【完結】泥中の蓮

七咲陸

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1章

3ヶ月後

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あれから、3ヶ月が経った。今日はレイが公爵家にやってくる。俺とレイの誕生日パーティーを行うこととなった。俺はあの日から公爵家に入り、グウェンの婚約者となった。入れ替わった婚約者に使用人やグウェンの親戚たちが戸惑い、婚約者として相応しくないと否定される可能性も考えた。しかし、レイとそっくりな容姿やそこそこ名の知れた刺繍作家となったことが功を奏し、あっさりと受け入れてもらえた。もしかしたら公爵当主様が反対していないという事が1番の理由な気もする。使用人たちはバタバタと、慌ただしくパーティーの準備をしている。誰もが忙しそうにしている中、俺だけ座って窓の外を見ていた。窓からみた外の様子は、丁寧に剪定された庭の景色と穏やかな空模様が美しく切り取られたような絵画に見えた。俺はフィクションのような最近の出来事に、未だふよふよと浮かんでいる感覚を感じていた。

「ノア様、なにをボケっとしておられるのですか」

使用人としての立場からはおよそ考えられない口調で話しかけてくるのは、メイドのスイレンだった。ズカズカと土足で歩いてくるような話し方をしてくる。俺はそれを訂正する気もないし、むしろ心地よいとさえ思っている。そもそもメイドなんて付いたことがなかった自分に2人もメイドが付いたことで、少し居心地の悪さを感じていたからだ。

「スイレン、そんな言い方はやめなさい。ノア様申し訳ありません。本音しか言えない子でして。」

遠回しだが思い切り背中から突き刺すような発言はメイドのアイリスだった。俺は2人の言葉に耳を傾けていたが、当然怒りは感じない。2人はここ最近の俺の様子を本当は案じてくれているのが分かったからだ。

「2人が可愛いなって考えてたんだよ」
「…そうやって息をするように嘘をつく癖はおやめ下さい」
「そうです。改めて考えなくても私とアイリスは可愛いのですから」

全く謙遜をしない2人が話してくれている間は本当に退屈しない。なるべく2人は俺が遠慮しないように、俺が話しやすい話しかけ方でコミュニケーションをとってくれる。俺が居心地の悪さを感じていることを察している。

「…グウェン様は今日も仕事?」
「今日は絶対に定時で帰ると息巻いておりました。朝早く出ていかれましたが、あの気迫は近年稀に見るものでした」
「ノア様、スイレンは見たままを言っているだけで、実際にはグウェン様は何も仰っていません」
「ふふ、嘘のつき方が俺そっくりだ」
「スイレンに悪影響なので、嘘をつくのはもうおやめ下さいね」

グウェンは休んでいた分、溜まった仕事に忙殺されていた。朝早く出て、夜は遅く帰ってくる。グウェンが帰ってくるのを起きて待っていようとして、1度テーブルで突っ伏して寝てしまった時に風邪を引いた。それ以来、アイリスとスイレンに寝床まで監視され、交代で見回りまでされるようになってしまった。そのため、ここ3ヶ月まともにグウェンの姿を見ていない。最後に見たのは風邪を引いて、グウェンが見舞いに来た時だった。

「…レイ来てくれるかな」
「いらっしゃいますよ。天地がひっくり返ってもいらっしゃるかと」
「…一週間に一回、必ず手紙をくれる方ですよ。来ないわけがありません」
「俺、レイにこれからどう接すればいいか、未だによく分からなくて」

レイには何年も嘘をつき続け、自分の恋心を隠し、その恋心が爆発して婚約者を略奪してしまった負い目がある。3ヶ月使用人以外ほとんど話さなくなってしまったら、どんどんと色んなことに自信が持てなくなってしまった。

「グウェン様も本当はどう思っているのか」

時間は人を臆病にさせる威力がある。あんなにグウェンが一緒に居てくれると言ってくれていたのに、疑ってしまうほどには弱っている自覚がある。自信が無くなるというのは、仕事への意欲も無くしてしまうのか。刺繍への情熱も今はどこかにいってしまっていた。

「…ご本人たちでなくては、真意は分かりません」
「まぁそうだよね。ごめんね、辛気臭くて」
「構いません。返事がある壁と思ってください。ノア様がウジウジしているご様子はとても可愛らしいので」

スイレンはそう言うと、お茶の準備をしてくれる。 香り高いアールグレイに、レモンが浸かった氷砂糖を2粒入れる。

「可愛くないでしょ…ウザったくない?」
「まぁたまにウザったいですね」
「ですが、3ヶ月も婚約者を放ったらかしの方も悪いと思います」

雇い主たちに対し、怖気付く事無く発言する2人に苦笑しながら紅茶に口をつける。すると扉からノックの音が聞こえてきた。アイリスは扉を開ける前に尋ねると、声で誰かを判断し、ノアに確認せずノックした人物を通した。

「よお。元気か?」
「ルーク、もう仕事終わったの?」

ルークは片手を上げて挨拶をしながら入ってくる。スイレンはルークの分のお茶を準備する。ルークは俺の向かいのソファに座ると、ため息をついた。

「はぁ~~~~」
「久しぶりにあう友人にため息つかないでよ」
「ああ、すまん。思い通りにいかないことがあってな。お前の顔見たらその事を思い出したんだ」
「顔? …ああ、レイ?」

俺の顔といえば、同じ顔をしたレイの事だとすぐに思いついた。ルークは短くため息をもう一度つきながら悪態を吐く。

「そう、レイだよ。あいつ今めちゃくちゃ真面目なんだよ」
「レイからの手紙でそれは伝わってきてた。真面目なのは良い事だよ」

レイはその後、子爵家当主となり領地経営の為の勉学と社交界への参加、魔法学校の客員教授とほぼ休み無しぶっ続けで働いているらしい。領地経営は現在、父やゴードリックの時に働いていた執事がほぼ担っている。ゆくゆくはレイが取り仕切ることになる。

「倒れないか心配だけどね」
「まぁ、それはそうなんだが」
「なにかあったの」

ルークは唸ると頭をガシガシかきながら言いたくないというような表情をする。

「あー…今俺の兄貴に勉強教えて貰ってるんだよ、経営のな」
「あ、あれルークのとこだったの」

手紙には教えてもらいにいっている、という言葉のみで、実際に何処で誰に教わっているのかは明記されていなかった。ルークはますます嫌そうな顔をする。

「むしろルークは安心できそうだけど」
「そう思ったよ、俺もな!」





「ところでレイ、君は結婚しないのかい?」

突然親父がぶっ込んだ発言をかます。レイは目をぱちくりして親父を見る。レイは領地経営の為に勉強をしにきて、最近はそのまま夕飯を食べてから帰るという流れが定着していた。夕飯は出ていった兄弟もたまに一緒に食べたりするので人数はまちまちだ。今日は親父にお袋、跡継ぎの長男に次男、俺とレイだった。

「えーっと…あんまり今は考えてないですね」
「やめろよ親父…」

その手の発言が地雷なのは、俺がそれとなく伝えていたはずなのに。ここに勉強に来る前にレイの事情はあらかた説明していた。

「けれどそうこうしてると適齢期が過ぎてしまう」
「あなた、ちょっと飲みすぎじゃ…」

親父はニコニコとワイン片手に上機嫌のようだった。お袋が窘めるが、親父は陽気に続ける。長男と次男は親父の突飛な発言には慣れっこで、黙々と食事を続けていた。

「どうだ、うちの次男と結婚する気はないか!?」

飛び火した次男も、黙々と食事を続けていた長男も、親父をどう諌めようか考えていた俺も、全員親父の発言に食事を噴いた。ナプキンで全員口を拭う。

「親父!何考えてんだよ!」
「そのままの意味だ!レイはとっても優秀だ、是非ウチに来て欲しいがそちらの都合もある。だから次男だ」
「あなた、ガゼルの気持ちも聞いてないのに…!」

親父は、長男は侯爵家の跡継ぎであり子爵家を継ぐレイとは結婚できないが、跡継ぎでない次男のガゼルが適任だと思ったのだろう。

「ガゼル、どうだ?」
「…まぁ、俺は父上の決定に背くことはしない」
「兄貴も何言ってんだ!」

ガゼルの肯定がルークを焦らせる。ちらりと横を見ると、レイの手はナイフとフォークを持ったまま止まっていた。そして否定の言葉が聞けることに希望を持っていた。けれど、

「少し、考えさせてください」

母親譲りの綺麗な顔立ちが、社交界の花と呼ばれるほどの笑みを見せていた。





ルークの回想を聞いた限り、婚約をしている訳では無いようだ。しかし、ルークにとって気が気でない状況になっているのも事実だった。

「ガゼル様とレイはそんな良い仲なの?」
「ガゼル兄さんに経営指導を受けてるんだよ」
「ああ、なるほどね。…じゃあルークが結婚を申し出ればいいんじゃない?」

するとルークから暗いオーラが湧き出ていた。

「そもそも、からかってくるやつから突然求婚されたらどう思う?」
「ふざけてるのかなと思う」
「だよな! はぁ~…くそっ」
「じゃあ、今日やってみたら?」

俺の提案にルークの目が点になる。今日は俺とレイの誕生日パーティーで、公爵家から招待された人達が集まる。レイの魔法学校時代の同期なんかも来るらしい。ルークの家からはルークとガゼルが来る予定だと聞いている。刺繍を購入したことのある方々も参加すると言ってくれた。結構な人数が集まる中で求婚すれば、レイも冗談とは思わないだろう。

「…いや、でも何も準備してない」
「要らないよ。気持ちが大事。双子の俺が言うんだから間違いない」
「…信じるわ」

ルークはテーブルの上で握った拳に力を入れた。
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