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1章
転機
しおりを挟む「わあぁあああ!ノア!ノア!本当にごめんね!門番の人に招待状が無いから入れなかったって聞いて、サプライズで連れて行こうとしたから招待状とかすっかり忘れてて!本当にごめんねええええ!」
屋敷に入ると、レイの襲撃により後ろに倒れた。抱きしめられながらワンワン泣いているレイの背中を落ち着かせるように叩いた。しかし、母の目がぎらついているのが見えてびくりとした。
「レ~~イ~~、サプライズってどういうことかしら~~?」
「ひぃ! だだだ、だって、ノアにびっくりして欲しくて…!」
「何がびっくりよ! 貴族なら貴族らしく、先触れを出すとか招待状を渡すとかやることがあるでしょう!ノアも家から出たとはいえ貴族なのよ!あなたがやってる事はサプライズでも何でもなく、ノアに対する侮辱よ!!分かっているの?!」
「うううぅ…!」
母の言葉に目に涙をいっぱい貯めながら唸るレイの頭を撫でる。甘やかしているのは分かっているが仕方ない。自分は普通の17歳ではなく、30歳は超えてるおじさんのはずだからだ。可愛い子が泣いているのは胸が痛む。
「レイ!ノアに謝りなさい!」
「まぁまぁ、ジェラナ。公爵家で怒るのはやめよう。レイ、帰ったら1から礼節の授業を行うように先生に伝える。必ず満点を取りなさい。いいね?」
父は声こそ荒げないが、有無を言わさない圧をかけている。恐らくめちゃくちゃ怒っている。レイにもそれが伝わったのか、顔を真っ青にしながら静かに涙を流していた。俺はそんなレイの涙を袖口で拭ってあげた。
「…レイ、結婚おめでとう。幸せになってね、俺の半身」
「……うえええええええ」
さらに涙を流し始めたレイは、およそ貴族らしからぬ泣き方をしていたが、その場にいるものは誰もレイを咎めたりしなかった。グウェンの方を見ると、レイの貴族らしくない行動に諦めたような顔をしながらため息をついていた。その顔は少し笑っていた。
「さて、落ち着いたところで。どうかなノア殿。私たちは食事を終えてしまったが、君はまだだろう。何か準備をさせるから食べていきなさい」
「そうね、皆さんも食後のお茶にしましょう」
公爵家の当主と奥方から声がかかった。レイを見ると、ぐす、と鼻をすすってはいるが少し落ち着いた様だった。
「ありがとうございます、お言葉に甘えさせていただきます」
「ではこちらへ」
皆それぞれ着席する。レイは本来グウェンの隣だろうが、まだ俺のそばを離れずにくっついて座った。
「レイ、俺は怒ってないから。ちゃんと席に…」
「怒ってないのは分かってる。でもここにいる…」
「レイ、みっともないでしょう。ノアの言う通り、グウェン様の隣に座りなさい」
母に窘められ、渋々レイは立ち上がり、グウェンの隣に座った。グウェンはそんなレイを見て涙の跡を拭ってあげていた。
「はぁ…本当に申し訳ありませんわ。結婚式の日までにはどうにか礼儀というものを叩き込みますので…」
「ふふ、このくらい元気な方が良いですよ。グウェンなんか愛想が足りないくらいで、レイを見ているとコロコロと変わる表情が愛らしいわ」
公爵家の当主と奥方はニコニコと、レイの様子を見ても怒ったり呆れたりすることはなかった。余程懐が大きくなければ出来ないであろう。
「ノア殿、貴殿は得意なことがあると聞いた。レイから見せてもらったヴェールは貴殿の作品か?」
公爵家当主はニコニコとした顔を崩さないまま問う。このニコニコした公爵様は、騎士団全軍団長であり、鬼団長と名高い人物だ。この笑顔からは想像もつかない。
「はい。まだ駆け出しではありますが…」
「素晴らしい才能だ。是非ひとつ作品を購入したい」
「え、あ、いや。そういうことでしたら喜んで献上させて頂きます」
「いやいや、献上ではお金にならんだろう。才能ある作品には敬意を持って支払う」
「しかし…公爵家に献上させて頂けるだけで宣伝になりますので…」
「ダメだ。受け取りなさい」
バッサリ両断された。この間にメイド達が食事やお茶を配膳していた。食事はメインディッシュだっただろう牛肉の赤ワイン煮とパンがついてきた。
「お腹が空いているだろう。食べた方がいい」
「あ、はい」
グウェンに促され食事をとろうと、左手にフォークを持ち、右手でナイフを取った、はずだった。ガシャン、と音がしてこちらを全員が注目する。自分でも粗相をしたことに驚いて、何が起きたか把握するのに時間がかかった。右手に持っているナイフが床に落ちていた。
「し、失礼しました」
「新しいものをお持ちします」
さすが公爵家のメイドだ。顔色ひとつ変えず、新しいナイフを置く。おかしい。ナイフを握った感覚がほとんど無かった。
「…まさか、あの時…」
グウェンの顔が、この世の終わりかと言うくらい真っ青になっている。アドレナリンが出たのが静まってしまったのか、右手の感覚が戻ってきた。この感覚は、痛みだった。
「…っ!」
2本目のナイフも持てず、またしても床に落としてしまった。グウェンの顔がさらに黒くなっていくのが見えた。レイや父、母はあまり粗相をしない俺を不思議がって見ていたが、痛がった俺に気づいた。
「ノア?!」
「どうしたの?ノア? え、ノア?!その手どうしたの!腫れてるじゃない!」
「父上、母上、大丈夫です。落ち着いて下さい」
「僕がノアに抱きついた時にどこか打った?!」
いや多分、絶対違う。覚えがある。先のやり取りで右手を血流が止まるほど力強く握られた覚えが。
「レイ、違う…それは多分…俺がやった…」
犯人が自ら自首をすると、部屋はシン…となった。やがて口火をきったのは公爵様だった。
「ノア殿、うちの抱え医師を呼んだ。時期に到着するだろう。息子がすまない事をした」
「ノア、大丈夫ですか? うちの愚息が大変な失礼を致しました」
「あ、頭をお上げください! 多少痛い程度でそこまでの大事ではありません!」
「旦那様、医師が到着致しました」
早い、近くに住んでいるのかというレベルで到着のスピードが早すぎる。到着した医師は挨拶も程々にすぐに俺の右手を触診し始める。
「これはどうでしょうか?」
「い、いだだだだ!!!」
「ふむ…これは…折れていますね」
大事だった。折れているから動くわけなかった。グウェンはさらに頭を垂れて落ち込んでいた。
「まぁものすごい力で握ったのもあるようですが、そもそも栄養は足りておりますかな?身長に対して痩せすぎております。貴族の方は痩せている方が多いですが、それにしても痩せています。そうなると骨量も平均より低いのでは」
「え」
骨折話のベクトルが変わったような気がする。嫌な予感がして両親の方を向いた。
「ノア、どういうことかしら? 仕送りはもう大丈夫と言ったからあまり送っていなかったけど、食事が取れないほどだったのかしら???」
母の顔は心配顔だったのがニコニコしながらこちらを見ている。まずい、先程のレイの時よりキレている。
「いや…その、1人だと作るのも億劫で…たまに隣の友人が持ってきてくれるものを齧ったりして…あと作品の締切が近いと寝食を忘れ…」
「ノア? お前はレイよりしっかりしているから安心しきっていた。おかしいな、レイからはいつもノアは元気だと聞いていたのに。ん?」
「あああああ……」
父もニコニコと、母と同じように圧をかけてくる。2人ともガチギレ状態だ。グウェンが顔負けするくらい、俺も顔を真っ青にして怯える。
「まあまあ、2人とも落ち着いて。栄養失調が根本の原因かもしれないが、そもそも手を折ったのは私の息子の仕業だ。ノア殿だけを責める必要は無い」
「そうですわ。うちのグウェンが悪いのですよ」
「という訳で、こちらで全ての治療と休養を任せて頂きたい」
公爵の提案に、両親は目をぱちくりとさせる。この世界で医師は少ない。自分がいた世界でも医師不足はずっとあったようだったが、この世界ではさらに少ない。また医師は魔法を使って傷を塞いだり病気を治療したりするが、骨折やヒビなどといった治療は出来ない。痛みを減らすといった対処療法のみだ。つまり、この世界では、骨折やヒビは癌よりも重症とされている。グウェンが落ち込んだり、両親が怒っている理由はそこから来ていた。
「し、しかし公爵家の方々にそこまでのご迷惑は…」
「いやいや、これから少ししたらレイも家へ来るだろう。1人も2人も変わらない。それに、ノア殿にはメイドが付いていないというではないか。ローランド家当主と奥方も領地経営で忙しい。利き手がない1人では日常生活も大変だ。さらに我が家で寝食をすることで栄養失調も改善出来る」
どこのセールスだと言わんばかりに利点を述べる公爵家当主。奥方も隣で深く頷いている。
「あとはこの息子に責任をとらせる必要がある」
「へ!?」
変な声が出てしまった。自分の出た声に驚いて口を塞ぐ。医師は黙々と固定のために包帯を巻いていた
「日常生活はメイドとグウェンに任せる。大切な職人の利き手を奪った責だ。決して軽くはない」
「…本当にすまなかった……何でも言ってくれ」
「いやいやいや!!兄の旦那様に世話などさせられません!」
「ノアの事は僕に任せて!」
ここでレイの助け舟が出た。そうだ、治療以外は自分の家にいて、たまにレイに手伝ってもらうだけで良い。レイながら良いアイディアが出たと思ったが、父に阻まれる。
「だめだ。レイは礼節の授業をする」
ガックリと心の中にあった提案が折れる。 レイも首を折って落ち込んでいた。
「公爵様、奥様、ノアをお任せしてもよろしいでしょうか」
「心配いらないわ、ジェラナ。任せなさい」
「うむ。早速今日から部屋を準備しよう。グウェンの隣がちょうど空いていたな、そちらに準備をする」
こちらの意見は、全く聞いてもらえそうになかった。こうして、俺は初恋で失恋した男の家どころか隣の部屋で、その男の世話を受けることになってしまった。
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