【完結】巡る季節に恋をする

51、春の花冷え⑦

  葉月さんの話になる。

  仁科葉月さん、彼は父親がαで、母親が元βの男Ωだと言う。

  ご両親は元々付き合っており、両家族公認の仲だった。 父親が母親のことを好きすぎて、ほぼストーカーみたいな感じになっていたので「犯罪になるくらいなら…」なんて両家族は納得せざるえなかったという。

  そもそも、父親αのご両親はβ同士で一般家庭だった。跡継ぎやら大きな相続やらα一家ほどの面倒なものがなかったのも、公認になれた理由の一つだった。

  二人とも仕事も順調で、パートナー制度も利用して周りからも祝福されて幸せだった。

  何年か経った。ちょうど結婚記念日だったからよく覚えているとご両親は言ったそうだ。

  母親が突然変異のΩになった。

  仕事中バタリと倒れ、意識がなかなか戻らず、救急搬送され精密検査を受けた。この時、母親よりも父親の方が死にそうになっていたと祖父母は笑って話す。そして色んな検査が終わり、結果は知っての通り。

  二人も両家族とも、ヒートも来ないかもしれないし、そもそも子供なんて考えてもいなかったし、変わったことといえば感度が変わったことと後処理がなくなったこと位に思っていたらしい。

  その後、更年期と呼ばれる年齢に足をかけそうになりかけた頃。ヒート来なかったねぇ、ちょっと残念。なんて呑気にしていたら突然ヒートはやってきた。

  葉月さんのご両親はビックリして、職場に発情期休暇ってどうやって出すの？！なんて大混乱だったようで、避妊とかそういう話も出来ないまま致してしまったようだ。

  ヒートが起きればほぼ的中率は100%の受精と着床。一ヶ月後には葉月さんがお腹にいることが判明した。

  そして。

  自分たちのその経験を生かす、という訳では無いが、同じような人達が居るのでは。もしかしたら困っているのでは。と思ったご両親は『Ωになったβを保護する会』を立ち上げたと言う。

  立ち上げたと言ってもネットでの広告もしておらず、名刺と電話、クチコミのみ。大々的にすることは、普通から外れることを恐れるβにとってハードルが高いので、あくまで秘密裏にしているらしい。


「まぁそんな訳で、団体に入った何人かが妊娠成立できたんだが。その妊娠した人達は全員αの恋人やら夫がいたんだよ」

「……それで、αが重要だって分かったんですね」


  葉月さんは頷く。

  キャンパス内でベンチに座って話す。慊人に勘づかれると不味いので人一人分空けて隣に座ってもらった。


「早く恋人に中出しして貰え」

「い、言い方！言い方ありますよね？！」


  僕はキョロキョロと周囲を気にした。この部分だけ聞いた人達に何事かと思われてしまう。

  葉月さんは至極真面目だ。


「急げよ、早けりゃ早いほど良い。親父とお袋は十年かかった。早い奴でも一年だ」

「……僕は、慊人と番になるつもりはないんです」

「へぇ。恋人はどう言ってんだ？」


  僕が黙ると、何かを察したようにふぅん、とこめかみに手をやる。

  もし、ヒートを起こせて妊娠できたとしても…何年かかるか分からない不確かなものに、慊人を巻き込みたくない。

  この話を知ったとしても…慊人のお父さんがそんな不確実なものを信じるとはとても思えない。


「慊人には…僕じゃない誰かが必要なんです」

「…あっそ。 俺は言ったからな。気が向いたらそこに連絡しろ」


  そう言ってベンチから立ち上がった葉月から名刺を渡された。
  仁科さんの御家族の名前と電話番号だけが書かれている。 保護の会という名前はどこにも書いてない、何の変哲もない名刺だった。


「ありがとう……ございます」


  どこかで。自分以外の同じ境遇の人が居る。

  その事を知れただけでも心が少しだけ軽くなったのを感じた。