無双の解体師

緋緋色兼人

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一章

24:来訪の目的

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 朔斗は自宅前に人がいることに警戒心を抱く。
 目を細めた彼はその人物を見やる。
 まだ陽が完全に落ちていないため、相手の容貌を探ることに問題はない。

(性別は女性で年齢は二十代前半くらい? 黒髪で研ぎ澄まされた雰囲気を感じないから、戦闘系ジョブ持ちじゃなさそうな日本人の可能性が高いか。着ているのはスーツだし、どこかの企業の社員の人? 昔、多くの勧誘を断ったとはいえ、あれからしばらく経つし……俺がパーティーを追放された話も広がっていそうだしな)

 朔斗らが自宅までの距離が二十メートルほどになったとき、その足音を拾った女性が振り返る。
 彼女はこちらにやって来る三人を認識したあとはじっとしたまま。
 それぞれの距離がさらに詰まると、女性が少し大きめの声を出す。

「こんばんは。失礼ですが、黒瀬朔斗さんですよね?」
「ええ、そうですね」

 朔斗は怪訝な目を向けつつも相手の問いに答えた。
 目的の人物に会えた安堵からか、ほっとした様子を見せる女性。
 相手は朔斗に軽くお辞儀した後、自分の身元を述べる。

「急な来訪申し訳ありません。私は月英社で記者をしている新島千代といいます」

 懐から小さなケースを取り出した彼女はが、そこから名刺を出して朔斗へと渡した。
 朔斗は自分の手にある名刺に視線を落とす。
 名前を呼ばれていない恵梨香とサリアは、千代と朔斗の様子を窺っている。
 手元の名刺に印刷された会社に心当たりがある朔斗がなんとなしに言う。

「月英社というと、月刊探索者通信を出しているところですか」
「はい、そうです。我が社の雑誌を知っていてくださってありがとうございます」
「いえいえ、有名な雑誌ですし、多くの探索者が知っていると思いますよ。まあ自分は読者としての立場以外でも……」

 そこで言葉を止めた朔斗。
 ピクっと千代の眉がわずかに動いたが、黙っていても仕方ないと判断した彼女が口を開く。

「本日は急な来訪申し訳ありません。実は三日前から数回アポイントを取るためにお電話をしていたのですが、ご連絡をいただけませんでしたので、ご迷惑とは思いましたけれど今日は直接伺った次第です」

(そういえば……今回ダンジョンに行っている間にあったかもしれない不在着信や、メッセージの履歴をまだ見ていないな)

 そんな考えが脳裏によぎった朔斗だったが、まずは相手の目的を知るのが先だろう。

「当然理解してくれてると思いますが……探索者とは、いついかなる時でも連絡がつくような職業じゃありません」
「ええ、それはわかっています」
「それなら良かった。それでご用件は?」
「私は黒瀬朔斗さんに取材をしたいのです。<ブレイバーズ>に所属していたあなたから、聞きたいことがいろいろとありまして」
「なぜ俺を? 言っちゃ悪いですが、自分はただのCランク探索者。それに今は<ブレイバーズ>に属していません」
「いいえ、あなたはどこにでもいるような探索者ではなく、この世界で唯一のジョブをお持ちです」

 朔斗は視線を千代から外し、目の前にある家を見る。
 せっかくこれから自宅で疲れを癒そうとしていた彼は、段々と面倒になってきてしまう。
 ひとつ息を吐いた彼が低い声を出す。

「たしかにそれはそうです。しかし、それがどうしました? ところで、俺たちはダンジョンをクリアして帰ってきたばかり。早急に休みたいと思っていますが……話は長くなりそうですか?」

 最初はきちんとアポイント取りつけようとしていた千代。
 しかし、朔斗たちがダンジョンへ行っていたことと、彼女がどうしても早く彼とコンタクトを取りたかったため、今のような状況になってしまったのだ。
 朔斗が疲れていなかったり、どんな事情があるにせよきちんと相手がアポイントを取ってきていたりしたのなら、きっと彼の口調はもっと柔らかいものになっていただろう。

