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ひろこのパズル
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新曲のPV撮りで俺たちはニューヨークへ飛んだ。
ひろこちゃんに電話した?
ひろこにお土産何買うの?
ひろこの番組はじまったぞ!
メンバーが言い出しそうなセリフは一言も聞こえなかった。
あの山ちゃんでさえもひろこの情報を何も口にしない。
普段ならネイルが変わった、とか前髪ちょっと短くなった、とか細かな事まで言うのに。
みんな知ってて言わない優しさなんだろう。
新曲は会いたいってフレーズがたくさん入っていた。
デビューしてから切ないラブソングを歌ってないね、という事でこの曲に決まったのは春先。
まだひろこが大阪にいたから切ないラブソングを歌う事に抵抗なんて全くなくて。
歌ったら本当にやりきれない気持ちになる。
『子供じみた俺の感情 分かってるよ
会いたい 会いたいよ けど別れよう
別れる勇気 サヨナラする勇気
もう必要でしょう』
勇気ってこんな時にも使うものなのか?聖司に聞こうかと思った。
みんなで街に繰り出した時、プラダの前を通った。
ひろこにプレゼントした赤い靴をマネキンが履いていた。
『すごいかわいー』
体育座りして赤い靴を履くひろこの写真を撮った時、最強に可愛いと思った。
あの連載の写真は次誰が撮るんだろう。
『他の人とこんなこと、しないでよ』
『しないよ。してないし。』
あの時の会話が鮮明に脳裏を霞む。
振り返ったらひろこがそこにいるんじゃないかと思った。
買い物して美味しいもの食べてイルミネーション見ても気のおける仲間もいるのに何しても気分は晴れない。
「あ、あ、春!」
ビールがなくなって隣の部屋のケンの元へ行ったら焦った顔をしていた。
「春!どうしたの?眠れないの?」
一緒に山ちゃんもいたけど、山ちゃんも慌てていた。
どうしたんだろうって思ったらベッドの上が散らかっていた。
よく見たらパズルだった。
「何これ?パズルやってるの?久々見た。」
ベッドに座ってパズルをはじめると2人は気まずそうに立っていた。
ピースをひとつ取ったら人の目だった。見たことある少し垂れた潤んだ瞳。
俺の好きな目だ。
すぐに分かった。
ひろこの写真のパズルだ。
「・・・」
「春、ビール飲もうか?さっきたくさん買ってきたんだよ。飲もうよ飲もうよ」
ケンが慌ててビールを持って来た。
「春の好きなハーゲンダッツもあるぞ?食べるか?」
山ちゃんも慌ただしく冷蔵庫へ走って行った。
俺は黙々とパズルをやった。赤いワンピースを着て頭から脚まで全身だった。
顔。
肩。
腕。
身体のライン。
さすがに分かってるだけあって早かった。
お腹部分のピースを拾った時、やや斜め向きで腹の薄さが妙に際立ってて俺はそれを手に持ったまま見つめていた。
あの薄い腹。
一瞬、妊娠しててくれって思う自分がいた。
「さすが!春、早いな。ひろこの身体あっという間にできたじゃん!俺こんな早くできなかったよ!」
「俺も俺も!全然できなかったよ!」
ケンも山ちゃんもすごい気を遣ってくれているのが分かった。
俺は出来上がったパズルの横に仰向けになって天井を見た。
妊娠、しててくれたら。
「春、ここにいたのか?」
アッキーが俺を探してたのかケンの部屋に入ってきた。
「あぁ。戻るよ」
アッキーと一緒にケンの部屋を出て、隣の自分の部屋に入ってテレビをつけた。
ソファーに座り、ぼんやりと聞いてても意味のわからない海外ニュースを見た。
「遊井さんから連絡あったんだよ。ひろこちゃん、仕事は順調みたいだから。また帰ってから2人でゆっくり話し合えばいいじゃないか」
気遣ってくれてる気持ちは痛いほど分かる。だけど本当に今はひろことの事を誰かに言われたくなかった。
「ひろこちゃんも、簡単に春の事忘れる訳ないよ。」
「うるさいよ!ひろこと俺の事じゃん。誰にも言われたくないんだよ」
気がついたら俺はアッキーにきつく当たっていた。
『もう帰国した?今夜一杯どおですか?』
剛くんから帰国した日にメールが届いた。
「春くーん!おかえり!!入って入って!」
ずっとまた呑もうね、なんてメールしてたけど、剛くんはちょうど今やってるドラマに来年の大河もあるとかで会えていなかった。
呑んで気軽に話せる。
