【完結】泥中の蓮

七咲陸

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3章

夜は六根清浄と上手くはいかない

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そして1ヶ月間、夫人のスパルタと課題、ダンスの練習、夜会用の布への刺繍や宝飾品の選定をした。縫製は出来ないので、あくまで俺は刺繍部分だけだ。というかそこまでしたら時間が無くて死んでしまう。

無論、グウェンも仕事に忙殺されており、気づけば夜寝る時だけ顔を見合わせることが多くなっていた。お互い疲れていたし、夜の営みなんかもってのほかだった。

何とか礼節やダンスは合格点を貰ったのは、夜会が次の日に控えていた。


「ノア、ピシッとして行くのよ!大丈夫!ノアは綺麗なんだから!」
「……いや、めちゃくちゃ自信ないです……」


あんなに鬼のように怒られ続け、もともとネガティブな自分は更に自信を無くしていた。

夫人に背中をパシパシ叩かれながらも丸くなる背中。暗雲を背負ったまま、当日を迎えることとなった。









「……言葉を失くすとは、このことだな」


俺はアイリスとスイレンに手伝ってもらいながらなんとか準備を整えた。玄関ホールで待ち構えていたグウェンは目を見開いてこちらを見ていた。


「ど、どういうこと?ダメってこと?」
「いや…綺麗すぎて、言葉にならん」
「…グウェン疲れてるでしょ」


この1ヶ月で自信という自信を根こそぎ奪われた自分は煽てられても信じることが出来なくなっていた。


「疲れてるからといって自分の目は確かだ。……欠席しないか?」
「ひぃ!出すのも恥ずかしいってこと?!」
「旦那様、欠席して寝室へ行くのは許されません。」
「ノア様、悪い方に考えすぎです」


グウェンの格好は、質の良い黒いタキシードに華美にならない程度にシルバーの刺繍が施されている。襟の部分にはゴールドの糸で月を刺繍している。刺繍の部分は俺がやったが、元が良いとやはり刺繍も映えるものだと感心した。

アイリスとスイレンに窘められ、渋々2人で馬車に乗り込んだ。馬車が王城へ向かい始めると、対面で座っているグウェンが膝に人差し指をトントン、と何度かして口を開いた。


「……俺から離れないように」
「い、言われなくても離れないです!」


一体どのくらいの規模なのか。なぜみんな引きこもりをさせてくれないのか。恐らく俺の顔色は悪い。とにかく落ち着かなくてはと深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。


「……はぁ」
「ノア」


フッと影が出来たことに気づく。見上げるとグウェンが近寄っていた。いつの間に近くに来ていたのか。グウェンは隣に座ると、俺の腰に手を回した。


「え、え、ちょ」
「すまん。我慢しようと思ったんだが」


王城までの道はまだ確かに遠い。遠いが、そんな事をしている時間はない。それが分かっているはずなのに、この男はまさか。

腰に回された腕はグッと力を込められグウェンの方ににじり寄った。顎に手を当てられ、強制的に上を向けさせられる。


「こうすれば、緊張もなくなる」
「んっ!」


唇を重ねられる。化粧が落ちるかもとか考えるが、グウェンの舌が入って上顎を舌で撫でられると気持ちよさに身体を預け始めた。


「ん……ふっ、んん」


グウェンの首に手を回して、快感に身を委ねる。およそ1ヶ月ぶりに味わうグウェンでも快楽への道程は身体が覚えている。

口内を蹂躙してくる舌に、俺も絡ませるように動かす。いつになく積極的な俺に、グウェンは少しビクッと身体を動かすがすぐに口付けに意識を戻した。

どのくらいそうしていただろうか。馬車が舗装された道を通る音に混ざって、馬車内にそぐわないキスの水音が響く。何度も角度を変えてキスを繰り返す内に、俺はスイッチが入りかけた。

その矢先、馬車の動きが止まった。


「んっ!ぷぁ! ん……っや、やば……っ」
「俺が先に出る。落ち着いたら出てこい」


グウェンは涼しい顔をして、俺の頭頂部へキスをしてから馬車のドアを開けて外に出た。


「……ぐっ……だ、誰のせいだ……」


グウェンの悪ノリに、乗っかった自分が悪かったとは思いたくなかった。






なんとか顔の火照りが戻った所でドアを開けた。グウェンがエスコートして降ろしてくれる。御者の方をチラ、と見ると顔を赤く染めて目を逸らされた。もう二度と馬車であんなことはしないと心に誓った。


