24 / 41
番外編
一陣の風 side コリン
しおりを挟む
コリン=イェルリンは翌日、何食わぬ顔で仕事をしていた。
内心は、まるで月が欠けたような、そんな気がした。けれどもそんなことは気の所為だと思うことに決めたのだ。
この4ヶ月の出来事は、束の間の揺りかごの中だっただけだ。
いつか、また必要とされる時がくる。その時がまた、自分の使い時だ。
「コリンさーん、エドガー団長が呼んでましたよ? 何したんですか?」
サシャが団長室から戻ってくるなり、コリンにジト目をしてくる。
きっと締切関係でコリンが迷惑をかけているとでも思っているのだろう。
コリンには身に覚えがあり過ぎたが、今回に限ってはそういうことじゃないのは分かっている。
「あー…マジか。昨日私が言うって言ったんだけどなぁ……」
十中八九、昨日の暴行未遂の話だ。
シルヴァには、エドガーに自分から言うことを伝えていたのだが、恐らく真面目なシルヴァの事だ、自分からもエドガーの所へ行ったのだろう。
「早く行ってください! 待ってましたよ!」
「えええー、行かなくても良くない?」
「良くありません! ほら! 早く!」
サシャはエドガーの事になると目の色が変わる。アーヴィンは嫉妬しないのだろうか。懐が広すぎやしないだろうか。
仕方なしに団長室に行くことにした。
あまり行きたくはないが、事務室だとサシャも居るから渋々呼び出したのだろう。
やはり団長室は入るのに抵抗がある。深呼吸してから入室した。
「はいはい、来ましたよ」
「……コリン。どうして自分から報告に来ない」
着いて早々、エドガーは叱るように言ってくる。
「あー…まぁ未遂だったし」
「未遂にしたのはシルヴァが来たからだろう。来なかったらどうするつもりだったんだ」
「上手くやったと思うけど」
「コリン」
「……あーもー、悪かったって」
投げやりに謝罪しても、エドガーの眼はコリンを許しているようには見えない。
「あの新人は謹慎させた。今後どうするかはシルヴァと相談する。……お前の意見も聞いておく」
「二度と関わらなければ良いよ。それだけ」
「分かった。あと、シルヴァと何かあったのか」
「はは、何も無いよ。別に」
エドガーはため息をついて納得してないまま吐き出したようだった。
コリンはエドガーの視線から外れようと、踵を翻して帰ろうとした。
「お前は、素直なようで全く素直じゃないな。……お前の相手は大変だろうな」
「相手なんて居ないけどね。じゃ」
団長室を出て、事務室に戻る気にもなれずそのまま外に出た。
辺境の穏やかな草原に向かうことにした。草原の真ん中でごろりと横になる。
穏やかな風が、草原の草を柔らかく倒す。 草の匂いに鼻がくすぐられ、心地よい陽気に眠気を誘われそうになる。
サシャには悪いと思うが、少しだけサボるのも許して欲しい。
あの新人騎士の父親が、コリンの重い鎖の過去ならば関わり合いになりたくない。話したくもないし顔も見たくない。
アイツさえ現れなければ、コリンはまだ揺りかごの中を漂うことが出来たのだ。
シルヴァにイヴの代用として使ってもらえていたはずなのだ。
いや、もう4ヶ月以上だ。
これ以上を望んで、嫌われるのだけは。
「ここに居ましたか」
魔法師のローブの一部が目に入る。丁寧な柔らかな声とデルフィニウムの涼やかな青い長い髪に、コリンは内心驚く。
「…どうやって見つけたの」
「外に出ていくのを見かけたんですよ」
シルヴァはコリンの隣に腰掛け、浅葱色のスフェーンが優しく見つめてくる。
「エドガーから聞きました。コリンの過去を」
「……余計なことを言ったもんだねぇ」
「その上で、僕の話をしていいですか?」
シルヴァはコリンから視線を外し、空を見上げる。
「僕はまだ、イヴを忘れられません。彼のことを本当に好きでした。最初は同情からでした。傷ついて辺境にきた彼が、悪夢に魘されるほど恋人を忘れられないことに同情して、支えていきたいと思ったんです」
「そう……」
「だから、まだ僕が君を好きになるかは分かりません」
「……どういうこと?」
スフェーンが、もう一度コリンを見つめる。
