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理人×雅

side理人

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  春永理人(はるなが りひと)は昔から、少し冷めた所があると言われ続けていた。

  ある時は家族から。
  ある時は友人から。
  ある時は彼女から。

  他人を見下してるとか、自分の意思がないとかそういう訳じゃない。突然引き潮のように熱が引いていくのだ。

  突如、別にどうでもいいかな、と思う瞬間がやってくる。そういう時は自分でもどうしようもなく、気が削がれてしまう。

  唯一の取り柄と言えばまぁ勉強くらいで。あまり挫折はしてこなかったし、挫折を味わうほどの熱意もなく続けてこれた。

  そう。多分俺は、『そこそこ』の熱意ならば冷めずに続けられる。





「だから、この人の退院は早いって言ってるんです!」

  朝、カンファレンスを始めるかと思った矢先、スタッフステーションどころか廊下まで響き渡る声がした。

  ここ、心臓外科は患者が急変することがしばしばあるので時には声を張ることもあるが、急変している感じの雰囲気もない。

「だったら誰出すんだよ!もう入約もあるんだよ!」
「けど田中さんの調整が終わってないのに退院を出さないで下さい!」

  誰かと思い、廊下から覗くと俺のチームの加藤医師と男の看護師だった。

「……ねぇねぇ、あれなに?どしたん?」

  廊下側に近い良く話す女性看護師に声をかけた。困ったように手を顔に当ててため息を着く。

「もう最近の恒例行事ですよ…春永先生知らないんですか? 紫桃雅(しとう みやび)くん。やる気が満ちてて助かるんだけど…ああやってすぐドクターにつっかかっちゃうんです」
「知らないなぁ。異動してきたん?」
「そうですよ。今年来たばっかりで…本人の希望って聞いてますけど。患者さんと他のスタッフには優しいんです。でもねぇ…」

 はぁ、と二人ほど子供を産んだ主婦看護師としては落ち着いて仕事がしたいのだろう。言い争う二人を見て大きくまたため息を着いた。

「もう他に居ねぇんだって!症状的には落ち着いてんだからいいだろ」
「症状と退院後の生活は違います!そもそも家族だってちゃんと見てくれるのか…!」

  まだヒートアップしそうな二人。この場を抑えられそうな看護師長の姿も今は見えない。

「止めた方が良さそう?」
「見てないで止めてください。男の人は加藤先生以外今ここには春永先生しか居ないんですから」

  患者さんも不安になります!と背中を押され、スタッフステーションの中に入った。
  俺は知っている。母は強し。この看護師の方が怒った時は怖いことを。けど穏便に事を進めたいので余計なことは言わないことにする。

「あー……ストップ、ストップ。加藤先生、カンファ始まるからそろそろ行きましょ」
「春永先生!俺じゃなくてコイツが!」
「はいはいはいはい。ごめんごめん、後で聞くって。教授は怒んないけど士郎は遅れたらキレるぞ」

  士郎とはこの病院の息子であり、心臓外科の稼ぎ頭。更に言うと加藤が憧れて入局したドクターの名前だ。加藤が俺の言うことをちゃんと聞くのも、士郎と俺が同僚で相方のような存在だからである。

  士郎の名前を出すとようやく加藤の頭に登った血が若干引いたのか、ふんっと鼻息を残し、足を荒くカンファレンスルームに向かっていった。

「悪いね。俺のチームの患者さんでしょ」
「……そうです。田中さんの退院、まだ」
「おっけ。ソーシャルワーカーともう一回話すから。これで矛は納めてくれる?」

  話を聞いてる時間はない。紫桃雅とやらはまだ納得しきれてない顔をしているものの、頷いた。

「……すみませんでした」
「いーえ。加藤先生はすぐカッカするからさ。ごめんね?」
「……春永先生が、悪いわけじゃ」
「んー」

  怒るかなぁ、なんて思いつつも、加藤に少し罪悪感のある俺は正直に口を開いた。

「俺なんだよね、退院出せっつったの。調整済んでるってソーシャルワーカーからは聞いてたんだけどなぁ」
「は」

  ぽかん、と口を開いてこちらを見上げてくる様子になんだか面白くなって笑ってしまった。

「そ。だから君が喧嘩する相手、加藤先生じゃなくて、本当は俺ね」
「……はぁ?!」

  さっきまでのしょんもりした雰囲気とは一転し、加藤と言い合っていた時と同じ顔になった。怒ってる。めちゃくちゃ怒ってる。

「なんで決めたんですか!」
「だって、オッケーって美希ちゃんに言われたんだもん」
「は?!誰?!」
「ソーシャルワーカー」

  退院を色々と段取りしてくれた美希ちゃんは御歳58才の超ベテランである。

「………………もう一回ご検討下さい!!」

  ぷりぷりと怒ったまま、スタッフステーションを出ていった彼の後ろ姿を見ながら、俺ははーいと適当に手を振って返事をした。

  面白くてしばらく退屈しなさそう、そう思いながら俺もカンファレンスルームに足を向けた。
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