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1章
公爵家にて
しおりを挟む「おはようございます、ノア様」
メイドが、カーテンを開けながら朝を告げる。眩しさに目を細める。右手で羽のように軽い布団を触ろうとするが上手く動かせずに骨折したことを思い出す。
「ああ、昨日から公爵家だった…」
「左様でございます。お食事がございますのでお着替えを手伝わせていただきます」
「あ、はい。よろしくお願い致します」
「ノア様。使用人にそのような丁寧なお言葉は要りません」
骨折といえど、手だけだ。着替えも手伝われなくても行うことが出来る。しかしメイドは昨日の夜に夜着を着替える際に手伝わなくては叱られてしまうと言われ、渋々承諾した。そもそもメイドが付いたことがない自分には、他人に着替えを見られるなど子供の時以来で気恥しさもある。
「はぁ、じゃあお願い」
「…かしこまりました」
俺の返事にまだ少し納得いってなさそうだった。テキパキと着替えをして顔を暖かいタオルで拭いてもらうとスッキリして、目が冴えた。ふぅ、と溜息をつく。
「…あの」
「ん?」
メイドは何かうずうずした様子でこちらを見てくる。また何かやってしまっただろうか。不安に思っているとメイドは
「夜は磨かせていただいてもよろしいでしょうか?」
朝から突然何を言い出すのか。母似の自分を見てなにやら使命感を感じているようだった。自分より少し年下に見えるメイドに、真面目な子だな、と思う。
「ふふ、どうぞ」
メイドは一瞬、頬を軽く朱色に染めていた。何となく、門番と同じような視線を感じた。
「ありがとうございます。ではこちらに」
朝食にメイドと共に向かっていると、ドアの前にいつも通り精悍な顔をして俳優顔負けのグウェンが立っていた。
「おはよう。昨日は眠れたか?」
「おはようございます。よく眠れましたよ、痛み止めの魔法も施していただきましたので」
「なら良かった。こっちだ」
左手を優しく握られ、部屋の中に促された。部屋に入るとまだ公爵様と奥方様は居ないようだった。グウェンに椅子を引かれ着席すると、右側にグウェンが座った。
「ん?」
「何から食べたいか、言ってくれ」
「いやいや、自分で食べられますよ。左手だってありますし。片手で食べられるように工夫してくださってると聞いていますし…」
「ダメだ。骨を折った責任がある」
「いやでも、これから公爵様と奥様もいらっしゃいますし…」
あーん、をしようとしているのが分かった。そんな姿を2人に見られたりなんかしたら憤死する。
「2人は別の場所で食べている。作法を気にして食べにくくなるだろうとのことだ」
なんと余計な気を回してくれたものだ。今なら骨折を理由に多少の不作法も許されるのだ。グウェンと2人きりになるくらいなら、作法で恥をかいたほうがマシだ。
「気にせず食事をしよう」
「う…左手だけで食べれるものは自分で食べます」
「そうか、ではシェフに両手で食べられるものを頼む」
「なんでですか。おかしいですって」
「良いだろう、ほら」
切り分けてくれたサラダの鶏肉を丁寧に口の前に運ばれる。恥ずかしさに、ぐ、と一瞬躊躇うが、諦めて口を開けることにした。
「んぐ。……美味しい」
「シェフが喜ぶ。うちの者達はあまりそういったことを言わないからな」
次の食事が口の前に差し出される。鳥のヒナのように分け与えられる食事をゆっくり食べた。
「ご馳走様です。うちの食事とは全然違います、とても美味しかったです」
「城でシェフをしていた者が料理長なんだ。そこらの高級レストランより美味い」
「なるほど…」
「それより、今日は何をするんだ?」
食事が終わり、今日のスケジュールを確認されて怯える。まさか全て付いてくるつもりなのだろうか。
「え、もしかしてずっと…」
「当たり前だ」
「いやいや!いいですよ! 付きっきりはちょっと…!」
「…父から仕事にもしばらく来なくていいと言われている」
騎士団トップに出社拒否されているとあれば、仕事は出来ない。肩を落としている彼に同情した。おれは小さくため息をついてしょぼくれた子供のような顔をした彼に言う。
