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愛され属性(※勘違いにつき閲覧注意)

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マリーエは物心つく頃から、両親……特に父親に溺愛されて育った。「可愛い、誰からも愛される天使」と父はいつも彼女を甘やかす。
その父に対して母は事あればキンキンと甲高い声で怒鳴る、うるさくて怒りっぽい人間で。当然、マリーエは父にべったりで育った。
母も容姿は良いのだ、薄い金髪に大きな青い瞳、年齢の割に可愛らしいとさえ言えそうな顔をしている。父も同じように金髪でそしてとても綺麗な緑の瞳、甘い顔立ちで……当然その二人の間生まれたマリーエも甘く可愛らしい容姿だった。顔立ちも色彩も父に良く似て、そして性格も似ていると母はいう。
「まあ、可愛い顔して回りにちやほやされるのが当たり前、ってところがそっくりだよ」
「えぇー。だってぇ」
「口答えするのもね」
唇を尖らせると、頬をつねられた。尖った爪が食い込んで痛い。
不機嫌にひそめられた眉と引き結んだ紅い唇、このところ母は常に機嫌が悪い。
元々マリーエたち一家は、定住せずあちこちの町に渡り歩いてきた。幼いマリーエには良くわからないが、両親がそこここで僅かな日銭を稼ぎ、小銭を借りては夜逃げを繰り返していたようだ。
それも、父が勝手に決めたのだと母は不平を漏らす。
父は母にもマリーエにも優しいが、言い出すと変えない頑固なところがあるし、意外に嘘つきだ。特に近所に住む人間には、母やマリーエには言ったことのない話をしている。
「お父さん、この前鞄屋のおじさんに言ってた話はなぁに?」
「ああ、たわごとだよ。あんな話を本気にする方がどうかしてる」
ニヤニヤ笑う彼は万事この調子で、周囲の人間全てを馬鹿にしている。幼いマリーエにはそのことも理解できなかったが、父はそうやって相手をペテンに掛けて小金を稼ぎ、バレそうになると逃げることを繰り返していたのだ。
そしてある日、「ちょっと出てくる」とだけ言い置いて姿をくらました。
そこから母はそれまでしていた食堂の給仕だけでなく、夜の町で客を取るようになった。最初はマリーエも何が起きているのか理解が及ばず、そんなことしないでと泣きついたりしたものの、そうすることで口に糊することがかなえば文句を言わなくなった。
というか、母がそうやって稼いでいる方が父の庇護下にあるより暮らし向きは楽だった。ぶつぶつと母がこぼすところによれば、要は父に金儲けの才覚はなく、こつこつ仕事を続ける根性もない。人当たりが良く口が上手いから、詐欺師の才能はあるんだろう、とのこと。
「なんでお父さんと結婚したの?」
「そりゃきちんと神殿で宣誓すれば、幾らあいつだって逃げられないからね」
マリーエの疑問に母は鼻を鳴らす。
そもそもそんな甲斐性のない父と結婚するより、もっと金持ちか稼ぎのある相手を探せば良かったのに、と思うが。母も文句は言いつつ、父が好きなのだろうと納得していた。
父が出奔して半年ほど経ったある日。
母はマリーエを神殿に連れていった。
田舎町の神殿には、年老いた神官が一人いるだけで、殆どボケているともっぱらの噂だ。
母は、その神官のところへ押し掛けるとマリーエが如何に美しく気だてが良く誰からも愛され、また側にいるだけで幸せになるような存在であるかを、しつこいくらい繰り返し説明した。
「おお、それはたいそう素晴らしい娘さんですねぇ」
「でしょう!?この子、魔力もありますし。この才能を生かしてやりたいんですよ!」
畳みかけ、丸め込んで母は神殿が出す証明を半ば強引に奪いとった。
「あんたはこれで貴族の学園にいけるからね。せいぜい金持ちの男を捕まえてくるんだよ」
「へっ?」
『学園』はマリーエも聞いたことがある、基本的にお貴族様の子どもが入る学校だ。庶民は、相当優秀なら特待生扱いで入れるとは聞いたが。
「何か、爵位持ちになったんだってさ。で、光の魔力持ちならかなりいい目がみられるらしい。いいかい、貴族のガキなんかちょろっと甘えてやりゃあイチコロだよ。できるだけ金のありそうなのを引っかけておいで」
母によると、父からそうするよう連絡があったのだという。
マリーエは平民には珍しい魔力持ちで、父から受け継いだものだ。ある程度魔力量が無いとその識別も難しいと言われたのだが、神官からお墨付きをもらえば識別不要だそうだ。
間もなく父から迎えがきて、伯爵家の屋敷に招かれた。大して大きくもない(庶民の家とは比べ物にならないが、大通りの商家よりはしょぼい)古い家で、あまり家財道具も豪華とは言い難い。だが使用人がいて丁寧に頭を下げられると、マリーエも母も大はしゃぎだ。
その屋敷では、父はゴルンザ伯爵と呼ばれ母もマリーエも伯爵家の人間とされ、早速揃ってそれに相応しいものを身につけなくては、と意気込む。
「お父さんすごいねー!」
「こらこらマリーエ、おまえも貴族の令嬢になったのだから。『お父様』と呼びなさい」
「はぁーい、『お父様』。お母さんも、『お母様』?」
「そうなるなあ。で、おまえは学園に入るんだよ、アンヌマリーに聞いたかい?」
「うん。でも貴族の学校って、勉強めんどくさそう」
眉を寄せて唇を尖らせる勉強嫌いのマリーエに、父は朗らかに笑う。
「まあ、勉強は大したことないよ、そんなに気にしなくても。だが今学園に入れば、第二王子とか宰相の息子とかいるはずだから。マリーエは可愛いから、そういう金や権力のありそうな奴を捕まえてくればいいさ」
「えぇー、そうなの?」
「マリーエは可愛いから、幾らでも素敵な相手を見つけられるさ。貴族令嬢なんてのは、気位ばかり高くてちっとも可愛げが無い。そんな女しか知らないガキどもなんて、簡単に落とせるよ」
そう言って父はその『落とし方』を教えてくれた。
上目遣いに目を潤ませて「あなただけが頼りなの」「身分違いでも、あなただけが大切」と訴えるとか、他の令嬢に苛められたと助けを求めるとか。
母まで一緒になって、どうすれば相手にその気にさせられるか、実習で教えてくれた。
腕で自分の胸を寄せるように膨らみを強調する、スカートの裾と靴下の間僅かに素肌を覗かせる、髪は完全には結わずひらひらさせておく、等々。
「色の入れ方も、大事よ。あんたも顔は可愛いんだから、十分生かさなきゃ」
化粧は肌を整え目元には色を差して強調し、睫毛を際立たせると元より確かに顔立ちが変わる。元々可愛らしい顔立ちに、色っぽさを加えて我ながらなかなかいい感じに仕上がった。
「学園は寮生活だっていうからね、自分で化粧できるようになっとかないと。相手によってちょっと変えてみるのもいいね」
身売りしていた母は、男に響く装いにも詳しい。元の顔立ちの活かし方、雰囲気の変え方と応用も利く。はっきり言ってしまえば、半端な手間仕事で日銭を稼ぐより、体を売る仕事が彼女には合っていて収入も多かった。しかもその仕事に必要な工夫も思いつき実行できるという……要はとても向いていた。それを娘のマリーエに、さすがに学園内で体を売る訳にはいかないが、それ以外の手練手管を細かく教え込んでくれた。
ちなみに父の指示でもあった、彼に言わせれば『マリーエは可愛いから、盛りのついたガキが放っておかないだろう。どうせなら、金や権力のありそうな相手を捕まえないと』と。そうして学生たちを骨抜きにしてしまえば、先々が安泰だからというのがその弁だった。
「えぇー、あたしもお父さんやお母さんみたいに愛し合って結婚したいー」
