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side story -レイとルーク-②
蝶よ花よ⑥
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レイに怒られながらも、食事を終わらせてニルス団長の所へ行くと、本日の討伐は延期という方針になった。
延期ならすることはないな、と割り振られた部屋でレイは持ってきただろう本を読みはじめていた。自分も同じ部屋で装備の点検をしていた。
穏やかに過ごしていた。突如、嵐が来るまでは。
「ルーク!!」
バン!!と思い切りノックもせずに部屋の扉を開けてきたのは子供だった。自分が、子守をさせられている侯爵家の我儘少年だった。
「…はぁ?! テオ?!」
子供は、無遠慮に部屋主の許可なくズカズカと入り込んで自分にしがみついてきた。
侯爵家と騎士団は屋根のある外廊下で繋がっているため侵入しやすい。多分その道を使って、この嵐の中来たのだろう。
ただ、今日は俺は非番だ。違うやつが護衛をしているはず。誰がここの場所を教えたのかと思い、ドアの方を見ると、クレイグや他の団員たちがすまなそうにこちらを見ていた。
テオは、突然の訪問者に驚いてポカンとしていたレイに気づいたようだった。
「お前、誰だ?」
「…は?」
「は?じゃない!誰だと言ってるんだ!名も名乗れないのか!馬鹿か?!」
「はー、テオ、言い過ぎ…」
レイに対し暴言を吐くテオを、流石に諌めようとした。
「うっざ、何こいつ」
自分も、テオも、恐らく場所を教えてしまったクレイグも、心配で見に来た他の団員たちも、全員固まった。
「…~~~~っな!なんという口の利き方だ!」
「はぁー?」
暴言を吐き返されたテオは我に返り、ぎゃあぎゃあと2人で騒ぎ始めた。
「ルーク!なんなんだ!コイツは!」
「ああ…俺の嫁です」
「こんな失礼な奴が嫁だと?!」
「はぁ? お前も充分失礼でしょうが! なんなの!勝手に部屋に入ってきて!名も名乗らずに人を指さしてコイツ誰って!お前の方が馬鹿じゃないの?!」
「なんだとお前!」
なぜ、レイは12歳と同じレベルで言い争っているのか。まだ10代とはいえ、団長達と話し合う姿からは想像つかないほど喧嘩を始めてしまった。
ドアにいるクレイグ達は喧嘩している様子を見てハラハラしているようだった。
「お前!名を名乗れ!」
「やだねー! 自分から名乗らないやつにどうして僕が教えてやらなきゃならないのさ!」
「ぐううぅう! お前!俺が誰か分かっててそんな口を聞くのか!」
「名乗ってないから知らないね! てか別に知りたくないね!」
レイがそう言い放つと、テオは悔しそうに足をダンダンと床に叩きつけ始めた。
これ以上は面倒だな、と思い、レイを止めようと動こうとしたが、レイは続けた。
「お前が誰であろうと、お前は僕にとってただの糞ガキだよ!」
ヒィッと団員たちから怯えた声が聞こえてくる。侯爵家の息子ということをレイは知っているのか?知っていてこんな口を聞いているのだろうか。
「な! お、俺は侯爵家の息子だぞ!」
「おい、レイ、ちょっと」
言い過ぎだ、とまた言おうと思ったが、レイは更に続ける。
「侯爵なのはお前の親じゃん!」
「きいいい!ムカつく!!」
「ばーかばーか!」
子供が2人いる。流石に侯爵家の息子に馬鹿はマズイ。俺はため息をついて、レイに落ち着いてもらおうとするが、テオはしがみついていた俺を離してレイの方に殴り掛かりに行ってしまった。
「っおい!」
「ムカつくムカつく!!」
「はは、全然痛くないねー」
まだ子供で、全く鍛えていない子供の力だ。レイが魔法使いで非力であっても、耐えられる痛みなのだろう。
いや、レイは恐らく魔法で身体強化している。ずるい大人の子供だった。
ドアにいる団員たちはずっとハラハラしているようだった。
「お前、色んなやつに迷惑かけてんの分かんないの?」
「うるさいうるさい!」
「ルークはお前の親じゃないんだよ。仕事。仕事でお前に優しくしてんの、てかお前の周りに居るやつ全員そうなの。お前の我儘にお金で付き合ってやってんの」
テオはピタリと殴っていた手を止めた。言われた意味を考えているようだった。
「な……っ」
