【完結】泥中の蓮

七咲陸

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最終章

アゲラタム【信頼】

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次の日、職員会議でレイに言われたことを伝えた。魔法の行使がほんの微弱ながら点々とあること、飾ってある絵から発生していること、ほんの微弱すぎてなんのための魔法かも分からないことを伝える。

ほかの先生方から少しだけザワつくが、学園長より生徒の様子を気にかけていきましょう、という言葉でまとまりを見せた。

職員会議が終わった後、自分の斜め向かいにある机の主に声をかけた。


「アラン先生、いいですか?」
「はい。先程の魔力感知の件ですか?」


アラン先生は穏やかに微笑みながら察してくれた。


「昨日いらっしゃらなかったので…レイが気をつけて欲しいと言ってましたのでそれだけなのですが」
 「天才だから見つけられたのでしょうね…私には分かりませんでした。私の方でも調べてみます」


俺はレイから頼まれたとは言え、魔法を使える人に上から物を言ったことを気にされなかったことでホッとした。穏やかで柔和な笑みを浮かべているのでとても話しやすく、安心できた。


「よろしくお願いします。何かあれば教えてください」
「もちろんです。あ、お昼にお茶をしに行っても良いですか?いいお菓子買ってきたんです」
「是非来てください、生徒が居るかもしれませんが…」


俺は基本的に常時、生徒の受け入れをしているため決まった休み時間はない。解放しておくことでなるべく生徒が相談に来やすいようにしていた。

アラン先生と話したあとは、相談室へ行き、刺繍をしながら待機をした。

すると、遠慮がちにノックの音が部屋に響く。俺は返事をして在室中を伝えると、おずおずと入りにくそうにしている女子生徒が立っていた。


「こんにちは、入ってどうぞ」


俺はにっこり笑って椅子を動かして勧めた。女子生徒はキョロキョロ周りを気にしたあと、ゆっくり中に入って椅子に腰掛けた。

こういう時の生徒は自分から声をかけない方が良いと最近は思うようになってきた。来るだけで勇気を出したのだ。それ以上急かすことはない。

俺は微笑んだ後、女子生徒の前にお茶を差し出し、お菓子も置いて歓迎していることを表現した。


「……あ、あの……」


沈黙はおそらく長い秒針が1つ動くくらいにはゆうにあった。けれどここでも急かさない。俺は声を出さず、微笑んだまま頷くだけに留めた。


「……っ、あの、と、とても。とても恥ずかしいこと、なんです」


女子生徒の肩が震えてきている。顔を見ていると青く血の気が引いていた。恥ずかしがっている顔つきにはとても見えない。まるでやってはいけないことをしてきてしまった、というような顔つきだった。


「わ、私……その、授業中……よく、夢を見るんです……」
「うん」
「ゆ、ゆめ、夢は……その、……」


夢の内容を口にしたくない。そんな思い詰めた表情のまま、口を開いたり、きゅ、と結んだりを繰り返していた。


「っ、クラスの、だ、男子たちに、襲われる、夢で……」
「うん…」
「げ、現実では、普通なんです…っ、身体も、何もなってなくて!でも…授業中、きゅ、急に眠くなって……寝たくないのに、寝ちゃって……!」


女子生徒は目に涙を浮かべ始めて、自分の体を抱き締めていた。肩の震えが大きくなっている。


「せ、先生が、起こしてくれるまで夢を、見ちゃうんです。友達にも、起こしてって頼むけど…全然起きなかったって、言われて、それで……」
「……うん」
「もう、男子に、触れられるのも、こ、怖くて……ノア先生も男の人だけど……親友にだけ話したら、相談した方が、良いって、言われて……」
「…そっか。来てくれて、ありがとう」


女子生徒は俯いてポロポロと涙を零す。俺は席を立って、彼女に触れないようにブランケットを肩にかけた。彼女はかけられたブランケットを手が白くなるほどギュッと握りしめていた。