「俺はゆっくり仕事道具の整理をしようと思ってました」
「!」
「糸や針の点検とかです。地味な作業なので退屈かもしれません。どうでしょうか?一緒に書類整理などは」
「…君はたまに、本当に17歳かと疑いたくなるほどだな」
「ふふ、それはどうでしょう」
それから、午前は少し左手だけで作業をし、昼食も恥ずかしいながらも同じように食べさせられた。午後も2人で作業を再開していた。
「そういえば、レイは魔法学校で首席という話しかあまり聞いたことがなく、よく分からないのですが…どのくらい凄いのですか?」
ふと、双子の兄が世間ではどのような評価を得ているのか気になった。魔法学校で首席と言うのが魔法が全てのこの世界でとても凄いというのは分かるが、いまいちピンと来なかった。
「そうだな…魔法は才能が全てというのは知っているか?」
「ええ、産まれた時の魔力量は努力で育つものじゃないということまで知っています」
「その才能の多くが平均として100だとする。だいたい人1人分の魔力量とされている。しかしレイの魔力量は200だ。これは1人で授かる魔力量では無いと言われている」
普通の人の2倍の力を持っているということだろうか。
「普通はありえない。いくら才能を持っていようとも、魔力量がそこまで高いことは無い」
「それは…凄いのが何となくわかってきました…」
「…俺はその原因が君にあると思っている」
2倍の力を持つレイの原因が、俺であるとグウェンは説明する。
「君には魔力量はほとんど無い…全くないと聞いている。恐らく、生まれる時にレイが全てを受け継いだと考えられる。けれど一卵性双生児と言えども、そんなことは奇跡に近いんだ」
なんとなくだが、前世では魔法使いというものが存在しなかったことが、受け継がなかった理由かもしれないと思いつく。
「小さい頃は色んな家が、君のところに出入りしていたのではないか? 俺が婚約者となる前だ」
「ああ…そういえば、父と母に部屋から出ないように止められていた頃に、人が出入りしていた気がします」
「……ご両親は君に誹謗中傷とまではいかないが、それに近いものから守っていたんだと思う。この世は魔法が全てだ。そんな中、魔力の才能があるレイと持ち合わせない君とではどうしても比べられてしまうだろう。…特に、今この世で最も高い魔力量を持つレイとでは」
レイは、この世で最も魔法の才能がある。
「魔力量が高いと、使える魔法の数が単純に増える。大魔法と呼ばれたりするものを扱えたりする。また難しい特殊な魔法も簡単に行えるようになる。だからこそ色んな家が喉から手が出るほどレイを欲しがる。…レイを婚約者として迎え入れたのは、これが理由だ」
「? ライオット公爵家が欲しがった、ということですか?」
「違う、それは建前であって。本当の理由は保護だ。ご両親はレイが色んな家から結婚だけでなく命まで狙われることに気づいて、子爵家の力だけではレイを守ることは困難であると悟った。だからこそ、王の次に権力のあるライオット家に嫁がせることに決めたんだ」
「…そうだったんですね。……結婚話を引き受けてくださって本当にありがとうございます」
ライオット家の方々の手厚い歓迎には保護が1番の目的であったと教えられ、改めて感謝を感じた。初恋は叶わなかったが、レイが生き生きと過ごせているこの環境がありがたいことなんだと気づくことが出来た。
「こちらとしても、ありがたい話だった。あまり女性は好きになれそうもなくてな」
「ふふ、才能の話では無いのですか?」
「俺にとっては二の次、三の次だな」
自然と笑うことが出来る。レイはこんな素敵な方と共に暮らせるのかと。羨ましいほどに、嬉しかった。
「レイは果報者ですね」
「弟の君に言ってもらえるのは、男冥利に尽きる」
穏やかに暖かな陽が当たる。このゆったりとした時間が過ごせるなど、過去の自分が知ったら驚くだろう。こんな風に彼と談笑しあえて、俺は本当に果報者だと思った。
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