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その後の話
ペシミスティックな月の裏④
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目が覚めると、すっかり昼も過ぎていた。まだ少し重だるい体を起こして、ベッドの端に座った。
レイのおかげで頭痛はすっかり消えていたが、喉が少し痛い気がする。アルコールで焼けたのだろう。サイドテーブルに置いていた水の入ったコップを取り、少しだけ飲んだ。
部屋にノック音が響いた。返事をすると入ってきたのはグウェンだった。
「もう平気か?」
部屋に入り、俺の頭に手を置いて言う。俺はその手が心地好くて、目を閉じて感触を楽しんだ。
「うん、少しダルいけど、大丈夫。ありがとう」
「そんなに呑むほど何を悩んでいるんだ?」
グウェンは俺の隣に腰掛けて聞く。
こんなに珍しく酔っ払ったら、さすがに気になるのは当たり前だろう。少し呑むだけだったのに、2杯目を呑んだあたりから、ルークがワザと呑ませてきた憶えがある。ルークは恐らく自分に被害がないと見込んで、俺をベロベロにしたのだろう。
「色んなことがあったなって感傷的になってただけだよ」
「……そうか」
色んなことが本当にあった。ぶっちゃけ前世よりもやるせない気持ちになることもあった。これは本当だ。呑んだ時に愚痴った内容では全くないが。
というか、ベロベロになったあたりから何を喋ったのか、全く覚えていない。記憶がない。後でルークに聞くのも怖い。
「ほどほどにしろ。限界量以上は呑むな」
「うん、気をつけます…」
グウェンに支えられながらカーディガンを肩に羽織って、とりあえず軽食を食べようという話になったので、食堂に向かった。
食堂では、アイリスとスイレンがアルと一緒に話をしている所だった。アルは2人に準備してもらったのだろう、お茶やお菓子を食べているようだった。
「ノア様、大丈夫ですか?」
「今軽食と飲み物を準備します」
2人は俺の姿を見かけるとすぐに反応した。 お礼を言って、グウェンが椅子を引いてくれたので座ることにした。アルの前だった。
内心、若干の嫌悪感が出るが、相手は子供だ。おくびにもださずにアルに向かって微笑んだ。
「ノアさん、大丈夫?」
絶対に思っていないだろうな、と考えながら返事をする事にした。
「ああ、大丈夫だよ。ありがとう」
グウェンは俺の隣に座って、スイレンが出したお茶を飲み始めた。アイリスは俺の前に軽食を出してくれたので、有難く頂く。
「お酒呑みすぎたの?」
今日はなんだか凄く話しかけてくる。グウェンが目の前にいるから、仲の良い振りをしているのだろうか。溜息をつきそうになりながら、返事を考える。
「うん、まぁ。そうなんだけどね」
「大人は嫌なことがあるとお酒に逃げるって聞いたことあるよ!」
原因からの言葉に、すっかり治ったばかりの頭痛が舞い戻ってきそうだった。というか、目の前の食事を食べたいから話しかけないで頂きたい。
7歳にそんなことが言えるはずもないので、俺は笑顔で話すことにした。
「大人になると色々あるんだ」
「じゃあ」
「アル、今日の分の勉強は終わったのか?」
アルの言葉を切るように、グウェンは尋ねた。色々の意味を聞かれないように遮ってくれたようだった。
アルは、ぐ、と一瞬押し黙り、気を取り直して答える。
「うん、終わってる」
「そうか。もう少ししたら剣術をするか」
「! やる!」
剣の話になったら、俺のことはどうでも良くなったようで話しかけるのを止めてくれた。グウェンに心の中で感謝しながらアイリスの持ってきてくれた食事を食べることにした。
アルはニコニコとお菓子を食べていた。こうしてみると年相応だ。けれど、グウェンがずっとニコニコしているのもなんだか変な感じではある。
