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2章
蛇の口裂け
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それから3日後。交渉テーブルは国境付近の街の中央にある館で行うこととなった。
フィライト王国から出発して以降、俺はグウェンの傍を片時も離れることは無かった。ちょっとした用事で一時でも離れることがあれば、分離不安症の如く感情が不安定になって動悸が起こり、全身が震えてくる。グウェンは最初こそ喜んでいたものの、あまりの俺のパニックぶりに喜びよりも心配が勝るようになった。
まぁさほど離れる用事もなかったので、あまり問題にはならなかった。
ともかく、交渉は目の前で始まったのだった。
最初、俺は交渉テーブルに立ち入る予定は無かった。しかし、グウェンは騎士団長であり、公式の場で不参加はありえない。そのため分離不安症モドキによりグウェンから離れられなくなった俺はグウェンとルークに囲まれて参加することとなった。
レイの姿は、見られなかった。
「挨拶も終わりましたし、早速ですが和平交渉と参りましょう」
宰相閣下の言葉に、第3王子レデリード殿下の眉がピクリと上がる。
「和平交渉? 何をおっしゃっている?」
「いやいや、そちらこそ何をおっしゃるのか。友好国であるアーロイ王国とは今後も平和的に交流をしていきたい。そのための和平交渉です」
「これは、そちらにいるノア殿とレイ殿のトレード交渉のはずだ」
「はて?そんな約束をした覚えなぞございませんが?」
宰相閣下はとぼけているかと思うほど、相手を挑発していた。使節団にいた時の殿下であれば冷静に対処できていた。
否、それでもこの宰相閣下に勝ち得ることは出来るのか謎であるが、それでもなるべく有利になるように立ち回ることは出来たはずだ。
「何を……!」
「それは陛下の御身にお送り致しました書状にも書き留めてあったはずですが。第3王子は読んでらっしゃらないのですか?」
「…っ!」
「おかしいですね、書状の内容もよく理解してらっしゃらない方が交渉の場にいらっしゃるとは。いかに王族といえどフィライト王国への侮辱とも取れかねませんが」
すると、後ろに控えていた従者の気配が変わった。ルークはいち早く気づき、宰相閣下より少し前に立つ。
「殿下に向かって何たる侮辱を……!」
「やめときな。それ以上部下が勝手をすると外交問題になる」
ウォルターは剣を手にかけていた。抜くことは無いが、まるで一瞬即発のような雰囲気で、いつ剣が抜けてもおかしくない状況だった。
「では、どうされますでしょうか?こちらはレイ殿を引き渡して頂くだけで和平に応じるつもりです。もちろん傷1つなく」
「……応じなければ、どうとなるのだ」
「おや?殿下は分かりきっておられると思ったのですが、違うのですか?」
暗に、応じなければ、俺の知識を総動員させて戦争に持ち込むと脅しているのだ。殿下もそれは分かっている。分かっているが、その言葉はは口にしたくないようだった。
「幸い、今アーロイ王国とフィライト王国は友好国であります。まずはそれを強固なものにする必要がありますね」
「……」
「つきましてはここできっちりと文面化しておかなくてはなりません。殿下?ここで何もなし得なかった場合、貴方の王国でのお立場は一体どうなるのでしょうか?」
「王族に向かってなんという口の効き方……!」
「もっと言いましょう。この場で交渉にくるべきは政治や軍事に明るい第2王子が適任ではないですか?なぜ趣味にしか興味が持てない第3王子が?」
宰相閣下は顔色は悪いが、とても愉快だと言わんばかりに続ける。
「殿下、貴方は向上心があり過ぎるようですね」
