64 / 71
報告
しおりを挟む
初詣に行きたくて、神宮とか増上寺を考えたけど、人が多いのを考慮して歩いて近所の朝日神社へ行った。
俺はキャップを深々と被り、その横でひろこはマスクで顔の3/2以上が隠れている。
よく考えたら、白昼にひろこと街を歩くのってあの21歳伝説のバースデー以来だと気づいた。
夜中や部屋で会うばかりで、どこか違和感がある昼間のデートに異様に俺は恋人感満載で嬉しくなった。
「何お願いしたの?」
神社を出る時ひろこに聞いた。
「今年は遊井さんに怒られませんようにって。春は?」
「・・ひろことすぐ入籍できますようにって」
「すぐ?!」
多分、ひろこも同じだと思ってる。
結婚して2人でずっと一緒にいれますようにって、お願いした。
その足で欅坂の上にあるハイアットのテラスで遅いランチを食べた。
元旦早々、テラスでランチなんて観光客の外人しかいなくてホッとする。
「お腹いっぱーい。」
切り肉を平らげて、ひろこの指には指輪がキラキラと光った。
さっきから慣れない指輪に何度も何度も手を見てはひろこも落ち着かない様子だった。その姿が微笑ましくてその度に俺は笑顔になった。
1月なのに気持ちの良い空気で寒いけどテラスにかかるヒーターが暖かくてしばらく2人でぼんやりとした。
「直樹さんが東京に来ると必ずここ泊まるんだよ。今度、直樹さんにもひろこ会わせなきゃな」
「直樹さんかぁ。緊張するな。」
「会いたがってたよ」
ひろこはピリッとした顔をしたかと思うと俺を見てニコリと笑った。
風がなんでこんなに気持ちいいのだろう。ひろこも気持ちがよさそうに遠くを見つめていた。
これから家に帰ると毎日ひろこがいてビールが飲めて、まだ地に足が付いてなくて夢見心地だった。
本当にひろこは結婚してくれるのか?信じられなくて信じられなくて。
途中でやっぱりやめようって泣きながら言ってきたりしないか?
俺はそこが急に不安になった。
夜、マンションの隣のスタバでコーヒーを飲みに行った時、ひろこに言った。
「先にアッキーと遊井さんには言っておこうか。お互いの社長には4日の仕事初めの日の10時に言おう」
「分かった」
そうは言ってもひろこは不安気な顔をしていた。
結婚が災いしてファンが離れてひろこの番組も打ち切りになるかもしれない。CMの依頼だってこなくなるかもしれない。
でもこの結婚は世間から白い目に晒されるような不倫ではないし俺もひろこも犯罪なんて犯していない。
「俺とひろこの事だよ。」
普通の結婚なんだ、とひろこには思っていてほしかった。
「俺たち、悪い事なんてしてないんだから。」
マスク越しにひろこはうなずいた。
これからやらなきゃいけない事はあとふたつ。
ひろこが横にいるけど俺はものすごい勢いで考えていた。引越し、そしてひろこと入籍。
「3日、新年会行くんだよね?」
「うん。夕方に出るよ」
3日、お正月休みは最終日だ。
「3日の午前中に引っ越さないか?」
「え?」
ひろこは口をあけたままビックリして戸惑っていた。当たり前だろう。プロポーズしてその翌日には籍を入れようと焦る俺にどうかと思うけどもう止まる余地はなかった。
「早くない?入籍してからと思ってたんだけど。」
「俺引っ越し屋のバイトしてたから分かるんだよ。三ヶ日はバイト連中暇だからすぐ動いてくれるよ。ひろこそんなに荷物ないし、すぐ終わるよ。10人くらい引越し屋のお兄ちゃん呼べば2.3時間で終わるから」
俺はかなり強引だったけど、ひろこの肩を抱いてとりあえず引越しを促した。
もう今からでも役所に婚姻届を持って行きたいくらいの気持ちだった。
「春、そんなにわがままだったっけ?」
「早く新婚ごっこがしたいんだ。」
困った顔をしながらも、ひろこは笑っていた。
「俺のわがまま聞いてくれるんだから、ひろこも言いなよ。結婚式こうしたい、とか新婚旅行ここ行きたい、とかさ。」
両手に持っていたコーヒーを握り締めたまま、ひろこは俺に言った。
「結婚式はしなくていいよ。春のイメージがつくじゃない。会見もしなくていい。書面だけで。新婚旅行はいつか海外に行ければいい。」
俺は意外すぎるビジョンにビックリした。
なんとも淡々と。冷静なのか肝が座っているのか、はたまた興味がないのかは分からないけどこれが22歳の女のセリフとはとうてい思えなかった。
「ずいぶん欲のないひろこだね。わがままつきあってあげるのに」
多分きっと、これがひろこなんだと思った。
家に帰ってからひろこは遊井さんに電話をかけた。
かける時、神妙な顔をしてかすかに手が震えてるような気がした。
遊井さんはもう分かってる話だけど、本人から言われたらそれもまた実感が湧くんだろうなと思うと、遊井さんのあの涙を流した時の顔が浮かんだ。
ひろこが電話をしている間に俺は寝室に移動してアッキーにひとまず報告の電話をしたら無言だった。
『・・・』
「明日の朝、搬入準備して、ひろこはうちに引っ越してくるから。」
『・・・』
「アッキー、俺ひろことすぐ入籍するよ」
『・・・』
沈黙の後、受話器から涙をすする音がした。
「アッキー?泣いてんの?泣くなよ?」
『ごめん。俺、感無量で。そりゃこれからいろいろ不安な事あるけど、2人を間近でずっと見てきたからもう、おめでたいよ』
やる事早すぎ!のんびりでいいじゃないか!!まだクライアントにも言ってないよ!ひろこちゃんと相談したのか?!