「あ?分かってたでしょ?侯爵家の息子だっつってたもんねぇ。お金がなきゃお前の言うことなんか聞かないよ。だから僕はお前の言うことなんか聞かないよ」
「っ!お前!じゃあ父上に言って…!」
「嫌。お断り。なんで糞ガキの面倒なんか見なきゃいけないの?」
テオはその言葉でついに泣き出してしまった。うわあああと大声が部屋中に響き渡った。
「ち、ちちうえに言ってやる!!!」
「やっぱり侯爵様に頼らないとダメなんて、糞ガキだね」
「こ、このぉ!」
「お前さ、それで良いと思ってんの?」
レイは泣いてるテオを見下ろしながら説教を始めたようだった。俺は止めるのも忘れて、団員たちと同じように見続けてしまった。
「侯爵家の笠被って、お前自身何も出来ないままでいいと思ってんの?この時間、お前くらいの歳の子供は勉強の時間でしょ」
「う、ううう、お前に関係ない!」
「はぁ?跡取りなら関係あるよ、馬鹿が侯爵になったってしょうもないんだよ。侯爵家がお取り潰しになるってことは領地も関わるんだから」
レイは腰に手を当てて、説教をつらつら並べ始めた。テオが、初めて人の言うことを大人しく聞いている。
「子供は子供の時にしか出来ない勉強があるんだよ。大人になった時に出来なかったら、お前、もっと馬鹿にされるよ」
「…俺は、されない!」
「侯爵家だから?そんなこと大人になったら関係ないね。馬鹿は馬鹿なんだから」
「……っ! お前は馬鹿じゃないのか! こんな、俺に口をきいといて!」
「僕は天才だもん。お前と違って努力もするし。悔しかったら勉強しに帰れば?」
「……!嫌だ!勉強は嫌いだ!」
そう言うと、下を向いて涙をポロポロ流し始めた。
テオは勉強や剣技、魔法など、習わなくてはならないもの全般が嫌いだった。だからこうやって騎士団に忍び込んで遊んでいるのだ。
騎士と言えど、さすがに侯爵家の息子には逆らえないのを良いことに、好き勝手していた。
「勉強が嫌いって言ってるやつは、勉強がどういうものか分かってないやつの言葉だね」
「なんだと!」
「勉強ってのはね。やった分だけお前に力をくれるんだよ。理想を現実にする事が出来る。お前がこの先、そうやって言うことをきかせたいやつをお金じゃない方法で言うことをきかせることができるようになる」
「お金じゃない方法……?」
「そう。頭が良くなきゃ、誰もお前の言うことなんか聞きたくない。誰だって金を失いたくないし、死にたくない。だから、勉強してどうすれば良いか考えるんだよ」
「…頭が良くなれば、みんな言うことをきくのか」
「きかない奴がいたら、それはお前の努力が足りないか、そいつが馬鹿なだけ」
テオが、レイの言葉を噛み締めているようだった。涙は止まっていた。レイはため息をつくと、テオに手を出した。テオはおずおずとその手を掴んだ。
「何の勉強の時間なの」
「……歴史…」
「あっそ。こっち来て」
レイはテオの手を引っ張ってベッドの上に座らせる。ベッドの端に座ったテオを抱えるように後ろから抱きしめるようにしてレイも座った。
テオはグズ、とまだ鼻を啜っていたが、構わずレイが後ろから話し始めた。
クレイグや団員たちもすっかり大人しくなったテオに胸を撫で下ろした。
「この都市が、侯爵家で成り立ってるのは知ってる?」
「……父上は凄いって、みんな言う」
「じゃあ凄いって何したのかは?」
聞かれて、テオは首を横に振った。
「エンシーナ家は騎士の家でないにも関わらず、大規模なスタンピードが起きた時に立ち上がったんだ」
「騎士じゃないの?ここの奴らはみんな父上が凄いって言うのに?」
「ここの都市は商業が栄えてた。昔は騎士団に入団したって稼げないって言われてたの。そんな時に大きなスタンピードが起きた。当然都市は大混乱だ」
テオはレイの方に振り返りながら真剣に話を聞いている。こんな大人しい少年の姿は初めてで、俺も団員たちもどうすればいいか分からなかった。
「騎士が少なかったこの都市は一瞬で崩壊した。けどね、お前の父親はそれでもこの都市を諦めずに戦ったんだ」
「父上は騎士じゃないでしょ?」
「うん、だから武勲は貰えなかった。けれど、お前の父親が凄いのはこの後だよ」
「あと?」
「都市はボロボロだった。建物も人も作物も全部。それを1から復興させたんだ。復興っていうのは簡単じゃない。金も人も周囲の助けもいる」
「お金…」
