【完結】泥中の蓮

七咲陸

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2章

累卵双子の危うき

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「いやぁ、どうやら私は貴殿達のスパイスにされたようだ」


翌朝、出発前に殿下の馬車にまた呼ばれた。グウェンが体調が良くないからとお断りをしてくれていたが、殿下に


「こんな蕩けてる顔のまま、レイや私以上に信頼出来ないもの達と同じ馬車に乗せていいのかい?」


と言われ、グウェンは悩んだようだが俺の顔を見てため息をついて諦めていた。昨日は自分でも最高に盛り上がったと自負できる。まだイった時の感覚がほんの少し残っている気がするのだ。


「ノアー、戻っておいでー」
「ん…レイ。大丈夫……」
「こりゃダメだ。何やったんですかグウェン様」
「何って…普通だ」


グウェンはルークから目線を逸らす。居心地悪そうにしながらも、グウェンは馬車に乗るまで心配そうに見てくれていた。

馬車ではまたレイの隣に座り、王子は正面に座っていた。


「朝ごはんの時もこの顔だったねぇ。グウェンがずっとオロオロしてたよ?」
「いつもこんな感じなのかい?」
「いや、分からないですけど……グウェンの様子からしてこんな戻ってこないのは初めてだと思いますよ」


頭がポヤポヤする。戻る、戻ってこないとレイが言っている。地に足がついていない感覚が続く。

そう言えば、グウェンは起きた時からずっと「ノア、大丈夫か?」を繰り返していた気がする。身体はいつもより全然楽なのに、どうしてあんなに心配していたのだろうか。

馬車が走り出してしばらく経った後、俺の方を見ながら殿下が口を開いた。


「本当に惜しいなぁ」
「あ、ダメですよ。殿下。売却済みです」
「こういう時の権力だよ」
「……それだと何も手に入りませんよ」


馬車内の雰囲気が変わった。不思議に思った俺は、レイの手を握る。少しずつ覚醒していく。何を2人は話しているんだ。


「私はね、欲しいと思ったものは全て手に入れたいんだよ」
「初めて手に入らないものができましたね」
「いやいや。そんなつれないこといわないでくれ。私は君たち2人とも欲しいんだよ」


ゾワリと背中が何かを這いずる。この感覚は、知っている。王子の顔は微笑みのままだ。


「気づいたかい?ノア殿。まずは君が欲しいと思ったよ」
「ぁ……な、なぜ…」
「君の刺繍は完璧だった。完璧すぎて驚いたよ。蓮の花。あれは私の国でも君の国でも咲かない花だよ」


1番大きな作品のメインの花は蓮。日本で見て、美しいと思って縫ったのが仇になったのか。早く、早く言い訳を。


「本や絵で知りました」
「この世界の印刷技術はまだまだだ。どうして色まで完璧に再現できるんだい?ピンクがかった白い蓮だった。私は見たことがあったから驚いたよ」


殿下はこちらの言い訳は全て無視している。

何か確信しているようなものが見えてくる。怖い、ずっと隠していたものが、暴かれる。


「そして何より、ステンドグラスだ。あれは私の国の国家機密だ。教会が信者に神を信じさせるために他での使用を封じていて、私も手が出せるか分からないものだ」
「ぁ……」
「引きこもりだった君が、どうして2つとも知っている?」


酷く喉が渇いている。知られたくない。怖い。思い出したくない。ここで知られたら、グウェンに二度と会えなくなる、そんな気がした。


「君は、極小のガラスに穴を開けたものを何か知っている。その名前を」
「…い、いえ。全て私が」
「考えた?違うね。君は確信していたよ。出来上がった物を知っているかのようにね」


見透かされている。夢で見たと言い訳するか?いや、この目の前に座る蛇のような視線を向ける男に、そんなちゃちな言い訳は通らない。

必然的に、掴んでいたレイの手を強く握った。


「まぁ今はあまり攻めないでおこうかな。次はレイ殿だ」
「……なにか」
「ああ、怖い顔をしないでくれ。君は凄く攻撃的だね。弟を守るためかな」


レイの手が、俺の手を強く握り返す。


「私は魔法はそんなに得意じゃないんだが、魔力量の質を見るのは得意なんだ」
「質…?」
「そう。普通は1色なのに、レイ殿の質は2色だ。けどノア殿を見ると全く色が見えないね。つまりだ、レイ殿、その魔力量は全て君がノア殿から奪ったものだ」
「なっ……!」


わざと傷つけるような物言いに俺は憤慨しかける。しかし王子は気にもとめずに続けた。

レイが込めた力から少しだけ心地よいものを感じた。


「転移魔法はやめときたまたえ。次はきっと失敗するからね」
「……やってみなくちゃ、分からないですよ」
「いや、失敗する。あの時成功したのは、ノア殿が離れた位置にいたからだ。今一緒にいる二人にはなんの効果もないよ」


レイの顔から汗が垂れているのが見えた。レイも言っていた。『成功すると思わなかった』と。保障がないのはレイも分かりきっていたのだ。


「なぜそう思うのか、私の見立てを言おう」
「…」
「ノア殿が転移できたのは、貴殿が使った魔力が元々ノア殿のものだったからだ。ノア殿の下に物を転移させることが出来たのもそれと一緒だ」


ブローチが、俺の頭に落ちてきた。そのブローチを持った俺が転移したことを思い出す。全て、俺が関わっていた。


「転移魔法は誰にも出来なかった。君が転移魔法を成功させたことで私は気づいた。質の違う魔力量を丸々2人分持っている者が今まで居なかったからだ」
「だから、なんだって言うんですか」
「貴殿は最近気づいてきているのではないか?本当の意味で自由に操れる魔力量が思ったよりも少ないことに」


レイの喉からヒュッと音がする。レイの唇は真っ青だった。なぜ、こんなにレイは怯えているのか。どうして。


「そう、本来君はこんな大魔法使いではなかったはずだ。むしろ君の魔力量は普通より少ないんだよ。君が世界一と持て囃される魔力量は、実はほとんどがノア殿のものだ」


レイは唇を噛み締めていた。やめてくれ、レイは俺の兄で。家族だ。俺はレイを引き寄せて抱きしめた。


「……殿下、それ以上言うなら馬車から飛び降ります」
「いいや、飛び降りるのは不可能だよ。ロックの魔法が掛かってる。3人がかりで掛けたロックだ。レイ殿にも開けることは出来ない」
「……本当は、ノアが世界一だったってこと?」


ポツリとレイが呟いた。俺は更に強く抱きしめてもう何も言わせないようにするしか出来ない。


「ふふふ、その通りだよ。貴殿の才能は紛い物だ。そこにいる弟を犠牲にして作った偽物だよ」
「やめろ!!」


俺は不敬とも思わず殿下の言葉を遮った。


「王国に着いたら帰ります」
「どうやって帰るんだい?ノア殿。自信を喪失したレイ殿と役立たずの貴殿の2人で一体どうやって?」
「……グウェンとルークが来ます」
「はははは、彼らは違うルートで違う国に向かってもらったよ。途中で気づくだろうがその頃にはこちらは王宮内だ。手出しは出来ない」


グウェンとルークは殿付近にいる。先頭に近いこちらとはかなり離れていた。今ももう違うルートにいるならここで暴れて出ても合流できる可能性は低い。

いつからこんな計画を立てていたのか。レイが招待状を貰った時?俺に招待状を送ると言った時?刺繍を見た時?どれも当てはまる気がしない。それにしては計画的すぎる。


「ゴードリックの置き土産だ、大切に扱おう」


その名前で、全てを理解した。まさか、まさか、まさか。


「……殿、下。殿下が……ゴードリックに魔獣を……」


魔獣は、アーロイ王国の誰かが手引きしたと。けれど、ゴードリックの主犯で片をつけられたと。


「やっと気づいたかい?」
「あ……あ、あ……」


あの優しかった両親。レイが悪いことをすれば叱り、俺がダメなことをすれば怒って、レイの婚約を1番に喜んで、俺の作品が売れた時に一緒に泣きながら喜んでくれた両親を。


「やっと手に入れられる、さぁ招待するよ。君たちが憎むべきアーロイ王国に!」
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