【完結】泥中の蓮

七咲陸

文字の大きさ
上 下
75 / 92
最終章

黒百合【呪い】

しおりを挟む
フラフラと何とか馬車を降りる。屋敷に帰宅すると、グウェンが玄関ホールまで走って俺の前まで来てくれた。どうやら先に帰宅していたようだった。


「何があったんだ!?レイが演習中に転移をしたんだ! それを見たルークも追いかけて……!」


グウェンは俺を責めている訳では無い。怖くもない。

だけど、上手く言葉にならなくて、俺はグウェンの身体に手を回して抱きついた。


「ノア…っ」
「っ……う、ううう!ぅぅううう!!!」


俺は、自分の無力感にグウェンの胸で泣き続けた。グウェンは、俺をキツイほど抱きしめてくれた。


「テオは、喜んでっ、レイの、手紙を!っひ、嬉しそう、にっ、く…!笑ってたのに!!」
「ノア」
「なのに……!う、ううう!」
「…ノア」
「気づいて、あげられっひく、なかった!」


グウェンが俺を抱きしめる手を少し緩める。そして、俺の頭を子供にあやす様にゆっくり撫でてくれた。


「ノア、大丈夫」
「テオはっ! いっぱい血が、流れてた!」
「大丈夫だ。生きていたんだろう」
「っ!う、ううう!」
「ノアが、レイを呼んで助かったんだろう?」
「それし、っか!」
「ノアじゃなきゃ出来なかった。ルークでも、俺でも、他の奴らじゃレイは呼べない」


レイの転移の範囲は、俺の周囲に留まっている。俺の周りに物を転移させたり、俺自身を転移させたり、レイが俺に転移したり。俺が関わらないと転移は成功しない。


「大丈夫だ。レイも、ルークも分かってるはずだ」


グウェンの声は低くて穏やかで、どこまでも優しく響いた。俺はレイが泣いていたように泣き続けた。疲れて眠ってしまうまで、泣き続けた。









翌日、グウェンには休んだ方が良いと言われたが、今日も学園へ出勤する事に決めた。ほかの先生方は行っているのに、自分だけ休むのは気が引けた。

重い体を引きずるように学園に行くと、廊下で生徒が声をかけてきた。


「ノア先生、大丈夫?!顔真っ青だよ!」
「休んだ方がいいよ…!」


生徒にそう言われてしまったが、大丈夫、と微笑むと心配そうだがそれ以上は何も言われなかった。

施錠していた相談室を開いて、部屋に入ると同時に声がかかった。


「ノア先生!大丈夫ですか?!」
「あ、アラン先生…」


廊下から走ってきたアラン先生が息を切らしながらやってきた。アラン先生もあまり顔色は良くなさそうだった。


「生徒から、ノア先生が死にそうな顔をしていると聞いて……!」


アランはいつもの穏やかな表情ではなく、本気で心配してくれている表情をしていた。

俺は乾いた笑いを微かに出しながら答えた。


「はは、死なないですよ。大丈夫です。こう見えて丈夫なんです」
「……やはり、今日は帰った方が」
「家で1人の方が色々考えてしまうので…」


あまり納得してはなさそうだったが、そうですか、とアラン先生は言ってくれた。


「今日は緊急の職員会議をするそうです。行けますか?」
「はい、荷物を置いたら行きますね」
「一緒に行きましょう」


本当に心配している。まるで自殺しないように監視されているようだな、と感じながらも有難くその気持ちを頂くことにした。

職員会議は思ったよりも短かった。状況と、推測された理由を学園長が話す。現在ローマンド家にて療養し、しばらくそのまま療養を続けるとのことだった。他の生徒にはあまり触れ回らないように気をつけることと、生徒たちのサインを見逃さないようにすることを話して解散した。

