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番外編

落とし穴 side ジェド

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ジェド=フォルトナーは上手くディランに乗せられてしまった気がした。
口車に乗せられて結局ディランが紹介したいという男に会うことになった。一応ディラン同席の上でだ。

「先パイ、まだなんか考えてます?いいんだって、気張らず行きましょうや」
「お前な…なんでお前はそう適当なことを…」

ディランはニヤニヤとこちらを見ながら酒を煽った。
こんな適当な男が結婚しているというのだから、世の中よく分からない。しかも適当に選んだのかと思えば、そうでもないという噂を聞いたことがある。

猫っぽくて可愛らしい男で、ディランに恩を感じて結婚したという。

この男に一体何を脅されたのかと疑いたくなるが、どうやら結婚相手の方がディランを好きなのは明白だと、ディランの同期クラークから聞いたことがある。
やっぱり世の中少し狂っている。

「もうすぐ来ると思いますよ。あ、来た来た。おい!エメ!」

エメと呼ばれた人物は、手を上げて答えた。空色のパーマがかった髪を後ろで一つ三つ編みにしていて、シトリンの瞳を携えていた。少年のような姿形に愛らしさも感じられる。

近づいてくると、エメが一人で来ていないことに気づいた。

「悪ぃな。ちょっと迷子になったやつがいてな」
「え、エメさん…!」
「早速かよ。やっぱ聞いてた通り才能だな」

迷子になったという割に、エメは全く悪気はなさそうだった。ということは、そのエメの後ろに隠れるようにいる後ろの人物が迷子になったということだろうか。

エメと同等の年齢に見える。背丈はエメよりも少し高いが、華奢である。

「とりあえず座れよ。酒も頼むか」
「おー、ほら。ソーニャ、座れって」

エメがディランの対面に座ると、ソーニャと呼ばれた人物はジェドの対面におずおずと座った。ご丁寧に「失礼します…」と添えて。

店員に適当に酒とつまみを頼むと、ディランは話を切り出し始めた。

「俺も初めましてだな、ディラン=シェルヴェンだ。よろしく」
「あ…よろしくお願いします。ソーニャ=クロテットです」

遠慮がちにディランと握手を初めてジェドは驚いた。

「え、おいお前。ディランも初対面なのか?」

紹介と言うからてっきり知り合いなのかとジェドは思っていた。
ディランはやはりニヤニヤとしながら握手をやめると、まあまあとジェスチャーをした。

「はー?ディランお前ちゃんと説明してねーのかよ。こいつホント性格悪いだろ、お互い苦労してんな。俺はエメ=デュリュイ、ソーニャの友人だ」

エメは大袈裟にため息をついた。
ディランのこの性格はわかりきって居るようで、気安い感じで紹介を受けた。嫌な感じが一切ないのは、笑顔が太陽のようだからだろうか。

「俺はジェド=フォルトナーだ。ディランの後輩だ」
「先パイは俺と違って実力で王城まで叩きあげられた人だ」
「つまりお前より遥かに人格が整ってるって事だな」
「おいおい褒めるなよエメ」

褒めてねぇよ、とエメはディランに軽口を叩く。

「後輩……?先輩?」

ソーニャは俺とディランの会話に不自然を感じた様でぽつりと呟いた。

「おいディラン、やっぱり混乱させてるじゃねぇか。やめろよ」
「先パイは俺の一年後に配属されたんだよ、だから後輩。だけど歳上だから人生の先パイって事だ」

すると益々ソーニャは混乱しているようだった。エメは分かったらしく、うげー、と心底嫌そうな顔をした。

「分かりにく! 人をおちょくるようなことホントやめた方がいいぜ?」
「尊敬の念を表してるんだが?」
「お前が言うとふざけてるとしか思えねー」

エメとディランは本当に気安い関係のようで、やり取りが軽い。

ソーニャはそんな二人をみてオロオロしているようだった。
恐らく、騎士に対してこんなに強気な事に怖がっているのだろう。文官には良くあることだ。
騎士の方が力があるのは当然で、文官は暴力を怖がっている。だからこそ文官は騎士には基本逆らわない。
エメは友人相手と言えども異質で、ソーニャはその典型的な姿だった。