「金は周囲の貴族とやり取りして借りる。人も足りないから他の領地から借りるんだ。お前の父親はボロボロで建て直しなんか不可能だって言われた都市を貴族と上手くやり合って復興させた」
「……頭が良かったってこと?」
「そう。馬鹿に貸す金なんか誰も持ち合わせない。それを復興の目処も立たない状態で金や人を借りれるって言うのは頭が良くなきゃ出来ない。これがお前の父親が英雄だって言われてる理由だよ」
テオのグズりは既になかった。レイの話を一生懸命聞いて目を輝かせていた。
「なんで、お前はそんなに知ってるの?」
「勉強したからだよ。お前はさ、自分のことを何も知らない奴に金を貸したいと思う?」
「……思わない」
「そう。助けを借りたいと思うなら、助けてもらうやつのことを知ってなきゃいけない。だから歴史の勉強をするんだ。この先お前が困った時に手を貸してくれる人間と仲良くなる為に」
「歴史だけ?」
「そんなわけないでしょ。算術はお金の計算が出来なきゃ商人たちに騙されることになるし、文字や文化の勉強は他の貴族達や他の国とやり合うため。全部必要だからやるんだよ」
「うん……」
レイは素直になったテオの頭を優しく撫でながら言う。
「僕はスタンピードが終わったらこの都市から出ていくけど、お前の名前を教えてくれたらお前が将来魔法が必要だって時は助けるよ」
「っ! て、テオ!テオドリーコ=エンシーナ!」
「そう。僕はレイ=ローマンド。この世界で1番天才の魔法使いだ。ちゃんと覚えといてね」
「……うん!」
さっきまで泣き喚いて喧嘩していた姿はなかった。今日の護衛担当はテオの素直な様子に号泣している。
「テオ喧嘩したことないでしょ」
「ない、みんな言うこと聞くから」
「そ、じゃあ喧嘩出来るやつ探した方がいいよ」
「レイは?」
「もっと、テオと同じ世代じゃなきゃダメ。喧嘩できるってことは、分かり合おうとぶつかり合うことだ。暴力はダメだけど、言葉で伝えるんだ。侯爵家ではなく、テオ自身を分かって貰えるように」
レイは魔法学校に通っていた。おそらく天才だ、子爵家だ、なんて喧嘩のタネは沢山あっただろう。天真爛漫の影にも苦労があったに違いない。
テオは素直に頷くと、頭を撫でられ、泣き疲れたのもあってこくり、と寝てしまった。
「……ヒヤヒヤしたぞ」
「ふふ、折られたことない鼻を折るなんて朝飯前なの」
小声でレイに話しかけると、レイは小さく楽しそうに笑う。団員たちはゾロゾロと解散し始めていた。護衛には俺が送り届けるから侯爵家で待機してていいと伝える。
扉を閉めると、レイはテオをベッドに寝かせている所だった。さっきまでぎゃあぎゃあと騒いでいた姿からは想像できないほど穏やかに眠っていた。
「この様子だと親も叱ってないね」
「ひとりっ子で溺愛してる」
「英雄様も、息子には甘いんだ」
レイはテオのほっぺたをつんつんする。テオはほんの少しだけ顔を歪めるが起きる様子はない。
「僕は両親が叱ってくれたからね。まだまともだったと思ってる。だから叱ったんだ」
「……将来感謝するよ。きっと」
「ふふ、そうだといいけど」
テオの髪を撫でるレイは、穏やかに微笑んでいた。
延期ならすることはないな、と割り振られた部屋でレイは持ってきただろう本を読みはじめていた。自分も同じ部屋で装備の点検をしていた。
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ただ、今日は俺は非番だ。違うやつが護衛をしているはず。誰がここの場所を教えたのかと思い、ドアの方を見ると、クレイグや他の団員たちがすまなそうにこちらを見ていた。
テオは、突然の訪問者に驚いてポカンとしていたレイに気づいたようだった。
「お前、誰だ?」
「…は?」
「は?じゃない!誰だと言ってるんだ!名も名乗れないのか!馬鹿か?!」
「はー、テオ、言い過ぎ…」
レイに対し暴言を吐くテオを、流石に諌めようとした。
「うっざ、何こいつ」
自分も、テオも、恐らく場所を教えてしまったクレイグも、心配で見に来た他の団員たちも、全員固まった。
「…~~~~っな!なんという口の利き方だ!」
「はぁー?」
暴言を吐き返されたテオは我に返り、ぎゃあぎゃあと2人で騒ぎ始めた。
「ルーク!なんなんだ!コイツは!」
「ああ…俺の嫁です」
「こんな失礼な奴が嫁だと?!」
「はぁ? お前も充分失礼でしょうが! なんなの!勝手に部屋に入ってきて!名も名乗らずに人を指さしてコイツ誰って!お前の方が馬鹿じゃないの?!」
