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31、変化の夏

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  付き合い始めて一年が過ぎ、夏がやってきた。


「波瑠、そっちは相変わらずジメジメしてるのか?」

「してるよ…暑くて毎日しんどい…」

「波瑠は夏が苦手だから気をつけて。ああー帰りたい。本当に帰りたい…」


  慊人とテレビ通話もだいぶ慣れてきた。夜は比較的暑さが紛れるけど、寝苦しい日もある。

  ダニエルさんが慊人のお父さんの協力者だと知ってから、ダニエルさんは通話に現れなくなった。お父さんが何か報告したのかもしれない。それか、もう慊人に女性やΩをあてがう必要性がなくなったからなのか。

  どちらにせよ、顔を見れば表情に出てしまいそうなのでダニエルさんが見えないことは本当に助かっている。

  もしかしたら僕が顔に出やすいのがダニエルさんが出てこなくなった一番の理由かもしれない。


「慊人は夏平気だよね。どうして?」

「…痩せ我慢してる」

「え?本当は辛かったの?」

「…だって、そう言ったら波瑠を抱っこさせてもらえないと思って」


  まさかそんな子供じみた理由だとは思わず、つい吹き出してしまった。


「何それ…っ、そんな理由…」

「笑うなよ。切実なんだぞ俺には」


  目に涙を溜めて笑っていると、頬を膨らませ不貞腐れた慊人が映っていた。


「ごめんごめん。面白くてつい」

「いいけど。波瑠の笑ってる顔好きだから」

「…あ、慊人…」


  不貞腐れていたのに、一変して優しげに微笑む慊人につい頬が赤らんでしまう。

  慊人はいつもこうやって直球で想いを伝えてくれる。


「そういえば…聞いたことなかったけど、慊人はいつから僕のことが好きだったの?」

「急だな」

「今なんとなく思いついたからね」

「教えてもいいけど、波瑠も教えてくれなきゃだめだぞ」


  確かに、慊人だけ話して僕が話さないのはフェアじゃない。ちょっと恥ずかしいけど、まあいいか、と思うことにして了承の意味を込めて頷いた。


「波瑠を好きになったのは、最初からだ」

「え?最初って…幼稚園…え?」

「幼稚園の頃に一目惚れして以来ずっとだよ」

「…よ、幼稚園の頃からの記憶があるの?年少から?」


  小さい時の記憶はほとんど残ってない。あっても僕は年長くらいの記憶しか覚えていない。


「それくらい俺にとったら衝撃だった。もう波瑠しかないって思った」

「…そんな前からだったの…慊人って凄いね…」

「中学三年くらいからは隠しておくの限界だって思ってたぞ。波瑠がどんどん綺麗になるから。本当にβか…?ってその頃から疑ってた」

「んなっ…!そ、そう言うことは言わなくていいのに…もう」


  恥ずかしいことを平気で言える慊人は凄いと感心してしまう。


「波瑠は?いつから?」

「…僕は、気づいたのは中学二年だったかな…?」

「へぇ、なんで?」

「……慊人がその頃から成長期だったのか急にカッコ良くなったからだよ…」


  すると慊人は目を丸くして驚いた表情をしていた。


「ええ。波瑠、何。俺と同じで面食いだったの?」

「め…っ!だ、だって、背は伸びるし身体は大きくなるし輪郭も変わってきて…っ、自覚した頃は隠すの大変だったんだよ…っ!」

「いやー隠されてたわ。マジで。はー…」


  早く告っとけば良かった、とブツブツ文句を言っている。

  慊人にバレていたら多分中学の時から付き合うと受験に集中できなかっただろうな、なんて思った。


「でも俺に『いい匂いがする』って波瑠が言ったから、あの瞬間フェロモンを感知したと思って『結婚しよう』って言ったのに笑って流された時はガチで落ち込んだんだぞ……」

「そんな事あったね。…そんなことあるはずないって思ったんだ」


  僕が苦笑しながら言う。


「僕は中学の時の検査でβって分かってたし、すぐに諦めたんだ。けど、付き合うとかそう言うことは無しにしても、好きな気持ちはどうしようもなかった」


  気持ちに蓋をして鍵をかけた。

  それなのに、高二でまさか自分がΩに突然変異するとは思わなかった。

  ……神がくれたチャンスかと、一瞬だけ思ったのに。


  結局自分は、中途半端なまま。



「……慊人に、本当は好きな気持ちを伝えたかった」



  気がついたら画面の慊人に手を伸ばしていた。


  届くはずなんてないのは分かってる。



「慊人に会いたい……」



  誕生日に会ったばかりだと言うのに、まだ秋まで慊人は帰ってこないのに。

  会いたくて仕方がなかった。



「波瑠。待ってて。ちゃんと帰るから。波瑠のところに」

「…うん」



  まるで泣いた時の僕がいるかのように優しく微笑む慊人の顔が、少しぼやけて映っていた。
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