「僕は厄介な癖があるんですよ、可哀想な人ほど優しくしたくなる、支えたくなる。コリン、君を可哀想だと思いました」
「…なんか言ってること酷いと思うけど?」
「そうですね。僕は酷い男です、ガッカリしました?」
問われ、コリンはエドガー以外に話したことがなく、同情されたことなんか初めてのことだった。
いつも、なんてことないフリをしてきた。
過去がこびりついて剥がれないのは、エドガーも見抜いていた。
けど、別に気にしないようにしてきた。
いい加減な自分を見せて、本心を見せないようにセーブしてきた。
誰にも、自分の内側を見られたくなかった。
「ガッカリは、しないけど…」
「私は君を好きになるかはまだ分からない。でも、君は私が好きでしょう」
「……結構な自信家だねぇ」
「君の本心を探るには、断言しないとダメだと気づきました。……君は、いつも本当のことを言わない」
草原に、一陣の風が吹いて彼の涼やかな髪が揺れる。
「イヴの代わりにするのはもう止めます。コリン、君を知りたい」
スフェーンが草原の色と混ざって、綺麗な浅葱色になる。
その先に、コリンの桜色の髪が映っている。
「……そんなこと言われると、期待するよ?」
「ええ、期待して下さい」
「やっぱり無しとかは……早めに言ってよ」
「言わないようにします」
「私、多分素直じゃないよ」
「とっくに知ってますよ」
「……結構執拗いよ」
「いい勝負かもしれませんね」
「出来れば、長く傍に居たい」
「意外に可愛らしい望みを言うんですね」
「もう長い間待ったから……早く好きになってよ」
「待たせすぎましたね。でもきっと、すぐに追いつきますよ」
ずっとこんな風に、彼の隣に居たい。
泣きたいのに、泣きたくない一心で涙を堪えた。
内心は、まるで月が欠けたような、そんな気がした。けれどもそんなことは気の所為だと思うことに決めたのだ。
この4ヶ月の出来事は、束の間の揺りかごの中だっただけだ。
いつか、また必要とされる時がくる。その時がまた、自分の使い時だ。
「コリンさーん、エドガー団長が呼んでましたよ? 何したんですか?」
サシャが団長室から戻ってくるなり、コリンにジト目をしてくる。
きっと締切関係でコリンが迷惑をかけているとでも思っているのだろう。
コリンには身に覚えがあり過ぎたが、今回に限ってはそういうことじゃないのは分かっている。
「あー…マジか。昨日私が言うって言ったんだけどなぁ……」
十中八九、昨日の暴行未遂の話だ。
シルヴァには、エドガーに自分から言うことを伝えていたのだが、恐らく真面目なシルヴァの事だ、自分からもエドガーの所へ行ったのだろう。
「早く行ってください! 待ってましたよ!」
「えええー、行かなくても良くない?」
「良くありません! ほら! 早く!」
サシャはエドガーの事になると目の色が変わる。アーヴィンは嫉妬しないのだろうか。懐が広すぎやしないだろうか。
仕方なしに団長室に行くことにした。
あまり行きたくはないが、事務室だとサシャも居るから渋々呼び出したのだろう。
やはり団長室は入るのに抵抗がある。深呼吸してから入室した。
「はいはい、来ましたよ」
「……コリン。どうして自分から報告に来ない」
着いて早々、エドガーは叱るように言ってくる。
「あー…まぁ未遂だったし」
「未遂にしたのはシルヴァが来たからだろう。来なかったらどうするつもりだったんだ」
「上手くやったと思うけど」
「コリン」
「……あーもー、悪かったって」
投げやりに謝罪しても、エドガーの眼はコリンを許しているようには見えない。
「あの新人は謹慎させた。今後どうするかはシルヴァと相談する。……お前の意見も聞いておく」
「二度と関わらなければ良いよ。それだけ」
「分かった。あと、シルヴァと何かあったのか」
「はは、何も無いよ。別に」
エドガーはため息をついて納得してないまま吐き出したようだった。
コリンはエドガーの視線から外れようと、踵を翻して帰ろうとした。
「お前は、素直なようで全く素直じゃないな。……お前の相手は大変だろうな」
「相手なんて居ないけどね。じゃ」
団長室を出て、事務室に戻る気にもなれずそのまま外に出た。