「なんだとお前!」
なぜ、レイは12歳と同じレベルで言い争っているのか。まだ10代とはいえ、団長達と話し合う姿からは想像つかないほど喧嘩を始めてしまった。
ドアにいるクレイグ達は喧嘩している様子を見てハラハラしているようだった。
「お前!名を名乗れ!」
「やだねー! 自分から名乗らないやつにどうして僕が教えてやらなきゃならないのさ!」
「ぐううぅう! お前!俺が誰か分かっててそんな口を聞くのか!」
「名乗ってないから知らないね! てか別に知りたくないね!」
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「お前が誰であろうと、お前は僕にとってただの糞ガキだよ!」
ヒィッと団員たちから怯えた声が聞こえてくる。侯爵家の息子ということをレイは知っているのか?知っていてこんな口を聞いているのだろうか。
「な! お、俺は侯爵家の息子だぞ!」
「おい、レイ、ちょっと」
言い過ぎだ、とまた言おうと思ったが、レイは更に続ける。
「侯爵なのはお前の親じゃん!」
「きいいい!ムカつく!!」
「ばーかばーか!」
子供が2人いる。流石に侯爵家の息子に馬鹿はマズイ。俺はため息をついて、レイに落ち着いてもらおうとするが、テオはしがみついていた俺を離してレイの方に殴り掛かりに行ってしまった。
「っおい!」
「ムカつくムカつく!!」
「はは、全然痛くないねー」
まだ子供で、全く鍛えていない子供の力だ。レイが魔法使いで非力であっても、耐えられる痛みなのだろう。
いや、レイは恐らく魔法で身体強化している。ずるい大人の子供だった。
ドアにいる団員たちはずっとハラハラしているようだった。
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「な……っ」
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「っ!お前!じゃあ父上に言って…!」
「嫌。お断り。なんで糞ガキの面倒なんか見なきゃいけないの?」
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「う、ううう、お前に関係ない!」
「はぁ?跡取りなら関係あるよ、馬鹿が侯爵になったってしょうもないんだよ。侯爵家がお取り潰しになるってことは領地も関わるんだから」
レイは腰に手を当てて、説教をつらつら並べ始めた。テオが、初めて人の言うことを大人しく聞いている。
「子供は子供の時にしか出来ない勉強があるんだよ。大人になった時に出来なかったら、お前、もっと馬鹿にされるよ」
「…俺は、されない!」
「侯爵家だから?そんなこと大人になったら関係ないね。馬鹿は馬鹿なんだから」
「……っ! お前は馬鹿じゃないのか! こんな、俺に口をきいといて!」
「僕は天才だもん。お前と違って努力もするし。悔しかったら勉強しに帰れば?」
「……!嫌だ!勉強は嫌いだ!」
そう言うと、下を向いて涙をポロポロ流し始めた。
テオは勉強や剣技、魔法など、習わなくてはならないもの全般が嫌いだった。だからこうやって騎士団に忍び込んで遊んでいるのだ。
騎士と言えど、さすがに侯爵家の息子には逆らえないのを良いことに、好き勝手していた。
「勉強が嫌いって言ってるやつは、勉強がどういうものか分かってないやつの言葉だね」
「なんだと!」
「勉強ってのはね。やった分だけお前に力をくれるんだよ。理想を現実にする事が出来る。お前がこの先、そうやって言うことをきかせたいやつをお金じゃない方法で言うことをきかせることができるようになる」
「お金じゃない方法……?」
「そう。頭が良くなきゃ、誰もお前の言うことなんか聞きたくない。誰だって金を失いたくないし、死にたくない。だから、勉強してどうすれば良いか考えるんだよ」
「…頭が良くなれば、みんな言うことをきくのか」
「きかない奴がいたら、それはお前の努力が足りないか、そいつが馬鹿なだけ」
テオが、レイの言葉を噛み締めているようだった。涙は止まっていた。レイはため息をつくと、テオに手を出した。テオはおずおずとその手を掴んだ。
「何の勉強の時間なの」
「……歴史…」
「あっそ。こっち来て」
