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願い事
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「この電話、スピーカーにしてるからみんなに聞こえてるから。いつもみたく愛してるとか恥ずかしいから言わないで。」
『そんな、1回も言ったことないじゃない。』
その場にいた全員が笑っていた。
ついに明日からの大阪入りを前に、俺はもうテンションは最高潮だった。
「アイスクリームのサンドイッチが食べたいよ。ひろこ、お願いだからあれ買って来て」
『あの心斎橋のとこのでしょ?』
「はじめてひろこのうち泊まった時に食べてから忘れられないんだよ。」
『スタッフ、全員何人いるの?クーラーボックスでも持って行こうかな』
それを聞いて隣から優希が会話に入ってきた。
「僕といがちゃんも行くよ!」
『ゆうき?』
「うん!大阪入りした日にベース専門店のオープニングイベントに呼ばれてるの。終わったら買って一緒に大阪ドーム行こうよ!」
やっとひろこに会える。
最後に会った沖縄以来、また5ヶ月ぶりだ。
会えない事に慣れた訳ではない。ずっと会いたかった。
その間、世間を見るとひろこの人気が確立されてきているのが手に取るように分かってきていた。
特に女性ファンが増えた気がする。
ハワイで買ったひろこが気に入ってよく着ていたmiumiuの赤いセットアップが完売してると聞いた。
それを聞きつけて似たような色とデザインで別のメーカーは売り出す。それも完売。
週刊誌は相変わらずひろこが表紙だと売れる。
『安藤ひろこと絡むと曲が売れる』
そんな逸話もあった。
SOULとキルズアウトで3位内に位置ずいた時だった。
ひろこの連載もスタートした。
雑誌『camera』だ。
俺が撮影したひろこの笑顔の写真と文章が掲載されていた。
『安藤ひろこ 約束』
というタイトルだった。
読むと人との約束を守りたい心の内が書いてあって、俺との約束を守ってくれているんだな、と名前こそでないけど俺はそれを何度も読んだりしていた。
「遊井さんはすごい戦略家だから。」
アッキーはやたらと遊井さんの話をする。仲良いの?どこかで会ったりしてるの?と聞いても立ち話程度とは言うけれど、多分コソコソ2人で会っては飲んだりしてるんだな、なんて思っていた。アッキーだって一応敏腕マネージャーに入る訳であり、あの遊井さんだってひろこと俺の近況や状況だって知っておきたいハズだ。
「ひろこって遊井さんに俺との事、普段どこまで話してるの?」
一度気になって聞いた事がある。
「明日会うんだーとかはたまに話すくらいかな。たとえばこんな事あった、とかどこどこ行ったとか詳細は話さないよ。」
ひろこは割と話さない方なんだなと思っていた。
「なんで?」
「いや、遊井さんと俺との夜の話とかしてんのかなって」
「する訳ないでしょ!遊井さんに?!きもーーい!!」
俺も同じで詳細は話さない。多分どんな事してるのかマネージャー2人で気になって共有しているのだろう。
『大阪着いたよ』
『午後、ゆうきと五十嵐さんと行くね』
ひろことメールして大阪ドームに入った。
観客のいないドームは会場のセッティングで忙しく大勢のスタッフが準備に動いていた。
俺はドーム内のスタンド席に座って準備しているステージを見つめていた。
頬に当たる風が心地よかった。
もう6月。
あっという間だ。
8月にひろこは22歳になってまもなく付き合い出して3年目に突入する。
この1年は会えないばかりでろくに恋人らしい事もできてない気がした。
普通じゃない恋愛は本当に普通じゃない。
沖縄の、別れ際のひろこの顔がチラついた。
でも、今この状況で会えないからこそ必死に繋いできた見えない手にひろこも分かってくれていたと思っている。
毎日0時の電話だけは守っていた。
どんなに眠くても具合が悪くても泥酔いしてても現場にいても電話だけは必ずかけた。
ひろこは強い。
多分、男の俺より強い。
地道に大阪で仕事をこなして地位を確立してきている。
そして会えない俺に文句も言わないどころか会いたいなんて言わない。
強くならなくていいよ、泣いていいよ、なんて言っても絶対泣かないだろう。
俺に不安を抱いたあの鶴橋で1回こっきり泣いただけ。
あの涙は、恋するからこその不安の涙なんだ、と思うとそれがやたら可愛くて可愛いくてしょうがなかった。
ひろこと知り合ったあの夏の終わりから、間もなく3度目の夏がくる。
ドーム内を眺めていたら遠く、鮮やかなブルーの蝶々が飛んでいた。
キレイな色で目を奪われた。
なんでこんなところにいるんだろうと思ったけど、その色がキレイで優雅に飛ぶ様を見つめていた。
「春ー!これ、ステージの方持ってって。邪魔だって。」