それはメンバーもマネージャーもそういう関係だけど、音楽の事を持ち込まずに呑んで話すっていう男友達が多分初めてで、剛くんと呑みたいってずっと思っていたからすぐに会おうと思った。
ニューヨークで、アッキーに怒鳴ったりメンバーに気を遣わせていたのもあって剛くんに話したかったのかもしれない。
「え?なんで?別れたの?なんでよ」
剛くんは缶ビールを持ったまま俺を見つめて深刻な顔をしていた。
「プロポーズ、しちゃった。でもダメだったよ。」
「そりゃそうだよー春くん。今はお互い結婚できないよ。事務所なんてひろこちゃんSPLASH系でしょ?それは無理だよ。」
天下のSPLASH系のひろこの事務所。無関係の人だって分かる話しだ。
「・・ひろこ、モテるんだよね。いろんな所からひろこの事を好きになる男がいて。そのたびに焦ってさ。俺も気が気じゃなくてさ。うん。」
「付き合い続けて、事務所に了解とれる年頃まで待てばいいじゃない。みんなそんなかんじで結婚まで待つんだよ」
「違うんだよ。剛くん。もう待てないんだよ。好きすぎて、もうずっと自分もおかしくなってるの分かるんだよ。やたら焦るんだよ。他の人に取られるって。」
俺は置かれた缶ビールを開けてぐっと呑んだ。
剛くんは心配そうに俺を見ていた。
「スタッフの持ってたひろこの写真に一目惚れして好きになって想い続けて1年。付き合って2年。もうずっと俺おかしいんだよ。ワガママ言ったり人の迷惑考えなくなったり。人の言う事きかなくなったし。そんな自分と付き合うのも疲れたってのもあるよ」
「でもまだ好きなんでしょ?結婚したかったんでしょ?」
まだ、好き。
決まってる。
まだ好きだよ。
好きすぎるから困るんだ。
剛くんは立ち上がって棚から袋をだしてきた。
「みてこれ」
スマホくらいの大きさの缶にはひろこの写真と名前が入っていた。あのパズルの写真だった。
「これ、メンバーが持ってた。何なの?」
「ファンクラブ限定なんだよ。」
「え?剛くんファンクラブ入ってるの?」
剛くんはニヤニヤして頷いた。
「剛くん、このパズルちょうだいよ」
「ダメだよ。」
「菊田恵ちゃんがいるからいいじゃん」
「ダメ。ほら、春くんまだ好きなんじゃない。」
俺はパズルを缶からテーブルに出してかき混ぜた。
バラバラになったひろこでもすぐ分かる。
「春くん、よく分かるね。これ細かいのに。さすが分かってるね。」
ピースはどれをとっても愛しい気持ちがあふれてきて、すぐにひろこの身体が全部埋まった。
ひろこちゃんに電話した?
ひろこにお土産何買うの?
ひろこの番組はじまったぞ!
メンバーが言い出しそうなセリフは一言も聞こえなかった。
あの山ちゃんでさえもひろこの情報を何も口にしない。
普段ならネイルが変わった、とか前髪ちょっと短くなった、とか細かな事まで言うのに。
みんな知ってて言わない優しさなんだろう。
新曲は会いたいってフレーズがたくさん入っていた。
デビューしてから切ないラブソングを歌ってないね、という事でこの曲に決まったのは春先。
まだひろこが大阪にいたから切ないラブソングを歌う事に抵抗なんて全くなくて。
歌ったら本当にやりきれない気持ちになる。
『子供じみた俺の感情 分かってるよ
会いたい 会いたいよ けど別れよう
別れる勇気 サヨナラする勇気
もう必要でしょう』
勇気ってこんな時にも使うものなのか?聖司に聞こうかと思った。
みんなで街に繰り出した時、プラダの前を通った。
ひろこにプレゼントした赤い靴をマネキンが履いていた。
『すごいかわいー』
体育座りして赤い靴を履くひろこの写真を撮った時、最強に可愛いと思った。
あの連載の写真は次誰が撮るんだろう。
『他の人とこんなこと、しないでよ』
『しないよ。してないし。』
あの時の会話が鮮明に脳裏を霞む。
振り返ったらひろこがそこにいるんじゃないかと思った。
買い物して美味しいもの食べてイルミネーション見ても気のおける仲間もいるのに何しても気分は晴れない。
「あ、あ、春!」
ビールがなくなって隣の部屋のケンの元へ行ったら焦った顔をしていた。
「春!どうしたの?眠れないの?」
一緒に山ちゃんもいたけど、山ちゃんも慌てていた。
どうしたんだろうって思ったらベッドの上が散らかっていた。
よく見たらパズルだった。
「何これ?パズルやってるの?久々見た。」
ベッドに座ってパズルをはじめると2人は気まずそうに立っていた。
ピースをひとつ取ったら人の目だった。見たことある少し垂れた潤んだ瞳。
俺の好きな目だ。
すぐに分かった。
ひろこの写真のパズルだ。
「・・・」
