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71、春と秋③

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  桜ちゃんはすくすくと成長した。と言っても、まだ1歳にならない。もう少しで誕生日を迎える桜ちゃんに、島中でお祝いしようかなんて話が出てきた。

  もはやアイドルである。

  千冬さんは子供を産んでも綺麗で、母に付いて回る往診でもかなりの評判だった。触るだけで若返る、なんてジジババは言う。
  けど私も、なんとなく気持ちが分かってしまう。ふわりと笑う姿に柔らかな花のような香り。優しくて穏やかで、素敵な人だ。非の打ち所がない。そんな人に嫉妬しようもなく、ずっとここにいて欲しいとすら思ってしまう。

  私が専門学生になってからは、千冬さんが働いている間、桜ちゃんの面倒は隣の家のおばちゃんが見てくれている。おばちゃんは男の子が欲しかったようで面倒が見れてとっても嬉しそうだった。
  それでも休日は桜ちゃんのお世話をした。ちょっとずつ大きくなるその姿と私だと認識して笑っているような気がする顔に可愛くて可愛くて仕方がなかった。

  千冬さんはそんな私を凄く信用してくれていた。


「お散歩行ってきまーす!」

「え、ありがとう! お願いしていいの?」

「いーのいーの! 千冬さんは少し休んでて!」


  昨日はかなり夜泣きしていたのを知っている。私は少し離れた所が自分の部屋だし、よく寝れている。千冬さんは多分眠れていない。母もそれが分かっているので、今日は千冬さんをお休みにしたのだ。
  そんな訳で、たまたまお休みが被った私は、日中だけでも負担を減らす為に桜ちゃんを見ている。いや、ただ私が桜ちゃんを見たいだけとかそんなことは決してない。……多分。


「風が気持ちいいねぇ、熱くないかなー?」

「うー、あっ、あー」


  最近は良くお話してくれるようになった。小さな手が私の服を掴んでいるのを見ると、堪らない気持ちになる。

    千冬さんに、夏生まれなのにどうして桜なの?と聞いたことがある。千冬さんは珍しく頬を染めて、「春に咲く桜と…秋に咲く秋桜から取ったんだ」と言った。冬は一体どこに行ったのだろうか。よく分からなかったが、幸せそうだったのでそれ以上は聞かなかった。夏も葉桜なんて言うし、まぁそういうことだろうと無理やり訳の分からない理論で納得させた。


「昨日も元気いっぱいだったのに、今日も元気だねぇ…」

「だっ、あー!」

「よしよし。さて、そろそろ戻ろっかぁ」


  今日はなんだか誰ともすれ違わなかった。珍しい。いやまぁ、島民自体そんなに人数がいるでもないのですれ違わなくても不審に思うことは無いが、なんだかとっても静かだった。

  不思議に思いながら踵を返そうとすると、後ろに背の高い人が立っていた。びっくりして身体中が思い切りビクついた。桜ちゃんを抱っこ紐でちゃんと支えてて良かった。


「こんにちは」


  知らない人だ。テレビで見るような俳優さん……ああ、名前は出てこないけど、凄くイケメンの俳優、よくドラマとかに出てそうな、あんな感じ。そんな人が目の前に立っていた。ちょっと近くて驚く。


「こ、こんにちは」

「…良い所だね、ここは。自然豊かで、みんな良い人だった」

「あ……そ、そうですか。良かったです」


  なんだろう。カッコ良くて声も素敵な男性なのに、何故か威圧を感じる。βなのに、まるでαと対峙しているような、そんな感覚。
 すると、桜ちゃんが突然きゃっきゃと笑いだした。その男に向かってだ。驚いた。けっこう人見知りする子なのに、その男にはなんの警戒心も抱いていない。


「可愛いね。君の子?」

「あ……ち、違います。面倒、見てて」

「へぇ。優しいね。やっぱり。この島の人達は」


  笑っているのに、全く笑ってないのが分かった。こんなカッコイイ人が来ていて色めき立つはずの島民達が外に全く出てこない。ここに居る3人以外、誰も居ない錯覚さえ覚える。


「君に聞きたいことがあるんだ」

「な、なんですか……?」


  早く立ち去りたい。恐怖を感じていた。
  なんだか、桜ちゃんは手元に居るはずなのに、どこかに連れ去られてしまいそうな感覚で怯えた。いや、この子を守れるのは今ここに、私しか居ない。私が踏ん張らないでどうするのだ。



「島でとても美人なΩ、何処にいるか教えてくれる?」



  どうやって帰ったのか覚えていない。あの男が追いかけてきているような気がしながら必死に家に帰ったらしい。気がつけば息を切らして、玄関を勢いよく開けていた。
  千冬さんはそんな騒々しい音を立てる私に不審がって玄関まで出迎えてくれた。


「どうしたの?! 咲ちゃん! 顔真っ青だよ?!」

「ち、ふゆさん……」


  足に上手く力が入らない。なんとか抱っこ紐も外して、桜ちゃんを千冬さんに渡すことが出来た。心配そうに見つめる千冬さんはやっぱり優しくてとても綺麗だった。


「千冬さん…っ、か、隠れて!こんなとこに居ないで、部屋に……!」


  出迎えて心配してくれているのに、私はハッと思い出した様に千冬さんを立たせようとした。けど、千冬さんは私を見てなかった。
  玄関は開きっぱなしで、私の体は影に覆われていた。本当に私はバカだ。きっと考え無しに一直線に家に帰ってきてしまったのだ。


「あき、と」


  ポツリと小さく、震えるような囁かな声で呟いた千冬さんは、あの妊娠が判明した時と同じような戸惑いを見せていた。
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