無双の解体師

緋緋色兼人

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一章

14:ブレイバーズ 2

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 俊彦たちが上級ダンジョンにやって来て十日目。
 このパーティーの新メンバーとして、加入した日数がまだ浅い和江が悩みながら声を出す。

「進みますか? 戻るにしてもそれはそれで……」

 彼らはこれからどうするかの決断を迫られていた。
 それというのも手持ちのポーション類の在庫に不安があり、食料は底を尽いたからだ。
 一応食料については、倒した魔物の肉を食べることで賄えるとはいえ、調味料が切れてしまっているので、快適な食事は望めないだろう。

 自信に満ち溢れ、実際に力量がある俊彦たちの当初の予定――それはこのダンジョンを前回同様七日で踏破するのが計画。
 今回は朔斗の代わりに、パーティーメンバーの力を底上げする付与魔術師がいるというのが、このスケジュールを組んだ彼らの根拠で、仮に多少長くなっても九日がいいところだろうと確信していた。

 彼らは上級ダンジョンに挑戦してまだ二回目。
 今までであれば、【ディメンションボックス】のスキルを持つ朔斗が食料やポーションの買い出しをするのに都合がよく、またサポート役として、彼はその他諸々の雑用を進んで引き受けていた。
 そういった背景があったため、多くの人に期待されつつ、将来有望なパーティーの戦闘系ジョブとして頑張っている自分たちが雑事をこなすことに、俊彦たち四人は抵抗を感じていたし、やる意義も感じていなかったので、和江が<ブレイバーズ>に加入した際にそれらの作業を押し付けていたのだ。

 しかし、和江が以前所属していたパーティーでは、一番新しいメンバーだった彼女以外の女性メンバー三人が協力しながら、それらの作業を行っていたので、和江は買い出しなどに慣れていない。
 とはいえ金を稼ぎつつ、<ブレイバーズ>からの評価を上げていくため、彼女は経験不足な仕事を頑張り、パーティーのリーダーである俊彦が立てたスケジュールどおりの日数、ダンジョンへと潜れるように食料などの用意をしたし、昨日の夕食まで問題はなかった。

 苛立ちを隠さない俊彦が言う。

「ちっ、お前は使えないな和江!」

 言われたとおりの仕事をした自負がある和江は目を見開く。
 たしかに彼女はお金を稼ぐため、今後も<ブレイバーズ>に所属していたいと考えているが、それでも理不尽なことを押し付けられるわけにはいかないし、自分の主張はきちんとしなければならない。
 そうしなければ都合のいい存在として扱われ、どんどん待遇が悪くなることは想像に難くないのだ。

 俊彦以外も機嫌が良くないのはひと目でわかる状況。
 さりとて、このような場でパーティーリーダーへ食ってかかるのはマズいと判断する冷静さを和江は持っていた。
 彼女は努めて平静を装って口を開く。

「私は俊彦さんの指示に従って、きちんと食料や消耗品を用意していました。そもそもの話、どんなに遅くとも昨日中にはこのダンジョンをクリアできている予定じゃなかったんですか?」

 少し嫌味っぽくなってしまったかなと思った和江。
 彼女の心配したとおり、俊彦の機嫌がさらに下降する。
 そして彼は声を荒げた。

「たしかに俺は食料とかを九日分って言ったかもしれない。だが、お前は俺の言葉を聞くだけじゃなく、きちんとパーティーのことを考え、俺の言葉の裏を読み、有事に備える必要があるだろうが!」

 表情を無にした和江は思う。

(裏? はっ、笑わせるわ。あなたはそんなタイプじゃないでしょう? まだまだ短い付き合いだけど、それくらいはわかるわ。それに有事にって……ここに来る前はあれだけ自信満々で、上級ダンジョンは余裕すぎるから、早く特級ダンジョンに挑戦したいとか言ってたじゃないの……)

 癇癪を起したような俊彦に呆れる和江は、彼の言葉を聞き流しながら思考を続ける。

(同じ等級のダンジョンでも、環境や出現するモンスターによって難易度がある程度上下するけど、この人たちが前回踏破したダンジョンは、環境が森林でモンスターの多くはオーガだったはずよね。それなら上級でもそこそこの難易度だったと思うんだけど、前はなんで余裕だったんだろう?)