「春、ビール飲もうか?さっきたくさん買ってきたんだよ。飲もうよ飲もうよ」
ケンが慌ててビールを持って来た。
「春の好きなハーゲンダッツもあるぞ?食べるか?」
山ちゃんも慌ただしく冷蔵庫へ走って行った。
俺は黙々とパズルをやった。赤いワンピースを着て頭から脚まで全身だった。
顔。
肩。
腕。
身体のライン。
さすがに分かってるだけあって早かった。
お腹部分のピースを拾った時、やや斜め向きで腹の薄さが妙に際立ってて俺はそれを手に持ったまま見つめていた。
あの薄い腹。
一瞬、妊娠しててくれって思う自分がいた。
「さすが!春、早いな。ひろこの身体あっという間にできたじゃん!俺こんな早くできなかったよ!」
「俺も俺も!全然できなかったよ!」
ケンも山ちゃんもすごい気を遣ってくれているのが分かった。
俺は出来上がったパズルの横に仰向けになって天井を見た。
妊娠、しててくれたら。
「春、ここにいたのか?」
アッキーが俺を探してたのかケンの部屋に入ってきた。
「あぁ。戻るよ」
アッキーと一緒にケンの部屋を出て、隣の自分の部屋に入ってテレビをつけた。
ソファーに座り、ぼんやりと聞いてても意味のわからない海外ニュースを見た。
「遊井さんから連絡あったんだよ。ひろこちゃん、仕事は順調みたいだから。また帰ってから2人でゆっくり話し合えばいいじゃないか」
気遣ってくれてる気持ちは痛いほど分かる。だけど本当に今はひろことの事を誰かに言われたくなかった。
「ひろこちゃんも、簡単に春の事忘れる訳ないよ。」
「うるさいよ!ひろこと俺の事じゃん。誰にも言われたくないんだよ」
気がついたら俺はアッキーにきつく当たっていた。
『もう帰国した?今夜一杯どおですか?』
剛くんから帰国した日にメールが届いた。
「春くーん!おかえり!!入って入って!」
ずっとまた呑もうね、なんてメールしてたけど、剛くんはちょうど今やってるドラマに来年の大河もあるとかで会えていなかった。
呑んで気軽に話せる。
それはメンバーもマネージャーもそういう関係だけど、音楽の事を持ち込まずに呑んで話すっていう男友達が多分初めてで、剛くんと呑みたいってずっと思っていたからすぐに会おうと思った。
ニューヨークで、アッキーに怒鳴ったりメンバーに気を遣わせていたのもあって剛くんに話したかったのかもしれない。
「え?なんで?別れたの?なんでよ」
剛くんは缶ビールを持ったまま俺を見つめて深刻な顔をしていた。
「プロポーズ、しちゃった。でもダメだったよ。」
「そりゃそうだよー春くん。今はお互い結婚できないよ。事務所なんてひろこちゃんSPLASH系でしょ?それは無理だよ。」
天下のSPLASH系のひろこの事務所。無関係の人だって分かる話しだ。
「・・ひろこ、モテるんだよね。いろんな所からひろこの事を好きになる男がいて。そのたびに焦ってさ。俺も気が気じゃなくてさ。うん。」
「付き合い続けて、事務所に了解とれる年頃まで待てばいいじゃない。みんなそんなかんじで結婚まで待つんだよ」
「違うんだよ。剛くん。もう待てないんだよ。好きすぎて、もうずっと自分もおかしくなってるの分かるんだよ。やたら焦るんだよ。他の人に取られるって。」
俺は置かれた缶ビールを開けてぐっと呑んだ。
剛くんは心配そうに俺を見ていた。
「スタッフの持ってたひろこの写真に一目惚れして好きになって想い続けて1年。付き合って2年。もうずっと俺おかしいんだよ。ワガママ言ったり人の迷惑考えなくなったり。人の言う事きかなくなったし。そんな自分と付き合うのも疲れたってのもあるよ」
「でもまだ好きなんでしょ?結婚したかったんでしょ?」
まだ、好き。
決まってる。
まだ好きだよ。
好きすぎるから困るんだ。
剛くんは立ち上がって棚から袋をだしてきた。
「みてこれ」
スマホくらいの大きさの缶にはひろこの写真と名前が入っていた。あのパズルの写真だった。
「これ、メンバーが持ってた。何なの?」
「ファンクラブ限定なんだよ。」
「え?剛くんファンクラブ入ってるの?」
剛くんはニヤニヤして頷いた。
「剛くん、このパズルちょうだいよ」
「ダメだよ。」
「菊田恵ちゃんがいるからいいじゃん」
「ダメ。ほら、春くんまだ好きなんじゃない。」
俺はパズルを缶からテーブルに出してかき混ぜた。
バラバラになったひろこでもすぐ分かる。
「春くん、よく分かるね。これ細かいのに。さすが分かってるね。」
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