。
 彼らの話す言語は異なっているが、それは自動翻訳機能がある魔道具の効果によって、母国語レベルでの会話が可能になっている。
 その魔道具はもともとダンジョンの報酬箱から産出されていたが、ここ数年ようやく人の手によっても作成が可能になっていた。
 とはいえ、それを作るには相当上位のレベルにあるモンスターの魔石が必要なため、誰もが購入できるような価格設定ではない。

「まだまだ若いな」

 そう言ったニキアスの年齢は四十五歳。
 彼が言うように、アンドレはニキアスよりも人生経験が少ない。
 といっても、戦闘関係ならばアンドレのほうが勝っているのだが。
 ちなみにアンドレは二十六歳、アグネテが二十二歳、エマが二十四歳、アルテナイが二十歳だ。

 この場に居るニキアス以外が探索者で、アンドレが率いるパーティー<クラトス>に所属しているメンバーでもある。
 アンドレとエマは世界でも約一〇〇〇人しかいないとされるSSランクの探索者。
 そしてアグネテとアルテナイの探索者ランクはSだ。
 そんな彼らが中年のニキアスに頭が上がらないのには訳がある。

 ゼウス教という団体のトップは教主。
 その下にある三つの部門。
 それは宗教的な活動をしている宗教部門、防衛の要となる防衛部門、ダンジョンを探索して神との繋がりを探す究明部門。
 それぞれの部門のトップは、教皇、総督、探究長となっている。
 ニキアスは宗教部門に所属していて、彼の地位は大司教。
 教皇の下にはいくつかの身分があって、それは上から枢機卿、総大司教、首座大司教、大司教、司教、司祭、助祭、副助祭、侍祭、読師、守門というもの。

 防衛部門と究明部門は宗教部門に比べ、表立った武力が優れているが、ゼウス教は宗教なので、三つの部門の中で一番発言力が高く、多くの権力を握っているのは宗教部門となっている。
 とはいえ、本流である宗教部門に武力がないのも問題なので、武力を持った機関が宗教部門には存在し、それは隠されていると昔からまことしやかに囁かれていて、本当のことを知る者の数は多くない。

 自身のパーティーメンバー兼恋人でもある女性陣によって、気持ちを上向きにさせたアンドレ。
 SSランクの探索者とはいえ、そもそもアンドレは究明部門に所属しているゼウス教の信徒だけあって、いくら気に食わないとはいえ、自分より高い地位にいるニキアスの言うことを聞かなければならない。
 そういった理由から、礼儀正しく見えるようにアグネテやエマの肩に回していた手を自分の膝に置いた。
 少しして廊下に続くドアがノックされ、来客を知らせてくる。

 ひとりの侍祭に先導されてやってきたのはふたりの日本人。
 緊張した面持ちの彼らは、侍祭の言葉に従って入室し、侍祭は扉を閉めて廊下に立つ。
 侍祭は黒髪のふたりと、室内にいた五人の話し合いが終わるまでその場で待つ。

 一見質素ながらも、質のいい調度品がそこかしこに配置された面会室。
 起立して待ち構えていた五人に向かって、新たに室内へとやって来たふたりがそれぞれが口を開く。
 ちなみに彼らには、すでに教団の所有物である自動翻訳機の魔道具が貸し出されている。

「はじめまして、私はシンジ・イトウと申します。本日はお時間を取っていただきありがとうございます」
「はじめまして、私はシンジの家内であるサヨコ・イトウです。今日はよろしくお願いします」

 伊藤伸二と伊藤佐代子は、自己紹介が終わってすぐに深くお辞儀をする。
 彼らが顔を上げたのを見計らって、まずはニキアスが口を開く。

「私はゼウス教の大司教、ニキアス・パパドプロスです」
「俺はアンドレ・スミス。所属は究明部門で<クラトス>というパーティーのリーダーだ。SSランクの探索者でもある」

 驕り高ぶった態度が見え隠れするアンドレに続き、女性陣が順番に口を開く。

「私はエマ・ミッチェル、よろしく」
「アグネテ・メルクーリです。今日はいい話し合いになるといいわね」
「アルテナイ・セミョーノフよ」

 アルテナイの発言後すぐに、この場のまとめ役であるニキアスが全員に座るように指示を出す。
 室内の皆が着席したのを確認し、彼が口を開く。

「それでは今日の話し合いを始めましょう。本日はカナ・イトウのゼウス教入信についてです。間違いないですね?」

 朔斗の幼馴染――伊藤香奈の父親である伸二は、この場の司会者に問いかけられた内容に頷きをもって返す。
 それを見てとったニキアスが朗らかに言う。

「わかりました。では、本日は入信するにあたっての注意点などの質問をします。事前にゼウス教からあなたたちへ説明していたことですので、内容に間違いがないか確認してください」
「はい」

 すぐに伸二が返事したのを聞いて、満足気な表情を浮かべたニキアスが言葉を続ける。

「こちらにいるのが、入信後にカナの身柄を預かる予定のアンドレです。私たちの話し合いが終わってから、彼に質問があればしてもらって構いません。また私に対しての質問も許可します」
「わかりました」
「さて、教団が所有するエリクサー。これの使用をカナへと行い、その見返りとして彼女にはゼウス教に入信していただき、さらにカナは私たちの指示に従ってもらう必要があります。そのため、彼女は日本に戻ることができません。いずれ相応の地位まで上り詰めれば、いずれカナが一時的に日本へと赴き、両親に会える可能性があります」
「口を挟んですみません。私たちがギリシャに移住した場合、香奈に会える可能性はありますか?」
「はい。自由にとは言えませんが、事前に面会の約束を取り、それをアンドレが許可したのならば彼女との面会が叶います」
「わかりました」
「さて、エリクサーの話をしましょう。現在教団にある物はすでに使用者が決まっていたり、非常用に常備していたりする物のみ。カナへ割り当てられる予定のエリクサーは、今後教団が入手できた物となりますが、そこもある程度予約が埋まっている状態です。とはいえ、そこまで心配する必要もないでしょう。あなたたちは数年前からエリクサーについて、教団に打診されていました」

 そこまで言ったニキアスが一瞬だけ視線をアンドレに向け、すぐに伸二へと戻して口を開く。

「アンドレは探索者として優秀な実績を積んでいます。そんな彼がエリクサーを所望するリストの中から、カナという少女をピックアップしたため、今回の話し合いが持たれたのです。SSランクの探索者である彼が、己の権利として持っているエリクサー取得権を、この度は行使するようですからね」

 事前に説明されていて納得していたとはいっても、ある意味人身売買に近い取引をすることに抵抗を感じてしまう伸二。
 しかし、大事な娘の命には代えられないと、彼は膝の上にある手を思わず固く握りしめてしまう。

(朔斗君を想っている香奈をなんとか説得する必要がある。無償でエリクサーを香奈のためにと、求めて活動してくれている彼には悪いが……)

 内心で香奈や朔斗への謝罪をしつつも、伸二の気持ちにブレはなかった。
 なぜなら、娘の命が救われるかもしれない未来がようやく現実になり始めたのだから。
 このチャンスをものにしなければと意気込む伸二。
 そうして彼は、ゼウス教の大司教であるニキアスからの説明を聞いていくのだった。
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