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番外編

シュリ=エルネストの後悔②

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  中は広いホールのようになっており、たくさんの招待客で埋まっていた。
  貴族だけでなく、商人も来ているようだった。なぜ商人と分かるのかと言うと、シュリはこう見えてもやはり公爵夫人なので、何人か家に招いて買い付けたことがあるからだった。


「アドルフがまさか来てるとは思わなかったよ」

「俺も来る気は無かったんだけど…ヴァレリがどうしてか今回だけは来いって譲らなくて」

「なんでだろ? あんまり強要する人には思えないけど」

「さぁ…? 俺もわかんないんだよな…」


  何かこのパーティーにあるのだろうか。アドルフは貴族でも商人でもないのでとても居づらい雰囲気を漂わせて、キョロキョロしている。
  もしかしたらスタッフの格好をしているせいで、話しかけられてしまいそうだと怯えているのかもしれない。


「そうそう、どうしてアドルフがメアを見たかったの? まぁいつかは紹介しようと思ってたけど」

「…そりゃ、一応心配で」

「心配? あ、あー! 三年くらい会えなかったもんねぇ!」


  メアに拉致監き、いや。婚約から結婚をして、寿退職した時、アドルフとは別れの挨拶すら出来なかった。
  アドルフにとったら、メアの心証は良くないのかもしれない。とはいえ、そうなった原因はシュリの勘違いが原因で、今は全くそういう雰囲気は見せてこない。

  アドルフを安心させるつもりでシュリはにっこりと微笑んだ。


「別に拘束されてたとか、暴力とかは全然ないよ。そりゃ最初拉致られた時はビックリしたけど、その後は僕も望んで公爵家にいたしね」


「なら良かったよ…」


  こんな風に心から心配してもらえるのは友人の特権だ。

  ふふふ、と抑えきれない笑みを見せると、アドルフは頬を赤くして恥ずかしそうにそっぽを向く。

  そういう所が可愛らしくて、行きつけのバーでも密かに人気だったのをアドルフは知らない。
  常連たちは、実はシュリよりもアドルフを狙っている方が多かったのだ。こんな風にからかい甲斐があって、少年のような話し方で、なのに夜はエロい。
  エロいというのは童貞を捨てた人からのタレコミだが、そんなことを聞いた常連がアドルフに手を出そうとするのは当たり前で、シュリはタチ悪そうな常連にはお引き取り願っていた。
  駆け引きが少し苦手なアドルフをフォローするのはシュリの役目で、懐かしいな、なんて思ったりする。


「ヴァレリさんもお熱いね。見せつけられちゃったもんね」

「……あんまり、熱くなって欲しくないんだけどな」

「? それってどういう意」

「シュリ…?」


  さっきから含みのあるセリフを零すアドルフに真相を聞き出そうとするも、シュリの言葉は後ろから声をかけてきた男によって阻まれてしまった。
  シュリもアドルフも、声が聞こえた方に振り返ると、美形の男が立っていた。

  シュリには見覚えがあった。


「……り、リカルド…?」

「やっぱりそうか!いやー、そうじゃないかと思ったんだ」


  シュリと分かった途端、男は馴れ馴れしく近づき、肩を抱いている。アドルフの顔から、ギョッとしているのが伝わる。


「っ、ちょっと。離してくれません?」

「冷た! ええ? シュリってそんな感じだっけ? 結婚したから?」


  結婚したことを知っていて肩を組んでくるのはマナー違反だと分からないのだろうか。

  この男は昔もこうだった。 軽い男で、馴れ馴れしい。シュリの一番嫌いなタイプだ。


「シュリ? 誰……?」

「……知らない」

「嘘だろ? マジ?」


  アドルフが恐る恐る聞いてくる。シュリはリカルドを極力相手にしたくなくて分かりきった嘘をつく。
  シュリが何とか肩にある手を引き剥がそうとしても、リカルドはヘラヘラとしながら肩にある手を外そうとはしない。