辺境の穏やかな草原に向かうことにした。草原の真ん中でごろりと横になる。
穏やかな風が、草原の草を柔らかく倒す。 草の匂いに鼻がくすぐられ、心地よい陽気に眠気を誘われそうになる。
サシャには悪いと思うが、少しだけサボるのも許して欲しい。
あの新人騎士の父親が、コリンの重い鎖の過去ならば関わり合いになりたくない。話したくもないし顔も見たくない。
アイツさえ現れなければ、コリンはまだ揺りかごの中を漂うことが出来たのだ。
シルヴァにイヴの代用として使ってもらえていたはずなのだ。
いや、もう4ヶ月以上だ。
これ以上を望んで、嫌われるのだけは。
「ここに居ましたか」
魔法師のローブの一部が目に入る。丁寧な柔らかな声とデルフィニウムの涼やかな青い長い髪に、コリンは内心驚く。
「…どうやって見つけたの」
「外に出ていくのを見かけたんですよ」
シルヴァはコリンの隣に腰掛け、浅葱色のスフェーンが優しく見つめてくる。
「エドガーから聞きました。コリンの過去を」
「……余計なことを言ったもんだねぇ」
「その上で、僕の話をしていいですか?」
シルヴァはコリンから視線を外し、空を見上げる。
「僕はまだ、イヴを忘れられません。彼のことを本当に好きでした。最初は同情からでした。傷ついて辺境にきた彼が、悪夢に魘されるほど恋人を忘れられないことに同情して、支えていきたいと思ったんです」
「そう……」
「だから、まだ僕が君を好きになるかは分かりません」
「……どういうこと?」
スフェーンが、もう一度コリンを見つめる。
「僕は厄介な癖があるんですよ、可哀想な人ほど優しくしたくなる、支えたくなる。コリン、君を可哀想だと思いました」
「…なんか言ってること酷いと思うけど?」
「そうですね。僕は酷い男です、ガッカリしました?」
問われ、コリンはエドガー以外に話したことがなく、同情されたことなんか初めてのことだった。
いつも、なんてことないフリをしてきた。
過去がこびりついて剥がれないのは、エドガーも見抜いていた。
けど、別に気にしないようにしてきた。
いい加減な自分を見せて、本心を見せないようにセーブしてきた。
誰にも、自分の内側を見られたくなかった。
「ガッカリは、しないけど…」
「私は君を好きになるかはまだ分からない。でも、君は私が好きでしょう」
「……結構な自信家だねぇ」
「君の本心を探るには、断言しないとダメだと気づきました。……君は、いつも本当のことを言わない」
草原に、一陣の風が吹いて彼の涼やかな髪が揺れる。
「イヴの代わりにするのはもう止めます。コリン、君を知りたい」
スフェーンが草原の色と混ざって、綺麗な浅葱色になる。
その先に、コリンの桜色の髪が映っている。
「……そんなこと言われると、期待するよ?」
「ええ、期待して下さい」
「やっぱり無しとかは……早めに言ってよ」
「言わないようにします」
「私、多分素直じゃないよ」
「とっくに知ってますよ」
「……結構執拗いよ」
「いい勝負かもしれませんね」
「出来れば、長く傍に居たい」
「意外に可愛らしい望みを言うんですね」
「もう長い間待ったから……早く好きになってよ」
「待たせすぎましたね。でもきっと、すぐに追いつきますよ」
ずっとこんな風に、彼の隣に居たい。
泣きたいのに、泣きたくない一心で涙を堪えた。
11
お気に入りに追加
340
あなたにおすすめの小説
祝福という名の厄介なモノがあるんですけど
野犬 猫兄
BL
魔導研究員のディルカには悩みがあった。
愛し愛される二人の証しとして、同じ場所に同じアザが発現するという『花祝紋』が独り身のディルカの身体にいつの間にか現れていたのだ。
それは女神の祝福とまでいわれるアザで、そんな大層なもの誰にも見せられるわけがない。
ディルカは、そんなアザがあるものだから、誰とも恋愛できずにいた。
イチャイチャ……イチャイチャしたいんですけど?!
□■
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです!
完結しました。
応援していただきありがとうございます!