 それにしても――と和江は俊彦から良太へと視線を動かす。

(なんで誰も私を庇ってくれないんだろう? 俊彦さんが私にしているのは、どう考えてもただの八つ当たりでしょ……<ブレイバーズ>の評判は良くて、小学校からの友人同士で仲が良いって有名だったんだけど、こうして見ていると良太さんはとにかく俊彦さんを立てて自分の考えを述べないし)

 さらに和江は恵子と瑞穂を見る。

(恵子さんは我関せずといった感じかな? 瑞穂さんは辛そうな顔をしてるから私に同情してくれてる? うーん、わからないわ)

 そんな風に三人を観察していた和江に向かって俊彦が言う。

「おい! 話を聞いているのか!?」

 ため息をつきたくなる気持ちを抑え込み、和江が答える。

「はい。今回はごめんなさい。次からは俊彦さんが言うとおりに気をつけます」

 ここで不毛な議論をしていてもお金にはならないと和江は割り切った。

「わかればいいんだ、わかれば。これなら朔斗のほうがマシだったか? いや、あいつはうるさかったしな……」

 誰に聞かせるでもなく、自分に言い聞かせるように俊彦はそう言う。
 気を取り直した彼が全員を見渡してから檄を入れた。

「俺たちがこんなところで躓くわけにはいかない! 幸いにして最下層は近い。あと八層潜ればボス部屋に到着するはず!」

 ダンジョンは等級ごとに階層が決まっていて、広さにもそこまで違いがない。
 これは数多くの探索者が長年にわたってダンジョンに潜ってきたことで判明したのだ。

「今までのペースなら到着は二日から三日後くらい?」

 瑞穂の疑問に答えるのは和江。

「そう思うわ。調味料はもうないけど、ここのダンジョンにはトロールが出るし、それを焼いて食べればなんとか……」
「そうね」

 なんとも言えない表情で頷く瑞穂。
 その様子を見ていた俊彦が和江に注意を促す。

「あと、今回は大目に見るが、次からはアイテムボックスに入れて持ち帰る物をきちんと選別してくれよ? お前はサポーターなんだし。ったく、傷が多かったり低階層のモンスターだったりを考えもなくアイテムボックスに収納すると、高く売れそうな物が持ち切れなくって困るな。これはマジで失敗したか? いや、それはないはず……」

(あんたがアイテムボックスを持ってるし、自分で収納してたでしょ!)

 和江は怒鳴りたい気持ちを押し殺す。
 アイテムボックスは貴重品ということもあり、それを管理しているのは俊彦だ。
 このダンジョンの敵は、主にトロールやサイクロプスといった身体が大きいもの。
 それらの獲物は体積が大きいので、二階建ての建物分程度しか収納スペースがない上級アイテムボックスでは、少しの解体もしていない死体を大量に入れらない。
 もしもここに朔斗がいたのなら、これまで倒してきたトロールなどをすべて解体し、体積を小さくすることで、全部の素材をアイテムボックスに収納できていたであろう。
 とはいえ、ここに朔斗はいないし、そもそも彼がいたのなら容量が無限の【ディメンションボックス】を使用できていたので、収納スペースに困ることはなかった。

 さすがに事ここに至って、朔斗を追い出したのはまだ早計だったかもしれないと俊彦は考えていた。
 しかし、朔斗を追放することを提案した当初、皆が皆積極的に賛成したわけではなく、自分の意見を押し通した自覚がある俊彦は、今一瞬脳裏をよぎってしまったことを受け入れるわけにはいかないのだ。

(俺がこのパーティーのリーダーだ。第三支部では沢山の探索者が俺たちを羨望の目で見てくる。俺たちのパーティーに入りたくてゴマをする奴らも多いってのに、朔斗は俺に対してうるさかった。あんな奴はいらない! とにかくもっと報酬箱を開けたり金を貯めたりして、アイテムボックスを増やす必要があるな)

 嫌いな男をせっかく追放したにもかかわらず、朔斗がいない記念すべき第一回目の探索が上手く進んでいないことに苛立ちを感じる俊彦は、四人に号令をかけて再び足を動かすのだった。
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