【完結】巡る季節に恋をする

5、始まる春⑤

「番にならなくても構わない。波瑠、俺と恋人になって」

「…何、言って。そんなのなれる訳ない」


  百貨店の片隅で、僕は幼馴染に告白されている。

  けれどこれを了承するわけにはいかない。
  番になるつもりはないのに、これを了承すれば僕はもっと慊人に残酷なことをすることになる。


「波瑠。俺は波瑠と無理やり番になってでも波瑠を手にしたいと思ってる」

「慊人…！？」

「だから恋人になってくれるなら、番にならないことを約束する」


  これは脅しだ。僕は慊人に脅されている。
  血の気が引いていくのが分かる。βの頃だって力では叶わないと思っていたけど、Ωに変わった今、たった数日で僕は自分がどんどん非力になっていった。
  きっと慊人に本気で襲い掛かられたらきっと僕はなんの抵抗もできない。


「言ってること…最低だって、分かってる？」

「…分かってる。けど、こうでも言わないと波瑠はオーケーしない」

「そうかも知れないけど。でも」

「波瑠。恋人になるか、イエスかノーだ」


  まだ言い訳をしようとする僕を遮るように、慊人は断言する。

  どう言っていいか分からず、俯いて考えた。

  僕は番になるつもりはない。でも慊人は番になりたい。
  番になれないなら恋人になりたい。でもそれは僕は自分が最低なことをしていると思うことになる。
  番になるつもりもないのに、慊人を宙ぶらりんにしておくことになる。

  でも恋人にならなければ、慊人は無理やり番にするという。

  慊人はきっと本気だ。その証拠に僕から全く目を逸らさない。


  僕は溜息を小さくついた。


「…分かった」

「波瑠！」

「待って。恋人になるって意味じゃない」


  抱きついてきそうな慊人の前に手のひらを見せて静止させる。途端に慊人の目の色が暗くなった。


「なら…俺は」

「聞いて。慊人。僕だって突然βからΩになって戸惑ってる。その上、番だ恋人だって言われれば混乱だってする。今まともに考えられているとは思えない」


  そしてゆっくり息を吐いて慊人を見据えた。


「ちゃんと考えるよ。恋人になるかどうか。だから、少し待って欲しい」


  慊人はあまり納得していない表情をしているが、一度俯いてもう一度僕の方を見てくれた。


「…分かった。でもチョーカーは今日買わせて。恋人になったらそのまま使えばいいし、ならないなら違うのを買えばいい」

「…そんなに高いのは嫌だからね？」


  そう言って僕が微笑むと、慊人は安心したように笑ってくれた。

  チョーカーは百貨店の専門店の中でもまだ手頃な値段なものを選んで、慊人が買ってくれたものにした。


  シンプルだけど、秋の夕陽を思わせる綺麗な茜色のチョーカーだった。