「夢は、毎日じゃなくて…いつ見るか、いつ眠くなるか、全然分かんなくて……っ」
「注意のしようがないんだね」


女子生徒は1度だけ頷く。


「友達にも、毎日頼むのが…申し訳なくて、親友は、クラスが違うから……っ、私……怖くて……どうしてこんな夢を見てるのか……わかんなくて!」
「……家では見るの?」


彼女は今度は首を振った。学校だけでの出来事のようだった。


「主にどこで眠くなるとか、どの授業が眠くなるとか、何か特徴はある?」
「……わ、分からない……昨日はここで眠くなったって思って怖くて友達に起こしてって頼むと、その日は、平気だったり……その逆もあって……」


ランダムに訪れる夢に怯えている彼女は、震えながら思い出しているようだった。


「起こせるのは、先生だけ?」
「…先生たちは大声で、起こしてくれて……少し揺すったり、肩叩かれたりしたくらいじゃ起きないみたいで……っ」
「眠りが深そうだね。夜は眠れてる?」
「家では、見ないって分かって……安心して眠れるの……沢山寝れば、学校で眠くならないと思って、でも……っ」


家での睡眠が、彼女の助けになっているわけではなさそうだった。

俺はさすがに考えすぎかとも思ったが、レイが昨日見つけた絵画の話を持ち出すことに決めた。


「……その眠ってしまう教室には、絵が飾ってある?」
「…絵?あの美術の先生の?」
「うん。そう、あるかな?」
「…ある。あるかも……でも、あっても眠くならない時もある……」
「そっか……一つだけ、お願いがあるんだけど良いかな?ダメなら断っていいよ」


女子生徒はコクンと頷いて、涙を流しながらこちらを見ていた。


「俺の弟にその事を伝えてもいいかな?本当は、相談内容を言ってはいけないことは分かってるんだけど…」
「……その人は、言いふらしたり、しない?」
「しない。誓うよ」
「……それなら、良いです」


ともかく、今は先生たちにしっかり起こしてもらえるように伝えておくことを約束した。もちろん夢の内容は控えた状態で。

彼女はその方法しかないことに肩を落としつつも、最後は納得したようでお礼を言って退室していった。

彼女が出たあと、お昼の時間になっていることに気がついた。アラン先生との約束の時間だった。


「生徒が来てたから、来ないかな?」


まぁ仕方ないか、と軽く流そうとした時に、扉からノックの音が聞こえてきた。

返事を返すと扉が開いて、立っていたのは今考えていたアラン先生だった。


「ああ、もしかしておまたせしてました?」
「いえいえ、相談中と壁にあったので。お仕事中は邪魔できないです」
「ふふ。どうぞどうぞ、座ってください」


俺はアラン先生が持ってきてくれた茶菓子を食べるように、紅茶の準備を始めた。

アラン先生とは着任早々仲良くなった。お互い特別講師で非常勤であったし、穏やかで話しやすい人だったことで同僚兼友人のような間柄になるのに時間はかからなかった。

学園創立から1年経っても、ほかの先生方とは人見知りな部分があったが、アラン先生は本当に穏やかで話しやすかった。

お茶をテーブルに置いて、アラン先生のお菓子を食べながら談笑していると、やりかけの刺繍を見つけたようだった


「今日は何を縫っていたんですか?」
「ああ、今日は百合を縫ってました、まだ途中で…」
「そうなんですか。あ、今日も持ってきたんですよ」


アラン先生はそう言うと、カバンの中にハンカチで包んだものを取りだし、テーブルに置いた。ハンカチを開いていくと、現れたのは枝についた桃の花だった。


「わぁ、随分立派な桃の花ですね!」
「つい綺麗なので買ってしまいました…私の分は部屋にあるので貰ってください」
「いいんですか?ありがとうございます!」


俺は遠慮せずに受け取った。たまにだがこうやって花を買っては分けてもらっていたので慣れていた。

早速一輪挿しの花瓶を取り出して桃の花をテーブルに飾った。


「でも申し訳ないです…俺、花を育てるの苦手なのか、いつも持ってきてもらった花たちをすぐ枯らしちゃって……」
「いえいえ、私も満開の時に持ってくるから日持ちしないんでしょう。気にしないでください」


そう言ってもらってほんの少し心が軽くなる。その後も、アラン先生とはお昼いっぱいまでお茶を飲みながら会話を楽しんだ。

枝についた桃の花は、6つ全て満開に咲いていた。
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