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14、秋と傷
しおりを挟む夏休みが終わっての登校日、慊人は朝早くから僕の家に来ていた。
「え?!慊人いつから…っわあ!」
いつもは途中で待ち合わせして登校するのに、まさか僕の家まで来ているとは思わず驚いていると慊人はガバッと僕に抱きついてきた。
「はあああぁあぁ…昨日の夜中まで本家にいて本当に死ぬかと思った。波瑠不足で死ぬ…」
「ちょ、ちょっと慊人っ…!」
「待ってくれ、波瑠を補給しないと無理だ。これ以上動けない」
そう言っていつものように僕の首筋に顔を埋めてくる。そこでスーハーと何か吸っているようだった。
しかし慊人を僕は今はどうしても剥がしたかった。いつもはしばらくそのままにしておくけれど、今はちょっと場所が、悪い。
「慊人っ、本当にちょっと…!」
「嫌だ。あと五分。遅刻ギリギリまで」
「ちが、慊人!」
珍しく声を荒げて慊人を呼ぶと、流石に僕の様子が違うことに気がついたらしく、顔を上げた。
慊人は目を丸くして驚いている。僕の顔は真っ赤だろう。それに驚いているわけではない。
慊人の視線の先にいるのは、僕の母だった。
「…あらまぁ、ええ?」
「…っ、お、お母さん、帰ってきたら説明するから…!慊人!ほら行くよ!」
玄関先で困惑している母を置いて、僕は真っ赤な顔をそのままに、慊人の手を掴んで走り出した。
しばらく走って、僕の息が切れたところで立ち止まった。慊人は全く息切れしていない。これもαとΩの違いなのだろうか。ちょっと悔しい。
「…悪かった。あんな所で」
「もう…びっくりしたよ…。今日はお母さんも早番で、一緒に家を出たんだよ…」
「…悪い」
「怒ってないから大丈夫だよ。ほら、行こう慊人」
慊人と付き合うときに母には内緒にしていることは慊人にも言ってあった。
いつか別れるつもりの恋愛をしているし、罷り間違って番にでもなってしまったらと心配どころか反対されることは目に見えている。
母は「Ωとしては未熟であると責められる未来しかないのに、日本最大の八潮グループとの御曹司との番にはなって欲しくない」という。
僕自身、母の言う通りだと思っている。
慊人も諦めたくない、と言うが、子供である自分が父親に今の所逆らえないと言うのが現状である。
多分、慊人が僕と番になった時に真っ先に心配しているのは父親と母親の反応。
それは慊人に対する反応ではなく、僕に対する反応だ。
「慊人?」
全く進もうとしない慊人の方を振り返ると、突然僕の手を掴んできた。
「えっ?えっ?」
そのまま、元来た道を戻り始めてしまった。慊人に引かれるまま走るしかない僕は混乱したままだった。
家まで逆走して玄関先まで辿り着くと、まだ玄関の鍵を閉めている所だった母がいた。
「あ、慊人…?」
「あら?どうしたの?忘れ物…?」
母もこちらに気づいたのか振り返った。
何が起こっているかよく分からないが、慊人はなんだか真剣な表情をしていた。
「波瑠のお母さん。俺、波瑠と付き合っています」
「慊人!? ちょ、ちょっと…!」
「隠していて、すみませんでした。でも、俺は…」
「ああ、やっぱり?」
慊人は真剣な顔をしていたのに、母のあっけからんとした言葉に驚いているようだった。もちろん僕も。
「え?どういう意味…?」
「何言ってるの、波瑠。あんた凄くわかりやすいわよ?こないだもウキウキして出かけたかと思えば沈んで帰ってくるし。ああー慊人くんと喧嘩して帰ってきたんだーって思ってたのよ」
「…お母さん、待ってちょっと待ってストップ」
「あんたがそんな風にあからさまなのはいつも慊人くん関連のことばっかりだったんだから。分かるわよ」
「やめてやめて!お母さん!」
このまま母を喋らせていたら、僕の黒歴史まで筒抜けにされそうで真っ赤になって必死に母を止めた。
慊人の方を恥ずかしくて見れない。
「波瑠が押しに弱いことなんか、慊人くんにはお見通しなんだから。きっとそうじゃないかと思ったのよ」
「い、いつから…」
「何言ってるの。もう5月には気づいてたわよ?」
僕は外だというのに、がっくりと床に手をついた。ほぼ最初から気づかれている。
「ま。私は今でも反対だけどね。けど若い時には若い時にしかできない恋愛もあるわ」
「波瑠のお母さん、俺は」
「今は若いからどうにもならないこともある。でも今、波瑠を守ってくれているのは紛れもなく慊人くんなんだもの。だから反対の気持ちもあるけど、信じたい気持ちもあるの」
「お母さん…」
母はにっこりと笑って、僕たちを見た。
「最後に貴方達がどういう結論を出しても、それはちゃんと二人が考えて出した結論なんだから。そのことに私は反対したりしないわ」
「…言わなくてごめん…ずっと心配してくれてたのに」
「何言ってるの。私の心配は、波瑠が我慢できなくてヒートでもないのに慊人くんに噛んでって衝動的に頼むことよ」
「うわあああぁああ!お母さん!」
恥ずかし過ぎてもう前も向けない。全身が熱くてたまらない。
母は看護師だからかなんなのか、こういうあっけからんとさっぱりしたところがある。
「…頼まれたら噛む自信しかないぞ」
「慊人も何言ってるの!お母さんもう仕事でしょ!早く行って!」
「はいはい。じゃあ慊人くん、波瑠をよろしくね」
「はい」
慊人はものすごく嬉しそうに、でも真剣に返事をしている横で、僕は頭頂部まで真っ赤になった状態で母を仕事に追いやることしかできなかった。
母に無理やり仕事に行かせて、僕は無言で学校に向かった。
慊人は嬉しそうにニコニコと横を歩いているのが気配だけで伝わってくる。
「波瑠がデートをそんなに楽しみにしてくれてたなんてなー」
「…慊人、は、早く学校行かないと遅刻する…」
「はー早く噛んでって頼まれたいなー」
「~~~っ!!」
通りすがりの人がびっくりする位顔が真っ赤になった僕の手を慊人が握ってくる。
「はーる。波瑠。こっち見て」
「うぐ…」
変な声で唸りながら、歩きを止めて慊人と向かい合う。けど顔は真っ赤だしとにかく恥ずかしくて慊人を見上げられない。
そんな僕の頬を優しく触れて、そっと上げさせられる。瞳と瞳がぶつかる。
「恥ずかし過ぎて泣きそうになってる」
「う…僕だって…その、慊人のこと、好きだし……楽しみにするよ…」
僕がモジモジというと、慊人はニコニコしていた顔が急に澄まして真顔になった。
「………今日は学校休もう。姉貴も仕事行ったし、俺のマンションに行こう」
「なっ…!行かないよ…っ」
通学路でこんなやりとりをしているのを、クラスメイトに見られなくて本当に良かったと思った。
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