レイはテオの手を引っ張ってベッドの上に座らせる。ベッドの端に座ったテオを抱えるように後ろから抱きしめるようにしてレイも座った。
テオはグズ、とまだ鼻を啜っていたが、構わずレイが後ろから話し始めた。
クレイグや団員たちもすっかり大人しくなったテオに胸を撫で下ろした。
「この都市が、侯爵家で成り立ってるのは知ってる?」
「……父上は凄いって、みんな言う」
「じゃあ凄いって何したのかは?」
聞かれて、テオは首を横に振った。
「エンシーナ家は騎士の家でないにも関わらず、大規模なスタンピードが起きた時に立ち上がったんだ」
「騎士じゃないの?ここの奴らはみんな父上が凄いって言うのに?」
「ここの都市は商業が栄えてた。昔は騎士団に入団したって稼げないって言われてたの。そんな時に大きなスタンピードが起きた。当然都市は大混乱だ」
テオはレイの方に振り返りながら真剣に話を聞いている。こんな大人しい少年の姿は初めてで、俺も団員たちもどうすればいいか分からなかった。
「騎士が少なかったこの都市は一瞬で崩壊した。けどね、お前の父親はそれでもこの都市を諦めずに戦ったんだ」
「父上は騎士じゃないでしょ?」
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「あと?」
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「お金…」
「金は周囲の貴族とやり取りして借りる。人も足りないから他の領地から借りるんだ。お前の父親はボロボロで建て直しなんか不可能だって言われた都市を貴族と上手くやり合って復興させた」
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「なんで、お前はそんなに知ってるの?」
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「……思わない」
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「歴史だけ?」
「そんなわけないでしょ。算術はお金の計算が出来なきゃ商人たちに騙されることになるし、文字や文化の勉強は他の貴族達や他の国とやり合うため。全部必要だからやるんだよ」
「うん……」
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「僕はスタンピードが終わったらこの都市から出ていくけど、お前の名前を教えてくれたらお前が将来魔法が必要だって時は助けるよ」
「っ! て、テオ!テオドリーコ=エンシーナ!」
「そう。僕はレイ=ローマンド。この世界で1番天才の魔法使いだ。ちゃんと覚えといてね」
「……うん!」
さっきまで泣き喚いて喧嘩していた姿はなかった。今日の護衛担当はテオの素直な様子に号泣している。
「テオ喧嘩したことないでしょ」
「ない、みんな言うこと聞くから」
「そ、じゃあ喧嘩出来るやつ探した方がいいよ」
「レイは?」
「もっと、テオと同じ世代じゃなきゃダメ。喧嘩できるってことは、分かり合おうとぶつかり合うことだ。暴力はダメだけど、言葉で伝えるんだ。侯爵家ではなく、テオ自身を分かって貰えるように」
レイは魔法学校に通っていた。おそらく天才だ、子爵家だ、なんて喧嘩のタネは沢山あっただろう。天真爛漫の影にも苦労があったに違いない。
テオは素直に頷くと、頭を撫でられ、泣き疲れたのもあってこくり、と寝てしまった。
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扉を閉めると、レイはテオをベッドに寝かせている所だった。さっきまでぎゃあぎゃあと騒いでいた姿からは想像できないほど穏やかに眠っていた。
「この様子だと親も叱ってないね」
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「英雄様も、息子には甘いんだ」
レイはテオのほっぺたをつんつんする。テオはほんの少しだけ顔を歪めるが起きる様子はない。
「僕は両親が叱ってくれたからね。まだまともだったと思ってる。だから叱ったんだ」
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