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番外編

愛の言葉 side ヴァレリ

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  ヴァレリにとって、商売とは欲しいものを得る手段だと思っている。もちろん、それは誰しも同じことだろう。物を買うのも権利を買うのも、全て欲しいから商売している訳で。

  ヴァレリは、その商売で欲しいものを欲しいだけ獲得してきた。

  手に入らないものはなかった。物も権利も、心も。

  何不自由なく、過ごしていた。

  公爵家のメアと出会ったのは学生時代である。たまたま席が隣で意気投合した。 こちらがただの商人と分かっても態度を変えないメアは、とてつもなく出来た人間だと感じた。普通の貴族は態度を変え、横柄になるものだ。

  そんなメアに婚約者が出来た。なんと子爵家の女だ。

  ある日、メアはリリー令嬢に転ばされた。転ばされたが、転んだのはリリーの方だ。メアは一瞬傾いただけで地に膝も手もつくことはなかった。
  しかし、リリーはそれで膝に怪我を負った。

  この責任を取る為に、婚約者になったという訳だ。

  メアはいつもため息をついていた。
  怒りはしないものの、ストレスは尋常じゃなかった様に見えた。リリーが公爵夫人としての勉強を疎かにしていたからだ。

  その内に、婚約破棄となった。

  言わずもがな、シュリも居合わせたあの断罪シーンである。

  メアはすっかり女性不信になってしまったが、自分としてはホッとした。リリーは明らかにその辺の石より役に立ちそうもない女だったからだ。友人がそんな女と結婚しなくて済んだのは、第二王子のおかげだ。

  ちょうどその頃に、自分が商会を継ぐ話が出てきた。父は商人らしく即決した後、引退。ヴァレリが直ぐに継ぐことになった。

  商売は好きだったので、なんら問題は無い。ただ、後継者問題が浮上した。

  昔から女性に興味を持つことが出来ず、父の仕事を手伝う傍らで、同性の出会えるバーの経営を何店舗かしていたくらいだ。

  父もなんとなく、女性関係で浮いた話のない息子の様子に気づいていたようだ。父は自分に後継者を作ることを強要せず、親戚から養子を呼び込んだ。ヴァレリが引退する時は、その養子に継がせろ。後は自由にしていい、と言われた。話が分かる父親で有難いと思った。


  メアと久しぶりに再会した。
  最初に手掛けたホテルの創立パーティーに呼ぶと、婚約者を連れてくると言い出した。しかも男だという。
  驚いた。メアは明らかにノーマルだったのだ。

  そして、メアの婚約者を見て納得した。

  そういえば、メアは昔から変わったものが好きだったな、と。

  シュリを文字で例えるなら【変】だ。
  普段は大人しく、どこにでもいる伯爵家令息にしか見えない。しかし、怒った時は形相が変化すると共に言葉遣い、なにより、手癖が悪い。

  それだけでは無い。シュリは思い込みが激しく、メアに関して言えば勝手に婚約破棄されると思い込んでいた。

  とにかく、変だ。可愛いのに、変すぎて人を選ぶ男だと思った。


  そんなシュリとばったり、自分の経営するバーで再会した時にアドルフと出会う。


  アドルフは一言で言えば普通の男性であった。少し幼く見えるが、聞けばシュリの一つ上の年齢で驚いた。
  なにか魅力があるか、と問われれば魅力らしい所は見当たらない。人見知りなだけのごくごく普通の一般男性だ。


  しかし、ヴァレリは何故か忘れられなかった。

  金持ちだと言われるヴァレリに、全くと言っていいほど興味無さげだったことは勿論、むしろヴァレリのような人間は苦手だ、というのを隠さずに話してくる。

  店の常連だったのでマスターに、アドルフが来たらすぐに連絡するようにと頼んだ。

  マスターは『あの子、トラウマありそうな男の選び方するから、気をつけてくださいよオーナー』と、言われた。問題起こさんで下さい、とも付け加えられた。

  後日、マスターから連絡があって店に行くと、男に絡まれている。しかも内容的に一度関係を持ったような口振りだ。

  自分はこの時、更に興味が湧いた。


  この一見普通の男を忘れられなくなるほどのモノは、一体何だったのか、と。


  そして持ち前のスキルでアドルフをベロベロに酔わせた。酒はそこそこ強いらしく、酔わせるのに時間がかかった。
  酔ったアドルフは、ベラベラとアドルフの根幹たる部分を話し始めた。乗り気でなかったマスターも、普段語らない常連の話をワクワクを隠しきれない様子で聞いていた。


  職場の上司に裏切られ、捨てられ、今でも上手く気持ちを昇華出来ていない。そのせいで恋愛にもセックスにも慣れた男が苦手になってしまい、童貞狩りをするようになってしまった。


