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怒鳴って
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お気に入り100、本当にありがとうございます! 初投稿で拙い小説に、毎日少しずつ増えるお気に入りが、本当に嬉しくて書いてきました。
現在4章を書いている途中です。まだまだ続きますので、よろしくお願い致します!
お礼として書きました。読んでくださると嬉しいです!
ある晴れた日の事だった。
「あら…これは」
アイリスが書斎で見つけた書類は、今日中の提出書類だった。
「ノア様、旦那様が忘れ物をしております」
「へ? 珍しいね」
グウェンは完璧に仕事をこなす人間だ。あまりミスをしているイメージがない。基本的に定時で帰ってくるし、家でも仕事をしている時は常に冷静だ。
そんなグウェンが忘れ物をするなど初めての事だった。
「うーん…暇だし、届けようかな」
「使用人共で参りますよ?」
アイリスがそう言うが、俺は実はグウェンの職場に1度も行ったことがなかった。
「騎士団てどんなとこか気になるし…行ってみたい」
なんて子供みたいな言い訳なのか。仕事をしているグウェンを見たことはほとんどない。
アイリスは俺にそう言われると、すぐにスイレンを呼んだ。
「なに?アイリス」
「スイレン、ノア様が旦那様の所へお出かけするの」
「……それは、腕によりをかけましょう」
2人はウキウキした様子で、手にオイルや香水やら化粧道具やらアクセサリーを持って、俺にジリジリと迫ってくる。
俺は怖くなって後退するが、逃げられるはずもなく、なすがままに色々弄られた。
「ただ忘れ物を持ってくだけなんだけど…」
「いえ、忘れ物を持っていくのはイベントです」
「そうです。もはやデートのようなものです」
「いや、デートではない……」
俺は、袖口の広いデコルテがレースになっている黒のトップスに、足の輪郭をしっかり見せた黒の細身のボトムスを着させられ、ダボッとして膝丈まである白のロングカーディガンを着させられた。イヤリングや腕輪も付けられたが、どれも華美なものではなく、シンプルで細身のタイプだった。
なぜ異世界なのに現代風なのかは謎だ。
髪もセットされ、鏡を見たら別人だった。化粧もほんのりされて唇なんかツヤツヤにされていた。
「ちょ…やりすぎ、たかが忘れ物…」
そう、何度も言うが、忘れ物を届けるだけである。まるで本当にデートに行くかのごとく準備されている。
アイリスとスイレンは額の汗を拭うポーズをとって満足そうに鼻を膨らませていた。
「やっぱり元が良いとやり甲斐があります」
「さ、馬車も呼びましたので出発です。先触れは出しません、ビックリさせましょう」
「え゛」
2人にズルズルと引っ張られ、書類と共に馬車に投げ入れられることとなった。
騎士団に到着すると、公爵家の門とは違い、重々しい雰囲気が漂う門が出迎える。馬車を降りて、すぐ横にある門番が駐在する小さな建物に入れさせて貰えるよう尋ねることにした。
「あの……」
「あーはいはい、どうしま……っ!」
門番は面倒くさそうにしていたが、俺を見た瞬間口を開けたまま止まってしまった。
「グウェン=ライオットに忘れ物を届けに来たのですが…入れますか?」
「! 騎士団長統括へのですか?!失礼ですがど、どういったご関係で……」
「あ、えっと……その、つ、まです…」
恥ずかしくなって顔が紅潮してくるのが分かる。わざわざあまり他人に紹介する事がないため、こういう時はいつも恥ずかしくなってしまう。引きこもりの性だ。
赤くなってモジモジしていたが、門番からはなんの返事もなく、口を開けたまま顔を真っ赤にして止まっていた。
「あ、あの?」
「あ!ああ! で、ではこちらにサインを下さい!」
「はぁ……」
不思議に思って声をかけると、門番の時が動いた。そして、記帳するようノートを差し出され、ペンを出された。
俺は俯いた時に髪が邪魔なので、片側だけ髪を耳にかけ、ペンを走らせた。
「あの! あ、握手しても良いですか?!」
「は?」
手を差し出され、握手を求められた。一体なんの意味があるやり取りなのか謎だった。
まぁ握手くらい別に良いか、と思い門番の手を握った。門番はこちらをじっと見つめてくるため少し怖くなって、話してもらうために内心冷や汗をかきながら微笑んだ。
「ありがとうございます!」
