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アイザック先輩は手先が器用だ。そして、気さくで話しやすく、交友関係も広い。
奥さんの話になると多少愚痴っぽくなるが、それも別に奥さんが嫌いな訳ではなく、ただ単に惚気けたいだけである。
先輩と仕事をするようになって、彼の器用さにはなれないだろうな、と思うことがある。先輩は才能がある方だ。細工師としての才能を工場長は見抜いて、雇ったらしい。
また交友関係も広いことから納品先に行かされることもあるようだった。もしかしたら、工場長は先のことも考えているのかもしれない。

そんな先輩のダメな所は、妊娠中の奥さんがいるのに、呑みに行きたがる所だ。


「シオンー、今日呑みに行こうぜ」
「先輩、こないだも他の人と行ってませんでした?大丈夫なんですか?」
「平気平気」
「……まぁ別に、俺は良いんですけどね」


渋々了承をすると、先輩はよっしゃ、とガッツポーズで喜んでいた。そんな先輩を見て俺は苦笑した。
俺と話したいと言うより、外で呑みたいだけな気もする。

仕事が終わり、前と同じ居酒屋に入った。居酒屋はまだそんな遅い時間じゃないからか、人はまばらだった。
俺と先輩は端の方の席に案内されて座った。店員にいくつか注文すると、すぐにエールが届いた。


「んじゃ、カンパーイ」
「乾杯」


ジョッキを合わせる音がして、先輩はジョッキを煽った。ジョッキの中身が一気に半分ほど消えていくのが面白くてつい見てしまった。


「どうだ?最近は」
「どうってなんですか?」
「恋人は出来たか?」
「……出来ませんて」


恋人を飛び越えて、同性のセフレがいると言ったら先輩がどんな顔をするのか試してみたい気もする。


「やっぱ嫁に頼んで紹介するか?」
「いやいや、まだそういうことは考えてないので」
「シオンはあんまり性欲とかないのか?」
「な……あ、ありますよ。普通だと思います」


ベルンハルトとする前まではあまり自分に性欲はないのかと思っていた。1人で抜く事も忘れるくらいだった。
しかし、彼とするようになって、自分がそういうことに慣れると気持ちいい事が分かった。定期的に彼とするようになって、普通に性欲があるんだな、と感じたのだ。あまり1人で抜いたりは今でもしないが。


「ふーん? あ、それよりもだ」
「?」
「お前、ベルンハルトさんと知り合いだったよな!」
「っ!」


思わず酒を吹き出しそうになった。
今考えていた相手を、先輩の口から出てきて焦ってしまう。誰も彼も、なぜ俺が口に水分を含んだ時に驚かせてくるのか。心臓にも悪いからやめて欲しい。


「え、ええ、そうですね」
「友達っつってたな? どこで知り合ったんだよ」
「あー…たまたま、ぶつかって……そこから話すようになったんですよ」


パン屋でぶつかっていなかったら、彼とは話もしなかっただろう。
まるで少女漫画の出会いのようだな、と思う。運命の相手ではなく、セフレであることは、少女漫画では全くありえない事だが。


「はー、そんな偶然あるんだな。てっきり、噂のことでかと」
「……噂?」
「知らないのか?シオン」


なんとなく、嫌な予感がした。
彼と決めた条件に抵触する予感が。だからこの先は聞いてはいけない気がした。聞いたら、彼との関係も絶たれるような、そんな気がした。

そんな時、注文していた料理が届き始めた。ナイスタイミングでありがたかった。


「あー、とりあえず食べましょう! 先輩!」
「おお! そうだな!」


単純な人で良かった。俺はホッとして料理に舌鼓を打った。

アイザック先輩は、すっかり噂のことなど忘れて、また奥さんの愚痴という名の惚気が始まった。

その時ふと、店のドアが開いた。客が入るために開けたようだった。 その後ろに、ベルンハルトに似た人物が歩いていたように見えた。

ドアが閉まるまでの数秒の間に、その似た人物がこちらを見た気がした。

ほとんど一瞬の出来事で、ベルンハルトかどうかもよく分からなかった。

似ているだけだ、と思うことにして、先輩の愚痴に付き合うことに集中することにした。
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