上 下
53 / 90

53、ホンネと夏②

しおりを挟む

  夏は暑いから好きかと聞かれたら苦手だと答える。
  高校まではいつも慊人が良いタイミングで水分を摂るように促してくれていた。そのことに気づいたのは去年のことで、今年は本当に気をつけていた。

  倒れたら迷惑かけるし、何より慊人の過保護加減も増幅する。ちゃんとしなくちゃ、と思ってしっかり水分をこまめに取っていた。

  木陰のベンチでじんわりと汗をか来ながらスポーツドリンクを飲む。

  今日の講義は終わったし、慊人も仕事だし、弓道部もないし、帰ってレポートでもしようかなぁ…

  思い立ってカバンにペットボトルをしまった。ベンチから離れると門の近くが騒がしいことに気づいた。

  なんかイベントでもあったかな?なんて思い出そうとするが、お祭り好きの斗真さんも何も言ってなかった。よく分からないが自分には関係ない、そう思いながら門の近くまで辿り着いて人集りが出来ている横を通り過ぎようとした。


「波瑠」


  人がモーゼのように割れた。割れた先にいたのはいつ見ても俳優かモデルかと見間違うほど顔もスタイルも良い、並ぶと自分が恥ずかしくなるほどの造形を携えた幼馴染がそこに居た。

  会社から直接来たのかスーツ姿だ。こうしてみるとやはり同じ大学生にはとても見えない。

  ビックリして一瞬声が出なかったが、人垣の間を真っ直ぐ僕に向かって歩いてくる。
  触れる距離程になってようやく慊人のフェロモンを軽く感じた。甘い匂いに誘われるように手を伸ばすと、彼は妖艶に微笑んだ。


「あき、と? どうしてここに?」

「迎えに来た」

「え?」


  どっかに行く約束してたっけな?と思い出そうとするが、思い当たることは無い。

  ふわりと風に乗るように優雅な動作で僕を抱きしめた。そしてそのままの流れで頭頂部とこめかみにキスを落とされる。

  擽ったさと心地良さに片目を閉じていると徐々に下にこようとするので慌てて身を離そうとするが、存外力強く抱きしめられていることに気づいた。
  ガッツリとホールドされている。
  まるで『離すわけない、絶対に逃がさない』とでも言わんばかりの状況におかしいと感じ、そろりと慊人を見上げる。

  慊人がニコニコとずっと微笑んでいる。


「ひ」

「さ、帰ろうか。波瑠」


  右手を優しく持ち上げられ、薬指に嵌められた指輪にキスをした慊人は、僕に有無を言わさないプレッシャーを与えつつ、にっこりと微笑む。

  暑いはずなのに、僕の周囲は一気に冷え込んだ。





□■□




  慊人の家の運転手さんの車に乗せられ、無言で過ごすこと数十分。着いた先は僕のバイト先だった。

  マスターはカップを磨いて我関せず。触らぬ神に祟りなしを徹底している。助け舟は有り得なそうだった。


「波瑠? 言い訳を聞こうか」

「あう……うぅ……」


  まるで浮気がバレた恋人のような気持ちだ。慊人は机に頬杖を付いて反対の手はテーブルを指先でトントンと規則的に叩いている。
  そのテーブルには、葵に見せられた写真データと同じものがタブレットで大きく表示されている。

  慊人の目は笑っているのに笑ってない。


「波瑠?」

「ぼ、僕も知らないうちに撮られてて、だからこんなの知らなくて……!」

「へぇ。 聞くところによるとこの後は合コンだったみたいだね」

「行ってない!行ってません!帰りました!」


  ブンブン首を振って涙目になって一生懸命否定する。
  「行ってないのは知ってる。行ってたら強制イキ地獄にする所だった」と背筋が凍るようなことをニコニコ言ってきた。


「波瑠が俺の大学でなんて言われてるか知ってる?」

「え……?」

「美人すぎる弓道部員。まるで一昔前のキャッチコピーだけど、雑誌記者も探してるらしいよ」

「記者?! なんでそんな話に」

「ほんと。どうしてやろうかなぁ……こうならないように付きっきりで牽制し続けてたんだけどなぁ…」


  規則的にテーブルを叩く音が少しだけ早くなる。

  どうしてやろうか。というのは不特定多数の人間に対する言葉ではなく、僕に対する言葉だ。

  慊人の苛立ちが伝わって落ち着かなくなりオドオドしてしまう。どうしたら機嫌を治してくれるだろうか。その事しか考えられない。


「うう……あ、慊人。ごめんね……」

「……波瑠は悪くないのは分かってるんだけど。俺のものに目をつけたってだけで殺したくなるんだよなぁ」

「こっ……」


  まるでヤクザのような言い分に、血の気が引けてくる。

  いや別に僕を殺したいと言ってるわけじゃないとは分かってる。分かってるけど、やると言ったら本気でやりかねない幼馴染。


「で?どうしてくれる?」

「ど、どうしてって……」

  僕が悪いわけではない。無いのは分かっている。慊人も分かっている。けれど、慊人はどうしようもなくイラついている。
  弓道部を今すぐに辞めろと言わないだけマシかもしれない。
  どうしようと焦った僕は、涙目になりながら人生で最大級の過ちを犯すことになるとは夢にも思わなかった。


「何でもするから、許して……」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】異世界行ったらセフレができました

