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3章
胡蝶の夢
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あれから数ヶ月。工事は着々と進み、学園の建物が完成した。今日はその竣工式となる。
ノアは最後まで関わり、そのまま進路相談役として雇われることになった。騎士でも文官でもないこと俺やレイ、ルーク、宰相補佐の仕事を知っており、どちらの意見も否定も肯定もしない人材として買われたようだった。
俺としてはノアが世界を広げていて寂しいと思う反面、ノアがやりたい事をやることは素晴らしいことだとも思った。
ノアは俺を連れて、どこかの教室に入ろうと扉の前に立ち尽くした。ノアに式が始まる前に着いてきて欲しいと頼まれたのだ。しかし、扉を開けないで立ち尽くしたまま、まるで時が止まったかのようにしていた。
「……ノア?」
おそるおそる後ろから俺が声をかけると、ノアはほんの少しだけ肩をビクッとさせた。
「ごめん、ちょっとまって」
何故か、すごく緊張しているようだった。相談役として長い間関わってきたから感慨深いのだろうか。
ノアはゆっくり小さく深呼吸をした。
扉に手をかけようと、ノアの出した手が震えている。感動に打ち震えているのか。その震えの正体を知りたい。
「……は」
ノアがドアに触れる前に1度手を握って力を込める。それをゆっくりと開いて、扉に手をかけた。
ぎゅっと目を閉じていた。顔を見て、ようやく気づいた。ノアは、怯えていたのだ。
ガラリと扉を開いた。開いた瞬間、陽の光を身体いっぱいに浴びた。窓が空いていて、カーテンが靡いている。沢山の机と椅子が規則的に並んでいた。
ノアは教室に震える足を1歩、踏み出した。
「…は、ぁ……入れた。はは」
ノアはそう言うと、教室の窓際の真ん中あたりの席に向い、椅子を引いて座った。
「グウェンがいなかったら、ダメだったかも」
「……そうか」
怯えていた理由が分からなくて、何を言っても正解じゃないようで、何も聞けなかった。
俺はノアが座った席の近くに寄ったが、ノアは空いている窓から外を見ているため表情は見えなかった。
「前世で通ってた学校、この席だったんだ」
「窓際だったんだな」
「うん。ここからいつも外を見てた。友達はそんなに多くなかったけど、何人かいたんだ」
「そうか」
「それでさ。ここにはないけど、外からいつも見えてた体育館って建物の中で、犯されたんだ」
ノアは淡々と話す。俺は驚き、震えの正体を知った。
「怖くて、嫌で、痛かった。いい思い出も確かにあったはずなのに、もう思い出せないんだ」
ノアはまた、外を見ていた。
「その後、俺は引きこもりになった。父と母はアイツらをなんとか裁こうとしてくれたけど…子供だったから難しくてね。退学、引越しが限界だった」
外を見ているノアは、小さく見える。俺は立ち尽くすしか出来ずにいた。
「そんな母に俺は、『お前がこんな顔で産んだせいだ』と責めた。そしたら、母は次の日自殺した」
外を見ているノアの肩が少しだけ揺れる。
「父には、『お前が殺したんだ』と責められた。それで俺も首に紐をかけた」
カーテンがノアを顔を隠すように靡く。ノアは気にもとめずに話す。
「今回は、失敗したくなかった。家族を悲しませたくなかった。俺を責めないで欲しかった。父の言葉が、怖くて。母に言った言葉を言いたくなくて」
ジェラナそっくりな双子で産まれたノアの気持ちは計り知れない。見たくない鏡を見るかのようにレイを見るノアの気持ちは、俺には分かりきれない。
「だから上手くやったつもりだったのに。なのに、両親が死んだと聞いた時、俺はホッとしたんだ」
俺がノアに両親が死んだと言った時、ノアは一体どんな表情をしていた。
「やっと解放されたんだって、そう思った」
手が震えている。机に、1つ水滴が落ちた。
「ねぇ、グウェン」
ノアはやっと、こちらに振り返った。
静かに涙を流し、ほんの少しだけ眉が下がっている。微笑んでいるような、悲しんでいるような顔をして、俺に問いかける。
「俺はレイを、ちゃんと愛せてる?」
風が凪ぐ。カーテンも静かにそこにあるだけになる。唯一陽の光だけが、ノアの涙を煌めかせていた。
抱き締めたいのに、身体は石のように動かなかった。指1本動けなかった。まるで触れてはならない神聖なもののように見えた。
「レイの笑顔が、答えだ」