 そうはいっても彼の機嫌があまり良くないのは、疲労以外にも理由があった。
 中学校時代に多くの企業から勧誘を受けた際、声をかけてきた人物がわりとしつこく朔斗に言い寄ってきたり、彼が年下だからといってこちらの都合や迷惑を考えなかったりと、とにかく押しが強い相手がいたのだ。
 そしてそれは一回や二回じゃなかったし、ほとんどの場合アポイントを取らない人物が引き起こしていた。
 千代と向かい合っている現状、そのような過去をどうしても思い出してしまい、大人げないと自覚しつつもさっさと家に入りたいと願う朔斗。

 彼は内心思う。

(まあ、あの頃と違って今はダンジョンへ行ってる。だからこそ、アポイントを取りつけにくかった面はあるだろうが……)

 朔斗の態度から判断するに、あまり感触が良くないと感じた千代。
 だがしかし、わざわざ取材対象となる人物の家まで来たのだ。

――ここで引くわけにいかない。

 意気込む彼女は、言葉を選ぶ必要があると感じた。
 今まで多くの人と接してきたこともあり、自身のコミュニケーション能力には絶対の自信を持っている。
 まずは目の前で難しい顔をしている男の興味を引くのが肝要。

「私はあなたの目的を知っています」

 千代の言葉を聞いた朔斗は眉間にしわを寄せる。
 彼から視線を外さずに彼女は言う。

「あなたは幼馴染さんのために、エリクサーを求めているんですよね。失礼ですが黒瀬朔斗さんの取材をするにあたって、中学校時代のご学友からもお話を聞かせてもらいました」

 朔斗はエリクサーのことを特に隠していなかったので、それを看破されても驚かないし、逆に不快になることもない。
 彼が黙っている間に千代が言葉を続ける。

「黒瀬朔斗さんは目的を達成できると私は考えており、そんなあなたに私は興味を持っています」
「どうしてそう思ったのか聞いても?」
「はい。黒瀬朔斗さんは<ブレイバーズ>を脱退後、ソロやペアでダンジョンに行っています。いくらCランク探索者といえど、普通はソロで最下級や下級ダンジョンに挑戦しません」
「そうですか? ソロで潜っている人も多くはないですけど、いるにはいるでしょう?」
「ええ、もちろんです。とはいえ通常であれば、そのためにはあくまでも戦闘系のジョブが必須であると考えます。それに継戦能力だって大事ではないでしょうか?」
「うーん、これでも俺は上級ダンジョンにも行ったことがあります。サポート系ジョブだとしても、ある程度の戦闘能力はあると自負していますが……」
「それもわかっています」

 朔斗のことを取材するにあたって、千代は彼が学校でどういった成績だったのかを事前に調査していた。
 朔斗も千代も口にはしていないが、実は朔斗が月刊探索者通信の記者から以前取材を受けていたことがあるのだが、千代はそのときの記者ではない。
 朔斗と面識があった記者に話を聞いたり、自身の足で集めたりした情報――それは戦闘能力を鍛えるという点に特化した戦闘学という授業で、朔斗が非常に優秀な成績を収めていたというものなど。

 朔斗は自分が少人数でダンジョンを攻略していけば、いずれ知名度が上がると考えていた。
 絶対に目立ちたくないと、彼は思っていない。
 それに<ブレイバーズ>にいた頃であれば、月刊探索者通信を含めたさまざまな媒体からパーティーに取材のオファーが舞い込んでいたし、自身しかいない『解体師』も、そのときにメディアが取り上げていた。
 ただ、いつの世も大衆が持ち上げるのは、わかりやすく戦闘に直結する力。
 たしかに『解体師』の能力は魅力的ではあったが、言ってみれば【解体】は時間効率を良くしたり、倒したモンスターなどを持ち帰りやすくしたりするスキルで、【ディメンションボックス】に至っては、アイテムボックスが一応の代替え品として存在している。