そう言って手を離してくれたのでホッとした。グウェンは今演習中だという話も聞けたので、演習場の道順を訊ねて手を振って別れを告げ、向かうことにした。
「……なんか、さっきの、アイドルの握手会の気分だった……」
一体本当に、なんの意味があったのかは謎だ。しかし、後にファンサする美人公爵夫人という、ある意味グウェンの2つ名よりも恥ずかしいあだ名がついてくることになるとは思っていなかった。
演習場までの道を歩いている間、みんな演習中なのか、誰ともすれ違わなかった。挨拶をしながら歩くのは引きこもり的には苦痛以外の何物でもないため助かった。
すると、剣がぶつかり合う金属音や何かが爆発するような音が聞こえてきた。 演習場に違いない、と思い俺は柱に隠れながら顔だけ出してグウェンを探し始めた。
しかしいつもの黒衣は目立つのに、見つからない。まさか今日は演習に参加してないのだろうか。
本来なら、自分は女性ではないが夫人という立場で、このような場所に来ることは、はしたない行為だ。だから大袈裟にキョロキョロと探し回ることは出来ない。
ここに居なかったらどこに行けばいいか聞いておけばよかった、と内心後悔していた。
「誰だ、そこにいるやつは!」
「ぴっ」
突然後ろから声をかけられ、身体をびくりと震わせた。変な声も一緒に出てしまった。
恐る恐る振り返ると、演習場にいる騎士たちと同じ格好をした騎士が立っていた。
「す、すみません……」
「……い、や…ちょっと、あ、あの、お名前を伺っても、よろしいでしょうか……?」
門番の時同様、何故か顔を真っ赤にして身体を固めていた。そして片言のように名前を聞かれる。
「の、ノア=ライオットです……」
「! し、失礼しました! グウェン殿の奥方でございますか!」
「え、ちょ、声でか……」
声がでかい。やめて欲しい。目立ちたくないのだ、なるべく穏便に帰路につきたい。
この書類が他人の手に渡っていいものか分からないので、他人に渡せないからこうやって隠れてる訳で。しかし目の前の騎士にそれを察しろとは無理な話だ。
「グウェン殿をお呼び致しましょうか?!」
「ちょ、マジで声でかい……!」
シー!と口に人差し指を当ててジェスチャーをするが、騎士は、ぐ、と堪えたような顔をするだけで声量は変わらなかった。
「え、演習場には居ないのですか?」
「いるはずです! お呼びします!」
「目立ちたくないんだ…! 演習はいつ終わる?」
すると騎士はやっと声量を抑えて話し始めた。
「も、もうすぐ終わると思います。グウェン殿は1番に退席しますので、そこまで案内しますか?」
「…今はどこにいる?」
そもそも俺は、グウェンが働いているところを見るのがセカンドミッションなのだ。夫が剣を振るう姿はほとんど見たことがない。
俺は騎士に指を指された方角を見る。奥の方に鞘のままの剣を床に突き刺し、仁王立ちしている姿が見えた。
「……あれ?戦わないの?」
「グウェン殿が戦ったら、俺ら一帯屍の山です」
「えええ……」
せっかく見れると思ったのに、残念だ。と落ち込んだ。しかし、戦わないのならば、せめて命令してるとこでも見れるかもと意気込みもう一度見ているが、黙り続けていた。
「……喋りもしないの?」
「まぁ、みんなが演習中はあまり…余程体たらくなやつが居ないと怒鳴ったりしないですね」
「怒鳴るの?!」
グウェンが怒鳴って怒る姿は見たことがない。是非とも見たい。
「誰か失敗しないかな」
「え、奥方、言ってることエグイですね」
隣の騎士にドン引きされながら見ていると、1人なんだか演習中に調子に乗った騎士がいたようだった。
グウェンが突然歩き出し、その騎士の首根っこを掴んで放り出した。何か話しているようだが聞こえない。
「あ、あちゃー……たまにあるんすよ…」
「……」
グウェンの顔はかなり怒っていた。俺には見せたことの無い顔だった。
結婚して初めて見る夫の姿だった。
「大丈夫ですか?奥が……」
騎士の言葉が俺の顔を見て中断した。
「えええ…奥方、めちゃくちゃ目が輝いていますよ……」
「え? いや、ちょっと、怒ってるとこ初めて見たから…」
「見たから?」
「ちょっと俺も怒られてみたい」
騎士は明らかにドン引きしていた。俺は気にせず、どうすれば怒られるのか考えることにした。
「ここから走って行けば、俺も首根っこ掴まれて放り出されるかな?」
「え?! いや! それはやめた方がいいですよ! てかしないと思います!」