アルは俺の視線に気づいたようで、一瞬だけ嫌そうな顔をした。グウェンもアイリスもスイレンもこっち側にいるのに随分大胆だな、と思ったが、3人とも気づいていないようだった。
「ノアさん、剣の稽古が終わったら刺繍見てもいい?」
「は?」
つい驚いてしまった。いや、別に嫌だったからという訳では無い。本気で興味無さそうだったのに、興味を持ったことに驚いたのだ。
グウェンも俺の反応に驚いているようだった。7歳児に対する反応じゃないと思ったのだろう。
「だめ?」
「あ、いや。いいよ、ちょっと驚いただけだよ、男の子はあんまり興味がないだろうからね」
慌てて返事を繕う。グウェンも驚いていたのは一瞬で、別に何か聞いてきたりはしなかった。
ということは、このだるい身体を引きずって、アトリエに行かなくてはならない。この後はソファーでグダグダするつもりだった怠惰な自分に鞭を打つことになる事に辟易しながら、軽食を食べた。
アルとグウェンは稽古のため、外に行ってしまった。俺はアトリエに向かおうとゆっくり移動をした。
廊下を移動をしていると、窓から稽古中の2人が見えた。グウェンに真剣に打ち込んでいるアルが見える。グウェンはこころなしか笑って楽しそうに見えた。
彼に、子供がいればきっとこんな感じだろう。
昔、グウェンは女はあまり好きになれそうにない、という言い方をしていた。確か、俺が骨折した時だ。けれどレイや俺が婚約者に選ばれなかったら、隣にいたのはきっと女性だったのではないかと思う。
けれど今、グウェンから去って、女性に譲ることをするかと言われれば、ノーだ。自分はグウェンを好きだし、彼も好きだと言ってくれている。それこそ、何度も言うように、自分の為に園庭を増築するくらいには、俺の事を好きでいてくれている。
それでもなお、彼がこの夢から覚めたならば。
「……早く行こ」
やはり、どうにもネガティブになってしまう。この性格は、酒に逃げてもどうにもならないものだ、と独りごちて歩くスピードを早めた。
アトリエには、完成している刺繍は少ない。だいたい依頼されているものが多く、売りに出してしまうからだ。
ここに来たならば、仕方なしに仕事をするしかない。俺はロングカーディガンを羽織って椅子に座った。
自分の刺繍は四方の細い板に薄い布をピンと張り、布をキャンバスのようにして刺繍していく。台の上に置けば、両手が使えるのだ。大きさも円形でやるよりはかなり大きくなる。また、両手で作業できるのはかなり刺繍に自由度を上げる。これで俺は色んな刺繍をしてきた。
最近は、平面な刺繍ではなく、ビーズを使って立体的に出来ないかと模索している所だった。
確か前世でも、有名なファッションブランドがこの技法を使っているのをたまたま動画かなにかで見たことがあった。けれど今世では前例がないため自分で考えていくしかない。
しかし、今日は重だるい体で考える気にはなれないので、依頼の続きをしようと別の刺繍枠を取り出した時だった。
「ノアさん、どうも」
後ろの入口から、アルの声がする。アル1人でここまで来たようだった。食堂や剣の稽古の時の笑顔はなかった。
「ああ、剣の稽古は終わったの?」
「そんなことより」
アルは俺の前まで歩いてきた。 7歳と19歳では身長の差はあるが、勢いは子供の方があって、圧を感じる。グウェンと同じ、グウェンよりも大きい黒目がこちらをじっと見つめてくると迫力がある
「そろそろ出ていく気になった?」
「……はぁ、昨日も言ったけど…」
「グウェン兄様が出てけって言うまではここに居るってやつ? そんなの待ってたら、グウェン兄様がどんどん歳をとっちゃう。別に歳をとってもカッコイイとは思うけど、子供の事を考えたら分かるよね?」
この子は本当に7歳なのだろうか。やはり人生1周しているのではないだろうか。それとも今どきの子は、ませているのだろうか?
「噂で聞いたけど、王女がグウェン兄様のこと好きなんだって?そういう人に譲った方が良くない?」
「……王女は操られていただけだ。今はそう思っていないよ」
「だとしてもグウェン兄様にそういうことがあったのは事実だ」
この子と喋っていると、過去のことをよくよく思い出す。ソフィア第3王女はグウェンに運命を感じた人だ。白馬の王子のようだったと言って、俺に愛人になれと離縁をするように言ってきた。実際は魔法で操られていただけで、彼女はそれ以降、グウェンに言い寄ったりしていない。
「男の配偶者が少なくないのは分かってるよ。けどグウェン兄様は跡継ぎだ」
「……はぁ」
堂々巡りになってきている。そもそも出てけと言われるまで出てかないと言っている時点で諦めてくれないだろうか。
俺だって、グウェンの重荷にはこれ以上なりたくない。だから結婚する時に自分の中で決めたことがあるのだ。それはそうなった時の為の自分の心の保険だ。
誰にも話したことはない。レイにも言ったことはない。言ってなくても、レイはもしかしたらなんとなく双子だし、俺の性格をよく知っているから、分かっているのかもしれない。
「どうせ」
俺はアルに背中を向けて庭園の方を見ながら、子供にも分かるようにはっきり言ってやった。
「グウェンは俺に飽きるだろうから、その内ここから出てくことになるよ」
窓に映るアルは目を丸くして驚いているようだった。まさかそんな覚悟で結婚しているとは思わなかったのだろう。
「俺がグウェンといれるのも有限だってちゃんと理解してる。若い内だけだ。アル君がここに来る頃には……きっともうここにいない」
「え……」
「安心してよ。多少縋り付くかも知れないけど、物分りは良い方だし」
「ちょ、ノアさ」
「出ていけと言われたら、ちゃんと出ていくから。今日明日はちょっと無理だけど、多分あと2、3年すればきっと」「おい」
ドスの効いた、低く威圧的な声が聞こえてきた。
俺は俯いていた。
だから、その後ろのアルが開けっ放しにしていたドアの向こうにいた人物に気づかなかった。
「おい、ノア」
窓に映るアルを見ると、その声の人物を見て怯えているようだった。
「どういうことだ」
俺も怖くて窓からも目を逸らし、振り返ることすら出来なかった。
冷や汗が止まらない。子供の挑発に乗せられて、密かに思っていたことを喋ってしまった。
俺は何も言えなかった。こころなしか、足が震えている気がする。
「お前はそんなつもりで俺と結婚したのか」
アルは怯えきって、動けなくなっていた。俺も怖くて振り返れない。するといつの間にか俺の後ろまで歩いてきたグウェンは、俺をいきなり肩に担ぐように持ち上げた。
「うわ!」
持ち上げられた瞬間、浮遊感に驚いて声が出た。しかし、グウェンは遠慮なくアトリエを出ていこうとする。
「アル、お前には後で話を聞く。いいな」
「……は、はい……」
そうアルに言い残し、アルの方を俺が見ると、顔が真っ青になっていた。廊下の窓を見たら、俺の顔もアルと同じになっていることに気づいた。
俺はおそらく、魔王を召喚してしまった。
レイのおかげで頭痛はすっかり消えていたが、喉が少し痛い気がする。アルコールで焼けたのだろう。サイドテーブルに置いていた水の入ったコップを取り、少しだけ飲んだ。
部屋にノック音が響いた。返事をすると入ってきたのはグウェンだった。
「もう平気か?」
部屋に入り、俺の頭に手を置いて言う。俺はその手が心地好くて、目を閉じて感触を楽しんだ。
「うん、少しダルいけど、大丈夫。ありがとう」
「そんなに呑むほど何を悩んでいるんだ?」
グウェンは俺の隣に腰掛けて聞く。
こんなに珍しく酔っ払ったら、さすがに気になるのは当たり前だろう。少し呑むだけだったのに、2杯目を呑んだあたりから、ルークがワザと呑ませてきた憶えがある。ルークは恐らく自分に被害がないと見込んで、俺をベロベロにしたのだろう。
「色んなことがあったなって感傷的になってただけだよ」
「……そうか」
色んなことが本当にあった。ぶっちゃけ前世よりもやるせない気持ちになることもあった。これは本当だ。呑んだ時に愚痴った内容では全くないが。
というか、ベロベロになったあたりから何を喋ったのか、全く覚えていない。記憶がない。後でルークに聞くのも怖い。
「ほどほどにしろ。限界量以上は呑むな」
「うん、気をつけます…」
グウェンに支えられながらカーディガンを肩に羽織って、とりあえず軽食を食べようという話になったので、食堂に向かった。
食堂では、アイリスとスイレンがアルと一緒に話をしている所だった。アルは2人に準備してもらったのだろう、お茶やお菓子を食べているようだった。
「ノア様、大丈夫ですか?」
「今軽食と飲み物を準備します」
2人は俺の姿を見かけるとすぐに反応した。 お礼を言って、グウェンが椅子を引いてくれたので座ることにした。アルの前だった。
内心、若干の嫌悪感が出るが、相手は子供だ。おくびにもださずにアルに向かって微笑んだ。
「ノアさん、大丈夫?」
絶対に思っていないだろうな、と考えながら返事をする事にした。
「ああ、大丈夫だよ。ありがとう」
グウェンは俺の隣に座って、スイレンが出したお茶を飲み始めた。アイリスは俺の前に軽食を出してくれたので、有難く頂く。
「お酒呑みすぎたの?」
今日はなんだか凄く話しかけてくる。グウェンが目の前にいるから、仲の良い振りをしているのだろうか。溜息をつきそうになりながら、返事を考える。
「うん、まぁ。そうなんだけどね」
「大人は嫌なことがあるとお酒に逃げるって聞いたことあるよ!」
原因からの言葉に、すっかり治ったばかりの頭痛が舞い戻ってきそうだった。というか、目の前の食事を食べたいから話しかけないで頂きたい。
7歳にそんなことが言えるはずもないので、俺は笑顔で話すことにした。
「大人になると色々あるんだ」
「じゃあ」
「アル、今日の分の勉強は終わったのか?」
アルの言葉を切るように、グウェンは尋ねた。色々の意味を聞かれないように遮ってくれたようだった。
アルは、ぐ、と一瞬押し黙り、気を取り直して答える。
「うん、終わってる」
「そうか。もう少ししたら剣術をするか」
「! やる!」
剣の話になったら、俺のことはどうでも良くなったようで話しかけるのを止めてくれた。グウェンに心の中で感謝しながらアイリスの持ってきてくれた食事を食べることにした。
アルはニコニコとお菓子を食べていた。こうしてみると年相応だ。けれど、グウェンがずっとニコニコしているのもなんだか変な感じではある。
アルは俺の視線に気づいたようで、一瞬だけ嫌そうな顔をした。グウェンもアイリスもスイレンもこっち側にいるのに随分大胆だな、と思ったが、3人とも気づいていないようだった。
「ノアさん、剣の稽古が終わったら刺繍見てもいい?」
「は?」
つい驚いてしまった。いや、別に嫌だったからという訳では無い。本気で興味無さそうだったのに、興味を持ったことに驚いたのだ。
グウェンも俺の反応に驚いているようだった。7歳児に対する反応じゃないと思ったのだろう。
「だめ?」
「あ、いや。いいよ、ちょっと驚いただけだよ、男の子はあんまり興味がないだろうからね」
慌てて返事を繕う。グウェンも驚いていたのは一瞬で、別に何か聞いてきたりはしなかった。
ということは、このだるい身体を引きずって、アトリエに行かなくてはならない。この後はソファーでグダグダするつもりだった怠惰な自分に鞭を打つことになる事に辟易しながら、軽食を食べた。
アルとグウェンは稽古のため、外に行ってしまった。俺はアトリエに向かおうとゆっくり移動をした。
廊下を移動をしていると、窓から稽古中の2人が見えた。グウェンに真剣に打ち込んでいるアルが見える。グウェンはこころなしか笑って楽しそうに見えた。
彼に、子供がいればきっとこんな感じだろう。
昔、グウェンは女はあまり好きになれそうにない、という言い方をしていた。確か、俺が骨折した時だ。けれどレイや俺が婚約者に選ばれなかったら、隣にいたのはきっと女性だったのではないかと思う。
けれど今、グウェンから去って、女性に譲ることをするかと言われれば、ノーだ。自分はグウェンを好きだし、彼も好きだと言ってくれている。それこそ、何度も言うように、自分の為に園庭を増築するくらいには、俺の事を好きでいてくれている。
それでもなお、彼がこの夢から覚めたならば。
「……早く行こ」
やはり、どうにもネガティブになってしまう。この性格は、酒に逃げてもどうにもならないものだ、と独りごちて歩くスピードを早めた。
アトリエには、完成している刺繍は少ない。だいたい依頼されているものが多く、売りに出してしまうからだ。
ここに来たならば、仕方なしに仕事をするしかない。俺はロングカーディガンを羽織って椅子に座った。
自分の刺繍は四方の細い板に薄い布をピンと張り、布をキャンバスのようにして刺繍していく。台の上に置けば、両手が使えるのだ。大きさも円形でやるよりはかなり大きくなる。また、両手で作業できるのはかなり刺繍に自由度を上げる。これで俺は色んな刺繍をしてきた。
最近は、平面な刺繍ではなく、ビーズを使って立体的に出来ないかと模索している所だった。
確か前世でも、有名なファッションブランドがこの技法を使っているのをたまたま動画かなにかで見たことがあった。けれど今世では前例がないため自分で考えていくしかない。
しかし、今日は重だるい体で考える気にはなれないので、依頼の続きをしようと別の刺繍枠を取り出した時だった。
「ノアさん、どうも」
後ろの入口から、アルの声がする。アル1人でここまで来たようだった。食堂や剣の稽古の時の笑顔はなかった。
「ああ、剣の稽古は終わったの?」
「そんなことより」
アルは俺の前まで歩いてきた。 7歳と19歳では身長の差はあるが、勢いは子供の方があって、圧を感じる。グウェンと同じ、グウェンよりも大きい黒目がこちらをじっと見つめてくると迫力がある
「そろそろ出ていく気になった?」
「……はぁ、昨日も言ったけど…」
「グウェン兄様が出てけって言うまではここに居るってやつ? そんなの待ってたら、グウェン兄様がどんどん歳をとっちゃう。別に歳をとってもカッコイイとは思うけど、子供の事を考えたら分かるよね?」
この子は本当に7歳なのだろうか。やはり人生1周しているのではないだろうか。それとも今どきの子は、ませているのだろうか?
