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56、ホンネと夏⑤

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  居酒屋はよく分からないが、葵が言うには大人数の個室居酒屋で値段もリーズナブルながら食事もそこそこ美味しい。そして女子ウケの良い綺麗な店内で人気なんだそうだ。

  今日は葵の大学の友人たちの飲み会にお邪魔することになった。αの人もいるが、皆恋人が居て、番になっている人もいるそうだ。
  葵は歴史研究会というのに所属したようで、オタクの人も居れば、にわかの人も居る。皆程よく楽しめればいいというライトなサークルなんだそうだ。

  バイトが終わってからの途中参加だったので、僕は葵に連絡して居酒屋に到着して店員さんに部屋を案内してもらった。

  店員さんにお礼を言って引き戸を開けると、中にいた人達が突然ワッと盛り上がった。


「波瑠!こっち!」

「本当に葵の友達?! うそぉ!」

「すげぇ!マジで本物が来た!」

「これが美人すぎる弓道部員……!」

「すごーい! 肌キレーイ! 食べちゃいたーい!」


  僕はどう反応していいか分からず、ワタワタと奥にいる葵の所に行き、隣に座った。
  逆隣は女性とは言え知らない人で落ち着かない。


「は、初めまして……一ノ宮波瑠です」

「高校からの一番の親友なの」


  葵からそんな紹介を言って貰えるなんて思わなくて、驚くと同時にちょっとジーンとしてしまう。嬉しくて葵の方を見てはにかむと、「おおおおお!」と何故か葵以外の人が盛り上がった。


「あー、ちなみに! ご存知の通り、波瑠は番犬みたいな恋人がもういるのでアプローチは禁止です!」

「あ、葵?」


  どうしてわざわざ恋人いる宣言が必要なのか分からなくて首を傾げる。


「……こう言っとかないと、恋人なしβ男達が必死に食いついてくるわよ?」


  葵の言葉で「やっぱりそうだよな……こんな美人に恋人が居ないはずないんだよな……」と五、六人の男性が固まって落ち込んでいた。

  隣にいる女の子は、葵が大学に入って1番初めにできた友達なんだそう。


「波瑠くんの恋人ってα?」

「あ、はい…」

「上位αで幼少期からの幼馴染よね」


  葵の言葉に、ほうほう、と葵の友達は頷く。


「お金持ちでかっこいい? なんかそんな気がする!」

「……えっと」

「癪だけど当たりよ」


  八潮グループの後継だし、かっこいいのはもちろんだ。でもはたしてそれを自分の自慢のように言っていいのか分からず言い淀んだ。
  葵が代わりに答えると、「やっぱりー!なんとなくで当たった!」と葵の友達がはしゃいでいる。

  そんなこんなで何となく聞かれたことを答えているだけだったが、楽しく過ごしていると店員さんが飲み物の追加を持ってきてくれた。


「ウーロン茶の方ー!」

「あ、はい!」


  手を上げるとバケツリレーのようにみんなが運んでくれる。 有難く受け取った。緊張と喋ったことで喉が乾いていた。こく、と一口飲んで会話を続けた。


「波瑠が大学で楽しそうにして良かったわ。写真が回ってきた時、楽しそうな写真が沢山あったからね」

「葵…ありがとう、葵も良い人達と友達で良かったよ」


  ほわんと笑うと、葵は何となく首を傾げる。


「波瑠?顔がちょっと赤いんだけど」

「え? そう? 緊張してるからかな……」


  こくこく、とウーロン茶を口にする。ジョッキにある半分以上は口にした。

  確かに何となく暑い気がする。


「あれ? これ酒入ってねぇな。どっかウーロンハイねーか?」


  少し離れたところにいるメンバーがジョッキを持って匂いを嗅いだり、一口飲んで確かめていた。


「…………まさか」


  葵が僕の顔を見て、手に持っているウーロン茶を見ている。


「んぇ? あおい?」

「……あああああ……波瑠。それ、今すぐ離しなさい。あ、あああ! ちょっと! 離してって言った途端どうしてグビグビ飲み始めるの!」

「んく、これおいしいよ? あおい」

「あー、舌っ足らずが可愛いわね! こてん、首を傾げるのも最高ね!ってそんなこと言ってる場合じゃないわ。まずい、まずいまずいまずい。番犬を呼ぶわ……!」


  葵が慌てた様子でスマホを取り出し、どこかに電話し始めた。「番犬? ちょっと波瑠が酔っ払っ……ああそうよ! 悪かったから早く来てくれる? ……だから悪かったってば! 場所は……」何やら凄く焦っている。


「あれー? 波瑠くん、いつの間に飲んでたの? きゃはは! すごーい!めちゃかわー!」

「んぅ、あおいぃ…」

「ハイハイ。ちょっと水飲んで、波瑠」


  ぽやぽやと頭が上手く回らない。隣の葵の友達が楽しそうにしているので僕も楽しくなってくる。


「めっちゃニッコニコだけど。面白いから色々聞いてみよ。ねぇ、波瑠くーん。私の事好き?」

「あおいのことだいじにしてくれるなら、すきー」

「……ああああ、波瑠が可愛くて鼻血出そう」


  葵を抱きしめながら言うと、葵は天を見上げた。


「じゃあー、葵はどのくらい好きー?」

「こーのくらいだいすきぃ!」


  抱きしめてた腕を離して、大きく両手を広げて言う。 葵の友達は益々きゃははと笑った。葵はちょっと涙ぐんでる。


「あー、波瑠。とっても嬉しいけど、アンタの恋人に私が殺されちゃうわ」

「あきと? あきとどこ?」

「今呼んだから、すぐ来るわ」


  僕がキョロキョロするが、慊人の姿はない。泣きそうになる。なんでか悲しい。どうして慊人がここに居ないんだろう。


「ありゃ、波瑠くん! 泣いちゃうのぉ?」

「あきと、あきとぉ……」

「あちゃあ……まずい。本気で私殺されるわ」

「……ふふん! 葵を助けてあげよう!」


  そう言って葵の友達は、腰に手を当てて僕に言う。


「はーい、波瑠くん!恋人のあきと?さんはどのくらい好きなのかなー?」

「あきと?」

「そうそう!あきとさん!」

「あきとはぁ……」


  引き戸がスパン!と大きな音を立てて開いた瞬間の事だった。


「このくらいすきー!」


  この時自分の胸にハートマークを作って叫んだ僕は、後に二度と飲み会に行かないと心に誓うこととなった。
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