「しないかな? ええー、して欲しいんだけどなぁ…」
ドン引き続ける騎士を尻目に、俺は構わず怒られる方法を探すことに決めた。そうしている間に、違う騎士も何か怒鳴られていた。
「え! なんか怒鳴ってる! ずるい!」
「ええ……あれ俺らにとっては地獄なんすけど……」
「何したら怒鳴られる?!」
「……いやまぁ、失敗したらそりゃあ…」
俺は考えた。それはもう人生で1番考えた。 グウェンに怒ってみて欲しい。ただそれだけのために。いつもの包容力満載の叱りではなく、今の騎士たちがされているような怒鳴られ具合をされてみたい。
そして思いつく。この書類をどこかに無くしたことにしようと。
しかし、他人に渡すのは良くない。が、少し話したこの騎士はどうやら信用できそうな気がしたので、書類を騎士に押し付けた。
「これ、無くしたことにする」
「?これなんすか?」
「これを届けに来たんだ、俺。これを無くしたことにしたら怒られると思う!」
「……いやいやいや!決算書類じゃないっすか! やばいですって!」
「やばくなきゃダメだから丁度いい!」
ふんす!と鼻息荒く騎士に詰め寄る。俺は、書類を届けるという最重要ミッションは、グウェンを怒らせるに変化していた。
そうと決まれば、グウェンの所へ急ぐしかない。 騎士に無理やり案内させ、演習場の出入口で待機することに決めた。
そして俺は騎士の名前を聞いた。後でグウェンから行くようにしてもらうと伝え、案内してくれたお礼を言って別れたのだった。
演習場の出入口で待っていると、いつもの黒衣が近づいてきた。俺はもうワクワクしながらグウェンが来るのを待った。
グウェンは最初、首を傾げながら歩いていた。おそらく俺が誰か分からなかったようだった。しかし近づくにつれ、俺だと気づいたのか走り出してきた。
「ノア!なんでここに!」
「グウェン!えへへ」
グウェンは俺が我慢できずにニヤけると、ビクッと止まる。
「な、なんでにやけているんだ。というか、どうしたんだその格好は……」
「これはアイリスとスイレンに…じゃなくて!俺ね、俺! 持ってきたんだよ!書類!」
いつになくハイテンションの俺に、不思議そうに見ているグウェン。構わず俺は持っていない書類を探すふりをする。
「書類? 何も持ってないじゃないか」
「あれー? 無いなー」
「……」
「落としたかも!」
明らかに棒読みの俺にグウェンは、なにか企んでいるのでは、と怪しむ目付きをしてくる。
俺がして欲しいのはそれじゃないので無視する。
「なくしたかもなー!」
「ノア? 何がしたいんだ……?」
「どっかやっちゃったかも!」
「……なんなんだ一体」
全然怒ってくれない。むしろ俺の行動が意味不明すぎて訳が分からない様子だった。
俺は怒ってくれないグウェンにほっぺたを膨らましてむくれた。
「さっきみたく怒鳴って欲しいんだけど」
「は?」
「演習場でしてたみたく、怒って欲しい!」
「は?!」
その時、ぞろぞろと演習の片付けを終えた騎士たちが歩いてきていたが、俺はやっぱり気にせずグウェンに言った。
「グウェンに怒鳴られたい!首根っこ掴まれて放り出されたい!」
その場にいた全員が、固まることになった。
「ノア…来てくれたのは嬉しい、嬉しいんだが」
「うんうん」
「その、俺は別にノアに怒鳴りたいとは思わない…」
執務室でそう言ったグウェンは、酷く疲れた顔をしていた。俺はこうなったら意地でもグウェンに怒鳴って欲しかった。
「やだー! お願い!」
「っな!おいノア!」
グウェンの腹にタックルするように抱きつき、プライドを全て捨てておねだりした。グウェンはいつにない俺の姿に驚いていた。
とりあえず俺を引き剥がそうと、抵抗するために腕を取ろうとする。けど俺は頭をグリグリお腹に擦り付け、続ける。
「やだやだやだー!」
「ちょ、ノア……!」
そして、ノックとともにドアが開いて、騎士たちが入ったことに俺は気づかなかったので叫んだ。
「俺のこと怒鳴ってくれたらグウェンの変態プレイに付き合うからー!」
またしても、その場にいた全員が固まることになった。
「ねぇ、ノア。ノアのせいでグウェンが騎士団で変態夫婦だって噂されて可哀想なことになってるよ」
「だって。怒鳴ってくれなかったんだもん」
「ノア、実は僕より我儘でタチ悪いんじゃ…」
レイにそう言われたけど、グウェンが俺に怒鳴ってくれないのが悪いと思う。
現在4章を書いている途中です。まだまだ続きますので、よろしくお願い致します!