いつものテンパるアッキーのもっとテンパってるバージョンに加えそんなセリフを想定して言いくるめるセリフばかり考えていたのに俺は意外なアッキーのリアクションに拍子抜けした。
『ひろこちゃんは?ひろこちゃんの方がこれからすごく大変だと思うぞ。』
アッキーは逆にひろこの方を気にしていた。
「ひろこが売れなくなったら、俺が食わせていけるし。でもそれ以前にひろこ人気はまだまだ継続すると思うんだ。俺の奥さんになる人だよ。安藤ひろこだよ?普通じゃないんだよ。」
アッキーは黙って聞いていた。
「アッキーにも、長い間色々迷惑かけたね。感謝してるよ。あと少しだから。」
『春、ラストランだな。』
俺は面倒みてくれる人がアッキーである事に感謝して電話を切った。
ひろこは遊井さんに報告をしたら割と円満だったと言ってたけど、電話が終わったあと涙目だったのを知っている。
俺はキャップを深々と被り、その横でひろこはマスクで顔の3/2以上が隠れている。
よく考えたら、白昼にひろこと街を歩くのってあの21歳伝説のバースデー以来だと気づいた。
夜中や部屋で会うばかりで、どこか違和感がある昼間のデートに異様に俺は恋人感満載で嬉しくなった。
「何お願いしたの?」
神社を出る時ひろこに聞いた。
「今年は遊井さんに怒られませんようにって。春は?」
「・・ひろことすぐ入籍できますようにって」
「すぐ?!」
多分、ひろこも同じだと思ってる。
結婚して2人でずっと一緒にいれますようにって、お願いした。
その足で欅坂の上にあるハイアットのテラスで遅いランチを食べた。
元旦早々、テラスでランチなんて観光客の外人しかいなくてホッとする。
「お腹いっぱーい。」
切り肉を平らげて、ひろこの指には指輪がキラキラと光った。
さっきから慣れない指輪に何度も何度も手を見てはひろこも落ち着かない様子だった。その姿が微笑ましくてその度に俺は笑顔になった。
1月なのに気持ちの良い空気で寒いけどテラスにかかるヒーターが暖かくてしばらく2人でぼんやりとした。
「直樹さんが東京に来ると必ずここ泊まるんだよ。今度、直樹さんにもひろこ会わせなきゃな」
「直樹さんかぁ。緊張するな。」
「会いたがってたよ」
ひろこはピリッとした顔をしたかと思うと俺を見てニコリと笑った。
風がなんでこんなに気持ちいいのだろう。ひろこも気持ちがよさそうに遠くを見つめていた。
これから家に帰ると毎日ひろこがいてビールが飲めて、まだ地に足が付いてなくて夢見心地だった。
本当にひろこは結婚してくれるのか?信じられなくて信じられなくて。
途中でやっぱりやめようって泣きながら言ってきたりしないか?
