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55、ホンネと夏④
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「はるぅ、悪かったってばー……許してよー…可愛くてつい、だったんだってば……」
カウンター越しに情けない声がする。
無視だ。無視。
カチャカチャと食器を片しながら僕は謝ってくる男からフイ、と顔を逸らす。
「あら。喧嘩?珍しいわ。馬鹿犬が何をしたの?」
どうやらいつの間にか番犬から降格したらしい。慊人は泣きながら僕に許しを得ようと「ごめんはるぅ」と言い続けていた。
葵は面白いものを見たとちょっと目をキラキラさせている。
「ぷぷ。いい気味ね」
「うるせー!五月女黙ってろ!」
「うるさい慊人。葵も構わなくていいよ」
ガーン!と漫画のような音が聞こえてきそうなほどショックを受けた慊人はカウンターに沈みこんだ。
マスターはニコニコと、「馬鹿だねぇ。調子乗りすぎなきゃ、波瑠くん何でも言うこと聞いてくれたのに」とカップを磨く。
「良い機会かしら。波瑠、飲み会に行かない?」
「おい巫山戯んな五月女!」
「……慊人」
いつになく低い声で名前を呼ぶと、泣きそうになりながら、ぐ、と押し黙る。可哀想なんて思わない。
何でもするって言ったとはいえ、女装させて、それをからかって来るなんて許さない。
「飲み会って言ってもちゃんと年齢確認して未成年は飲まないようにするし、私も行くから大丈夫よ。馬鹿犬なしで楽しみましょ」
「葵が行くなら良いよ」
「波瑠!?」
即返事を出すと、『よっしゃあ!』といつもの落ち着いた彼女からは想像つかないガッツポーズが出た。
反対に慊人はガックリと項垂れている。
「仕方ないわね。馬鹿犬には場所は言わないけど日付は教えてあげるわ」
「場所も教えろ!」
「慊人は来ないで」
「は、波瑠……ううう……」
葵に食ってかかりそうだったのでトドメの一撃を食らわすと慊人はカウンターにまた沈みこんだ。いつものイケメンが形無しだ。
「ぐふ。悪いわね。波瑠の飲み会デビューを奪って」
「ぐ…っ、クソ! 覚えてろ五月女……!」
悪役の捨て台詞みたいな言葉を吐いている。一体なんの争いなんだ…そんなに悔しいのだろうか?
「楽しみにしてるわね!」
「うん、僕も楽しみ」
「うぐぐ……」
地を這うような声を出す慊人は葵を睨みつけるも、葵はニヤニヤと楽しそうに笑うばかり。
マスターは「ほんと、君たちはいつも楽しそうで平和だねぇ」としみじみ言うのだった。
□■□
「波瑠さん。どうか考え直して頂けませんか」
「嫌」
ぷい、と慊人から顔を逸らす。
僕が機嫌悪いなんてあまり無い。というか、僕は慊人にしか怒ったこと無いかもしれない。
だから僕が怒っている時の慊人はショックを受けてはいるが、どこか嬉しそうにしていた。
「波瑠は怒ってても可愛い…ぷくーっとほっぺた膨らんでて」
「慊人? 反省してる?」
「してます!」
「……はぁ。もう、勝手に女装させないで。どうしてかは知ってるでしょ?」
こんなに女装に過剰反応してるのは、過去のトラウマからだ。
「……ごめん、許して。女装というか、本当にスカートの弓道着の方が……あー、その、致しやすかったって理由なだけなんだ」
「次やったら嫌いになるからね」
「もうしない!しないから!」
中学の時女装させられたことがある。女の子たちがからかって僕に群がって無理やり制服を着させられ、メイクされ、クラスメイト全員の見世物にされた。
男子たちの「似合いすぎだろー!」というゲラゲラした笑い声がトラウマになっている。
慊人は隣のクラスだった。異変を感じたのか、直ぐに自分のブレザーを掛けてくれた。真っ青になった僕はそのまま保健室に行くことに。落ち着くまで慊人はずっといてくれた。後々クラスの皆が謝ってはくれたが、このせいで人間不信になり、慊人と高校で友人になった葵以外は心を許さなくなってしまった。
「……行っても良いから、迎えだけ。迎えだけは本当に呼んで。何時でも良いから。いや、日付変わるとかは不安だから嫌だけど!」
「でも日付変わっても絶対迎えに行くから!」なんて切実に言うので僕はため息を付いて「分かったよ…」と答えた。慊人は本当にホッとしていた。
「慊人」
「ど、どうした?」
いつもと立場が逆転しているせいで、慊人は名前を呼ばれてビクッとした。
ちょっと意地悪しすぎたかも。少し反省。
「飲み会の後、僕の家に泊まってくれる?」
「は……波瑠ううぅ!」