俺はとぼとぼと相談室へ戻った。椅子に座って、テーブルに突っ伏した。

俺は、この学園に居る意味が分からなくなってしまった。身近な生徒1人の様子も分からないほど、仕事が出来ていない。

あの時のテオは、悩みなんてなさそうだった。

友人がいて、テオも面倒くさそうに返事はしているが、本気で嫌がっていなかった。友人もそれが分かっていて、ちょっかいをかけているようだった。

手紙を渡した時は、友人と話していた時の背伸びをした顔じゃなかった。まるで純粋な子供に戻ったかのように、目を輝かせて、レイの手紙を大事そうに受け取っていた。

花言葉を聞いた時も、嬉しそうに聞いていた。レイに期待されていることが、彼の重荷になっているとは到底思えなかった笑顔だった。

それなのに、魔法の点数が少し悪かった、それだけで。


「……っ」


突っ伏したまま、握った手は白くなって爪がくい込んでいた。くい込んだ手のひらからは、ほんの少しだけ、血が滲んでいた。

テオは沢山血を流していた。子供の身体で、あんなに血を流していて。おそらく本当に危険な状況だった。

あのテオの友人が、自分を呼んでくれなかったら。自分が、咄嗟にレイを呼ぶことを思いつかなかったら。

本当に危なかったんだと、更に思った。テオは死んでもおかしくなかった。


「……はぁ」


本当に自分が居る意味が分からない。相談を受けたところで解決できていない女子生徒の問題もあった。果たして自分が必要な存在なのか、分からなくなってしまった。

しばらくそうしていたら、扉をノックする音が聞こえてきた。あまり相談を受ける気分ではなかったが、仕事だと思い顔を上げた。

男子生徒が3人立っていた。


「どうしたの?」


声をかけて、3人の目を見た。

知ってる。この目を。


「……ぁ、な、なに……」


3人の目は、まるで獲物を見つけた獣の目だった。

思い出す。下卑た声も、顔も、殴られた右頬も、あらぬ所が血だらけになって痛くて、気持ち悪い。

気持ち悪い。気持ち悪い気持ち悪い。


「ノア先生の体調が悪いって聞いたんだ」
「そうそう、看病してあげようと思って」
「俺らさ、慰めにきたんだよ?」


ひ、と子供なのに怯えてたじろいでしまった。恐ろしくて、身体が微かに震える。

制服と、男子生徒と、下卑た顔と声で、フラッシュバックする。


「嫌だ……やめ、」


声が上手く出せなくて、小さな声で拒絶した。ニヤニヤと3人の顔は近づいてくる。俺は腰が抜けて座り込んでしまった。それでも、逃げたくて、ずりながら後ろに下がった。

そんなもので距離が取れるはずもない。一瞬で捕まった。

いつの間にか後ろに回り込んだ生徒に羽交い締めにされる。それでも暴れようとする足を別の生徒に押さえつけられる。そしてもう1人の生徒が、俺の服に手をかけた。


「何やっているんだ!!!」


男子生徒達は突然聞こえた声に驚き、ドアの方を思いっきり振り返った。

舌打ちをして、俺を解放し、ドアの方の声を出した人物を押し退けてバタバタと出ていった。


「っ!大丈夫ですか!」


アラン先生だった。俺はカタカタと震えながら、アラン先生の差し出した手を握った。


「っは……、はぁ、ぁ」


やっと呼吸ができた。アラン先生は背中をゆっくりさすってくれる。


「あの生徒に見覚えは?」


俺は首を横に振った。力の強さから、騎士コースの生徒だろうことは予想がついただけだった。顔は、確かに見たのに、フラッシュバックと重なってよく思い出せなかった。


「私も良く見えませんでした……すみません」


アラン先生の申し訳なさそうな声も気にかけることは出来なかった。まだ、恐怖で立つことが出来なかった。


「今日は帰った方が良いです。帰れますか?」


震える身体で何とか頷いた。アラン先生に支えてもらいながら、ゆっくり立ち上がった。

テーブルの上の桃の花が、残り2つになっているのを横目に、相談室を後にした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

虐げられ聖女(男)なので辺境に逃げたら溺愛系イケメン辺境伯が待ち構えていました【本編完結】(異世界恋愛オメガバース)

美咲アリス
BL
虐待を受けていたオメガ聖女のアレクシアは必死で辺境の地に逃げた。そこで出会ったのは逞しくてイケメンのアルファ辺境伯。「身バレしたら大変だ」と思ったアレクシアは芝居小屋で見た『悪役令息キャラ』の真似をしてみるが、どうやらそれが辺境伯の心を掴んでしまったようで、ものすごい溺愛がスタートしてしまう。けれども実は、辺境伯にはある考えがあるらしくて⋯⋯? オメガ聖女とアルファ辺境伯のキュンキュン異世界恋愛です、よろしくお願いします^_^ 本編完結しました、特別編を連載中です!

いろいろ疲れちゃった高校生の話

こじらせた処女
BL
父親が逮捕されて親が居なくなった高校生がとあるゲイカップルの養子に入るけれど、複雑な感情が渦巻いて、うまくできない話

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

雪狐 氷の王子は番の黒豹騎士に溺愛される

Noah
BL
【祝・書籍化!!!】令和3年5月11日(木) 読者の皆様のおかげです。ありがとうございます!! 黒猫を庇って派手に死んだら、白いふわもこに転生していた。 死を望むほど過酷な奴隷からスタートの異世界生活。 闇オークションで競り落とされてから獣人の国の王族の養子に。 そこから都合良く幸せになれるはずも無く、様々な問題がショタ(のちに美青年)に降り注ぐ。 BLよりもファンタジー色の方が濃くなってしまいましたが、最後に何とかBLできました(?)… 連載は令和2年12月13日(日)に完結致しました。 拙い部分の目立つ作品ですが、楽しんで頂けたなら幸いです。 Noah

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

転生するにしても、これは無いだろ! ~死ぬ間際に読んでいた小説の悪役に転生しましたが、自分を殺すはずの最強主人公が逃がしてくれません~

槿 資紀
BL
駅のホームでネット小説を読んでいたところ、不慮の事故で電車に撥ねられ、死んでしまった平凡な男子高校生。しかし、二度と目覚めるはずのなかった彼は、死ぬ直前まで読んでいた小説に登場する悪役として再び目覚める。このままでは、自分のことを憎む最強主人公に殺されてしまうため、何とか逃げ出そうとするのだが、当の最強主人公の態度は、小説とはどこか違って――――。 最強スパダリ主人公×薄幸悪役転生者 R‐18展開は今のところ予定しておりません。ご了承ください。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

処理中です...