「…おい、その色気どうにかしてから出てきた方が」
「いっ……そんなのないよ、もう頬の色は戻ったんだから、行こう」


たとえ色気があったとしても誰のせいだと思っているのか。グウェンの腕に手を回して王城へ入る。ドアの前の使用人に招待状を渡して、ドアが開かれた。


「グウェン=ライオット様並びにノア=ライオット様のご入場です」


ひぇ、名前呼んで開けないでと注目されたくない俺は思っていると、やはり思った通り、先に到着していた招待客達はこちらを一様に見ていた。


「ひっ…」


グウェンにしか聞こえない小声で怯える。俺は恐らく微笑みを浮かべたまま顔色が悪いこと間違いない。

グウェンは大丈夫だ、と俺にしか聞こえない声で言ってくれる。しかし、馬車で緊張を解されたはずが、引きこもりの性なのかまたしても緊張が駆け巡ってくる。


「行くぞ」
「う、うん……」


兎にも角にも、陛下へのご挨拶が先だ。2人で陛下と王妃殿下の座る玉座へ向かった。

向かっている最中も、なんだか目線が痛い気がする。やっぱり男の配偶者が珍しいから?いや、でもこの世界は男の配偶者もチラホラいるから、そこまででもないはずなのに。ああ、早くレイの顔を見て安心したい。そう思いながら、挨拶の順番が回ってきた。礼をして陛下の言葉を待った。


「おお、グウェン。久しぶりだな」


陛下に声をかけられ、グウェンが顔を上げる。


「お久しぶりでございます。その節は陛下にお力添え頂きありがとうございました」
「いやいや!こちらが礼を言いたいほどだ。あれからすっかりソフィアも落ち着いたのだ」
「妻もソフィア殿下と懇意にして頂いているようで」


陛下は砕けて話されている。公爵家だからだろうか、前々からの知り合いのようにも取れる話し方だ。


「グウェンの奥方も、婚姻許可以来であるな。ソフィアの件では大変な迷惑をかけたようで…」
「お久しぶりでございます。いえ、ソフィア殿下には今とても良くして頂いております。」


微笑みながら顔を上げると、陛下の口がで、の形で止まっていた。王妃も目を軽く見開いていた。不思議に思ったが、どう声をかけていいかもわからず、グウェンを見るとぐっ、と変な声を出される。


「っゴホン、まぁ本日は楽しんでいってくれ」
「はい、失礼致します」


一体なんだったのか。礼儀がなっていなかったのか?いや、無難な挨拶だったはずだ。なぜ。頭に疑問符を浮かべながら陛下たちから離れた。


「……失敗した」
「え!な、なんかやらかした?!」
「…いや、失敗したのは俺だ……」


なにかよく分からない反省が始まったようだった。グウェンは顔に手を当てながら歩いていると、近くに薔薇の刺繍が施されたドレスをきた女性が寄ってきた。薔薇の刺繍は俺が手がけたものだが、この間のものとは違う薔薇だった。何着買ってくださっているのだろうか。顔を見ると、ソフィア殿下だった。


「ノア様、グウェン様、お久しぶりでございます。本日はお会いできて嬉しいですわ」
「殿下、お久しぶりです。先月は教室をお休みしてしまって申し訳ありませんでした」
「いえいえ、いいんですのよ。また次回からよろしくお願い致しますわ…それより」


ソフィア殿下はニコニコと気さくに話していたが、俺の足からてっぺんまで見始めた。


「やっぱり素晴らしいですわ!この刺繍は百合ですわね!紺黒のシルクの布に銀糸で施された百合に月が描かれてますわね!それにしてもこの服の形は見たことがありませんが、ノア様にとても良くお似合いですわ!」


俺が来ている服は、前世で見た事がある男性チャイナドレスだ。女性とは違い、男性はズボンを履いている。肩口には雲がかった月の刺繍を裾の辺りには百合の花を一面に刺繍されている。紺黒なのは漆黒だとあまり良くないと思い選んだ。黒にこだわったのはグウェンを表現したかった。スイレンが編み込んでくれた髪の飾りには三日月が揺れる簪を刺し、耳のピアスにはガラスビーズで作成した立体に丸くした黒と金を高さ違いにチェーンの金具を使って揺れるようにしている。


「けれどもノア様、いつもと雰囲気が違いますわ」
「服が違うからじゃないですか?」
「いえ、もっとこう……身の内から出てくるような……」
「そ、ソフィア殿下! 後ろの方々も挨拶したがっております!」


グウェンは慌てたように、後ろのソワソワしているご令嬢達へ誘導する。するとソフィア王女が気づいたようにあ、と声を上げる。


「グウェン様が我慢できなかったからですのね!」


俺たちの周りが一瞬ザワついた。俺は最初理解できなかったが、グウェンが焦っているので気づく。そして、頭から爆発音がなった。


「の、ノア、落ち着け、ここはパーティー会場だ!」
「~~~~~っ!!だ、誰のせいだと……!」
「っうぐ!」


なんとか俺は理性が働いて、顔を真っ赤にしながらグウェンの爪先をヒールで潰すだけに留めた。グウェンは少し涙目でしゃがんだ。騎士団長でも痛いものは痛いらしい。

ソフィア王女はホホホ、と笑いながら離れていった。
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