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3章
思う仲の綴り諍い
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それから数日。相変わらず俺は忙しかった。休みなぞない。休んでる暇があれば刺繍をしなくてはならない。
今日もステファノ様との話し合いの日だった。すっかり行き慣れた部屋までの廊下を歩いていると、前からステファノ様が歩いてきた。
「ああ、ノア殿。今日は騎士コースについての話になるから、グウェン殿もいらっしゃるよ。だから今日はグウェン殿の執務室に行こう」
「え、そうなんですか? 朝はそんなこと言ってなかったけど…」
「急遽時間を作ってもらったんだ。討伐がなくて、やっと時間が出来たようでね」
納得して、ステファノ様と廊下を歩く。 相変わらず、学園の話し合いをしながら歩いていたが、ふと雑談を思いついた。
「ステファノ様は真面目ですね」
「はは、それは顔に似合わず、と言いたいのかな」
「い、いや!そういう訳では!」
手を顔の前でブンブンと振って否定する。ステファノ様は気を悪くしている様子もなく続ける。
「まぁ、その通りなんだ。若い頃は結構遊んでいたんだ」
「そうなんですか…」
「補佐になってから、そんな暇どこにもないくらい父に仕事を押し付けられていてね。そのせいでこの通りだ」
「ふふ、その内宰相閣下のように顔色が悪いまま歩くようになりそうですね」
それは嫌だな、とステファノ様は言って2人で笑いながら廊下を歩く。グウェンの執務室に着くまで雑談をした。
ここに来てから初めてステファノ様と打ち解けた気がするな、なんて思いながら到着した執務室のドアをノックして、返事を待ってからドアを開いた。
「…一緒に来たのか」
「うん、連れてきてもらったんだ」
グウェンは机で書類を整理しながらこちらを見ていた。グウェンの執務室もそんなに華美な所はなく、剣を飾る所や褒賞品が飾ってある以外は机と椅子とソファがあるだけだった。
「グウェン殿、今日はよろしく頼むよ」
「ああ」
そんな感じで、3人での話し合いが始まった。
騎士養成コースはそもそも騎士団にもある。本格的に騎士として学ぶのは騎士団に入ってから、という事にして基本的な体術、剣術などを学園で学ぶとした。その中で、演習体験や危険の少ない所で魔獣の討伐の見学などのカリキュラムを考えていった。
そんな感じでまとまりかけた頃、グウェンが突然言い出した。
「…いつもこんな感じなのか?」
「? どういうこと?」
疑問が的を得ておらず、聞き返す。ステファノ様は何かに気づいたようで、ああ、と言い続けた。
「そうですね、雑談とかはしないくらいです」
「ああー、今日初めて廊下でしたくらいだよ」
そういえば不思議なくらいだった。数日間通っていたが、お互いのことなど全く話したりはせず、仕事の話し合いだけだった。それだけステファノ様が真面目だった。
「……そうか」
グウェンの声は、納得しているような、いないような、そんな感じだった。けれどまた仕事の話にグウェンが戻したのでこのやり取りはすっかり頭から抜け落ちた。
そしてグウェンと一緒に帰宅して、久方ぶりに夕食も共にした。夕食が終わり、シャワーも浴びて夜着を着て、後は就寝するだけの状態になった。
寝室ではグウェンがソファでいつものように寝酒を嗜んでいた。なんだか最近良く呑んでいることが多いな、なんて思っていると手を引かれた
「わっ」
ドサッという音とともに、グウェンの上に乗り上げる形になった。グウェンがこんな強引なのは珍しい。
「どうしたの…?」
「…」
グウェンは、ぐ、と黙り込んだまま話さない。何か言いたいことがあるのだろうか。グウェンの上からとりあえず退こうと体勢を整えていると、突然後頭部を掴まれ唇を奪うようにキスをされた。
「ん!」
急な口付けで驚いて、グウェンの肩をグイッと押した。身体を離すと、グウェンは少し俯いていて顔が見えなかった。
「な、なに。どうしたの…?」
「最近、忙しいようだな」