「先パイは俺と同じで魔法はからっきしだが、実力は団長も認めてる。」
「魔法がダメだったから街の騎士団勤務だったんだがな。今の団長が引き上げてくれたんだ」

本当にあれはたまたまだった。訓練に来ていた団長の前で剣技を見せていたところ、「もっと力をつけて上がってこい」と言われ、言われるまま徐々に力をつけて少しずつ戦果を上げてのし上がっていった。
団長に言われていなかったら、今の自分はいなかったと思っている。

「団長は先パイに何もしてねぇって言ったがな」
「結局口添えがねぇと叩き上げが王城には入れねぇよ」
「へぇ、すげーな。最初から王城にいるよりも大変なんじゃねぇか、それ」
「そうだぜ、エメ。戦果なんてどんだけあっても足りねぇだろうしな。そういう意味を込めて、先パイって呼んでんだよ」

少し照れくさい気もするが、ディランはちゃんとジェドを尊敬していることは伝わってくるのだ。だからこそ無碍にできない。ディランの人心掌握は本当に巧妙だとも思う。人の自尊心を上手くくすぐってくる。

「クラークでも魔法なしなら敵わないって言ってんだ。敵わないかも、じゃない」
「マジかよ!ジェドさんめちゃくちゃ強いってことじゃ」
「?クラークを知ってるのか、エメ」

文官が騎士の名前を知っているのが珍しくて尋ねた。しかもエメは騎士団では見かけたことがない。

「クラークは俺の恋人。不本意だけど、そこにいるディランの紹介でな」

ディランは誇らしげにニヤニヤとしている。特技の成果の人物だった。

「なるほど。クラークに可愛い恋人が出来たってのはエメのことだったのか。こんなとこにいて怒られねぇのか?」
「怒られねぇよ。ディランの紹介なら仕方ないって送り出されたぞ」
「俺に多大な恩があるからなぁ。クラークは」

エメは肩を竦め、ディランは楽しそうに酒を煽る。
あの真面目なクラークのことだ、こんなちゃらんぽらんに見せているディランに紹介されたというほんの少しの屈辱も感じているに違いない。

「ところでソーニャはどこで働いてるんだ?」

俺が会話を振ると、振られると思っていなかったソーニャはビクッと肩を揺らした。
エメがソーニャに喋るように肩を肘で突いている。

「えと…エメさんと同じ魔法師団で…経理を」
「エメから聞いた話でソーニャには才能があるってことを聞いたぜ?」
「おいディラン、才能って言い方やめろよ。いや、俺ももう天性の才能だとは思うけどよ」
「え、エメさん…!ひどい…!」

ディランとエメは、ソーニャの才能とやらの正体を知っているらしく、二人とも含み笑いをしている。
よほど面白い才能らしい。本人は嫌がっているが。
そしておもむろにエメは説明を始めた。

「何かあると確実に転ぶ。何もなくても転ぶ」
「…才能っていうのかそれ」
「しかも忘れ物は毎日してくる。傘は確実に置き忘れる。行き慣れた道でもボーッとしたらすぐに迷子になる。当然知らない道は一人で歩けばすぐに迷子で騎士団に何度も世話になってる。この歳でもだ」
「エメさんやめて!」

ソーニャは涙目になりながらエメを止めようとする。ディランはゲラゲラと笑っていた。

「本当なのか?」

働いているということは成人しているに違いはない。ジェドはつい心配になってしまう。
ソーニャは言いたくなさげに重い口を開く。

「…もう親にもお嫁さんが来ることを諦められています…」
「そんなにかよ!やっぱり才能だな…!」
「うぐ…僕も別に好きでこんな才能を身につけたわけでは…!」

そしてジェドはようやく重大なことに気がついた。いや、入ってきた当初からエメと同じ服装でわかっていたはずだった。
しかし、ソーニャはあまりにも美人で、妖艶だったせいで勝手にジェドはそうと思い込んでいたのだ。


「え…男だったのか」


ジェドのたった一言で、ディランのゲラゲラという笑い声が一瞬で止み、エメもソーニャも固まって空気が凍ってしまった。
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