これは俺の予想だか、殿下はおそらく他の王子どころか陛下にすら俺の事を教えていないと思われる。
つまり、俺の事を上手く利用すれば、反旗を翻すことすら可能だと考えているのだろう。
玉座を取って代わろうなどと、陛下にバレるのは誰がどう考えても自分を不利に追い込んでいくだけだ。
「……ぐ」
「貴方は和平に応じるしかありません。否はありませんよ」
殿下はプライドをズタズタに引き裂かれたせいでの怒りか、拳を握り震えていた。
不敬とも取られない無理矢理な和平交渉ではあるが、なんとか形になりそうでホッとしかけた、その時だった。
「ウォルター!」
殿下が叫ぶと同時にアーロイ王国側の騎士が全員剣を抜き、魔法士は杖を構えた。向いている先は、俺だった。
俺は咄嗟に、思いついた。レイは自らを天才と言っていた。そしてその天才の半分以上の魔力量は今や俺の中にあることに3日ほど前から気づいたのだ。
レイはいつもどのように魔法を使っていたのか。自由自在に操れるようにはどうすればいいのか。俺はレイの思考が魔力に乗っていることに今気づく。
そして、それを実行した。
「はっ……良かった……」
「……何、だと」
騎士の剣も、魔法士の炎や氷、雷。全てが淡い白に発光した壁に阻まれていた。
それは俺だけでなく、フィライト王国側全体にかかった防御魔法だった。その防御は、攻撃を全て跳ね返し、言葉通り本人たちへ返してあげたのだ。
「……和平交渉は決裂ですかね。追ってこの沙汰をそちらの陛下へお送りし致します」
「ま、まて……」
「いいえ、殿下。こちらへ剣を向けたのは貴方です」
「……ぁ」
「レイ殿の帰還を要請させて頂きます。無礼な国に私共の民を居させる事は有り得ません」
殿下は崩れ落ちる。ただ1人の客人を返すだけで成功したはずの和平交渉の失敗、友好国への武力行使。王子といえど責任を免れることはない。
「では、殿下。無事に今後会うことがあれば、その時はもう一度和平を取り付けられますよう願っております」
宰相閣下の言葉は、まるで今後二度と会うことはないと言っているようだった。
僕は思った通り、魔法で記憶操作されているようだった。されているようだったというのは、なんとか防御を張り、自我を保っているからである。
しかしそれでもまるで廃人同然のフリをしなければならないのは結構肩が凝る。どうしようか、と案じていた時だった。
轟音が響き渡った。交渉のはずが、なぜこんな魔法での爆音だらけになるのか不思議だった。ノアは、ルークは、グウェンは無事だろうか。
不安に思ったが、自分の中の魔力で少しだけ残ったノアの一部が反応するのを感じた。これは、ノアが魔法を行使している。自分は歓喜に震えた。おそらく僕にずっと馴染んでいた魔力だったからこそ、突然の出来事にも対応ができたのだ。ノアが無事なことが分かって本当に嬉しくて走り出しそうだった。
けれど、ここで走って周りの監視に押さえつけられたら逃げられない。
誰か。誰かがここに気づいてくれさえすれば。目の前にあるドアが大きな音を立てて光を通した。
「レイ」
呼ばれた。僕はノアを助けたその時から、ずっと待ってた。
「ルー、ク…」
強引に記憶操作を防ぐために封印していたものを解放しようする。
もう僕には、封印に抵抗するだけの魔力量はほぼ残ってない。
けれど、どうしても目の前の恋人の名前を呼びたかった。ずっと、呼びたくて、諦めたくなくて。
「レイ!無事か?! ごめん、ごめん……!すぐに助けられなくて!」
「ルーク……!」
ルークは僕を思い切り抱きしめてくれた。俺もたまらなく嬉しくて背中に力いっぱい腕を回して服を掴んだ。
「っは、……レイ!」
ノアが、走ってきて息が切れている。ルークに抱きしめられているのなんか関係ないくらい、ノアは僕の後ろから抱きしめてくれた。
「レイ!」
「ノア!」
ノアはやっぱり泣き虫で、僕も釣られて涙を流す。