グウェンの声はとても低かった。顔が見えないから怒っているのかも分からないが、なんとなく機嫌が悪そうなのは伝わってきた。
「うん、まぁ…すぐ寝ちゃうくらいには…」
「あの宰相補佐と何かあるんじゃないのか」
「ステファノ様? なにもないよ。仕事の話しかしてない」
何が言いたいんだろうか。浮気でも疑われているのか。今日の様子を見てたら真面目に仕事をしているのは充分伝わっているはずだ。疑われるのなんて心外にも程がある。
「別に行かなくてもいいんじゃないか」
「はぁ? 何言って」
「ノアがわざわざ行く必要は無いだろう」
「そんなこと、いきなり辞めたって無責任すぎるでしょ」
宰相閣下直々に頼まれた相談役を突然辞めたらそれこそ信頼がなくなる。ただでさえ前世が、なんて突拍子もない話を信じてもらっているこっちとしては、これ以上ないほどの信頼を感じている。それをこちらの都合で辞めますなんてのは恩を仇で返すことと同意だ。
俺は体勢を直して、グウェンの横に座った。まだグウェンは言いたいことがありそうだった。
「だいたい、母上のレッスンだって別に受けなくてもいい」
「はぁ?! そんな訳ないでしょ! 俺は貴族教育なんて受けてないに等しいんだから、それこそ辞められるわけない!」
俺はつい声を荒らげてしまった。グウェンの顔は相変わらずよく見えない。
「刺繍教室だって、王女に悪いと思って続けてるなら辞めればいい」
「ちょっと…怒るよ?」
グウェンがここ数週間の俺の努力を踏みにじるような事を言ってくるのでふつふつと込み上げてくるものがあった。
どれもこれも、俺がやらなくちゃいけないと思って続けてることなのに、どうして否定されなくてはならないのか。別に身体のどこかを壊した訳でもないのだ。やれる内にやれる事をしたいと思って色んなことを続けているのに。
「ノアは刺繍だけやっていればいい」
俺の中で何かがキレた。
「……あ? 本気で言ってんの?」
「ああ」
俺はおもむろに立ち上がり、寝室のドアを開けた。
「どこへ行く!」
「話にならない! 違う部屋で寝るだけだ! しばらく顔も見たくない!」
怒りに任せてバンッと思い切りドアを閉めた音が、やけに廊下に響いた。
今日もステファノ様との話し合いの日だった。すっかり行き慣れた部屋までの廊下を歩いていると、前からステファノ様が歩いてきた。
「ああ、ノア殿。今日は騎士コースについての話になるから、グウェン殿もいらっしゃるよ。だから今日はグウェン殿の執務室に行こう」
「え、そうなんですか? 朝はそんなこと言ってなかったけど…」
「急遽時間を作ってもらったんだ。討伐がなくて、やっと時間が出来たようでね」
納得して、ステファノ様と廊下を歩く。 相変わらず、学園の話し合いをしながら歩いていたが、ふと雑談を思いついた。
「ステファノ様は真面目ですね」
「はは、それは顔に似合わず、と言いたいのかな」
「い、いや!そういう訳では!」
手を顔の前でブンブンと振って否定する。ステファノ様は気を悪くしている様子もなく続ける。
「まぁ、その通りなんだ。若い頃は結構遊んでいたんだ」
「そうなんですか…」
「補佐になってから、そんな暇どこにもないくらい父に仕事を押し付けられていてね。そのせいでこの通りだ」
「ふふ、その内宰相閣下のように顔色が悪いまま歩くようになりそうですね」
それは嫌だな、とステファノ様は言って2人で笑いながら廊下を歩く。グウェンの執務室に着くまで雑談をした。
ここに来てから初めてステファノ様と打ち解けた気がするな、なんて思いながら到着した執務室のドアをノックして、返事を待ってからドアを開いた。
「…一緒に来たのか」
「うん、連れてきてもらったんだ」
グウェンは机で書類を整理しながらこちらを見ていた。グウェンの執務室もそんなに華美な所はなく、剣を飾る所や褒賞品が飾ってある以外は机と椅子とソファがあるだけだった。
「グウェン殿、今日はよろしく頼むよ」
「ああ」
そんな感じで、3人での話し合いが始まった。