お礼として書きました。読んでくださると嬉しいです!
ある晴れた日の事だった。
「あら…これは」
アイリスが書斎で見つけた書類は、今日中の提出書類だった。
「ノア様、旦那様が忘れ物をしております」
「へ? 珍しいね」
グウェンは完璧に仕事をこなす人間だ。あまりミスをしているイメージがない。基本的に定時で帰ってくるし、家でも仕事をしている時は常に冷静だ。
そんなグウェンが忘れ物をするなど初めての事だった。
「うーん…暇だし、届けようかな」
「使用人共で参りますよ?」
アイリスがそう言うが、俺は実はグウェンの職場に1度も行ったことがなかった。
「騎士団てどんなとこか気になるし…行ってみたい」
なんて子供みたいな言い訳なのか。仕事をしているグウェンを見たことはほとんどない。
アイリスは俺にそう言われると、すぐにスイレンを呼んだ。
「なに?アイリス」
「スイレン、ノア様が旦那様の所へお出かけするの」
「……それは、腕によりをかけましょう」
2人はウキウキした様子で、手にオイルや香水やら化粧道具やらアクセサリーを持って、俺にジリジリと迫ってくる。
俺は怖くなって後退するが、逃げられるはずもなく、なすがままに色々弄られた。
「ただ忘れ物を持ってくだけなんだけど…」
「いえ、忘れ物を持っていくのはイベントです」
「そうです。もはやデートのようなものです」
「いや、デートではない……」
俺は、袖口の広いデコルテがレースになっている黒のトップスに、足の輪郭をしっかり見せた黒の細身のボトムスを着させられ、ダボッとして膝丈まである白のロングカーディガンを着させられた。イヤリングや腕輪も付けられたが、どれも華美なものではなく、シンプルで細身のタイプだった。
なぜ異世界なのに現代風なのかは謎だ。
髪もセットされ、鏡を見たら別人だった。化粧もほんのりされて唇なんかツヤツヤにされていた。
「ちょ…やりすぎ、たかが忘れ物…」
そう、何度も言うが、忘れ物を届けるだけである。まるで本当にデートに行くかのごとく準備されている。
アイリスとスイレンは額の汗を拭うポーズをとって満足そうに鼻を膨らませていた。
「やっぱり元が良いとやり甲斐があります」
「さ、馬車も呼びましたので出発です。先触れは出しません、ビックリさせましょう」
「え゛」
2人にズルズルと引っ張られ、書類と共に馬車に投げ入れられることとなった。
騎士団に到着すると、公爵家の門とは違い、重々しい雰囲気が漂う門が出迎える。馬車を降りて、すぐ横にある門番が駐在する小さな建物に入れさせて貰えるよう尋ねることにした。
「あの……」
「あーはいはい、どうしま……っ!」
門番は面倒くさそうにしていたが、俺を見た瞬間口を開けたまま止まってしまった。
「グウェン=ライオットに忘れ物を届けに来たのですが…入れますか?」
「! 騎士団長統括へのですか?!失礼ですがど、どういったご関係で……」
「あ、えっと……その、つ、まです…」
恥ずかしくなって顔が紅潮してくるのが分かる。わざわざあまり他人に紹介する事がないため、こういう時はいつも恥ずかしくなってしまう。引きこもりの性だ。
赤くなってモジモジしていたが、門番からはなんの返事もなく、口を開けたまま顔を真っ赤にして止まっていた。
「あ、あの?」
「あ!ああ! で、ではこちらにサインを下さい!」
「はぁ……」
不思議に思って声をかけると、門番の時が動いた。そして、記帳するようノートを差し出され、ペンを出された。
俺は俯いた時に髪が邪魔なので、片側だけ髪を耳にかけ、ペンを走らせた。
「あの! あ、握手しても良いですか?!」
「は?」
手を差し出され、握手を求められた。一体なんの意味があるやり取りなのか謎だった。
まぁ握手くらい別に良いか、と思い門番の手を握った。門番はこちらをじっと見つめてくるため少し怖くなって、話してもらうために内心冷や汗をかきながら微笑んだ。
「ありがとうございます!」
そう言って手を離してくれたのでホッとした。グウェンは今演習中だという話も聞けたので、演習場の道順を訊ねて手を振って別れを告げ、向かうことにした。
「……なんか、さっきの、アイドルの握手会の気分だった……」
一体本当に、なんの意味があったのかは謎だ。しかし、後にファンサする美人公爵夫人という、ある意味グウェンの2つ名よりも恥ずかしいあだ名がついてくることになるとは思っていなかった。
