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最終章
蓮【清らかな心】
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馬車を降りると、本邸の立派な門が見えた。門の先には遠いが為に、小さく見える本邸が見える。
門の両サイドに門番が立っていた。俺の顔を見るなり目玉が飛び出そうなほど驚いていた。
「ノア様!! お帰りなさい!」
「今開けますから!」
「あ、ああ……ただいま…」
何だか、ただいまとは言い難い気がした。まだ何となく見に来ただけ、と思っている自分がいる。
「きっと、驚かれますよ」
門番に言われ、不思議に思う。
自分がここに来たことに対してグウェンが驚くという意味だろうか。意味を捉えかねていると、大仰な門が開く。
門番の人に礼を行って、ゆっくり中を歩いた。本来なら馬車で行くような道だが、目立つし、まだグウェンに会っていいのか分かりかねていたから御者には帰ってもらった。
歩くと門から本邸まで10分はかかる。遠いが、久しぶりの庭園に少しわくわくしている自分がいた。
グウェンは一体何を造ったのだろうか。石像?絵画?建物? 何だかあまり想像がつかない。
「……あれ?」
そう考えていると、道の真ん中に馬車でも通れそうなほど大きな白のクライミングローズのアーチが見えてきた。
こんなの、見たこと無かった。これがグウェンが造ったものなのだろうか。確かに美しいが、これで見てこいとスイレンやアイリス、テオが言うのは腑に落ちない。
綺麗に咲いている白のクライミングローズのアーチをくぐる。まるで幻想的な世界に入り込んで、違う場所に来たみたいだった。
しばらく歩くと、今度は月下美人が目の前に広がっていた。まだ月は出ていないのに、狂い咲いている。月下美人はとても美しく咲き誇っていた。
その月下美人の間に、またしても馬車でも通れそうなほど横幅の大きな橋が見えてきた。橋はほんの少しだけアーチ上になっている。けれど馬も人も辛くない程度のアーチだ。
その橋に足をかけた時、気づいた。
グウェンが一体何を作ったのか、理解した。
橋があるということは、水がある。水があるから橋をかけたのだ。それは大きな池だった。道の真ん中に、見渡す程の大きな池を作っていたのだ。
その池は、泥のような色をしていた。なのに、とても綺麗で美しかった。だってこれは。
「蓮だ……」
グウェンが一体何を考えて作ってくれたのかなんて、すぐに分かった。見ればわかるなんてみんなに言われて、分からなかったらどうしようなんて心配は杞憂もいい所だ。
俺は、顔がいつの間にか濡れていることに気がついた。見渡す限りの大きな蓮の池。まるでこれは、俺が家に飾った刺繍と一緒だった。
「……っ、う、ううう……」
どうして俺は、また信じなかったのか。
前世の両親のことを信じられなくて、あんなに後悔したのに。どうして家族になってくれた人を信じられないのか。
俺の事を、こんなに想ってくれている人を。
「ノア」
歩いてきた道の方から、声が聞こえた。会うのが怖いと思っていた。なのに、今無性に、どうしようもなく、みっともないほど泣きじゃくるほど、聴きたかった声。
「ノア」
懐かしくなるいつもの黒衣に包まれた男が手を差し出していた。
俺は泣いている顔も関係なく、駆け出した。
「……っ!グウェン……っ」
その胸に飛び込むように抱きつくと、黒衣にふわりと包み込まれた。
懐かしい香りが鼻腔をくすぐる。温かい体温の心地良さを身体が思い出す。抱きしめてくれる腕の強さを感じる。
「俺はもう、ここに、来ちゃダメだと、思ったんだ……!」
「そんな訳ないだろう」
いつもの優しい声。
「怖くて、もう、誰を信じていいか、分かんなくて!」