□■
第11回BL大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございましたm(__)m
王子様と魔法は取り扱いが難しい
南方まいこ
BL
とある舞踏会に出席したレジェ、そこで幼馴染に出会い、挨拶を交わしたのが運の尽き、おかしな魔道具が陳列する室内へと潜入し、うっかり触れた魔具の魔法が発動してしまう。
特殊な魔法がかかったレジェは、みるみるうちに体が縮み、十歳前後の身体になってしまい、元に戻る方法を探し始めるが、ちょっとした誤解から、幼馴染の行動がおかしな方向へ、更には過保護な執事も加わり、色々と面倒なことに――。
※濃縮版
ようこそ異世界縁結び結婚相談所~神様が導く運命の出会い~
てんつぶ
BL
「異世界……縁結び結婚相談所?」
仕事帰りに力なく見上げたそこには、そんなおかしな看板が出ていた。
フラフラと中に入ると、そこにいた自称「神様」が俺を運命の相手がいるという異世界へと飛ばしたのだ。
銀髪のテイルと赤毛のシヴァン。
愛を司るという神様は、世界を超えた先にある運命の相手と出会わせる。
それにより神の力が高まるのだという。そして彼らの目的の先にあるものは――。
オムニバス形式で進む物語。六組のカップルと神様たちのお話です。
イラスト:imooo様
【二日に一回0時更新】
手元のデータは完結済みです。
・・・・・・・・・・・・・・
※以下、各CPのネタバレあらすじです
①竜人✕社畜
異世界へと飛ばされた先では奴隷商人に捕まって――?
②魔人✕学生
日本のようで日本と違う、魔物と魔人が現われるようになった世界で、平凡な「僕」がアイドルにならないと死ぬ!?
③王子・魔王✕平凡学生
召喚された先では王子サマに愛される。魔王を倒すべく王子と旅をするけれど、愛されている喜びと一緒にどこか心に穴が開いているのは何故――? 総愛されの3P。
④獣人✕社会人 案内された世界にいたのは、ぐうたら亭主の見本のようなライオン獣人のレイ。顔が獣だけど身体は人間と同じ。気の良い町の人たちと、和風ファンタジーな世界を謳歌していると――?
⑤神様✕○○ テイルとシヴァン。この話のナビゲーターであり中心人物。
転生したけどやり直す前に終わった【加筆版】
リトルグラス
BL
人生を無気力に無意味に生きた、負け組男がナーロッパ的世界観に転生した。
転生モノ小説を読みながら「俺だってやり直せるなら、今度こそ頑張るのにな」と、思いながら最期を迎えた前世を思い出し「今度は人生を成功させる」と転生した男、アイザックは子供時代から努力を重ねた。
しかし、アイザックは成人の直前で家族を処刑され、平民落ちにされ、すべてを失った状態で追放された。
ろくなチートもなく、あるのは子供時代の努力の結果だけ。ともに追放された子ども達を抱えてアイザックは南の港町を目指す──
***
第11回BL小説大賞にエントリーするために修正と加筆を加え、作者のつぶやきは削除しました。(23'10'20)
**
僕は本当に幸せでした〜刹那の向こう 君と過ごした日々〜
エル
BL
(2024.6.19 完結)
両親と離れ一人孤独だった慶太。
容姿もよく社交的で常に人気者だった玲人。
高校で出会った彼等は惹かれあう。
「君と出会えて良かった。」「…そんなわけねぇだろ。」
甘くて苦い、辛く苦しくそれでも幸せだと。
そんな恋物語。
浮気×健気。2人にとっての『ハッピーエンド』を目指してます。
*1ページ当たりの文字数少なめですが毎日更新を心がけています。
魔法菓子職人ティハのアイシングクッキー屋さん
古森きり
BL
魔力は豊富。しかし、魔力を取り出す魔門眼《アイゲート》が機能していないと診断されたティハ・ウォル。
落ちこぼれの役立たずとして実家から追い出されてしまう。
辺境に移住したティハは、護衛をしてくれた冒険者ホリーにお礼として渡したクッキーに強化付加効果があると指摘される。
ホリーの提案と伝手で、辺境の都市ナフィラで魔法菓子を販売するアイシングクッキー屋をやることにした。
カクヨムに読み直しナッシング書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLove、魔法Iらんどにも掲載します。
神獣様の森にて。
しゅ
BL
どこ、ここ.......?
俺は橋本 俊。
残業終わり、会社のエレベーターに乗ったはずだった。
そう。そのはずである。
いつもの日常から、急に非日常になり、日常に変わる、そんなお話。
7話完結。完結後、別のペアの話を更新致します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる