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番外編

我儘 side ラヴェル

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ラヴェル=アンデルベリの人生は、寝台の上が全てであった。
日々、よく分からない病気と戦い、治癒師もお手上げで対処療法のみが施される毎日。

この時の治癒師の腕も悪くは無い、評判のいい治癒師であった。しかし、この治癒師にはラヴェルの病気の原因が分からなかったのだ。色んな治癒師に診てもらったが、この治癒師が1番対応出来ていた。

父も母も、使用人も全員諦めかけていた。
そんな時に、父は縋るように『神の手』と呼ばれる程の才能を持った人物に屋敷まで訪問診療を頼んだ。

それが、後にラヴェルが求婚することになるレイリー=スタームであった。

レイリー=スタームは、今までの治癒師よりも若く、頼んだ父も母も使用人も、そしてラヴェル自身ですら本当に『神の手』なのだろうかと疑った。

それにプラチナブロンドの髪色は軽さを表しているようだったし、黄みがかったグリーンのマリガーネットはゴールデンライムのように品がありつつもどこか軽そうな印象を抱いた。

まずは1ヶ月、父は治療を頼んだ。すると、最初の2週間でラヴェルの顔色が明らかに良くなった。
この時点で父は治療の延長を頼み、1ヶ月経つ頃には、食事を摂りたいとラヴェルから言い出した。

レイリーは、食事にも口を出した。食べていいものを指定し、料理人に指示を出した。そして、メイドにも清拭の仕方を伝えたり、少しの埃も許さなかった。まるで姑のような対応に、使用人は最初は訝しんだ。

けれども、理由はたった1つ。
ラヴェルの為であった。
ラヴェルの病気は、流動食のような食事からスタートさせなければ喉の筋肉は弱り、胃での消化も上手く出来ない。
清拭の時に痒みが出ないようにと力強く拭けば傷ができる。そして小さな埃すら許さなかったこれら2つに関しては、ラヴェルが感染を起こしやすい身体だったからだ。

明らかに病状が良くなって来る事に、使用人は自らレイリーに気をつけた方が良い事を尋ねた。
レイリーは更に、シーツは埃を立てないように交換すること、空気の入れ替えをもっと細かくすること、しかし風邪をひかない様にすること、なるべく話しかけることで嚥下の訓練をさせるようにすること、リハビリは時間を決めて行い、どういったことから始めるのがいいのかなど、病気の治療以外で出来ることを細かく指示した。

使用人たちは、レイリーに言われた通りに行ってくれた。父も母も、なるべく時間が許す限りはラヴェルと話すようになった。

するとだんだん固形食を食べられるようになり、大きな感染症や風邪を引くことも無く過ごすことが出来てきた。
この間、レイリーは2、3日置きにラヴェルの元を通い続けた。
治療を行いつつ、沢山の話を聞いた。

レイリーはスターム家を飛び出していること。
最初は才能なんかなくて、擦り傷を治すことで精一杯だったこと。
沢山の勉強をして、そのうちに『神の手』と呼ばれるようになったこと。
可愛い弟が居たのに、その弟を置いて家を飛び出して後悔していること。
その弟も、『天使の手』と呼ばれて才能があるのに、自分では無いと思っていて悲しんでいること。

寝台の上が全てであったラヴェルにとって、レイリーは初めてまともに会話をした外の世界の人物だった。

最初は、兄が居たらこんな感じなのかもしれないと思っていた。
優しく、穏やかで、でもどこか厳しさもあって。
まるでラヴェルの兄のように思い、慕っていた。

病状が良くなり、ベッドから起き上がることも出来た頃に、父から婚約者を考え始めようと言われた。

ラヴェルの将来を支えてくれる人物が居れば、ラヴェルはもっと治療に希望を持つことができるだろうとの配慮だった。

けれども、ラヴェルは自分の将来をあまり上手く考えることは出来なかった。
支えてもらう将来など、外の世界を知らないラヴェルにはよく分からなかった。

それに、よく知りもしない人間が婚約者になることも理解出来なかった。

だから、父に頼んだのだ。
婚約者にするなら、よく知る人が良いと。
父は困ってしまった。
ラヴェルの世界はベッドの上だけであり、ようやく部屋の中なら多少歩くことができるようになった程度の者がよく知る人物と言うなら、家族か使用人くらいだった。

その時、ラヴェルはまるで、雷に打たれたように感じた。

レイリーの顔を思い浮かんだからだった。

普通の兄弟よりも歳の離れたレイリーしか婚約者にしたくない。そう思ったのだ。

父はもちろん渋った。
貴族とはいえ、歳が離れすぎているし、レイリーはスターム家を出ている。

しかし、ラヴェルは初めて我儘を言った。
自分の身体を1番に理解しているのはレイリーであり、レイリーならばラヴェルを支えられることは間違いない。
スターム家を出ているのはレイリーのせいではなく、父親がダメ人間だったせいで、むしろ無事に家を出れたことを喜ぶべきだ。
歳は離れているが、嫁として迎え入れるならば十二歳離れていることなど小さなことで、もっと離れている夫婦もいることをラヴェルは知っていた。
そう、ラヴェルの父と母は十五歳年の差があったのだ。

最後に、男だという点が父を渋らせた。

ラヴェルの後は、弟と妹のどちらかが産んだ優秀な子供に継いでもらえば良いとゴリ押した。

そして、父はラヴェルの常にない我儘に折れたのだった。
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