「なぁに、結婚は一人しかできないんだから。ギリギリまで、たくさんモテた方がいいだろ?」
「うーん?」
マリーエは難しいことはわからないし、小賢しい女はモテないと言われているのを信じている。それに確かに父のいう通り、ちやほやされるだけなら数が多い方が嬉しい。
良くも悪くも自信家の父は、その言葉に妙な説得力がある。落ち着いて考えれば、何の確証もなかったり時には明らかな間違いだったりするのだが、話している段階では疑いを持たせない。確かに母のいう通り、『詐欺師向き』の人間だ。
もっともマリーエは、その言葉を何の疑いもなく受け入れて素直に信じ込んだ。重ねて『お偉い貴族の令嬢方は、頭でっかちで可愛げが無い。お坊ちゃんたちもそれにはうんざりしてるんだぞ』『だからおまえなら、絶対モテるさ。出来るだけ金があるの、家柄いいのを誑かしてくるんだぞ』と吹き込まれて本気にしていた。

その調子で勢い込んで学園にやってきたものの、マリーエはなんとなく違和感を覚えていた。
確かにちやほやしてくれる令息たちはそこそこいるのだが、どうもそれらが今一つなのだ。
甘えるとでれでれして褒めそやしてくれるものの、贈り物はしょぼい。「王都ってよく知らないの、遊びにいってみたい」と言えば喜んで連れ出してくれたが、行き先は公園だとかカフェだとかで、全然金を使っている感じがしない。
母の経験談だと、金を使ってくれる所謂『太客』が連れていってくれるのは、歌劇場やお高いレストラン或いはショッピングだ。
その辺り、金にあかせて商売女に注ぎ込める大人と親のすねかじりの学生を一緒にしてはいけない。だが、マリーエの基準は両親しかないので、それも理解できない。
少年たちも、ちょっと見目が良くてそれに無防備な(距離がとても近く、ついつい触ってしまっても目くじら立てない)マリーエには結構執心していつも回りを囲んでいる。しかし彼らはあまり金回りは良くなく、彼女が望む高級なプレゼントは難しい。そして致命的なことに、容姿も今一つなのだ。
「マリーエ、ぼくはきみのためなら何でもできるよ」
子爵家の息子は太っちょだ、丸い顔を紅潮させ汗で光らせてながら訴えるが。多少金はあっても、全くそそられない。
「うーん、気持ちは有難いんだけどぉ。マリーエ、困ってる人を放っておけないだけなのぅ」
父からも母からも、金か権力のありそうな相手をと言われてはいるが。マリーエ自身はそれに加えて、相手の見た目も重要だと考えている。どうせなら誰が見てもカッコいい、見せびらかせる男前イケメンがいい。自分は極めつけの美少女なんだから、それくらいの相手でなきゃ釣り合わない。そう本気で信じている。
そしてまた、そのマリーエの虚栄心をくすぐるように、そこそこ見映えがする男子も彼女に声をかけてくるのだ。
どこだかの伯爵家の四男は、なかなか派手な美形でマリーエの好みだった。向こうもマリーエを気に入ってしきりにちょっかいをかけていたが、贈り物はあまりなかった。
某子爵の次男は上背があって立ち姿がカッコよかった。やはりマリーエにはやたらと話しかけたりデートに誘ったりしていたが、騎士志望の彼は声がでかくがさつで気づかいがない。話すことも自慢話ばかりで、その内容も剣術の教師に褒められただの練習試合で勝っただのの、しようもない話だ。
そこで思い付いて、彼らの教師に紹介してもらったが、こちらも学生たち以上に頭の悪い脳筋で、大した旨みもなかった。大人なら何かしら権力や財力があるかと思ったのに時間の無駄だった、と邪険に追い払いはしたが相手は何やら勝手な思い込みで熱をあげていたらしい。



    
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