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40、卒業の冬
しおりを挟む「波瑠も番犬も余裕そうね」
受験モードもピークの中、葵が恨みがましい様子で言う。
「ぼ、僕は身の丈にあった場所だから…」
「俺はもう大学は一年から決めてたしな。前から勉強してた」
「あー、なによそれ。真面目すぎる回答なんか要らない」
そんなことを言う葵だって別にギリギリという訳では無い。ただ単に受験に少し追い詰められて愚痴りたいだけだ。
センターも大きなミスなく無事終わり、あとは本命の試験だけ。葵だけが最後の最後というわけだ。僕と慊人は受験から解放されていた。
「あー!私も早く終わらせたい!終わって遊び倒したい!!」
「うんうん、僕とも遊んでね。葵」
「仕方ないから一日だけ波瑠を貸し出す」
「僕は図書の本じゃないよ…」
僕を膝の上に乗せたまま言う慊人に苦笑すると葵は「あ」と声を出す。
「そういえば、百崎最近見ないわね」
「この間会ったよ? 元気そうだった」
「あのガキまだ波瑠を諦めてねぇぞ…クソ」
百崎君には『受験頑張ってください』と声をかけてくれた。有難い言葉に感謝すると、後ろから慊人が牽制のフェロモンで対抗してきた。
百崎くんにも効くけど、僕にも効くからやめての意を込めて『っ、慊人……!』と振り返って睨むとすごーく嬉しそうにニンマリしていたのがちょっとムカついた。どんだけ僕がフェロモン感知してるの嬉しいの。というか百崎くんはそんな慊人にドン引きしてた。
「2人は卒業旅行でも計画してるのかしら?」
「あ、葵…その話は……」
葵の言葉に後ろに居る慊人の項垂れた様子が伝わってくる。
そんな慊人に葵は可愛い目をぱちくりさせて驚いている。
「え? 行かないの?」
「慊人は八潮グループの跡取りだから…直ぐにその勉強が待ってるみたいで……」
「なるほど。学生最後の思い出も作らせてくれないとか、金持ちの息子も大変ね」
「はあああああ……波瑠は行ってきていいからな…めちゃくちゃ寂しいけど、めっちゃ行かないで欲しいけど!」
慊人の言葉に僕は苦笑した。行こうと思えば葵は良いよと言ってくれそうだが、慊人が遊ばずに頑張っているのに自分だけ…というのも何だか気が引けた。
それよりもだ。
「僕、バイトでもしようかなぁって」
「はっ?!」
「あら。いいじゃない」
慊人は俯いていた顔を上げて叫んだ。クラスが少しざわついていて本当に良かった…。
「バイト?! どこで! 何するんだ?!」
「それはこれから考えるけど…お母さんに大学費用払ってもらってこれ以上負担かけるわけにいかないし……」
そう言うと慊人は、ぐっ…と自分を抑えるような表情をした。
あ、やっぱり反対しようとしてたんだなって分かっていて更に苦笑しそうになる。
僕の家はシングルマザーだし、その苦労は慊人も分かってくれているのでどうにか抑えたようだ。
「こう言うと差別って思われるかもしれないけど、波瑠。あんた今はΩなのよ。バイトもちゃんと選びなさいね」
「そ!そうだ! まず俺が見つけて……!」
「慊人が探してきたら、八潮グループのどこかになりそうでちょっと……」
そう言うと慊人はまた項垂れる。そのバイト先に居るって分かったら慊人は圧力かけそうだと思ったが、当たってたみたいだ。
葵は少しため息をついた。
「どこに行こうがこの番犬は八潮グループの力で圧力かけるわよ。大人しく番犬の勧めるバイト先に行きなさい」
「え、えぇ? でも……」
「波瑠。社会はそんなに甘くないの。番犬の勧めるところならΩでも良い環境のはずなんだから、その辺の融通は恋人の特権で使いなさい」
葵に言われ、チラ、と慊人の方を見ると全力で頷いている。
「バイトするなって本当は言いたいの、我慢してるの分かってあげたら?」
葵の言葉がトドメになり、僕は「はい……」と返事をしたらホッとした慊人にちょっと申し訳なさを感じた。
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