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廉×碧

有無を言わさぬ微笑み

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「うん。安定してるね、良い感じだ」
「でしょ?」

  今日は月一の診察日だ。
  採血して、筒香先生に診てもらう。この流れも大分慣れた。

「注射怖くない?」
「……もう怖くないから!そんな最初の頃の話ししないでよ」
「ははは、ごめんごめん。あれからもう大学生かぁ」

  筒香先生に会った時からもう二年が経った。高校生だった俺は大学生になり、日常生活は注射があるくらいで普通の人となんら変わらない生活を送っていた。
  筒香先生のおかげもあって血糖値は安定してた。

「神木くんももうお酒飲める歳だよね?気をつけてね」
「うん。飲んでいいの?」
「……まーーーー……飲まないで欲しいのが本音だけど、大学生も付き合いもあるよね」
「どうなんだろ。まだ飲みに誘われたことないから分かんない」
「えっないの?」
「えっそんなあるの?」

  目を見開いて驚かれ、俺たちのやり取りを見ているナースさんがクスクスと笑っている。

  筒香先生はなんとなくお兄ちゃんみたいな感じがする。年の離れた兄弟みたいで話してて凄く楽しい。いつの間にか月一の受診が楽しみになっていた。

「お酒飲まない方がやっぱ良い?」
「んー……」

  ナースさんは隣の診察室に呼ばれ、スっと入って行った。筒香先生はそれを横目で見てから俺にニッコリと微笑む。

  筒香先生はたまにこれをする。他の患者達から、この微笑みには名前があると聞いた。

「『俺が』、神木くんに飲んで欲しくないかな?」

  有無を言わさぬ微笑み。
  患者からこの噂を聞いた時、俺は一も二もなく大きく肯定した。言う事を聞かないと、と思わせる何かがある。筒香先生の担当になった患者の調子が良いのはこの微笑みのせいだと聞いたことがある。
  甘いものを食べたいってなった時にコレを思い出し、箸が止まる。そんな馬鹿な、と俺も思ったけど、これ食べたら血糖上がるなって気づいた瞬間、筒香先生の微笑みが脳裏に出てきて食べるのを止めた。サブリミナル効果ってこういうのを言うのだろうか。違うか?

「うん…、わ、分かった。ってか俺飲み会に行くよりもバイトしようと思ってて!」
「バイト?」

  今度は目を丸くされる。

「俺、じーちゃんと二人じゃん?毎月の薬代も馬鹿にならないしさ。せめて自分の小遣いくらいは自分で稼ごうと思ってて」
「それは…ごめん」
「え!なんで? 筒香先生のせいじゃないじゃん!」
「毎月病院に来なくちゃいけないから負担だったかと思って」
「自分の身体のことだし、仕方ないって!でもほら、学費もあるし、やっぱ大変だからさ」

  なぜか自分の事のようにシュンとされてしまい慌てた。どの患者にもこんな感じなのだろうか。すごく親身でありがたい。だからみんな筒香先生の診察待ちがどんなに長くても待つんだろうなぁ。

「そっか……うーん」
「筒香先生?」

  顎に手を当てて考えるポーズをした筒香先生。不思議に首を傾げて尋ねると、何か思いついたのか顔面がキラキラしている。
  うっ、患者さんがやられてるその2だ。この芸能人顔負けの顔面におばあちゃんもおばさんも、いつの間にか戻ってきていたナースさんまでやられてしまうのだ。

「神木くんさ、家事できるよね?」
「ま、まぁそれなりに……」

  じーちゃんと二人しか居ないから自ずとやらざる得なくてやっている程度ではあるけれど。

「じゃあ僕のハウスキーパーなんてどう?」

  キラキラーっと今日一番の微笑みで俺を見てくる。

  凄い、すごい圧だ。

「ハウスキーパー…?」
「掃除とか洗濯とか食事とか、それに必要な買い物とか。家事全般頼んだことをやってくれる人だね」
「へー…それ普通のことじゃん」
「あ、まって、その言い方は俺に効く……」

  頼んできたのに胸に手を当てて落ち込み始めた。

「……ダメ?」

  直ぐに気を取り直した筒香先生が俺を見上げるように上目遣いになって言った。

  顔の良さ知っててやってる奴だ。ズルい。何となく顔が熱くなるのはなんでだろう。カッコイイ人を見ると皆こうなるのだろうか。

「……やります」
「やった。じゃあ先ずは連絡先交換しよう。早速今日からどうかな? あ、カードも渡すね。そこから必要なもの買っていいから。あと合鍵も」
「えっ、えっ、わっ」

  スマホを取り出し、QRコードを出してくる。かと思えば今日からと言われ、クレジットカードと合鍵を直接渡された。あまりの速さについていけずにグルグルと目の前が回る感覚がした。

「おじいさんには俺から話を通しておくよ、今日からよろしくね」
「は、はいぃ……」

  仕事がデキる男ってこういう人のことを言うのだろうか。などと少しズレたことを考えるのだった。

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