「そうだな」
いつもの優しい手が髪に触れる。
「でも……!行けば分かるって!」
「……分かってくれたな」
いつもの優しい笑みが。
「う、ううう……!うあああぁ……!」
美しい大きな蓮池の真ん中で、子供のように泣きじゃくる声は、黒衣が優しく包みこんでくれていた。
それから1週間が経った。俺は見事な蓮の池を見たあと、すぐに本邸には戻らなかった。グウェンに、あと少しで全部が終わるから待って欲しいと言われた。どうやら、事件の後処理がまだ少し残っていたようだ。俺に見せないように全てを終わらせたいようにも感じた。
俺も何となく、数週間ぶりに会ったグウェンを見てほんの少しだけ気恥しさを覚えて、素直に屋敷に戻ることに決めた。
アイリスとスイレンは、俺が戻った時の顔を見て、呆れるように笑いながら腫れてパンパンの瞼に回復をかけてくれた。
そして、1週間が経った今日。全てが片付いたと連絡があって本邸に戻ってきた。アイリスとスイレンも一緒に荷物を持って庭園を歩いていた。
俺は荷物もあるし、そもそも2人は女の子だし、馬車を使った方が良いんじゃないかと言った。しかし2人は頑なに、『まだ蓮の池を私どもは実際に目をしたことがないので、見たいです』と言うので歩くことにした。
2人とも、普段はすました顔でいることが多いが、見事な大きさの美しい蓮の池には流石に表情を崩して感動していた。
「これが愛の大きさね」
「アイリス、深さよ」
「スイレン、重さでもあるわね」
「ちょっとどころじゃない重さよね」
こそこそ2人が話しているのは、無視することに決めた。
この広い蓮の池の美しさを管理維持するのは物凄い大変だろうな、なんて庭師の心配をしながら歩いていった。
本邸の前に立ち、ゴクリと喉を鳴らす。アイリスとスイレンが玄関ホールに繋がる扉に手をかける。2人で同時に観音開きの扉を開けた。
「ノア、おかえり」
前と同じように、手を差し出してくれる黒衣にぶつかる様に勢いよく飛び込んだ。
「ただいま、グウェン!」
門の両サイドに門番が立っていた。俺の顔を見るなり目玉が飛び出そうなほど驚いていた。
「ノア様!! お帰りなさい!」
「今開けますから!」
「あ、ああ……ただいま…」
何だか、ただいまとは言い難い気がした。まだ何となく見に来ただけ、と思っている自分がいる。
「きっと、驚かれますよ」
門番に言われ、不思議に思う。
自分がここに来たことに対してグウェンが驚くという意味だろうか。意味を捉えかねていると、大仰な門が開く。
門番の人に礼を行って、ゆっくり中を歩いた。本来なら馬車で行くような道だが、目立つし、まだグウェンに会っていいのか分かりかねていたから御者には帰ってもらった。
歩くと門から本邸まで10分はかかる。遠いが、久しぶりの庭園に少しわくわくしている自分がいた。
グウェンは一体何を造ったのだろうか。石像?絵画?建物? 何だかあまり想像がつかない。
「……あれ?」
そう考えていると、道の真ん中に馬車でも通れそうなほど大きな白のクライミングローズのアーチが見えてきた。
こんなの、見たこと無かった。これがグウェンが造ったものなのだろうか。確かに美しいが、これで見てこいとスイレンやアイリス、テオが言うのは腑に落ちない。
綺麗に咲いている白のクライミングローズのアーチをくぐる。まるで幻想的な世界に入り込んで、違う場所に来たみたいだった。
しばらく歩くと、今度は月下美人が目の前に広がっていた。まだ月は出ていないのに、狂い咲いている。月下美人はとても美しく咲き誇っていた。
その月下美人の間に、またしても馬車でも通れそうなほど横幅の大きな橋が見えてきた。橋はほんの少しだけアーチ上になっている。けれど馬も人も辛くない程度のアーチだ。
その橋に足をかけた時、気づいた。
