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番外編

愛の言葉 side アドルフ ②

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  それ以来、カインは時々夕飯に誘ってくるようになった。

「今日こそ! アドルフ先輩ご飯行きましょー!」

「行かないって言ってんだろ。仕事終わったのかよ」

「先輩がぁ、行ってくれるって言うならすぐ終わる気がするなー」

「まーたやってんのかよ、お前ら」

  最早名物のようなやり取りになるほどカインはしつこかった。このめげなさは絶対童貞じゃない。

「なんで付き合ってもないし付き合うつもりもない奴と飯に行かなきゃなんねーんだ!」

「えー?それはほら。付き合いたくなるかもしれないっしょ?」

「ならない!」

  ゲタゲタと下品な声で笑っているのは先輩たちだ。アドルフがヴァレリという恋人が居ることを知っていて、カインをけしかけていた。しかし、アドルフは直ぐに伝えたのだ。

「恋人が居るって言ってんだろ!」

  誰、とはわざわざ言わなくとも、現在進行形で七年目になる恋人がちゃんと居ることを伝えたはず。それなのにカインは怯むことなく食事に誘ってくる。しかも、職場という時間の制約でしか逃げられない場所で。

  アドルフがからかわれているのは分かっている。分かっていても大袈裟に反応してしまうのは、カインがふざけているからだ。

「関係ないっすよ。恋人さんももしかしたら誰かと飯くらい食べてますって」

「……だとしても俺はしない!」

「えー、そこは自信を持って恋人は浮気しないって言った方がいいのになー」

  ニヤニヤと笑う姿に若干イラッとする。

  ヴァレリは商会長だ。偉い立場であるし、部下に食事を奢ることもあれば仕事相手と取引がてらの食事だってする。貴族の好きそうな場で食事することだって何度もある。そういう仕事だから、それが普通だとアドルフも納得している。
  それにヴァレリだってなるべくアドルフの作る食事を食べたいと帰ってくるように努力はしていた。だから不満などないし、ヴァレリと付き合う上でこの事に一々嫉妬心を抱いては自分の身が持たない。

  浮気だってするとは思えない。だって出張に出発した時だってアドルフを飢えた獣のような眼光で真っ直ぐ見つめてきた。七年経っても、ヴァレリはアドルフに飽きることなくただただひたむきに求めてくれる。

  これ以上、アドルフが望むものはない。

「うっさいな。 もう!俺帰るかんな!」

「じゃ、俺も帰りまーす」

「は? 仕事は?」

「もう終わってまーす」

  平民だからっておちょくってんのか、とイラッとしながらアドルフは終業の挨拶を述べて帰路を歩く。カインがその後ろをちょっと良い声で鼻歌を歌いながらくっついてきていた。

「……おい、お前こっちの道じゃないだろ」

「アドルフ先輩が一緒に食事してくれるって言うまでくっついていきますよ。先輩のお家に着いちゃうかもなー」

「……はぁ、止めろよ…公開ストーカーかよ」

「先輩がご飯行くだけでこんなに可愛い後輩ストーカーはお家に帰ります」

  そしてアドルフは大きくため息をついた。

「…………分かった。分かったよ、1回だけな。今日は仕事早く終わったから、そのお祝い」

「やったー! マジっすか!いえーい!」

  根負けした。後輩を犯罪者にする訳にはいかず、食事だけでいいという後輩の言葉を信じる他、アドルフに道は残されていなかった。 

 さてどこにしようか、とキョロキョロすると突然後輩はアドルフの腕を掴んで引っ張った。驚いて手を振り払おうとするが思ったより力が強い。見上げるように後輩を見るとめちゃくちゃ良い笑顔であった。

「俺、この先に美味しい食事出来るとこ知ってるんすよ!」

  まるでリードを付けた犬に引っ張られる飼い主の気分になったのだった。





  見上げた先は、なんと恋人の所有するホテルであった。

「……あ、あのさ。ここ……はちょっと、やめない?」

「ええ? なんでっすか。ここホテルですけど美味いんですよ? 俺のオススメです」

  うんまあ、美味いのは知ってるんだよ。だってつい一ヶ月前にここの最上階のプライベートルームに泊まったのだから。スタッフに顔が割れてるアドルフは、若い男を連れて食事に行ってたなんてヴァレリの耳に入った後のことを考えたくない。スタッフにもどう思われるのか怖い。