騎士養成コースはそもそも騎士団にもある。本格的に騎士として学ぶのは騎士団に入ってから、という事にして基本的な体術、剣術などを学園で学ぶとした。その中で、演習体験や危険の少ない所で魔獣の討伐の見学などのカリキュラムを考えていった。
そんな感じでまとまりかけた頃、グウェンが突然言い出した。
「…いつもこんな感じなのか?」
「? どういうこと?」
疑問が的を得ておらず、聞き返す。ステファノ様は何かに気づいたようで、ああ、と言い続けた。
「そうですね、雑談とかはしないくらいです」
「ああー、今日初めて廊下でしたくらいだよ」
そういえば不思議なくらいだった。数日間通っていたが、お互いのことなど全く話したりはせず、仕事の話し合いだけだった。それだけステファノ様が真面目だった。
「……そうか」
グウェンの声は、納得しているような、いないような、そんな感じだった。けれどまた仕事の話にグウェンが戻したのでこのやり取りはすっかり頭から抜け落ちた。
そしてグウェンと一緒に帰宅して、久方ぶりに夕食も共にした。夕食が終わり、シャワーも浴びて夜着を着て、後は就寝するだけの状態になった。
寝室ではグウェンがソファでいつものように寝酒を嗜んでいた。なんだか最近良く呑んでいることが多いな、なんて思っていると手を引かれた
「わっ」
ドサッという音とともに、グウェンの上に乗り上げる形になった。グウェンがこんな強引なのは珍しい。
「どうしたの…?」
「…」
グウェンは、ぐ、と黙り込んだまま話さない。何か言いたいことがあるのだろうか。グウェンの上からとりあえず退こうと体勢を整えていると、突然後頭部を掴まれ唇を奪うようにキスをされた。
「ん!」
急な口付けで驚いて、グウェンの肩をグイッと押した。身体を離すと、グウェンは少し俯いていて顔が見えなかった。
「な、なに。どうしたの…?」
「最近、忙しいようだな」
グウェンの声はとても低かった。顔が見えないから怒っているのかも分からないが、なんとなく機嫌が悪そうなのは伝わってきた。
「うん、まぁ…すぐ寝ちゃうくらいには…」
「あの宰相補佐と何かあるんじゃないのか」
「ステファノ様? なにもないよ。仕事の話しかしてない」
何が言いたいんだろうか。浮気でも疑われているのか。今日の様子を見てたら真面目に仕事をしているのは充分伝わっているはずだ。疑われるのなんて心外にも程がある。
「別に行かなくてもいいんじゃないか」
「はぁ? 何言って」
「ノアがわざわざ行く必要は無いだろう」
「そんなこと、いきなり辞めたって無責任すぎるでしょ」
宰相閣下直々に頼まれた相談役を突然辞めたらそれこそ信頼がなくなる。ただでさえ前世が、なんて突拍子もない話を信じてもらっているこっちとしては、これ以上ないほどの信頼を感じている。それをこちらの都合で辞めますなんてのは恩を仇で返すことと同意だ。
俺は体勢を直して、グウェンの横に座った。まだグウェンは言いたいことがありそうだった。
「だいたい、母上のレッスンだって別に受けなくてもいい」
「はぁ?! そんな訳ないでしょ! 俺は貴族教育なんて受けてないに等しいんだから、それこそ辞められるわけない!」
俺はつい声を荒らげてしまった。グウェンの顔は相変わらずよく見えない。
「刺繍教室だって、王女に悪いと思って続けてるなら辞めればいい」
「ちょっと…怒るよ?」
グウェンがここ数週間の俺の努力を踏みにじるような事を言ってくるのでふつふつと込み上げてくるものがあった。
どれもこれも、俺がやらなくちゃいけないと思って続けてることなのに、どうして否定されなくてはならないのか。別に身体のどこかを壊した訳でもないのだ。やれる内にやれる事をしたいと思って色んなことを続けているのに。
「ノアは刺繍だけやっていればいい」
俺の中で何かがキレた。
「……あ? 本気で言ってんの?」
「ああ」
俺はおもむろに立ち上がり、寝室のドアを開けた。
「どこへ行く!」
「話にならない! 違う部屋で寝るだけだ! しばらく顔も見たくない!」
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