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1章
心のままに
しおりを挟む公爵家に着くと、レイが泣きながら俺に勢いよく走って抱きしめてくる。後ろに倒れそうになるのをグウェンが支えてくれた。レイの後ろで、ルークが苦笑していた。
「ノア!ノア!おかえり!」
「…ただいま、レイ」
レイがわんわんと泣いて、自分の肩口が濡れる。レイの背中をポンポンと叩きながら帰ってきたことを実感した。
「ぼく、ぼく!何も!分かってなかった! ごめんね、ごめんね、ノア。ずっと」
レイが泣きながら叫ぶ。落ち着かせようと背中を叩くのを続ける。
「ずっと!1人にさせて!」
「……ぅん……っ」
自分の呪いのような思いを、レイが知った。気づいてしまった。気づいて、くれた。馬車の中であんなに泣いたのに、また涙が零れてくる。俺の半身が一緒に泣いてくれる。
「おかえり、ノア」
「おかえりなさい」
公爵当主、夫人がやってきて、応接間に移動する。移動の最中のレイはずっとくっついて離れなくて少し歩きにくかった。でも無理に引き剥がすことも出来なかった。全員がソファーに座ったところで公爵当主が話し始める。
「まずは、無事で何よりだった。本当に良かったよ。身体は…辛そうだが、少し話しても大丈夫だろうか」
「ありがとうございます。問題ありません」
公爵当主の前で、最後に湯浴みをさせてくれたスイレンに感謝しつつ、なるべく元気に返事をした。
「ゴードリック子爵だが、殺人の教唆で投獄される。2人の両親が魔物に殺されたのは、ゴードリックの依頼によるものだった」
俺の腕を掴むレイの力が強くなる。レイの顔はみるみる青くなり、少し震えていた。
「そ、そこまでして…」
「ゴードリック自身は手を下していないが、魔物を誘導した実行犯は、ゴードリックが依頼したアーロイ王国の民たちだった。少しつついただけであっさり白状したよ」
「……ゴードリックは捨てられたということですか」
「まぁアーロイ王国も庇う必要は無いだろうからね。ゴードリックに全ての罪を着せて終わりだ」
それよりも、と公爵当主は疑問を感じているような、不安を抱えているような分からないと言った表情で続ける。
「投獄直前にゴードリックは、『捕まろうが死のうが、どうでもいい。忘れられないだろうからな』と言っていたよ」
「…どういうこと?」
レイが疑問を抱いて俺の方を見てくる。俺は膝の上に乗った手を強く握って、理解する。
「……ゴードリックが追い出された後に母から聞いたのですが、ゴードリックは母に過去、約束を忘れられたことがあります。ほんの些細な約束だったと」
まだ結婚する前の父には内緒で、屋敷でケーキを食べよう。そんな些細な約束だった。
「でもあいつにとってはそうではなかったんです。だからおそらく、生き写しの俺に対して、『自分を忘れるな』と言ってるんだと思います…」
母への思いが、呪いのようにドロドロしたものに変わっていった。その気持ちが、俺にも分かる気がする。ゴードリックに対し、不快な気持ちもあったが同情心もあった。
「とにかくだ。ゴードリックは貴族を殺した罪を負う。一生外には出られまい」
「…そうですか。ではローマンド家は今後どうなりますか…?」
「ノア、それは僕に任せて」
ゴードリックがいなくなることで、魔法の使えない俺はローマンド家を継げない。レイもライオット家に入るのだから、任せると言った真意が読めなかった。
「僕が、継ぐから」
レイから聞かされた言葉に目を剥く。慌ててグウェンの方を見ると、グウェンも驚いているようだった。
「ど、どういうこと…?」
「だーかーら、僕がローマンド家を継ぐの! 公爵様にももう了承は得てるよ」
「ななななななに言ってるんだ!?」
「ノア、顔真っ青だよ」
サーっと爆弾発言に血の気が引いていくのが分かった。子爵家を継ぐということは、公爵家の庇護下には入らないということになる。
「大体ね、僕ももう子供じゃないんだよ?ぶっちゃけこの世界で1番強いんだからね。もう、お守りは必要ないの!」
「いやでも!」
「ノア、僕知ってるよ」
ピタリと動きを止めた。知っているとはどのことに対してなのか。嫌な予感がする。
「グウェンのこと、好きなんでしょ」
手の熱が引いていくの感じる。頭に鈍い痛みと心臓の音がうるさいほど早鐘を打っている。早く、早く否定しなければ。
「ち、違う!レイの、レイの婚約者だ!」
「うん。でも、違くないでしょ?」
「ぁ…」
レイの顔は確信している。もう嘘はつかせないと言っているように見えた。知られてしまった。全部。過去も今も隠していたものが全て。
「ねぇ、教えてよ。ノアの気持ち」
「…レイ」
「ノアがずっと、僕に言えなかったことをちゃんと教えて」
「…俺は、レイが婚約者だってちゃんと分かってる。でも」
レイの瞳からは怒りではない、慈愛を感じる。その目を見て、また目頭が熱くなって行くのを感じる。あの花壇であった時から、一目惚れで、それからずっと。
「グウェンが、好きなんだ」
レイが俺の頬に手を差し出す。びくりとしたが叩く訳ではなく、両手で顔を挟まれた。そのまま、レイが俺の額に自分の額を合わせる。大粒の涙がとめどなく流れる。
「もう隠さないで。僕は、婚約者を取られたと思った時より、ノアにたくさん嘘をつかれていたって分かった時の方がショックだったんだよ?」
「ゔん…う、ううう…レイ、ごめんなさい、ごめんなさい……」
レイが涙を袖で拭ってくれる。レイは呆れたような笑みを見せていた。
「まったく。手のかかる弟だね。慰謝料はグウェンからもぎ取るからね」
「…ああ。いくらでも払う」
「慰謝料は子爵家運営に使うけど、残りの償いならノアにしてあげてね」
グウェンにウインクをしながらレイが明るく容赦なく言う。涙がまだ止まらない。
「ノア、さっきも言ったけど僕はもうお守りは要らないから。ノアはローマンド家に帰っちゃダメだからね」
「レイしか、ぐす、いないのに、か、帰っちゃ、ひく、ダメ、ず、なの?」
グズグズと鼻をすすり、しゃくりあげながら言うと、レイは胸をうっ、と苦しがったあと、嬉しそうに抱きしめてくる。
「やっぱり帰ってきて良「まてまて!」」
グウェンがレイの発言に慌てて遮るように重ねる。グイッと後ろから例と引き剥がすように抱きかかえられる。
「ノアは行かせない」
「……はいはい分かったよ。僕は色々やることがあるから行くね、ノア。落ち着いたらまた来るね」
「あーじゃあ俺も行くわ。公爵殿、公爵夫人殿、失礼致します」
レイとルークは2人で俺に手を振りながら、部屋から出た。バタンと扉が閉じる。
「では、改めてノア。ようこそ、ライオット公爵家へ」
「結婚式は喪が明けたらすぐ出来るように準備しなくちゃ、これから忙しいわよー」
公爵当主と夫人は、うふふと2人で並んでニコニコしている。グウェンもうんうんと頷いている。涙はやっと治まってきた。
「あ、あの…有難いのですが、こんなすぐに受け入れてらっしゃるのは…」
「そんなの、このバカ息子見てたら分かるのよ!」
「君の才能はその辺に取られる方が私としては嫌だからね。嫁ぎにきてくれるなら万々歳だ」
2人ともウキウキしながら、どこから取り出したのか結婚式カタログを見始めた。2人の様子に俺は少し戸惑うが、グウェンが微笑んでいるのを見てつられる。
「そういえば、プロポーズをしてないな」
「……してますよ」
グウェンが結婚してくれや愛の言葉を囁いた覚えがないことに疑問を感じているようだった。いつも1人で地獄に囚われていたのに。俺にとったらあれほど嬉しいことはなかった。
「堕ちてくれるんでしょう?一緒に」
「……ああ」
初恋は実らないと前世で聞いたことがある。なのにこんな、地獄に楽園があるなんて思わなかった。キラキラしてる。幸せを感じるってこういうことなのかと。この先、彼とならどんな困難があっても、2人で居てくれるなら。
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