(メディアをいずれ今まで以上に利用しようと思ってたのは間違いない。まあ予想していたより相当早かったが……もうはや俺の力を嗅ぎつけてくる人がいるとは。俺が無名であればあるほど、こちらの利が少なくなり、相手の利が大きくなるだろう。今の状況でもきちんと俺にメリットがあれば問題ないんだが……あとは記者の人となりも大事だ。とりあえず、もう少し相手の出方を見てみるか)

 内心ひとりごちた朔斗。
 黙ってしまった彼に対し、千代が口を開く。

「ソロでダンジョンに行ったり攻略したりするには、他にもいろいろと必要な要素はありますが、なによりも必要なのは――自分は絶対に勝てると信じる気持ちであり、それを支える根拠です。そして私はその自信の源となり得るものを、黒瀬朔斗さんが持っていると直感しました」
「たしかに……それがなきゃ、ソロでダンジョンに行こうと考えもしないでしょう。ソロやペアなど少人数でダンジョンに行く一番の利点、それは収益性を上げるため。もちろんその分危険度が一気に跳ね上がりますが……俺はエリクサーを求めていますけど、何も考えずに突っ走っているわけじゃありません。きちんとリスクを計算してます」

 朔斗の意見に対して千代が頷く。
 彼女は少しだけ口元を緩ませ、次の言葉を発した。

「ただ、ひとつ疑問があります。サポート系ジョブが三人という組み合わせで、中級ダンジョンをクリアできるだけの力を……あなたはなぜ<ブレイバーズ>にいた頃に発揮しなかったのかというものです」
「俺たちがクリアしたかどうかまではわからないでしょう? ダンジョンに行ったとしても、ボスを倒さないで戻ってきたかもしれない」
「『俺たちはダンジョンをクリアして帰ってきたばかり』。これはあなたが私に言った言葉です」

 一瞬呆けた顔を晒してしまう朔斗。

(ああ、そういえば言った気がする。無意識に……俺はアホか……ダンジョンから戻って来て、気が緩んでいたんだな。まあ知られちゃまずいってことはないからいいか)

 彼が思わずため息を漏らす。
 とはいえ、今回のことはいいとしても、今後は何があるかわからない。
 できる限り口には気をつけようと決心する朔斗。

(それにしても有能そうだ、この記者は)

 そういった感想を千代へ抱きつつも、再び沈黙した彼に向かって千代が言う。

「あのパーティーにあなたの力があったのなら、上級ダンジョンをもっとクリアしていて然るべきです。それに成長次第では、特級ダンジョンに挑戦していたかもしれないと私は感じています」
「ふぅ、随分と俺を評価してくれているんですね。まあいいか……取材を受けましょう」
「ありがとうございます!」

 今にも飛び跳ねたくなるくらいに、喜びが身体中を駆け巡った千代だったが、変なところは見せられないと自制する彼女。
 幾分か表情を柔らかくした朔斗が、少し前に彼女が言っていた疑問に答える。

「そうそう、あなたの疑問ですが、俺の自信の源となっている力――なんの皮肉か、あいつらにパーティーを追放されてから身についたもの。だからあのパーティーでそれを発揮できなかった」
「そうなのですね」
「ええ、それとさすがに今日これから取材を受けるわけにはいきません」
「はい」
「ダンジョン帰りで多少は疲れているので、今日はゆっくり休みたいところです」
「わかりました。そうであるにもかかわらず、私の話を聞いていただきありがとうございます」

 丁寧なお辞儀をしつつ感謝を表す千代。
 そして数秒後、朔斗に視線を合わせた彼女が言う。

「いつならお時間をいただけますか?」

 社内でも敏腕記者と言われるだけはあり、千代はなんとか朔斗から取材の同意を引き出した。
 彼女は相手の表情や言葉を観察しながら、相手の感情の機微を感じ取り交渉するのが得意なのだ。
 人差し指と親指で顎をなぞっていた朔斗が言う。

「そうですね……明日。時間は昼から夕方までならいつでも」
「では、明日の十四時でいいでしょうか?」
「ええ」

 こうして取材の約束をした朔斗や興味深く話を聞いていた恵梨香やサリアは、千代と別れの挨拶を済ませ家の中へと入っていくのだった。
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