「いや!俺はヤダ! 違うとこに……!」

「はあ? どうしたんすか急に…あ。ホテルだから緊張してんすか? いやいやー、流石に初デートでそんな事致さないから安心してくださいって」

「馬鹿! 変なこと考えんな!ばかばか!」

「……アドルフ先輩顔めちゃ真っ赤ですけど。えーほんとに可愛いですね…」

  あらぬ誤解を受けたせいで赤面してしまった。
  そうではなく、このホテルで食事をしたくないのであって、決してホテルという単語に反応した訳では無い。
  このホテルは特にダメなのだ。リゾートをウリにした自然豊かな装飾がされつつも何処か現代的な美しさを誇るホテル。

これは、ヴァレリからちゃんと付き合って三年目、実質六年目のプレゼントとして渡された、アドルフの名前だけお飾り責任者となっているホテルだ。

  支配人にもスタッフたちにも顔が割れているから、直ぐにお出迎えされてしまう。すごくすごく居た堪れない気持ちになるのは目に見えている。

「でもま、行きましょうよ!マジで美味いんですって!」

  かと言ってカインは全く諦める気はなさそうだ。アドルフとしては本当に、本当の本当に、渋々ではあるが折れるしかないと判断した。

「…………分かった、分かったよ……もーなんなんだよ。そのお前の強メンタル」

「若い証拠です!さ、行きましょ!」

「はは……」

  最早笑うしかない。

  ホテルの前の階段を上がるとドアマンが一瞬だけギョッとしていた。俺はカインの一歩後ろから首をブンブンと振って、それからシーっ!とジェスチャーで伝える。ドアマンもプロだ。直ぐに理解したのかにっこりと微笑み、ようこそと扉を開いた。どうか、変な方向で理解しないで頂きたい。主に浮気の方向で。

「何やってるんすか? 行きますよ」

  グイッと腰を捕まれ引き寄せられた。咄嗟のことで避けられるはずもなく、恋人のようにカインに寄りかかってしまった。
  慌てて離れようとカインを押してもビクともしない。

「ちょ…っ、ば、ばか! ほんと止めろ!ほんとお前なんな……」

「しー、ホテルで騒がないで下さい」

「~~~っ!!」

  信じられない。
  パチン、と音がしそうなほどのウインクを見せられ、アドルフは言葉を失う他なかった。頭が沸騰しそうなほど恥ずかしくて埋まりたい。
  どうしてよりによってこのホテルでそんな事をしてくるのだ。見ろ、俺の事を知ってるスタッフは思いっきり動きを止めている。普段なら流石プロだと言わんばかりの働きを見せる彼ら彼女らも、ヴァレリの恋人が浮気……?と言う疑問を抱いているに違いない。しかも一人がスススと奥に行った。絶対に支配人に報告するつもりだ。俺には分かる。

「なぁ…! 本当にやめ……っ」

「先輩? ほら、行きますよ」

  腰を抱かれたままの手を剥がそうとしても上手く剥がれない。カインはお構い無しにそのままディナーの場所まで連れて行こうとする。

  貴族の人達ですら、食事だけだって予約必須のホテルで何ヶ月待ちとか聞いた覚えがある。カインはどうやって予約をとっていたのだろうか。
  辛うじて服は王城の事務仕事に行く時の格好で見れる服装だから良かった。とはいえやはり浮いているから恥ずかしい。いや、スタッフみんなにポカンとされるから余計に恥ずかしい。カインに気づかれない程度なのはプロだと思う。

「カイン=ハーヴェスト様でいらっしゃいますね。お待ちしておりました」

「どうもー。この人と一緒でよろしく」

「……畏まりました」

  一瞬だけ、か、の所だけ途切れそうになっていたがそこはやはりプロ。顔にも態度にも出さずになんとかやりきっていた。俺はもう俯くしかなくて、居た堪れない。

「うううぅ……お前マジで覚えてろよ……」

「え?なんすか?うわ。涙目で可愛いー」

「可愛くない!」

  カインを見上げて睨みつけたのに、恐らく恥ずかしさで涙目で顔を真っ赤にしていたせいで全然迫力がなかったらしい。怒りながら顔をぷいっと背けるとなんだかカインがニヤニヤしている気がする。本当にこいつは調子に乗りすぎているのではないだろうか。



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