演習場までの道を歩いている間、みんな演習中なのか、誰ともすれ違わなかった。挨拶をしながら歩くのは引きこもり的には苦痛以外の何物でもないため助かった。
すると、剣がぶつかり合う金属音や何かが爆発するような音が聞こえてきた。 演習場に違いない、と思い俺は柱に隠れながら顔だけ出してグウェンを探し始めた。
しかしいつもの黒衣は目立つのに、見つからない。まさか今日は演習に参加してないのだろうか。
本来なら、自分は女性ではないが夫人という立場で、このような場所に来ることは、はしたない行為だ。だから大袈裟にキョロキョロと探し回ることは出来ない。
ここに居なかったらどこに行けばいいか聞いておけばよかった、と内心後悔していた。
「誰だ、そこにいるやつは!」
「ぴっ」
突然後ろから声をかけられ、身体をびくりと震わせた。変な声も一緒に出てしまった。
恐る恐る振り返ると、演習場にいる騎士たちと同じ格好をした騎士が立っていた。
「す、すみません……」
「……い、や…ちょっと、あ、あの、お名前を伺っても、よろしいでしょうか……?」
門番の時同様、何故か顔を真っ赤にして身体を固めていた。そして片言のように名前を聞かれる。
「の、ノア=ライオットです……」
「! し、失礼しました! グウェン殿の奥方でございますか!」
「え、ちょ、声でか……」
声がでかい。やめて欲しい。目立ちたくないのだ、なるべく穏便に帰路につきたい。
この書類が他人の手に渡っていいものか分からないので、他人に渡せないからこうやって隠れてる訳で。しかし目の前の騎士にそれを察しろとは無理な話だ。
「グウェン殿をお呼び致しましょうか?!」
「ちょ、マジで声でかい……!」
シー!と口に人差し指を当ててジェスチャーをするが、騎士は、ぐ、と堪えたような顔をするだけで声量は変わらなかった。
「え、演習場には居ないのですか?」
「いるはずです! お呼びします!」
「目立ちたくないんだ…! 演習はいつ終わる?」
すると騎士はやっと声量を抑えて話し始めた。
「も、もうすぐ終わると思います。グウェン殿は1番に退席しますので、そこまで案内しますか?」
「…今はどこにいる?」
そもそも俺は、グウェンが働いているところを見るのがセカンドミッションなのだ。夫が剣を振るう姿はほとんど見たことがない。
俺は騎士に指を指された方角を見る。奥の方に鞘のままの剣を床に突き刺し、仁王立ちしている姿が見えた。
「……あれ?戦わないの?」
「グウェン殿が戦ったら、俺ら一帯屍の山です」
「えええ……」
せっかく見れると思ったのに、残念だ。と落ち込んだ。しかし、戦わないのならば、せめて命令してるとこでも見れるかもと意気込みもう一度見ているが、黙り続けていた。
「……喋りもしないの?」
「まぁ、みんなが演習中はあまり…余程体たらくなやつが居ないと怒鳴ったりしないですね」
「怒鳴るの?!」
グウェンが怒鳴って怒る姿は見たことがない。是非とも見たい。
「誰か失敗しないかな」
「え、奥方、言ってることエグイですね」
隣の騎士にドン引きされながら見ていると、1人なんだか演習中に調子に乗った騎士がいたようだった。
グウェンが突然歩き出し、その騎士の首根っこを掴んで放り出した。何か話しているようだが聞こえない。
「あ、あちゃー……たまにあるんすよ…」
「……」
グウェンの顔はかなり怒っていた。俺には見せたことの無い顔だった。
結婚して初めて見る夫の姿だった。
「大丈夫ですか?奥が……」
騎士の言葉が俺の顔を見て中断した。
「えええ…奥方、めちゃくちゃ目が輝いていますよ……」
「え? いや、ちょっと、怒ってるとこ初めて見たから…」
「見たから?」
「ちょっと俺も怒られてみたい」
騎士は明らかにドン引きしていた。俺は気にせず、どうすれば怒られるのか考えることにした。
「ここから走って行けば、俺も首根っこ掴まれて放り出されるかな?」
「え?! いや! それはやめた方がいいですよ! てかしないと思います!」
「しないかな? ええー、して欲しいんだけどなぁ…」
ドン引き続ける騎士を尻目に、俺は構わず怒られる方法を探すことに決めた。そうしている間に、違う騎士も何か怒鳴られていた。
「え! なんか怒鳴ってる! ずるい!」
「ええ……あれ俺らにとっては地獄なんすけど……」
「何したら怒鳴られる?!」
「……いやまぁ、失敗したらそりゃあ…」