七咲陸
BL
四月一日紫苑20歳。突然死んで、突然女神様に『転生と転移のどっちがいい?』と聞かれた。記憶を無くすのが怖くて転移を選んだら、超絶イケメンに出会った。「私の情人になって欲しい」って…え、セフレってことだよね?俺この後どうなるの? 金髪碧眼富豪攻め×黒髪黒目流され受け 不定期更新です r18は※つけてます

【R18】らぶえっち短編集

おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
調べたら残り2作品ありました、本日投稿しますので、お待ちくださいませ(3/31)  R18執筆1年目の時に書いた短編完結作品23本のうち商業作品をのぞく約20作品を短編集としてまとめることにしました。 ※R18に※ ※毎日投稿21時~24時頃、1作品ずつ。 ※R18短編3作品目「追放されし奴隷の聖女は、王位簒奪者に溺愛される」からの投稿になります。 ※処女作「清廉なる巫女は、竜の欲望の贄となる」2作品目「堕ちていく竜の聖女は、年下皇太子に奪われる」は商業化したため、読みたい場合はムーンライトノベルズにどうぞよろしくお願いいたします。 ※これまでに投稿してきた短編は非公開になりますので、どうぞご了承くださいませ。

王道学園の書記には過保護な彼氏がいるようで

春於
BL
「王道学園の副会長には愛しの彼氏がいるようで」のつづき (https://www.alphapolis.co.jp/novel/987002062/624877237) 王道学園に王道転校生がやってきた だけど、生徒会のメンバーは王道ではないようで… 【月見里学園】 生徒会 〈会長〉御宮司 忍 (おんぐうじ しのぶ) 〈副会長〉香月 絢人 (かづき あやと) 〈書記〉相園 莉央 (あいぞの りお) 〈会計〉柊 悠雅 (ひいらぎ ゆうが) 〈庶務〉一色 彩葉/日彩 (いっしき いろは/ひいろ) 風紀委員 〈風紀委員長〉伊武 征太郎 (いぶ せいたろう) 相園莉央親衛隊 〈親衛隊長〉早乙女 楓真 (さおとめ ふうま) 王道転校生 浅見翔大 (あさみ しょうた) ※他サイトにも掲載しています

【完結】身売りした妖精姫は氷血公爵に溺愛される

鈴木かなえ
恋愛
第17回恋愛小説大賞にエントリーしています。 レティシア・マークスは、『妖精姫』と呼ばれる社交界随一の美少女だが、実際は亡くなった前妻の子として家族からは虐げられていて、過去に起きたある出来事により男嫌いになってしまっていた。 社交界デビューしたレティシアは、家族から逃げるために条件にあう男を必死で探していた。 そんな時に目についたのが、女嫌いで有名な『氷血公爵』ことテオドール・エデルマン公爵だった。 レティシアは、自分自身と生まれた時から一緒にいるメイドと護衛を救うため、テオドールに決死の覚悟で取引をもちかける。 R18シーンがある場合、サブタイトルに※がつけてあります。 ムーンライトで公開してあるものを、少しずつ改稿しながら投稿していきます。

【完結】婚約破棄した姉の代わりに嫁ぎます

七咲陸
BL
霜永家は代々Ωの双子が産まれる。 片方のΩは霜永家を継ぎ、次代へ繋ぐ。もう片方のΩは他家で優秀なαを産むと言うしきたりがあった。 霜永祈里は後継として育てられてきたのだが、姉である伊織が使用人と駆け落ちしてしまった。 そして姉に代わり、祈里が他家に嫁ぐことに… 全十一話+オマケ □R18は※表記。自己判断でお願いします □オメガバースものです。 □皇慧(すめらぎ けい)27歳×霜永祈里(しもなが いのり)17歳

【完結】婚約破棄をされた魔法使いは王子に溺愛されるようです

七咲陸
BL
「ニーア、本当にごめん」 「…うん。 仕方ないよ、こればっかりは」 そう言って、婚約までした男を許した。 これで僕の恋は終わり。 だと思ったのに。 「私の妻になって欲しい。一生大切にするよ。子供も3人は欲しいかな。なんならすぐに孕んでも良いくらい。既成事実が先でも構わないと思ってるんだ」 と、別の人物に、にっこりと麗しい微笑みで言われるなんて思ってもなかった。 □溺愛執着王子×庶民魔法使い □魔法を使ってるとこはほぼありません □オリジナル設定です □妊娠表現あります □R18は※で注意を促します。自己責任でお願いします □ざまぁ展開はあまりないです。

もう一度を聴きながら

ゆく
BL
結婚を前提とした同棲をするために寮を出たものの、恋人の両親から新型ウイルス禍での独立に反対され、同棲するはずだったマンションで一人で暮らしている綾瀬悠介。 落ち着いたら同棲をしようと話していたのに、ある日、同期である樫谷春臣と仕事で出かけた悠介は、恋人が見知らぬ男とホテルへ入るところを目撃してしまう。 全10話ほどの予定です。 タイトル後ろに*が付いている回はR-18の内容を含みます。 女性との交際が絡んでいるので、苦手な方はご注意願います。

会長はリコールされました。

豚キノコ
BL
性格は強気だが涙脆い生徒会長が仲間に裏切られてリコールされただけの話 非王道転校生×生徒会長です。 R-18になるかはわからないけれど保険をかけておきます。 ※数年前前垢で投稿してた阿呆な小説 【リコール会長】を原型を留めない程改変し改変した物です。 見るに堪えない稚拙な文章なので閲覧はお気を付けて… 改変前のゲス天野さんは不在です。

処理中です...