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13、本音は上手く隠します
しおりを挟む「ラスティム殿下、仕事してください」
執務机に両肘を立てて寄りかかり、両手の辺りに口元を乗せたポーズで居ると、従者のギルが口うるさく、書類を机に乗せてくる。
執務室にはギルと自分の2人だけしか居ない。
「キスした時の可愛さを噛み締めているんだ。それくらいさせろ」
「フロウ様にこの本性を早く見せたいですね」
「バラしたらその時がお前の命日だ」
ギロリと睨んでも、長年の付き合いの従者は何処吹く風だ。
「ていうか、手を出さないと約束したと言ってませんでした?」
「味見くらいするだろ」
「そういうとこですよ」
温室や便箋であそこまで喜ばれ、殺人級の笑顔を見せられて我慢できなくなった。
フロウからも拒否は全く見受けられなかったので有りということにした。
あの2回のキスの後、フロウは恥ずかしそうに顔を真っ赤にして俯き、モジモジとしていた。
可愛くて食べてしまおうか、真顔で本気で悩んだ。
「ギル、聞け」
「嫌です。ノロケでしょう」
「フロウに、『どうして僕のことをそんなに好きなんですか……?』と聞かれたんだ」
ギルに拒否権はない。無視して話を続けることにする。
□■□
「あ、あの……その、どうして僕のことをそんなに好きなんですか……?」
「っぐ」
真っ赤に熟れたリンゴのような顔を俯かせてモジモジと聞いてくる様子に、思わず喉の奥から変な声が出てくる。
可愛すぎて無理……と顔に手を当てながら必死に何かを耐えた。
「ラスティ様?」
返答がないのを訝しみ、羞恥で出てきた涙を目に貯めた上目遣いでこちらを見てくる。またしてもスン…と真顔になってしまった。
「あ…ご、ごめんなさい」
「いやいや、怒ってないよ。ごめんね、なんでも聞いて?」
真顔になったことで怒っていると思ったのか、謝罪されてしまった。
慌てて手を振って訂正するが、俯いたままこちらを見てくれなくなってしまった。
「実は、前々からフロウの様子は報告されていたんだ」
「? 誰かお友達がおられたのですか?」
「あー、いや。まぁそんなものだ。だからアカデミー入った辺りくらいから、君のことをよく知っててね」
「じゃ、じゃあアーサーのことも…」
「知っていたよ。フロウがアーサーと付き合ったと知った日に、フロウが好きだと自覚したんだ」
影に報告を受け続けていた。アカデミーに入学したこと、植物専攻になったこと、ネッツェル公爵家のお嬢様と親友になったことなどフロウに関する全てを聞いて知っている。
それまで、私の中で明確な恋心の自覚はなかった。
しかしアーサーと付き合ったと聞いた時、どうしようもなく嫉妬をした。机をへこませるくらい思い切り殴った。
自分の中に、ここまでの激情が湧き上がって来ることに驚きながらも、後悔した。
どうしてもっと早く、フロウに会いにいかなかったのかと。
早くフロウを迎えに行っていれば、これほどまでにアーサーを殺したいほど憎むことはなかっただろう。
「取られたくないと思ったよ。でも、フロウはアーサーのことを本当に好きだったようだったから…手をこまねくことしか出来なかった」
嘘だ。暫くしたらアーサーに女をあてがった。
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「アーサーが君を振ったと聞いた時、私は遠征中でね。直ぐに迎えに行きたかったんだけど、遅くなってしまった」
「で、でも割と早かった気が」
「そんなことない。君は雪の中、1人で泣いていたと、聞いてるよ」
「あ……それ、は……」
どれだけの悲しみを背負ったのだろうか。 一部私のせいだとしても、まさかあそこまで早く心変わりをするとは思わなかったのだ。
アーサーの変わり身の早さを侮ったのは、私の失態だった。
「誰かに、あんな恥ずかしい所を見られていたんですね」
「……君は恨み言を一切言わないね。君のその姿に、ご両親はさぞ心を痛めただろう」
「そう、ですね。母が代わりにアーサーの家に怒鳴り込みに行きました…」
あの血の気の多そうな母親は、婚約破棄を聞いた瞬間、飛び出してトルストイ家に怒鳴り込んで行った。
父親も止める暇がないくらい早かったようだ。
「でも、母が怒ってくれたので。それで罰は受けたんじゃないかと思いまして」
「そんなものじゃないだろうに。優しすぎるのも考えものだ」
「トルストイ家は、今ご近所周りから敬遠されて…苦しんでいるはずです」
フロウは伏し目がちに目を細め、落ち込んでいるようだった。
あんな変わり身の早い男に、心を痛める必要などないのに。いや、家族にはあまり恨みはないが。
「だからせめて。なんでもないように振舞った方が良いかと、思ったんです」
好きだった男のために健気に振る舞うフロウは、さぞかしご近所から痛々しく見えただろう。
子宮生成秘術の痛みは知らなくとも、女性からしてみれば、わざわざお金をかけて子宮を作るという苦労を味わったフロウに同情が集まるのは想像に難くない。
「……私は、君のそういうところが好きになったんだ」
「え……?」
「優しく、穏やかな君を見ていたいと思った。だから、一緒になりたかった。それは小さい頃から変わってない気持ちだよ」
「ラスティ様…」
私が微笑むと、フロウは小さな声で「ありがとうございます……」と目に水たまりを作って言った。
□■□
「『ありがとうございます……』と言った時の涙目は強力だった。抱き潰してしまいたいほどに可愛かった」
「所々ヤバい発言があることにフロウ様が一切気づいていないのが笑えますね」
「うるさいぞギル。フロウは天使だ。可愛いは正義だ。可愛いを守るためなら私は何でもする」
今日の夜も、フロウの部屋に行って癒されようと仕事を適当にこなし始めることに決めた。
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