俺は考えた。それはもう人生で1番考えた。 グウェンに怒ってみて欲しい。ただそれだけのために。いつもの包容力満載の叱りではなく、今の騎士たちがされているような怒鳴られ具合をされてみたい。
そして思いつく。この書類をどこかに無くしたことにしようと。
しかし、他人に渡すのは良くない。が、少し話したこの騎士はどうやら信用できそうな気がしたので、書類を騎士に押し付けた。
「これ、無くしたことにする」
「?これなんすか?」
「これを届けに来たんだ、俺。これを無くしたことにしたら怒られると思う!」
「……いやいやいや!決算書類じゃないっすか! やばいですって!」
「やばくなきゃダメだから丁度いい!」
ふんす!と鼻息荒く騎士に詰め寄る。俺は、書類を届けるという最重要ミッションは、グウェンを怒らせるに変化していた。
そうと決まれば、グウェンの所へ急ぐしかない。 騎士に無理やり案内させ、演習場の出入口で待機することに決めた。
そして俺は騎士の名前を聞いた。後でグウェンから行くようにしてもらうと伝え、案内してくれたお礼を言って別れたのだった。
演習場の出入口で待っていると、いつもの黒衣が近づいてきた。俺はもうワクワクしながらグウェンが来るのを待った。
グウェンは最初、首を傾げながら歩いていた。おそらく俺が誰か分からなかったようだった。しかし近づくにつれ、俺だと気づいたのか走り出してきた。
「ノア!なんでここに!」
「グウェン!えへへ」
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「な、なんでにやけているんだ。というか、どうしたんだその格好は……」
「これはアイリスとスイレンに…じゃなくて!俺ね、俺! 持ってきたんだよ!書類!」
いつになくハイテンションの俺に、不思議そうに見ているグウェン。構わず俺は持っていない書類を探すふりをする。
「書類? 何も持ってないじゃないか」
「あれー? 無いなー」
「……」
「落としたかも!」
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俺がして欲しいのはそれじゃないので無視する。
「なくしたかもなー!」
「ノア? 何がしたいんだ……?」
「どっかやっちゃったかも!」
「……なんなんだ一体」
全然怒ってくれない。むしろ俺の行動が意味不明すぎて訳が分からない様子だった。
俺は怒ってくれないグウェンにほっぺたを膨らましてむくれた。
「さっきみたく怒鳴って欲しいんだけど」
「は?」
「演習場でしてたみたく、怒って欲しい!」
「は?!」
その時、ぞろぞろと演習の片付けを終えた騎士たちが歩いてきていたが、俺はやっぱり気にせずグウェンに言った。
「グウェンに怒鳴られたい!首根っこ掴まれて放り出されたい!」
その場にいた全員が、固まることになった。
「ノア…来てくれたのは嬉しい、嬉しいんだが」
「うんうん」
「その、俺は別にノアに怒鳴りたいとは思わない…」
執務室でそう言ったグウェンは、酷く疲れた顔をしていた。俺はこうなったら意地でもグウェンに怒鳴って欲しかった。
「やだー! お願い!」
「っな!おいノア!」
グウェンの腹にタックルするように抱きつき、プライドを全て捨てておねだりした。グウェンはいつにない俺の姿に驚いていた。
とりあえず俺を引き剥がそうと、抵抗するために腕を取ろうとする。けど俺は頭をグリグリお腹に擦り付け、続ける。
「やだやだやだー!」
「ちょ、ノア……!」
そして、ノックとともにドアが開いて、騎士たちが入ったことに俺は気づかなかったので叫んだ。
「俺のこと怒鳴ってくれたらグウェンの変態プレイに付き合うからー!」
またしても、その場にいた全員が固まることになった。
「ねぇ、ノア。ノアのせいでグウェンが騎士団で変態夫婦だって噂されて可哀想なことになってるよ」
「だって。怒鳴ってくれなかったんだもん」
「ノア、実は僕より我儘でタチ悪いんじゃ…」
レイにそう言われたけど、グウェンが俺に怒鳴ってくれないのが悪いと思う。
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【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
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