俺はそこが急に不安になった。
夜、マンションの隣のスタバでコーヒーを飲みに行った時、ひろこに言った。
「先にアッキーと遊井さんには言っておこうか。お互いの社長には4日の仕事初めの日の10時に言おう」
「分かった」
そうは言ってもひろこは不安気な顔をしていた。
結婚が災いしてファンが離れてひろこの番組も打ち切りになるかもしれない。CMの依頼だってこなくなるかもしれない。
でもこの結婚は世間から白い目に晒されるような不倫ではないし俺もひろこも犯罪なんて犯していない。
「俺とひろこの事だよ。」
普通の結婚なんだ、とひろこには思っていてほしかった。
「俺たち、悪い事なんてしてないんだから。」
マスク越しにひろこはうなずいた。
これからやらなきゃいけない事はあとふたつ。
ひろこが横にいるけど俺はものすごい勢いで考えていた。引越し、そしてひろこと入籍。
「3日、新年会行くんだよね?」
「うん。夕方に出るよ」
3日、お正月休みは最終日だ。
「3日の午前中に引っ越さないか?」
「え?」
ひろこは口をあけたままビックリして戸惑っていた。当たり前だろう。プロポーズしてその翌日には籍を入れようと焦る俺にどうかと思うけどもう止まる余地はなかった。
「早くない?入籍してからと思ってたんだけど。」
「俺引っ越し屋のバイトしてたから分かるんだよ。三ヶ日はバイト連中暇だからすぐ動いてくれるよ。ひろこそんなに荷物ないし、すぐ終わるよ。10人くらい引越し屋のお兄ちゃん呼べば2.3時間で終わるから」
俺はかなり強引だったけど、ひろこの肩を抱いてとりあえず引越しを促した。
もう今からでも役所に婚姻届を持って行きたいくらいの気持ちだった。
「春、そんなにわがままだったっけ?」
「早く新婚ごっこがしたいんだ。」
困った顔をしながらも、ひろこは笑っていた。
「俺のわがまま聞いてくれるんだから、ひろこも言いなよ。結婚式こうしたい、とか新婚旅行ここ行きたい、とかさ。」
両手に持っていたコーヒーを握り締めたまま、ひろこは俺に言った。
「結婚式はしなくていいよ。春のイメージがつくじゃない。会見もしなくていい。書面だけで。新婚旅行はいつか海外に行ければいい。」
俺は意外すぎるビジョンにビックリした。
なんとも淡々と。冷静なのか肝が座っているのか、はたまた興味がないのかは分からないけどこれが22歳の女のセリフとはとうてい思えなかった。
「ずいぶん欲のないひろこだね。わがままつきあってあげるのに」
多分きっと、これがひろこなんだと思った。
家に帰ってからひろこは遊井さんに電話をかけた。
かける時、神妙な顔をしてかすかに手が震えてるような気がした。
遊井さんはもう分かってる話だけど、本人から言われたらそれもまた実感が湧くんだろうなと思うと、遊井さんのあの涙を流した時の顔が浮かんだ。
ひろこが電話をしている間に俺は寝室に移動してアッキーにひとまず報告の電話をしたら無言だった。
『・・・』
「明日の朝、搬入準備して、ひろこはうちに引っ越してくるから。」
『・・・』
「アッキー、俺ひろことすぐ入籍するよ」
『・・・』
沈黙の後、受話器から涙をすする音がした。
「アッキー?泣いてんの?泣くなよ?」
『ごめん。俺、感無量で。そりゃこれからいろいろ不安な事あるけど、2人を間近でずっと見てきたからもう、おめでたいよ』
やる事早すぎ!のんびりでいいじゃないか!!まだクライアントにも言ってないよ!ひろこちゃんと相談したのか?!
いつものテンパるアッキーのもっとテンパってるバージョンに加えそんなセリフを想定して言いくるめるセリフばかり考えていたのに俺は意外なアッキーのリアクションに拍子抜けした。
『ひろこちゃんは?ひろこちゃんの方がこれからすごく大変だと思うぞ。』
アッキーは逆にひろこの方を気にしていた。
「ひろこが売れなくなったら、俺が食わせていけるし。でもそれ以前にひろこ人気はまだまだ継続すると思うんだ。俺の奥さんになる人だよ。安藤ひろこだよ?普通じゃないんだよ。」
アッキーは黙って聞いていた。
「アッキーにも、長い間色々迷惑かけたね。感謝してるよ。あと少しだから。」
『春、ラストランだな。』
俺は面倒みてくれる人がアッキーである事に感謝して電話を切った。
ひろこは遊井さんに報告をしたら割と円満だったと言ってたけど、電話が終わったあと涙目だったのを知っている。
0
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
マッサージ
えぼりゅういち
恋愛
いつからか疎遠になっていた女友達が、ある日突然僕の家にやってきた。
背中のマッサージをするように言われ、大人しく従うものの、しばらく見ないうちにすっかり成長していたからだに触れて、興奮が止まらなくなってしまう。
僕たちはただの友達……。そう思いながらも、彼女の身体の感触が、冷静になることを許さない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる