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1章
罰の意味
しおりを挟むここに来てから何日だったのだろうか。部屋はカーテンが引かれていて、時計の感覚がない。ゴードリックはいつものようにベッドにいなかった。ベッドから起き上がろうとするが、腰から下の感覚がなく上手く立ち上がれなかった。べしゃり、とベッドの脇に座り込んだ。
「あたた…はぁ、せめてシャワーに行きたい…」
するといきなりノック音が聞こえ、失礼します、とメイドが1人入ってきた。ゴードリックじゃなかったことに安堵しつつ、自分の全裸の格好が恥ずかしくてシーツを引っ張って隠した。
「ノア様、湯浴みの準備が整っています」
「えっ…はい」
ジャストタイミング過ぎて驚いてしまった。メイドは立てないノアを浴室まで支えた。何とか足を上げて浴槽に入る。
「はーー……助かりました」
「……使用人にそのようなお言葉遣いはおやめ下さい」
「ふふ、前に同じように叱られたことがあるよ」
「アイリスのことですね」
聞き覚えのあるメイドの名前に目を見開く。
「知り合いなんだ」
「アイリスは妹です。使用人に敬語を使ってくる見目麗しい方がノア様だという名前だと聞きました」
「ええ…そんなこと…」
「婚約者よりよっぽど恋人らしいことをなさっていたとも聞いております」
「え!」
見られていたのかと思うと恥ずかしくて顔から火が出そうなほど熱くなるのを感じた。
「そのお方に助けてもらうことは考えなかったのですか」
「……少し、考えたかな。でもやっぱり思い直したよ。レイを裏切った自分に、助けてという資格はないと思ったからね」
「婚約者の方に脅されてるのですか?」
「ふふ、そんなこと絶対しない子だよ。怒りはするかもしれないけど」
関係がバレたら、きっと「どうして内緒にしてたんだ!」とプリプリと怒ってきそうだ。髪を洗われながら、身を任せている。疲れと気持ちよさで少し口が軽くなる。
「ここにいるのは、半分はレイのため。だけどあと半分は自分のためだよ」
「こんなことをお望みで?」
「うん、そうだね。レイがどうやったら幸せになるのかって事と俺がどうやったら地獄に落ちれるのかって事が組み合わさって、ここにいることを望んだ」
俺が、グウェンから離れればレイは幸せになれる。レイに許されないことをした俺に罰を与えるために。
「だからね、ゴードリックも母の代わりに俺を利用してるつもりだろうけど。俺は俺で利用させてもらってる」
「…利用、ですか」
「利害の一致だね。ゴードリックも下衆な人だとは思うけど、俺も弟の婚約者に手を出したクズだから」
「…私がレイ様のお立場なら、こんなのクソ喰らえですがね」
メイドからおよそ口にしたとは思えない暴言が出てきて思わず驚いて口をポカンと開ける。
「その罰は、レイ様が望んだものではないでしょう。勝手にここに来て、勝手に自虐しているだけです」
「な」
「私がアイリスに同じことをされたら、1発殴って謝罪させて、幸せになれと伝えます」
使用人という立場を超えたようなバイオレンスな言動をする。メイドは俺の髪を流しながら続けた。
「だから、これは無意味な行為です」
髪に丁寧にオイルを付けながら、撫でる。労わるように、優しく。
「…そろそろいらっしゃいます。手を貸しますので、出ましょう」
「へ、あ、ゴードリックが帰ってくるの……?」
「いえ、下衆は帰ってきません」
主人に対する言葉ではない。メイドの手を借りながら、風呂から出て身体を拭かれ、ここに来た時の服を着させられる。テキパキとした動きを見ながら、帰ってこないという意味を考える。
「え、じゃあ誰が来るの?」
後ろでドアが突然開く。驚いて後ろを振り返ると、息を切らした黒髪の精悍な顔立ちをした彼が立っていた。言葉が出てこない。こちらを見て、駆け寄ってきて、
「ノア!」
強く抱きしめられる。彼の匂いが、彼の声が、彼の腕が、彼の体温が。どうして離れられると思ったのだろう。俺は全身で、彼と居たいと言っているのに。
「グウェン、様」
「遅くなった。すまない」
「どうやって…」
「公爵家の力だ。詳しいことは後で話す。スイレン、準備は」
「恙無く」
抱きしめていた腕が緩まり、代わりに身体を持ち上げられる。お姫様抱っこをされたことに恥ずかしさが襲ってきた。
「お、下ろしてください」
「帰るぞ。レイが待ってる」
抱えられ、歩き出す。混乱していて頭が上手く回らない。彼に触れて、胸が締め付けられる。簡単に子爵家を出たあとは、馬車に乗った。馬車の中でもグウェンは俺を離してくれなかった。膝の上で抱えられたまま、俺の肩にグウェンは顔を埋める。
「…どうして、どこにも行かないと言っただろう」
「それは…」
「なぜ何も言わなかった。俺の事などどうでも良かったのか」
「グウェン様…」
抱きしめる腕が強くなる。弱々しい声が肩口から聞こえてくる。
「どうして君一人で全てを背負うんだ」
「……これは俺の罰で…」
メイドの、スイレンの言葉が邪魔をする「これは無意味な行為です」と。俺は、間違っていたのだろうか。レイの為と、俺の罪の為と考えて起こした行動に意味などなかったのだろうか。そんなはずはない。これは俺一人でやり遂げなくては。
「俺は、君となら地獄でもどこにでも行く」
彼が、俺の目をみている。いつも、地獄を味わうのは1人だった。1度目は前世の暴行、2度目は失恋、3度目は失恋相手の結婚。どれも1人で耐えた地獄だ。1人だから耐えられた。けれど、自分から堕ちた4度目の地獄が無意味だったならば。
「…おれ、は……なんて、ことを」
目の前のグウェンがぼやける。大粒の透明な涙が頬を伝う。レイを裏切って、彼を裏切った。自分を傷つけるだけの行為だったはずなのに。
「堕ちる時は共に。約束してくれ」
彼の胸で、子供のように泣きじゃくった。
グウェンがやったことは、使用人を何人か紛れ込ませ、自分の侵入の手助けやノアの保護をさせていました。
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