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白い壁に白い建物。無機質な空間にあるのは、清潔なシーツに包まれたベッド。
彼女はいつもそこに居た。


「桃」


名前を呼ぶと、嫌そうな顔でこちらを見てくる。最近はいつもこうだった。
隠しもしない不機嫌な表情に、俺は苦笑するしかない。


「帰って」
「…分かった、これ置いたら帰る」


無理に居続けても彼女は更に不機嫌になるだけだ。
小さな体と小さな手で叫び、暴れようとしてくるだろう。腕に繋がった管が引っこ抜かれでもしたら、それこそここにいる意味が無くなる。

俺は彼女の横にあるサイドボードに、桃の好きなリンゴのケーキを置いた。あといくらか着替えも持ってきていたので、クローゼットに閉まっていく。


「…ケーキ、お母さんが作ったやつ……?」


ケーキが入った箱を見つめ、桃が呟く。
俺は桃の問いにどう答えれば彼女がこれ以上傷つかないか考えてしまった。俺が一瞬躊躇したのを桃は悟った。


「……要らない」
「要らなかったら、捨てていい。無理に食べなくても」
「お兄ちゃんはいつもそう!」


突然の叫びに、俺は驚かなかった。
彼女が癇癪を起こすのは日常茶飯事で、俺はいつもサンドバッグになるしかなかった。彼女が望んでいるのは、俺じゃない。


「お兄ちゃんはいつもいつも!桃のことを他人事のように見てる!」
「……そんなこと」
「帰ってよ! もうお兄ちゃんなんか来ないでよ!」


桃の叫び声は、ドアが閉まっていようが恐らく廊下まで響いていたのだろう。看護師が慌ててドアを開け、中に入ってきた。


「あっ、お兄さん……入る時は教えてくださいって言ったのに」
「すみません。お忙しそうだったので」
「嘘。いつもそうやって……次は絶対声掛けてください。桃ちゃん、お兄さん帰るから、落ち着いてね」


看護師は勝手にそう言って俺を引っ張り、部屋から出された。看護師は怒っている感じはなく、ただただ呆れたような、悲しそうな表情で俺を見ていた。


「ああなるって分かってて、1人で入るのは止めてくださいって言いましたよね?」
「……はい」
「まったく。入るなとは言わないんですから…声掛けてください。お兄さん、桃ちゃんの言葉を全部そのまま受け取るから、桃ちゃんが怒るんですよ」


看護師にそう言われ、俺は何も言い返せなかった。桃に何か言われても、どうしたらいいのか分からない。
桃が本当に望んでいるものを、何も叶えてやれない。


「すみません、また来ます」
「……次は絶対ですよ」
「はい」


桃と仲直りすることは、永遠に出来なくなった。
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