そう言うと、ノアは目を閉じて、落ちる涙にも構わずポロポロと流し続けていた。
ノアは最後まで関わり、そのまま進路相談役として雇われることになった。騎士でも文官でもないこと俺やレイ、ルーク、宰相補佐の仕事を知っており、どちらの意見も否定も肯定もしない人材として買われたようだった。
俺としてはノアが世界を広げていて寂しいと思う反面、ノアがやりたい事をやることは素晴らしいことだとも思った。
ノアは俺を連れて、どこかの教室に入ろうと扉の前に立ち尽くした。ノアに式が始まる前に着いてきて欲しいと頼まれたのだ。しかし、扉を開けないで立ち尽くしたまま、まるで時が止まったかのようにしていた。
「……ノア?」
おそるおそる後ろから俺が声をかけると、ノアはほんの少しだけ肩をビクッとさせた。
「ごめん、ちょっとまって」
何故か、すごく緊張しているようだった。相談役として長い間関わってきたから感慨深いのだろうか。
ノアはゆっくり小さく深呼吸をした。
扉に手をかけようと、ノアの出した手が震えている。感動に打ち震えているのか。その震えの正体を知りたい。
「……は」
ノアがドアに触れる前に1度手を握って力を込める。それをゆっくりと開いて、扉に手をかけた。
ぎゅっと目を閉じていた。顔を見て、ようやく気づいた。ノアは、怯えていたのだ。
ガラリと扉を開いた。開いた瞬間、陽の光を身体いっぱいに浴びた。窓が空いていて、カーテンが靡いている。沢山の机と椅子が規則的に並んでいた。
ノアは教室に震える足を1歩、踏み出した。
「…は、ぁ……入れた。はは」
ノアはそう言うと、教室の窓際の真ん中あたりの席に向い、椅子を引いて座った。
「グウェンがいなかったら、ダメだったかも」
「……そうか」
怯えていた理由が分からなくて、何を言っても正解じゃないようで、何も聞けなかった。
俺はノアが座った席の近くに寄ったが、ノアは空いている窓から外を見ているため表情は見えなかった。
「前世で通ってた学校、この席だったんだ」
「窓際だったんだな」
「うん。ここからいつも外を見てた。友達はそんなに多くなかったけど、何人かいたんだ」
「そうか」
「それでさ。ここにはないけど、外からいつも見えてた体育館って建物の中で、犯されたんだ」
ノアは淡々と話す。俺は驚き、震えの正体を知った。
「怖くて、嫌で、痛かった。いい思い出も確かにあったはずなのに、もう思い出せないんだ」
ノアはまた、外を見ていた。
「その後、俺は引きこもりになった。父と母はアイツらをなんとか裁こうとしてくれたけど…子供だったから難しくてね。退学、引越しが限界だった」
外を見ているノアは、小さく見える。俺は立ち尽くすしか出来ずにいた。
「そんな母に俺は、『お前がこんな顔で産んだせいだ』と責めた。そしたら、母は次の日自殺した」
外を見ているノアの肩が少しだけ揺れる。
「父には、『お前が殺したんだ』と責められた。それで俺も首に紐をかけた」
カーテンがノアを顔を隠すように靡く。ノアは気にもとめずに話す。
「今回は、失敗したくなかった。家族を悲しませたくなかった。俺を責めないで欲しかった。父の言葉が、怖くて。母に言った言葉を言いたくなくて」
ジェラナそっくりな双子で産まれたノアの気持ちは計り知れない。見たくない鏡を見るかのようにレイを見るノアの気持ちは、俺には分かりきれない。
「だから上手くやったつもりだったのに。なのに、両親が死んだと聞いた時、俺はホッとしたんだ」
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「やっと解放されたんだって、そう思った」
手が震えている。机に、1つ水滴が落ちた。
「ねぇ、グウェン」
ノアはやっと、こちらに振り返った。
静かに涙を流し、ほんの少しだけ眉が下がっている。微笑んでいるような、悲しんでいるような顔をして、俺に問いかける。
「俺はレイを、ちゃんと愛せてる?」
風が凪ぐ。カーテンも静かにそこにあるだけになる。唯一陽の光だけが、ノアの涙を煌めかせていた。
抱き締めたいのに、身体は石のように動かなかった。指1本動けなかった。まるで触れてはならない神聖なもののように見えた。
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そう言うと、ノアは目を閉じて、落ちる涙にも構わずポロポロと流し続けていた。
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