  こんな性格の男、本当にタイプでないのに。シュリの汚点だ。


「元カレに対してそういうこと言う?」


  シュリは思わず、舌打ちしそうになってしまう。アドルフも男の顔を見て合点がいったようだ。

  リカルドはとにかく顔がイイ。シュリの悪いところは顔で男を選ぶところだ。
  まだ性格をちゃんと知らなかった時に一目惚れして付き合ったのだが、リカルドはとにかく下半身がダラしないせいで速攻別れたという経緯がある。


「知らないフリしてるって言うのが分かりませんか?」

「はー、そういうこと言うんだ。へぇ」

「……だからなんです? もう僕とリカルドは関係ないので」

「ひでぇな、公爵夫人殿がそんな冷たいなんてな」


  厄介な奴に捕まってしまった。
  メアに見られればなんと反応されるのか。顔が良い男に弱い過去の自分をとにかく恨んだ。

  アドルフはどうすればいいのか悩んでいる様子だった。ここに居るということは、アドルフの恋人であるヴァレリの招待客だ。シュリを助ければ、ヴァレリの顔に泥を塗ることになるかもしれないことを恐れているようだ。
  シュリとしてはそのまま悩んで、手を出さないことを祈った。
  相手は子爵家の嫡男だ。ヴァレリの恋人と言えど、平民のアドルフは楯突くことはあってはならない。


「そ、僕は公爵家の夫人なので。子爵家如きが簡単に話しかけてこないで欲しいですね」


  明らかにこめかみに青筋が浮き出ている。リカルドのプライドを1番傷つけたようだった。

  あまりメアを盾にしたくはないが、こういう時のための家柄であるとシュリは思っている。厄介な相手ほど、家柄を気にする。シュリの過去のために使うのは申し訳ないが、後でメアに謝ろうと思った。


「は…、伯爵家の三男だったクセに。俺を脅すつもりかよ」

「このまま知らないフリを君がしてくれるだけで事は済むんですよ。分かりますか?」

「なんだと?」

「君と僕は、ここで、今、初めて会いました。それで充分でしょう?ねぇ?リカルド子爵?」


  にっこりと微笑むと、僕にもアドルフにも聞こえるように思いきり舌打ちをする。悔しそうに綺麗な顔を歪ませているが、早くこれで引いて欲しい。

  しかし、そうは問屋が卸さない。


「シュリ? どうかしたのかい?」


  タイミングが良いのか悪いのか。
  シュリにとったら最悪なタイミングで現れたのは、言わずもがな公爵家当主であり、シュリの夫、メア=エルネストだった。相変わらずメアは、光を身に纏ったような佇まいでシュリの横に立つ。

  嘘をつきたくはないが、周囲の目がある今この場で話すべきことではない。まさか元カレに会って、尚且つ絡まれていますなどと。


「い、いえ。何でもありません」

「そう言わないでくれよ…なぁ!」


  後ろから手首を掴まれ、思いきり後ろに引かれる。シュリはバランスを崩しかけたが、前に居るメアが間一髪、シュリの腰に腕を回し、尻餅をつかずに済んだ。

  ホッとしたのも束の間。シュリの手首を掴んだ犯人、リカルドはシュリを睨みつけていた。


「私の妻からその汚い手を離せ」


  睨みつけていると分かると、直ぐにメアもスっと冷たくリカルドに向かって言い放つ。  リカルドはメアの冷徹な表情に一瞬怯み、グ、と喉を鳴らす。

  シュリはこんな時でも冴えたような瞳をするメアに、はう…と声を上げてしまう。
  隣でアドルフが『そんな場合じゃねーだろ』と呆れているのが見て取れるが、こればっかりはシュリにも止められないのだ。むしろ夫がカッコイイ事を見蕩れて何が悪いのか、と開き直ってしまいそうですらある。


「こ、これはこれはメア公爵閣下。私とシュリは旧知の仲でして…久しぶりに親睦を深めようとしていただけなのですよ」

「妻の手を離せと言っている」


  リカルドの言い分は無視し、メアは凍てついた声で言う。
  しかし、リカルドはメアの言葉を聞かず、更に掴む力を強くしていく。
  痛みに顔を顰めるシュリに気づき、メアらしからぬ舌打ちが聞こえてくる。シュリにとってはご褒美のようなメアのワイルドな一面に、まだうっとりとする余裕はあった。ちなみにアドルフは心底シュリに呆れている。表情がそう訴えている。


