【完結】泥中の蓮

七咲陸

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最終章

イカリソウ【旅立ち】

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一頻り、意外にも勉学には真面目な兄であるレイにこってり絞られた後、俺は涙目になりながら反省した。


「もう、次してたらゲンコツだからね」
「は、はい……すみません」
「グウェンも!わかった?!」
「ああ、悪かった……すまない」
「本当、テオが見たら許さないんだからね!」
「はい、すみません……」


2人して顔色悪く謝罪するとようやくレイの気は収まったようだった。まったく、と言いながら溜息をついて、違う話題に切り替えられる。


「それでさ、今日僕が来た理由なんだけどさ」
「あ、うん。どうしてきたの?」
「テオがね。何だか魔力の反応が強い時がたまにあるって言うんだ」


テオとは、ここの隣の都市の侯爵家で、レイが推薦して入学させた男の子だ。レイが推薦するくらいで、テオは入学以来トップの成績を維持し続けている。

初めはそんなテオをまるで息子ように可愛がっているレイに驚いたが、テオは良くレイに懐いており、まるでルークと家族のような関係を築いていた。

だからこそレイはそんなテオが憂いなく学生生活を送れるようにしたいと考えているのだろう。わざわざレイが調べに来る必要はないはずの些細な魔力感知でも来るあたり、よっぽどである。


「テオもどこで強くなるのかよく分からなくなるらしいんだ。全教室回って探ってみようと思う」
「全教室? 一体幾つあると思ってる」
「でも、テオが気にするし。勉強に集中して欲しいからね」


グウェンがレイに数の多さを指摘するが、レイにとっては手間をかける大変さよりはテオの学校生活の方が大切のようだった。


「そんなんで、建物を把握してるノアに着いてきてもらおうと思って」
「ああ、分かった。行こう」
「…すまない、俺は騎士団に戻る」


そう言って、俺はレイと共に学園中の教室を回ることになり、グウェンは騎士団の方へと別れた。







レイはとりあえず俺の相談室から1番近い教室に入るなり、唸った。


「うーーーん…魔力を感じるような……感じないような」
「そんなに微弱なの?」
「うん。子供が試しに使ったのかな…でも、このくらいなら何も出来ないと思うんだよねぇ」


レイが言うには、魔力の残骸みたいなものがあり、まるで残り香のように微かではあるが感じ取れるようだ。しかし、この魔力を使って魔法を行使したとは思えないほど少ない魔力しかないようだった。


「時間が経ったから、微弱とかじゃないんだ」
「いやこれ、最近のやつだよ。そんなに時間経ってない」
「問題ありそう?」


俺がそう言うと、レイは腕を組んで考え込んでしまった。天才ですら困らせる微弱な魔力に一種の感動すら覚えた。

レイは一頻り考え込んだ後、教室の廊下側の壁に飾ってある花の絵に触れた。花の絵は、美術科の先生が描いたものだった。


「…これかな。ここに何かしようとした跡がある。でも、別に問題はなさそう」
「そっか。なら良かった」
「次の教室に行こう」


俺とレイは、全ての教室を午後の時間丸々使って調べた。

レイはちょくちょく教室に飾ってある絵に触れていた。たまに魔力を感じているが、どれも何も出来ないほど少ない残骸のようだった。


「……魔法を使ったあとなのかな、そんな感じもしないんだけど……」
「レイが悩むなんてよっぽどだね」
「うーん…さすがに微か過ぎて難しいね。何をしようとしたのかすら分からないよ」


レイは肩をすかしてみせた。


「やっぱり子供かなー…子供が絵にイタズラしようと思ってなんか魔法使ってるのかなー」
「…じゃあ、明日職員会議で注意してもらうように伝えておくよ」
「ありがと。魔法科の先生っているの?」
「ああ、いるよ。アラン先生だ」


魔法学校は別であるが、もし魔力が強い子がいた時のためにと、宰相補佐は1人配置を決めた。その時候補に上がったのがアラン先生だった。

アラン先生は小さな丸いメガネをかけた穏やかな人で生徒からも人気な先生だ。女子たちは優しい微笑みの美男子だと騒いでいるのを聞いたことがある。


「じゃ、その人にも話しとこうかな」
「今日はお休みだよ、来てない」


魔法科は授業がない日もあるため、俺と同じく毎日の出勤ではない。


「あ、そうなんだ。ここは主に文官と騎士だもんね…ノアから伝えといてもらっていい?」
「うん、分かった。気をつけるように伝えとくよ」


明日、職員会議にかけることだけが元引きこもりとしてはほんの少し憂鬱ではあるが、兄の憂いを払えるならば容易い事だ。

レイはテオに会ってから帰る、と言って別れた。本当にテオを息子のように可愛がっていて、ほんの少し寂しい気持ちになるのだった。










屋敷に帰宅し、グウェンにレイと話したことを説明した。俺もグウェンもお風呂上がりで夜着を着ている。最近は2人でソファに座って、寝酒を嗜むのがお決まりのパターンだった。


「それで、結局分からなかったということか」
「うん。レイでも分からないことがあるのがビックリだよ」


俺はグウェンの肩に凭れながら言う。ウイスキーを少しだけ口に含むと、氷がグラスと掠れてカラン、と音がした。


「確かにな。珍しい。……あの後は怒られなかったか」
「……だ、大丈夫だった…、本当に怖かった…」


2人して溜息をつく。悪いことをしたのは自分たちなので、反省しきりだ。


「……でも、あの時のノアは妖艶だったな」
「いっ、今思い出さないでよ!」


グウェンの言葉に俺は酒だけのせいじゃない顔の火照りを感じた。グウェンの顔はほんの少し意地悪そうな表情だった。


「中途半端だったからな。消化不良なんだ」
「ぁ…、俺ばっかだったね…ん、グウェン…」


グウェンはテーブルにまだ中身の残るグラスを置いた。俺のグラスもグウェンに取り上げられる。

グウェンは肩に凭れた俺の方に顔を向け、ゆっくり近づいてきた。グウェンの瞳は獰猛な獣のような情欲を感じさせる瞳だった。

吸い込まれるように瞳を見て、俺はグウェンがくれる淫靡な手に身を委ねた。
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