「噂で聞いたけど、王女がグウェン兄様のこと好きなんだって?そういう人に譲った方が良くない?」
「……王女は操られていただけだ。今はそう思っていないよ」
「だとしてもグウェン兄様にそういうことがあったのは事実だ」
この子と喋っていると、過去のことをよくよく思い出す。ソフィア第3王女はグウェンに運命を感じた人だ。白馬の王子のようだったと言って、俺に愛人になれと離縁をするように言ってきた。実際は魔法で操られていただけで、彼女はそれ以降、グウェンに言い寄ったりしていない。
「男の配偶者が少なくないのは分かってるよ。けどグウェン兄様は跡継ぎだ」
「……はぁ」
堂々巡りになってきている。そもそも出てけと言われるまで出てかないと言っている時点で諦めてくれないだろうか。
俺だって、グウェンの重荷にはこれ以上なりたくない。だから結婚する時に自分の中で決めたことがあるのだ。それはそうなった時の為の自分の心の保険だ。
誰にも話したことはない。レイにも言ったことはない。言ってなくても、レイはもしかしたらなんとなく双子だし、俺の性格をよく知っているから、分かっているのかもしれない。
「どうせ」
俺はアルに背中を向けて庭園の方を見ながら、子供にも分かるようにはっきり言ってやった。
「グウェンは俺に飽きるだろうから、その内ここから出てくことになるよ」
窓に映るアルは目を丸くして驚いているようだった。まさかそんな覚悟で結婚しているとは思わなかったのだろう。
「俺がグウェンといれるのも有限だってちゃんと理解してる。若い内だけだ。アル君がここに来る頃には……きっともうここにいない」
「え……」
「安心してよ。多少縋り付くかも知れないけど、物分りは良い方だし」
「ちょ、ノアさ」
「出ていけと言われたら、ちゃんと出ていくから。今日明日はちょっと無理だけど、多分あと2、3年すればきっと」「おい」
ドスの効いた、低く威圧的な声が聞こえてきた。
俺は俯いていた。
だから、その後ろのアルが開けっ放しにしていたドアの向こうにいた人物に気づかなかった。
「おい、ノア」
窓に映るアルを見ると、その声の人物を見て怯えているようだった。
「どういうことだ」
俺も怖くて窓からも目を逸らし、振り返ることすら出来なかった。
冷や汗が止まらない。子供の挑発に乗せられて、密かに思っていたことを喋ってしまった。
俺は何も言えなかった。こころなしか、足が震えている気がする。
「お前はそんなつもりで俺と結婚したのか」
アルは怯えきって、動けなくなっていた。俺も怖くて振り返れない。するといつの間にか俺の後ろまで歩いてきたグウェンは、俺をいきなり肩に担ぐように持ち上げた。
「うわ!」
持ち上げられた瞬間、浮遊感に驚いて声が出た。しかし、グウェンは遠慮なくアトリエを出ていこうとする。
「アル、お前には後で話を聞く。いいな」
「……は、はい……」
そうアルに言い残し、アルの方を俺が見ると、顔が真っ青になっていた。廊下の窓を見たら、俺の顔もアルと同じになっていることに気づいた。
俺はおそらく、魔王を召喚してしまった。
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