グウェンが一体何を作ったのか、理解した。
橋があるということは、水がある。水があるから橋をかけたのだ。それは大きな池だった。道の真ん中に、見渡す程の大きな池を作っていたのだ。
その池は、泥のような色をしていた。なのに、とても綺麗で美しかった。だってこれは。
「蓮だ……」
グウェンが一体何を考えて作ってくれたのかなんて、すぐに分かった。見ればわかるなんてみんなに言われて、分からなかったらどうしようなんて心配は杞憂もいい所だ。
俺は、顔がいつの間にか濡れていることに気がついた。見渡す限りの大きな蓮の池。まるでこれは、俺が家に飾った刺繍と一緒だった。
「……っ、う、ううう……」
どうして俺は、また信じなかったのか。
前世の両親のことを信じられなくて、あんなに後悔したのに。どうして家族になってくれた人を信じられないのか。
俺の事を、こんなに想ってくれている人を。
「ノア」
歩いてきた道の方から、声が聞こえた。会うのが怖いと思っていた。なのに、今無性に、どうしようもなく、みっともないほど泣きじゃくるほど、聴きたかった声。
「ノア」
懐かしくなるいつもの黒衣に包まれた男が手を差し出していた。
俺は泣いている顔も関係なく、駆け出した。
「……っ!グウェン……っ」
その胸に飛び込むように抱きつくと、黒衣にふわりと包み込まれた。
懐かしい香りが鼻腔をくすぐる。温かい体温の心地良さを身体が思い出す。抱きしめてくれる腕の強さを感じる。
「俺はもう、ここに、来ちゃダメだと、思ったんだ……!」
「そんな訳ないだろう」
いつもの優しい声。
「怖くて、もう、誰を信じていいか、分かんなくて!」
「そうだな」
いつもの優しい手が髪に触れる。
「でも……!行けば分かるって!」
「……分かってくれたな」
いつもの優しい笑みが。
「う、ううう……!うあああぁ……!」
美しい大きな蓮池の真ん中で、子供のように泣きじゃくる声は、黒衣が優しく包みこんでくれていた。
それから1週間が経った。俺は見事な蓮の池を見たあと、すぐに本邸には戻らなかった。グウェンに、あと少しで全部が終わるから待って欲しいと言われた。どうやら、事件の後処理がまだ少し残っていたようだ。俺に見せないように全てを終わらせたいようにも感じた。
俺も何となく、数週間ぶりに会ったグウェンを見てほんの少しだけ気恥しさを覚えて、素直に屋敷に戻ることに決めた。
アイリスとスイレンは、俺が戻った時の顔を見て、呆れるように笑いながら腫れてパンパンの瞼に回復をかけてくれた。
そして、1週間が経った今日。全てが片付いたと連絡があって本邸に戻ってきた。アイリスとスイレンも一緒に荷物を持って庭園を歩いていた。
俺は荷物もあるし、そもそも2人は女の子だし、馬車を使った方が良いんじゃないかと言った。しかし2人は頑なに、『まだ蓮の池を私どもは実際に目をしたことがないので、見たいです』と言うので歩くことにした。
2人とも、普段はすました顔でいることが多いが、見事な大きさの美しい蓮の池には流石に表情を崩して感動していた。
「これが愛の大きさね」
「アイリス、深さよ」
「スイレン、重さでもあるわね」
「ちょっとどころじゃない重さよね」
こそこそ2人が話しているのは、無視することに決めた。
この広い蓮の池の美しさを管理維持するのは物凄い大変だろうな、なんて庭師の心配をしながら歩いていった。
本邸の前に立ち、ゴクリと喉を鳴らす。アイリスとスイレンが玄関ホールに繋がる扉に手をかける。2人で同時に観音開きの扉を開けた。
「ノア、おかえり」
前と同じように、手を差し出してくれる黒衣にぶつかる様に勢いよく飛び込んだ。
「ただいま、グウェン!」
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