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53、ホンネと夏②
しおりを挟む夏は暑いから好きかと聞かれたら苦手だと答える。
高校まではいつも慊人が良いタイミングで水分を摂るように促してくれていた。そのことに気づいたのは去年のことで、今年は本当に気をつけていた。
倒れたら迷惑かけるし、何より慊人の過保護加減も増幅する。ちゃんとしなくちゃ、と思ってしっかり水分をこまめに取っていた。
木陰のベンチでじんわりと汗をか来ながらスポーツドリンクを飲む。
今日の講義は終わったし、慊人も仕事だし、弓道部もないし、帰ってレポートでもしようかなぁ…
思い立ってカバンにペットボトルをしまった。ベンチから離れると門の近くが騒がしいことに気づいた。
なんかイベントでもあったかな?なんて思い出そうとするが、お祭り好きの斗真さんも何も言ってなかった。よく分からないが自分には関係ない、そう思いながら門の近くまで辿り着いて人集りが出来ている横を通り過ぎようとした。
「波瑠」
人がモーゼのように割れた。割れた先にいたのはいつ見ても俳優かモデルかと見間違うほど顔もスタイルも良い、並ぶと自分が恥ずかしくなるほどの造形を携えた幼馴染がそこに居た。
会社から直接来たのかスーツ姿だ。こうしてみるとやはり同じ大学生にはとても見えない。
ビックリして一瞬声が出なかったが、人垣の間を真っ直ぐ僕に向かって歩いてくる。
触れる距離程になってようやく慊人のフェロモンを軽く感じた。甘い匂いに誘われるように手を伸ばすと、彼は妖艶に微笑んだ。
「あき、と? どうしてここに?」
「迎えに来た」
「え?」
どっかに行く約束してたっけな?と思い出そうとするが、思い当たることは無い。
ふわりと風に乗るように優雅な動作で僕を抱きしめた。そしてそのままの流れで頭頂部とこめかみにキスを落とされる。
擽ったさと心地良さに片目を閉じていると徐々に下にこようとするので慌てて身を離そうとするが、存外力強く抱きしめられていることに気づいた。
ガッツリとホールドされている。
まるで『離すわけない、絶対に逃がさない』とでも言わんばかりの状況におかしいと感じ、そろりと慊人を見上げる。
慊人がニコニコとずっと微笑んでいる。
「ひ」
「さ、帰ろうか。波瑠」
右手を優しく持ち上げられ、薬指に嵌められた指輪にキスをした慊人は、僕に有無を言わさないプレッシャーを与えつつ、にっこりと微笑む。
暑いはずなのに、僕の周囲は一気に冷え込んだ。
□■□
慊人の家の運転手さんの車に乗せられ、無言で過ごすこと数十分。着いた先は僕のバイト先だった。
マスターはカップを磨いて我関せず。触らぬ神に祟りなしを徹底している。助け舟は有り得なそうだった。
「波瑠? 言い訳を聞こうか」
「あう……うぅ……」
まるで浮気がバレた恋人のような気持ちだ。慊人は机に頬杖を付いて反対の手はテーブルを指先でトントンと規則的に叩いている。
そのテーブルには、葵に見せられた写真データと同じものがタブレットで大きく表示されている。
慊人の目は笑っているのに笑ってない。
「波瑠?」
「ぼ、僕も知らないうちに撮られてて、だからこんなの知らなくて……!」
「へぇ。 聞くところによるとこの後は合コンだったみたいだね」
「行ってない!行ってません!帰りました!」
ブンブン首を振って涙目になって一生懸命否定する。
「行ってないのは知ってる。行ってたら強制イキ地獄にする所だった」と背筋が凍るようなことをニコニコ言ってきた。
「波瑠が俺の大学でなんて言われてるか知ってる?」
「え……?」
「美人すぎる弓道部員。まるで一昔前のキャッチコピーだけど、雑誌記者も探してるらしいよ」
「記者?! なんでそんな話に」
「ほんと。どうしてやろうかなぁ……こうならないように付きっきりで牽制し続けてたんだけどなぁ…」
規則的にテーブルを叩く音が少しだけ早くなる。
どうしてやろうか。というのは不特定多数の人間に対する言葉ではなく、僕に対する言葉だ。
慊人の苛立ちが伝わって落ち着かなくなりオドオドしてしまう。どうしたら機嫌を治してくれるだろうか。その事しか考えられない。
「うう……あ、慊人。ごめんね……」
「……波瑠は悪くないのは分かってるんだけど。俺のものに目をつけたってだけで殺したくなるんだよなぁ」
「こっ……」
まるでヤクザのような言い分に、血の気が引けてくる。
いや別に僕を殺したいと言ってるわけじゃないとは分かってる。分かってるけど、やると言ったら本気でやりかねない幼馴染。
「で?どうしてくれる?」
「ど、どうしてって……」
僕が悪いわけではない。無いのは分かっている。慊人も分かっている。けれど、慊人はどうしようもなくイラついている。
弓道部を今すぐに辞めろと言わないだけマシかもしれない。
どうしようと焦った僕は、涙目になりながら人生で最大級の過ちを犯すことになるとは夢にも思わなかった。
「何でもするから、許して……」
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