「メア様。彼は前に私と恋仲でしてね?」

「リカルド!」


  うっとりしている場合ではなかった。
  頭に血が登ったのか、リカルドはメアにシュリがなるべく隠しておきたかったことを話し始めた。

  いや別に悪いことは何も無い。メアと結婚する前どころか婚約する前の話であるし。シュリも遊んで付き合ったわけではない。きちんと告白をして付き合ったわけで、シュリは一応真剣だった。
  ただ、過去の話を聞いてもメアにとってはなんのメリットもなく、シュリも言うつもりはサラサラなかった。
  ならば誰といつ付き合って、何人と経験があるのか、なんて話は出来れば隠しておきたかったのだ。


「シュリは顔さえ良ければ誰とでも付き合うようなやつです、私と付き合った時も一目惚れしました、なんて言ってきたんですから。メア公爵様も顔で選ばれたんでしょう?」

「んな…!リカルド!やめ…」


  やめさせようと口を開くが、シュリは隣に立つ夫から身に覚えのあるオーラを感じる。
  あの時のメアだ。あの、シュリの盛大な勘違いにより、鬼神の如き怒りを発揮したメアだ。
  ゾクリとしたものを背中に感じながら、シュリはメアを見ると微笑んでいるのに全く笑っていない。アドルフも隣でヒェ…と怯えている。きっとシュリも同じ顔をしているに違いない。


「へぇ。なら貴殿はシュリを一切顔で選んでいないと言い切れるのか?一ミリも?言っとくが私はシュリの全てを好きになった。顔ももちろんだ。そんな私がシュリに顔で選ぶなと言う訳がない。大体使えるものを使って何が悪い。シュリが私の顔がタイプだと言ったんだ。使えるものは顔でも金でも権力だって使う」


  顔も金も権力も使って拉致監禁されたのは良い思い出?である。

  うっとりと夫を見てしまうのはもはや止められなかった。掴まれた腕も気にせず、「はぅ…」と思わず声を漏らしてしまうのは仕方のないことである。


「…は、はぁ?偉そうに…公爵閣下だってリリー子爵令嬢如きに」

「リカルド。五月蝿い」


  良い気分でこちらは見惚れているのだ。邪魔しないでほしい。
  それにその話はメアにとって思い出したくもない話に違いない。黙れというつもりで言い放つも、リカルドは悔しそうに顔を歪ませ、メアと対峙する。

  ああ、イライラする。どうしてこんな場でまたメアの手を煩わせなくてはならないのか。


「…っ、リリー子爵令嬢如きに婚約破棄されたではありませんか!だから男に走ったと!」

「だからなんだ。そのおかげでシュリと結婚したのだからなんの悔いもない」

「はー、好き」


  アドルフが「おいそんなこと言ってる場合じゃない」と言う目でハラハラとこちらを見ている。

  こちとら場数が違うのだ。もうこの程度のことでシュリも切れたりなんぞするはずが。


「公爵家も落ちぶれたものだ!こんな男に騙されるような奴が公爵家当主?信じられませんね!女一人捕まえておけないような貴殿が! シュリ、お前も良くやったもんだよ!公爵家に上手いタイミングで取り入ったもん」


「うるせぇ蝿が」


  キレたりするはずがないのだ。


「身分も弁えずべらべらと喋りやがって、蝿がウルセェんだよ。黙れ」


  リカルドは「だ」という口の形で固まっている。目を見開いている。リカルドにシュリのこの一面は見せたことはない。速攻で別れたのだから。

  メアは期待に胸を躍らせるようにワクワクと爛々した瞳でこちらを見ている。


「知らねぇフリしろって言ったのが分かんなかったのかよ、あ?元カレだとか言うが浮気した男の思い出に浸るわけねぇんだよ!いつまでも覚えて引きずってんじゃねぇよ!お前如きが公爵家を貶めていいと思ってんのか!」


  アドルフは唖然としているようだ。そして、リカルドも唖然としっぱなしである。


「分かったら二度と僕の前に現れるな!未練タラタラの浮気男が!」


  そうして、蝿叩きの如く叩きのめし、親指で首を切る仕草をしてやったのだった。
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