「泊まる!泊まります!泊まらせてください!!」と、大きな声で喜びいっぱいにギュウウゥっと抱きしめて返事をする恋人がやっぱり一番可愛いなんて思うのは、僕の欲目なんだろうか。
カウンター越しに情けない声がする。
無視だ。無視。
カチャカチャと食器を片しながら僕は謝ってくる男からフイ、と顔を逸らす。
「あら。喧嘩?珍しいわ。馬鹿犬が何をしたの?」
どうやらいつの間にか番犬から降格したらしい。慊人は泣きながら僕に許しを得ようと「ごめんはるぅ」と言い続けていた。
葵は面白いものを見たとちょっと目をキラキラさせている。
「ぷぷ。いい気味ね」
「うるせー!五月女黙ってろ!」
「うるさい慊人。葵も構わなくていいよ」
ガーン!と漫画のような音が聞こえてきそうなほどショックを受けた慊人はカウンターに沈みこんだ。
マスターはニコニコと、「馬鹿だねぇ。調子乗りすぎなきゃ、波瑠くん何でも言うこと聞いてくれたのに」とカップを磨く。
「良い機会かしら。波瑠、飲み会に行かない?」
「おい巫山戯んな五月女!」
「……慊人」
いつになく低い声で名前を呼ぶと、泣きそうになりながら、ぐ、と押し黙る。可哀想なんて思わない。
何でもするって言ったとはいえ、女装させて、それをからかって来るなんて許さない。
「飲み会って言ってもちゃんと年齢確認して未成年は飲まないようにするし、私も行くから大丈夫よ。馬鹿犬なしで楽しみましょ」
「葵が行くなら良いよ」
「波瑠!?」
即返事を出すと、『よっしゃあ!』といつもの落ち着いた彼女からは想像つかないガッツポーズが出た。
反対に慊人はガックリと項垂れている。
「仕方ないわね。馬鹿犬には場所は言わないけど日付は教えてあげるわ」
「場所も教えろ!」
「慊人は来ないで」
「は、波瑠……ううう……」
葵に食ってかかりそうだったのでトドメの一撃を食らわすと慊人はカウンターにまた沈みこんだ。いつものイケメンが形無しだ。
「ぐふ。悪いわね。波瑠の飲み会デビューを奪って」
「ぐ…っ、クソ! 覚えてろ五月女……!」
悪役の捨て台詞みたいな言葉を吐いている。一体なんの争いなんだ…そんなに悔しいのだろうか?
「楽しみにしてるわね!」
「うん、僕も楽しみ」
「うぐぐ……」
地を這うような声を出す慊人は葵を睨みつけるも、葵はニヤニヤと楽しそうに笑うばかり。
マスターは「ほんと、君たちはいつも楽しそうで平和だねぇ」としみじみ言うのだった。
□■□
「波瑠さん。どうか考え直して頂けませんか」
「嫌」
ぷい、と慊人から顔を逸らす。
僕が機嫌悪いなんてあまり無い。というか、僕は慊人にしか怒ったこと無いかもしれない。
だから僕が怒っている時の慊人はショックを受けてはいるが、どこか嬉しそうにしていた。
「波瑠は怒ってても可愛い…ぷくーっとほっぺた膨らんでて」
「慊人? 反省してる?」
「してます!」
「……はぁ。もう、勝手に女装させないで。どうしてかは知ってるでしょ?」
こんなに女装に過剰反応してるのは、過去のトラウマからだ。
「……ごめん、許して。女装というか、本当にスカートの弓道着の方が……あー、その、致しやすかったって理由なだけなんだ」
「次やったら嫌いになるからね」
「もうしない!しないから!」
中学の時女装させられたことがある。女の子たちがからかって僕に群がって無理やり制服を着させられ、メイクされ、クラスメイト全員の見世物にされた。
男子たちの「似合いすぎだろー!」というゲラゲラした笑い声がトラウマになっている。
慊人は隣のクラスだった。異変を感じたのか、直ぐに自分のブレザーを掛けてくれた。真っ青になった僕はそのまま保健室に行くことに。落ち着くまで慊人はずっといてくれた。後々クラスの皆が謝ってはくれたが、このせいで人間不信になり、慊人と高校で友人になった葵以外は心を許さなくなってしまった。
「……行っても良いから、迎えだけ。迎えだけは本当に呼んで。何時でも良いから。いや、日付変わるとかは不安だから嫌だけど!」
「でも日付変わっても絶対迎えに行くから!」なんて切実に言うので僕はため息を付いて「分かったよ…」と答えた。慊人は本当にホッとしていた。
「慊人」
「ど、どうした?」
いつもと立場が逆転しているせいで、慊人は名前を呼ばれてビクッとした。
ちょっと意地悪しすぎたかも。少し反省。
「飲み会の後、僕の家に泊まってくれる?」
「は……波瑠ううぅ!」
「泊まる!泊まります!泊まらせてください!!」と、大きな声で喜びいっぱいにギュウウゥっと抱きしめて返事をする恋人がやっぱり一番可愛いなんて思うのは、僕の欲目なんだろうか。
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