スタンドの下を見ると音響スタッフが優希のスケボーを持っていた。
「今行くよ」
階段を降りて空を見上げるともう蝶々はいなかった。
スケボーに乗ってステージ裏に持って行こうと走っていると携帯の着信が鳴った。
遊井さんだった。
連絡先の交換はしたけど、かかってきたのは初めてでびっくりして、ひろこに何かあったんじゃないかと携帯を持つ手が焦っていた。
「はい!もしもし」
『春くん?遊井です。いま大丈夫?』
急いで飛び降りた反動でスケボーはずっと先の方に音を立てて走って行ってしまった。
『ひろこに連絡とりたいのに、電話でなくてさ。』
「何かありましたか?」
「東京で、秋からひろこの仕事が決まってもうこっちに戻れるよ」
「・・・」
「8月末には引越すから。春くんからひろこに伝えてあげてよ」
「・・・遊井さん、それ本当?」
その瞬間やったー!とガッツポーズをした。
ついにこの時が来たんだと思った。
「そんな大事な事は遊井さんの口から言ってください。今からドームに来るので、来たら遊井さんに一度電話しますから。」
電話を切った後も俺はまだ信じられなかった。
ひろこはやっと東京に戻れるんだ。
「ええええー!マジ?ひろこ東京戻るの?」
「せっかくだから、サプライズで1曲お祝いしようか?!」
すぐさまケンと聖司に言ったら2人も一緒に大喜びだった。
「歌、Venusにする?マリアにする?」
「Venusのがいいか?」
「よし!じゃあ心を込めて歌うぞ。祝杯だからな。」
自分の彼女なのに周りも喜んでくれる。それがすごく自然な事になっていた。
何も知らないひろこと優希と五十嵐がドームに入ってきたのは無線で聞いた。
「よし、春くるぞ!」
聖司の声にステージと対照になる入口を見た。
豆粒にしか見えないひろこと優希と五十嵐がいた。
「東京にようこそー!」
俺はすぐ遊井さんに電話をした。
「はい!お願いしまーす!」
すぐに電話を切ると遠くでひろこが携帯で話しているのが見えた。電話を聞いたらしゃがみこんでいた。
それを優希と五十嵐が支えていた。
聖司がドラムを叩いた。
始まるイントロに俺はリズムをとるけど、ひろことの東京の生活を思い描いて歌詞なんてすっかり飛んでいった。
「ごめんごめん。あれなんだっけはじめ?忘れちゃった」
ケンが俺の頭を叩いて笑っていた。
再度演奏がはじまってノリのいいカッコいい音がケンのギターから始まる。
ひろこに捧げる歌。
東京でのひろことの生活に夢を描きながら俺はライブよりも心を込めて愛を込めて歌った。
『そんな、1回も言ったことないじゃない。』
その場にいた全員が笑っていた。
ついに明日からの大阪入りを前に、俺はもうテンションは最高潮だった。
「アイスクリームのサンドイッチが食べたいよ。ひろこ、お願いだからあれ買って来て」
『あの心斎橋のとこのでしょ?』
「はじめてひろこのうち泊まった時に食べてから忘れられないんだよ。」
『スタッフ、全員何人いるの?クーラーボックスでも持って行こうかな』
それを聞いて隣から優希が会話に入ってきた。
「僕といがちゃんも行くよ!」
『ゆうき?』
「うん!大阪入りした日にベース専門店のオープニングイベントに呼ばれてるの。終わったら買って一緒に大阪ドーム行こうよ!」
やっとひろこに会える。
最後に会った沖縄以来、また5ヶ月ぶりだ。
会えない事に慣れた訳ではない。ずっと会いたかった。
その間、世間を見るとひろこの人気が確立されてきているのが手に取るように分かってきていた。
特に女性ファンが増えた気がする。
ハワイで買ったひろこが気に入ってよく着ていたmiumiuの赤いセットアップが完売してると聞いた。
それを聞きつけて似たような色とデザインで別のメーカーは売り出す。それも完売。
週刊誌は相変わらずひろこが表紙だと売れる。
『安藤ひろこと絡むと曲が売れる』
そんな逸話もあった。
SOULとキルズアウトで3位内に位置ずいた時だった。
ひろこの連載もスタートした。
雑誌『camera』だ。
俺が撮影したひろこの笑顔の写真と文章が掲載されていた。
『安藤ひろこ 約束』
というタイトルだった。
読むと人との約束を守りたい心の内が書いてあって、俺との約束を守ってくれているんだな、と名前こそでないけど俺はそれを何度も読んだりしていた。
「遊井さんはすごい戦略家だから。」
アッキーはやたらと遊井さんの話をする。仲良いの?どこかで会ったりしてるの?と聞いても立ち話程度とは言うけれど、多分コソコソ2人で会っては飲んだりしてるんだな、なんて思っていた。アッキーだって一応敏腕マネージャーに入る訳であり、あの遊井さんだってひろこと俺の近況や状況だって知っておきたいハズだ。
「ひろこって遊井さんに俺との事、普段どこまで話してるの?」
一度気になって聞いた事がある。
「明日会うんだーとかはたまに話すくらいかな。たとえばこんな事あった、とかどこどこ行ったとか詳細は話さないよ。」
ひろこは割と話さない方なんだなと思っていた。
「なんで?」
「いや、遊井さんと俺との夜の話とかしてんのかなって」
「する訳ないでしょ!遊井さんに?!きもーーい!!」
俺も同じで詳細は話さない。多分どんな事してるのかマネージャー2人で気になって共有しているのだろう。
『大阪着いたよ』
『午後、ゆうきと五十嵐さんと行くね』
ひろことメールして大阪ドームに入った。
観客のいないドームは会場のセッティングで忙しく大勢のスタッフが準備に動いていた。
俺はドーム内のスタンド席に座って準備しているステージを見つめていた。
頬に当たる風が心地よかった。
もう6月。
あっという間だ。
8月にひろこは22歳になってまもなく付き合い出して3年目に突入する。
この1年は会えないばかりでろくに恋人らしい事もできてない気がした。
普通じゃない恋愛は本当に普通じゃない。
沖縄の、別れ際のひろこの顔がチラついた。
でも、今この状況で会えないからこそ必死に繋いできた見えない手にひろこも分かってくれていたと思っている。
毎日0時の電話だけは守っていた。
どんなに眠くても具合が悪くても泥酔いしてても現場にいても電話だけは必ずかけた。
ひろこは強い。
多分、男の俺より強い。
地道に大阪で仕事をこなして地位を確立してきている。
そして会えない俺に文句も言わないどころか会いたいなんて言わない。
強くならなくていいよ、泣いていいよ、なんて言っても絶対泣かないだろう。
俺に不安を抱いたあの鶴橋で1回こっきり泣いただけ。
あの涙は、恋するからこその不安の涙なんだ、と思うとそれがやたら可愛くて可愛いくてしょうがなかった。
ひろこと知り合ったあの夏の終わりから、間もなく3度目の夏がくる。
ドーム内を眺めていたら遠く、鮮やかなブルーの蝶々が飛んでいた。
キレイな色で目を奪われた。
なんでこんなところにいるんだろうと思ったけど、その色がキレイで優雅に飛ぶ様を見つめていた。
「春ー!これ、ステージの方持ってって。邪魔だって。」
スタンドの下を見ると音響スタッフが優希のスケボーを持っていた。
「今行くよ」
階段を降りて空を見上げるともう蝶々はいなかった。
スケボーに乗ってステージ裏に持って行こうと走っていると携帯の着信が鳴った。
遊井さんだった。
連絡先の交換はしたけど、かかってきたのは初めてでびっくりして、ひろこに何かあったんじゃないかと携帯を持つ手が焦っていた。
「はい!もしもし」
『春くん?遊井です。いま大丈夫?』
急いで飛び降りた反動でスケボーはずっと先の方に音を立てて走って行ってしまった。
『ひろこに連絡とりたいのに、電話でなくてさ。』
「何かありましたか?」
「東京で、秋からひろこの仕事が決まってもうこっちに戻れるよ」
「・・・」
「8月末には引越すから。春くんからひろこに伝えてあげてよ」
「・・・遊井さん、それ本当?」
その瞬間やったー!とガッツポーズをした。
ついにこの時が来たんだと思った。
「そんな大事な事は遊井さんの口から言ってください。今からドームに来るので、来たら遊井さんに一度電話しますから。」
電話を切った後も俺はまだ信じられなかった。
ひろこはやっと東京に戻れるんだ。
「ええええー!マジ?ひろこ東京戻るの?」
「せっかくだから、サプライズで1曲お祝いしようか?!」
すぐさまケンと聖司に言ったら2人も一緒に大喜びだった。
「歌、Venusにする?マリアにする?」
「Venusのがいいか?」
「よし!じゃあ心を込めて歌うぞ。祝杯だからな。」
自分の彼女なのに周りも喜んでくれる。それがすごく自然な事になっていた。
何も知らないひろこと優希と五十嵐がドームに入ってきたのは無線で聞いた。
「よし、春くるぞ!」
聖司の声にステージと対照になる入口を見た。
豆粒にしか見えないひろこと優希と五十嵐がいた。
「東京にようこそー!」
俺はすぐ遊井さんに電話をした。
「はい!お願いしまーす!」
すぐに電話を切ると遠くでひろこが携帯で話しているのが見えた。電話を聞いたらしゃがみこんでいた。
それを優希と五十嵐が支えていた。
聖司がドラムを叩いた。
始まるイントロに俺はリズムをとるけど、ひろことの東京の生活を思い描いて歌詞なんてすっかり飛んでいった。
「ごめんごめん。あれなんだっけはじめ?忘れちゃった」
ケンが俺の頭を叩いて笑っていた。
再度演奏がはじまってノリのいいカッコいい音がケンのギターから始まる。
ひろこに捧げる歌。
東京でのひろことの生活に夢を描きながら俺はライブよりも心を込めて愛を込めて歌った。
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