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18、メア=エルネストの深い後悔

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  静かだった執務室にバキッ!という何とも似合わない音が響き渡った。


「……どういうこと? もう1回言って貰っていいかな、ヴァレリ」


  メアは執務中使っていたペンをへし折ったのだ。

  ヴァレリはなんとか無理やり冷静を保とうとするメアの姿を見て、『想像通りだな…』と思っていた。


「……だから、シュリは『男の自分と結婚なんか公爵家当主のメアがする訳ない。婚約破棄しないのはメアが優しいからであって、このまま自然消滅で構わない、むしろ抱いてくれてラッキー。あの最高の夜を思い出して一生一人で生きていく。もし婚約破棄するなら最後にご尊顔が拝めるし思い残すことは何もない』って思ってんだって」


  メアの顔にピクピクと青筋が立つ。

  あのホテルに泊まって以来、忙しすぎて寝る間も惜しんで執務をしていたせいで連絡も取っていなかった事がこんなことになるとは、流石のメアでも予想がつかなかった。

  もしかしたらシュリは、寂しくて連絡くらいはして欲しいと怒ってるかもしれないと予想していたのに、見事華麗に外した。


「……それで、後はなんだって?」

「『あの公爵次期当主で非の打ち所もない完璧で理想の塊のメアが、しがない伯爵家三男の自分に、キスしてくれるわ愛は囁いてくれるわ抱いてくれるわ、神様みたいだった…超最高…思い出すだけで幸せすぎて脳汁が出る』だとさ」

「……へえ。ていうことは、私の言葉も行動もシュリには届いているようで一切届いてなかったってことだ」


  わなわなと身体が小刻みに揺れるのを感じながら、執務机を叩き割りそうになるのを必死に抑える。

  ヴァレリは、メアを見て肩を竦め、首を振った


「もういいから結婚しろよ。婚前交渉はシュリにとっちゃ『神からのお慈悲』くらいにしか思ってないぞ?」

「……慈悲ねぇ……」


  メアはこの怒りをどこにぶつければいいか分からなかった。

  そもそもシュリがどこからそんな思考回路になったのか、分からなかったからだ。

  リリー子爵令嬢に怒った時は『メアは僕の婚約者だ!分かったら引っ込んでろブス!』と言い放っていた。この時までは恐らく婚約破棄の思考に至らないはず。

  ということは、ターニングポイントはホテルでの伯爵とのやり取りだ。

  メアはあの時、ハッキリと断らなかった。
  あの伯爵は面倒臭いことで有名で、メアも曖昧に返事をしてしまった部分が多々あった。

  伯爵が第二夫人を薦めて来た時に、ハッキリキッパリと愛人を作るつもりなどなく、自分が愛する人はシュリ一人だと言っていなかったからだ。

  あの場で角が立つ様な言い方を避けようと小狡い考えをしていた自分に腹が立った。


「にしてもシュリの頭はぶっ飛んでんな……普通は婚約破棄されるかも、なんて考えに至ったらウジウジと悩むのがお決まりのパターンだろ?」

「…もしかしたら、悩みすぎて通り過ぎた……?」

「なるほど? 悩みすぎて、『むしろこの状況に感謝しなくては』という考えに至ったのか……」


  どちらにせよ、メアにとって良い状況では無いことは確かだ。

  確かにシュリはあの日、起き抜けにメアに向かって『ゴッド……』とか訳の分からないことを呟いていた気がした。


「……まさか、自分で全部準備してたのは……」

「あ?準備?」


  シュリが自ら身を清め、更にそこを拡張しジェルを入れ込んであったのは、神のように崇めたメアの手を汚さず、煩わせず、慈悲を求めるためだったのではないか。


「はーーーー……エロ可愛いと思っていた自分を殴り飛ばしたい……」

「何の話だよ……お前ら二人訳わかんねぇよ」
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