  流石のマスターも同情していた。『可哀想に。その上司に一言言ってやることでも出来たら違ったんでしょうに』と。

  酔い潰れたアドルフをそのままにすることはもちろん出来ない。マスターには『……オーナー、顔が獲物を見てる目ですよ…』と呆れた顔をされる。失礼な。


  そして持ち帰ったアドルフに、上司との再現をした。


  ここから始めるのだと、言わしめるかのように。アドルフを再起させるには、この方法が手っ取り早いはず。
  そう思った。

  しかし、そう簡単には行かなかったのだ。

  アドルフは、それはもう逃げるわ逃げるわ。メアじゃないが、監禁してやろうかと思うほど逃げる。
  トラウマを再現したことに対して逃げているのかと思ったが、そうではなく、大切な友人のシュリの近くとは関わりたくないらしい。

  逃がすものか。

  最早自分は、アドルフを手中に納めなくては気が済まないだろうことは、よく分かっている。



  そうして。アドルフとの攻防は三年に及ぶことになった。

  今日はシュリと久しぶりに飲みに行くんだと楽しそうに足取り軽くバーに向かっていった。
  嫌な予感がして時間を置いてバーに行ったら、思いきり「童貞が食いたい!」と叫んでいたのだった。


「お前、ほんと懲りねぇなぁ!」

「ぴ」


  舌打ちしたくなるのを抑えて、荷物のように抱えたアドルフに威嚇する。アドルフは縮こまって震え始めた。ちょっと涙目である。


「恋人の目の前で堂々と浮気宣言とは、度胸あんな?」

「未遂、未遂だから…!」

「ほー、未遂なら何でも許されんのか?」


  アドルフは「ううぅ……」と唸る。どうやら反省はしているようだ。
  三年も付き合っていてもコレなのだ。諦めが悪い自分でも少しだけ挫けそうになる。
  ホテルに辿り着いて、はーーー……と長い溜息をつきながらアドルフをベッドに降ろした。


「お前のトラウマが根深いのは分かってるけど、浮気宣言は心に来るからやめてくれ」

「……ご、ごめんなさい」

「もう三年経つんだから、そろそろ信用してくれ」


  ため息をつくように言うと、アドルフは無言で見上げてくる。戸惑っているような、そんな表情だった。


「信用って…どういうこと……?」

「俺がアドルフが好きな気持ちを疑うなってこと」

「え?!」


  何故そこで驚く。ベッドの端に腰を落とすと、アドルフが後ろから覗き込むように見てくる。


「……ヴァレリ…俺のこと好きなの?」

「は……?」

「だって、初めて聞いた」


  時が止まった。
  まさか、いや、そんなまさかだ。
  三年間、自分は一体何をしてきたのか。


「……………………あ゛ーーーー!」


  急に叫ぶと、アドルフはビクゥっと肩を上げた。

  アホだ。
  自分は本当にアホだ。

  アドルフの不安を解消できるのは、抱き締めることでもキスでもセックスでもなかったのだ。


「アドルフ!」

「は、はいぃ!」


  アドルフの方へ向き直り、両肩をガっと掴んでキッと目を光らせ、睨みつけるような真剣な表情を向けた。

  まだ少し怯えているが、自分の言葉をちゃんと待ってくれている。

  そうだ。ずっと待たせていたのだ。


「アドルフ、俺はお前が好きだ!人見知りで臆病で人間不信でどうしようもないお前を、愛してる!」


  一息で言うが、相手の反応はない。ポカンと口を開いて止まっている。むしろ息をしているのか心配になるレベルだった。

  しかし数秒の後、アドルフの瞳からポロポロと大粒の涙が零れるように落ちていった。

  ギョッとした。嫌がっているのかと一瞬だけ不安になるが、止まらない涙を見て理解する。
  アドルフの頬に手を伸ばし、涙を拭うように触れた。


「好きだ。最初は、欲しいものは全部手に入れたい一心だったけどな。逃げるお前が面白かったのもある。けど」


  そこで区切ると、アドルフは我慢できなくなったのか、くしゃりと顔を歪ませる。ポロポロと流れていた涙は、もうボロボロと言った方が良いくらいに号泣し始めた。


「お前のそういう、どうしようもないほど寂しがってる所を俺が埋めたいって思った」

「う、うぇえぇ……っ」


  そうだ。アドルフはこう言っていた。『上司に、「付き合ってみるか?」って言われたんれふ。頷いたら付き合うことになっれ。……れも、その後は、何も言われませんれした。騙されてるのに気づかないなんれ、バカにも程がありまふよねぇ』

  全く同じことをして、信用されるはずがない。


「ああ、もう、これからはちゃんと言葉にする。だからもう、他の男の所に行こうとするなよ」


  ギュッと抱きしめて耳元で言うと、まだボロボロ号泣したまま、勢いよく何度も何度も頷いているのが肩口で感じる。

  優しく背中を摩り続けていれば、しゃくり上げていた喉はやがて穏やかな寝息に変わっていった。

  三年も回り道をした。アドルフを知ったように思っていて、その実、自分はちゃんと理解出来ていなかった。
  でも決して、この三年は無駄じゃなかった。

  この人見知りで臆病で人間不信な男が、ヴァレリが好きだと訴えるように涙を流していたのだから。

  そうして、ようやく自分たちは、ここから始めるのだ。
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