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16、秋と傷③
しおりを挟む慊人の誕生日当日はたまたま日曜日だった。
僕は慊人とお姉さんが住む高層マンションの前に立っていた。
「……デカ、高すぎる……」
明らかに人間のランクが違う気がする。改めて僕と慊人は住んでいる世界が違うんだなと思った。
オートロックのドアの前のインターフォンに部屋番号を入れる。
慊人の声が聞こえてきて、名前を告げるとオートロックが解除された。
エレベーターに乗ると高所恐怖症ではないが、高すぎて色んな恐怖を感じた。
持っている者が住める家って感じがする。
最上階にエレベーターが到着すると、エレベーターの扉が開いた。
「波瑠!」
「わあ!」
ガバッと抱きしめられて驚く。慊人はエレベーターの前で待っていたようだった。
ぐりぐりと額を首に擦り付けられながらなんとかエレベーターを降りた。
「我慢できなくて下まで降りようかと思ったけど…乗ってるのが波瑠だと思って我慢した…」
「え?まさか階段で降りる気だったの」
何階あると思っているのだろうか。住人なら一番よく分かっているはずでは。
「待ちきれなくて。はあああぁぁあ…波瑠うううぅ」
「わ、分かったから慊人。部屋に連れてって?」
「…最高」
「え?」
僕は急に天を仰いだ慊人の言った意味がよく分からなくて聞き返したが、「…強請られてるみたいでヤバい」とぶつぶつ言っていた言葉は僕の耳には聞こえなかった。
慊人が玄関のドアを開けると、先に入るように促された。玄関がまず一部屋分ありそうで、どこに靴を脱いでいいのかもよく分からない。慊人が後ろから僕に早く上がってと言ってきて慌てて靴を脱いだ。
靴を揃えていると、また慊人は天を仰いだ。「嫁が挨拶に来たみたい…」とまた聞こえない声でぶつぶつ呟く。
「波瑠、とりあえずこっちに」
そう言って慊人がおそらくリビングまでの道を案内しようとしているが、僕は二人っきりになったことで何かのスイッチが押されたように慊人の服の裾を引っ張った。
「慊人…」
「は、波瑠?」
慊人の方を視界が少しボヤけながら見上げると、ぐ、と喉を鳴らす音が聞こえて戸惑っているようだった。
「あー…まずはその、お茶とか、お菓子とか、準備してるんだけど…」
僕はフルフルと首を振った。
「いや、まだ、昼間だし…その…っ」
慊人の首に腕を回してギュッと抱きしめた。心臓が煩いくらいに鼓動を鳴らす。慊人はどうしていいのか分からずまだ戸惑っている。
僕はやっぱり自分が卑怯だと思った。
慊人に全部言わせて、仕方なくそれに従っているように見せて。
最低だと分かってる。慊人に全て背負わせて、僕はずっと受け身でいい状態にしてもらっていて。
だからせめて、今日だけは。
「慊人…」
素直に慊人を欲しがりたい。
ずっと好きだった。βでも好きだった。
でもβの時も口にしちゃいけないと思った。
子供は産めない、慊人を困らせるだけだって。
けどΩになっても何も変わらなかった。
中途半端で、未熟で、フェロモンもまともに出せないΩモドキのような自分が、釣り合うとは思えない。
そんな自分のこの先の一生を、大きな会社を背負う慊人にこれ以上背負わせるわけにはいかない。
だから、せめて今日だけは。
こんな僕でも欲しいと言ってくれた慊人に答えたい。
「僕は、夜まで待ちたくない…」
「波瑠…っん!」
僕は慊人の唇を奪った。
首に回した腕の力を強めて離れないようにすると、慊人も僕の背中に腕を回してくれる。
自分から舌を差し出すと、慊人の舌が絡みつく。唾液が流れ込んでそれが甘く感じて、こく、と飲み込んだ。
「は…慊人…好き…」
「波瑠…!」
まだ玄関にいるのに、僕たちはしばらく抱き合ってキスをした。
慊人の体温が心地よくて、僕の好きな香りで満たされていった。
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