「レイはやっぱり天才だったね」
「ふふ、そうでしょ?」
「だからね、レイにこれは返すよ」
ノアはそう言って、僕に額を合わせた。白い光が僕に移ってくる感覚がする。
おそらくノアの魔力が、あの魔法陣に描かれたものを馴染ませて、覚えたのだ。
「ノア……!でもこれ!」
「レイがずっとすごくて、カッコイイところも好きなんだ」
ノアは泣きながらニコニコと言ってくれた。
「それに、俺がずっと、レイといてくれてるようで嬉しいんだ」
「~~~~っ!ノアー!僕ノアが大好きだよ!」
「んが!」
ガバッと、ルークを押し出し、ノアを抱き締めた。ルークは呻いていた。
「お、おいノア……お前、今やってるのワザと……」
「ふふ、レイ、俺も大好きだ」
ノアはなんだかルークに黒い笑みを浮かべてたが、僕には今あんまり関係なかった。
ノアがずっとギュッとしてくれてて幸せなんだ。
後日談として話し出すと、特に何も変わらなかったという現状にとにかく驚いている。
とりあえず、アーロイ王国第3王子は失脚し、完全に王位継承権は剥奪された。一生幽閉となるか、軟禁となるかはこれから決まるらしい。
あのあと、第3王子が失脚した事で俺の事をアーロイ王国の陛下へそれなりに話したようだが、世迷言と一蹴されてしまったらしい。俺としては本当に助かった。
そしてこちらの宰相閣下にも前世の知識はバレているが、宰相閣下はむしろ国がひっくり返ることを恐れてか、知識を強要してくることは無かった。けれどもたまに呼び出しをくらう。
「教育に関しての助言が欲しい」
そう言われれば、俺はまぁ問題ないと判断すれば答える
「俺の国では義務教育といって、学校に行って学んでいました」
「家庭で習わないのか」
「一律に育てることが目標です。それこそ裕福や貧困に関わらずです。ただし、家庭教師も別で雇ってる人もいます。学習塾といって、子供のレベルに合わせた教育も学校とは別であったりしますね」
と言った風に、主に教育や政治、医療、保険に関して知っている限りは伝えるようにした。国が少しでも良くなればいいと思う。
ガラスに関しては、お詫びという形でアーロイ王国から有難く頂いた。こちらにも細工師は居るし、加工を頼んでみた。1ヶ月試行錯誤を繰り返すと、【ビーズ】は出来上がったのだった。極小サイズで作ったため、職人たちはとても大変だったがやりがいがあったと言ってくれて本当に良かった。
そしてレイとルークだが、この度結婚を決めた。俺は本当に寂しくて泣いた。
「レイ……結婚しなくていいよ、俺と一緒に暮らそう」
「ノアが言うなら止めとこうかなぁ」
と、レイはいつまで経っても俺を優先しようとしてくれる。俺もそれに甘えている。
ルークは最近俺の当たりが強くなってきた為か、あまりレイと会わせようとしてくれなくなった。
「レイ?ちゃんと約束しただろ?」
「……っ、うん…」
ルークが微笑みそう言うと、レイは大人しくなった。前のように嫌だとか、あまり我儘を言わなくなってしまった。
ルークとレイに関してはまた違う話で。
ゴードリックは処刑された。みんな、俺に言わないようにしていたようだったが、俺が聞き出した。処刑前に会いに行こうとはしなかった。会う必要もない。そう言うとグウェンもレイもホッとしていた。
それから、グウェンと俺はついに結婚した。跡継ぎ問題に関しては、グウェンの親戚が今後養子として入ってくる予定だ。
「ふぅ、こんなものかな」
んーっと背伸びをして、家に飾る刺繍を完成させた。額縁に入れたそれをアイリスとスイレンへ渡して飾ってもらうように伝えた。
「グウェン、おかえり」
「ああ、ただいま」
帰宅してきたグウェンの頬にキスをする。グウェンも俺にキスで返してくれる。それが本当に幸せだ。
玄関に飾られた刺繍は泥中の蓮に月が描かれ、幻想的な蝶が舞っていた。
2章完結です。まだまだ至らない点があると思いますが、長い間ありがとうございます。
続きはおまけなのですが、私にとったら2章本編のレイのお話です。
フィライト王国から出発して以降、俺はグウェンの傍を片時も離れることは無かった。ちょっとした用事で一時でも離れることがあれば、分離不安症の如く感情が不安定になって動悸が起こり、全身が震えてくる。グウェンは最初こそ喜んでいたものの、あまりの俺のパニックぶりに喜びよりも心配が勝るようになった。
まぁさほど離れる用事もなかったので、あまり問題にはならなかった。
ともかく、交渉は目の前で始まったのだった。
最初、俺は交渉テーブルに立ち入る予定は無かった。しかし、グウェンは騎士団長であり、公式の場で不参加はありえない。そのため分離不安症モドキによりグウェンから離れられなくなった俺はグウェンとルークに囲まれて参加することとなった。
レイの姿は、見られなかった。
「挨拶も終わりましたし、早速ですが和平交渉と参りましょう」
宰相閣下の言葉に、第3王子レデリード殿下の眉がピクリと上がる。
「和平交渉? 何をおっしゃっている?」
「いやいや、そちらこそ何をおっしゃるのか。友好国であるアーロイ王国とは今後も平和的に交流をしていきたい。そのための和平交渉です」
「これは、そちらにいるノア殿とレイ殿のトレード交渉のはずだ」
「はて?そんな約束をした覚えなぞございませんが?」
宰相閣下はとぼけているかと思うほど、相手を挑発していた。使節団にいた時の殿下であれば冷静に対処できていた。
否、それでもこの宰相閣下に勝ち得ることは出来るのか謎であるが、それでもなるべく有利になるように立ち回ることは出来たはずだ。
「何を……!」
「それは陛下の御身にお送り致しました書状にも書き留めてあったはずですが。第3王子は読んでらっしゃらないのですか?」
「…っ!」
「おかしいですね、書状の内容もよく理解してらっしゃらない方が交渉の場にいらっしゃるとは。いかに王族といえどフィライト王国への侮辱とも取れかねませんが」
すると、後ろに控えていた従者の気配が変わった。ルークはいち早く気づき、宰相閣下より少し前に立つ。
「殿下に向かって何たる侮辱を……!」
「やめときな。それ以上部下が勝手をすると外交問題になる」
ウォルターは剣を手にかけていた。抜くことは無いが、まるで一瞬即発のような雰囲気で、いつ剣が抜けてもおかしくない状況だった。
「では、どうされますでしょうか?こちらはレイ殿を引き渡して頂くだけで和平に応じるつもりです。もちろん傷1つなく」
「……応じなければ、どうとなるのだ」
「おや?殿下は分かりきっておられると思ったのですが、違うのですか?」
暗に、応じなければ、俺の知識を総動員させて戦争に持ち込むと脅しているのだ。殿下もそれは分かっている。分かっているが、その言葉はは口にしたくないようだった。
「幸い、今アーロイ王国とフィライト王国は友好国であります。まずはそれを強固なものにする必要がありますね」
「……」
「つきましてはここできっちりと文面化しておかなくてはなりません。殿下?ここで何もなし得なかった場合、貴方の王国でのお立場は一体どうなるのでしょうか?」
「王族に向かってなんという口の効き方……!」
「もっと言いましょう。この場で交渉にくるべきは政治や軍事に明るい第2王子が適任ではないですか?なぜ趣味にしか興味が持てない第3王子が?」
宰相閣下は顔色は悪いが、とても愉快だと言わんばかりに続ける。
「殿下、貴方は向上心があり過ぎるようですね」
これは俺の予想だか、殿下はおそらく他の王子どころか陛下にすら俺の事を教えていないと思われる。
つまり、俺の事を上手く利用すれば、反旗を翻すことすら可能だと考えているのだろう。
玉座を取って代わろうなどと、陛下にバレるのは誰がどう考えても自分を不利に追い込んでいくだけだ。
「……ぐ」
「貴方は和平に応じるしかありません。否はありませんよ」
殿下はプライドをズタズタに引き裂かれたせいでの怒りか、拳を握り震えていた。
不敬とも取られない無理矢理な和平交渉ではあるが、なんとか形になりそうでホッとしかけた、その時だった。
「ウォルター!」
殿下が叫ぶと同時にアーロイ王国側の騎士が全員剣を抜き、魔法士は杖を構えた。向いている先は、俺だった。
俺は咄嗟に、思いついた。レイは自らを天才と言っていた。そしてその天才の半分以上の魔力量は今や俺の中にあることに3日ほど前から気づいたのだ。
レイはいつもどのように魔法を使っていたのか。自由自在に操れるようにはどうすればいいのか。俺はレイの思考が魔力に乗っていることに今気づく。
そして、それを実行した。
「はっ……良かった……」
「……何、だと」
騎士の剣も、魔法士の炎や氷、雷。全てが淡い白に発光した壁に阻まれていた。
それは俺だけでなく、フィライト王国側全体にかかった防御魔法だった。その防御は、攻撃を全て跳ね返し、言葉通り本人たちへ返してあげたのだ。
「……和平交渉は決裂ですかね。追ってこの沙汰をそちらの陛下へお送りし致します」
「ま、まて……」
「いいえ、殿下。こちらへ剣を向けたのは貴方です」
「……ぁ」
「レイ殿の帰還を要請させて頂きます。無礼な国に私共の民を居させる事は有り得ません」
殿下は崩れ落ちる。ただ1人の客人を返すだけで成功したはずの和平交渉の失敗、友好国への武力行使。王子といえど責任を免れることはない。
「では、殿下。無事に今後会うことがあれば、その時はもう一度和平を取り付けられますよう願っております」
宰相閣下の言葉は、まるで今後二度と会うことはないと言っているようだった。
僕は思った通り、魔法で記憶操作されているようだった。されているようだったというのは、なんとか防御を張り、自我を保っているからである。
しかしそれでもまるで廃人同然のフリをしなければならないのは結構肩が凝る。どうしようか、と案じていた時だった。
轟音が響き渡った。交渉のはずが、なぜこんな魔法での爆音だらけになるのか不思議だった。ノアは、ルークは、グウェンは無事だろうか。
不安に思ったが、自分の中の魔力で少しだけ残ったノアの一部が反応するのを感じた。これは、ノアが魔法を行使している。自分は歓喜に震えた。おそらく僕にずっと馴染んでいた魔力だったからこそ、突然の出来事にも対応ができたのだ。ノアが無事なことが分かって本当に嬉しくて走り出しそうだった。
けれど、ここで走って周りの監視に押さえつけられたら逃げられない。
誰か。誰かがここに気づいてくれさえすれば。目の前にあるドアが大きな音を立てて光を通した。
「レイ」
呼ばれた。僕はノアを助けたその時から、ずっと待ってた。
「ルー、ク…」
強引に記憶操作を防ぐために封印していたものを解放しようする。
もう僕には、封印に抵抗するだけの魔力量はほぼ残ってない。
けれど、どうしても目の前の恋人の名前を呼びたかった。ずっと、呼びたくて、諦めたくなくて。
「レイ!無事か?! ごめん、ごめん……!すぐに助けられなくて!」
「ルーク……!」
ルークは僕を思い切り抱きしめてくれた。俺もたまらなく嬉しくて背中に力いっぱい腕を回して服を掴んだ。
「っは、……レイ!」
ノアが、走ってきて息が切れている。ルークに抱きしめられているのなんか関係ないくらい、ノアは僕の後ろから抱きしめてくれた。
「レイ!」
「ノア!」
ノアはやっぱり泣き虫で、僕も釣られて涙を流す。
「レイはやっぱり天才だったね」
「ふふ、そうでしょ?」
「だからね、レイにこれは返すよ」
ノアはそう言って、僕に額を合わせた。白い光が僕に移ってくる感覚がする。
おそらくノアの魔力が、あの魔法陣に描かれたものを馴染ませて、覚えたのだ。
「ノア……!でもこれ!」
「レイがずっとすごくて、カッコイイところも好きなんだ」
ノアは泣きながらニコニコと言ってくれた。
「それに、俺がずっと、レイといてくれてるようで嬉しいんだ」
「~~~~っ!ノアー!僕ノアが大好きだよ!」
「んが!」
ガバッと、ルークを押し出し、ノアを抱き締めた。ルークは呻いていた。
「お、おいノア……お前、今やってるのワザと……」
「ふふ、レイ、俺も大好きだ」
ノアはなんだかルークに黒い笑みを浮かべてたが、僕には今あんまり関係なかった。
ノアがずっとギュッとしてくれてて幸せなんだ。
後日談として話し出すと、特に何も変わらなかったという現状にとにかく驚いている。
とりあえず、アーロイ王国第3王子は失脚し、完全に王位継承権は剥奪された。一生幽閉となるか、軟禁となるかはこれから決まるらしい。
あのあと、第3王子が失脚した事で俺の事をアーロイ王国の陛下へそれなりに話したようだが、世迷言と一蹴されてしまったらしい。俺としては本当に助かった。
そしてこちらの宰相閣下にも前世の知識はバレているが、宰相閣下はむしろ国がひっくり返ることを恐れてか、知識を強要してくることは無かった。けれどもたまに呼び出しをくらう。
「教育に関しての助言が欲しい」
そう言われれば、俺はまぁ問題ないと判断すれば答える
「俺の国では義務教育といって、学校に行って学んでいました」
「家庭で習わないのか」
「一律に育てることが目標です。それこそ裕福や貧困に関わらずです。ただし、家庭教師も別で雇ってる人もいます。学習塾といって、子供のレベルに合わせた教育も学校とは別であったりしますね」
と言った風に、主に教育や政治、医療、保険に関して知っている限りは伝えるようにした。国が少しでも良くなればいいと思う。
ガラスに関しては、お詫びという形でアーロイ王国から有難く頂いた。こちらにも細工師は居るし、加工を頼んでみた。1ヶ月試行錯誤を繰り返すと、【ビーズ】は出来上がったのだった。極小サイズで作ったため、職人たちはとても大変だったがやりがいがあったと言ってくれて本当に良かった。
そしてレイとルークだが、この度結婚を決めた。俺は本当に寂しくて泣いた。
「レイ……結婚しなくていいよ、俺と一緒に暮らそう」
「ノアが言うなら止めとこうかなぁ」
と、レイはいつまで経っても俺を優先しようとしてくれる。俺もそれに甘えている。
ルークは最近俺の当たりが強くなってきた為か、あまりレイと会わせようとしてくれなくなった。
「レイ?ちゃんと約束しただろ?」
「……っ、うん…」
ルークが微笑みそう言うと、レイは大人しくなった。前のように嫌だとか、あまり我儘を言わなくなってしまった。
ルークとレイに関してはまた違う話で。
ゴードリックは処刑された。みんな、俺に言わないようにしていたようだったが、俺が聞き出した。処刑前に会いに行こうとはしなかった。会う必要もない。そう言うとグウェンもレイもホッとしていた。
それから、グウェンと俺はついに結婚した。跡継ぎ問題に関しては、グウェンの親戚が今後養子として入ってくる予定だ。
「ふぅ、こんなものかな」
んーっと背伸びをして、家に飾る刺繍を完成させた。額縁に入れたそれをアイリスとスイレンへ渡して飾ってもらうように伝えた。
「グウェン、おかえり」
「ああ、ただいま」
帰宅してきたグウェンの頬にキスをする。グウェンも俺にキスで返してくれる。それが本当に幸せだ。
玄関に飾られた刺繍は泥中の蓮に月が描かれ、幻想的な蝶が舞っていた。
2章完結です。まだまだ至らない点があると思いますが、長い間ありがとうございます。
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