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会いたい

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今までたくさんの女と付き合ってきたかもしれない。

セックスが好きな女もいたしエロいセックスもたくさんした事もある。
でもそんな過去の記憶が一気に吹っ飛ぶような感覚だった。
いや、もう飛んでった。

抱いたら、もう抜け出せない薬物中毒者のごとく彼女の事しか考えられなくなっていた。

「大阪に来た時はまたよろしくお願いします」

大阪放送へ行きメンバーとスタッフで関係各所に挨拶廻りをした。

俺は安藤ひろことの一夜の事が頭から離れなくてぼんやりとしていた。

「安藤さん早く早く!」

収録の合間なのか走って女性スタッフと安藤ひろこが部屋に入ってきた。

「お待たせしましたー!安藤さんですー」

胸元のがっつり開いたワンピースにお団子頭。
俺はぼんやりとしてたのに彼女を見た途端瞳孔が開いた。

「安藤さん、会えて本当に嬉しいです!これ、サイン頂けますか?」

みんなが大笑いの中、山ちゃんが安藤ひろこの写真集を持ってサインをお願いしていた。

「あ、はい。」

山ちゃんと握手した姿を見ただけで、あの手が、山ちゃんと握手してるあの右手で俺の背中に爪を立ててたんだよなと回想が始まった。
フラッシュバックのように思い出されて、いてもたってもいられなかった。今握手してる山ちゃんをうらやましく思っている。うらやましいどころじゃない。山ちゃん、彼女に触らないでくれと思っている。

彼女は俺と目があったと思ったがすぐそらした。
どことなく困っていそうな目。

華奢な身体からは細い腕が目立った。なのに目立つ胸の膨らみ。ドレスだからこそ隠れているけどあの薄っぺらい腹。

あの子を、あの身体を朝方抱いたんだ。
俺は信じられなかった。

「SEIJIとHARUがひろこちゃんの胸見て喜んでるぞー」

スタッフの冷やかしにみんな笑うけど俺と安藤ひろこだけ笑っていなかった。


「本当にお世話になりました。また、大阪来た時はよろしく」

「こちらこそ、またお越しくださいね。」
丁重な挨拶を交わし、ゾロゾロと一行は部屋を出るところだった。

「早めに出て。車もう来てるから。」

アッキーの言葉に部屋を出るとき俺は下を向いて立っていた彼女に朝方忘れて行ったホテルのプールの会員カードを渡さなきゃとポケットから取り出してみんなより最後を歩いた。

「忘れ物」

彼女の右肩に背後からカードでそっと叩いた。

正面向かってしっかりとは渡せなかった。みんなが見ているからだ。
肩の感触に気付いたのか、彼女は振り返って俺と目が合った。潤んだ瞳はビックリしているハズなのに、どこか寂しげに垂れていた。

「・・ありがとう」

もっと言わなきゃいけないことがあるのに仕事の一環というのがすごく情けないけど、スタッフに誘導されてあっさり局をでた。

東京行きの新幹線に乗り窓の外をぼんやりと眺めていた。

なんで俺と一晩付き合ってくれたんだろう。
いつも誘われると断れない性格なのか。
それとも俺なら抱かれてもいいと思ったのか。いや、そんな理屈云々よりも大好きな人に出会えてとんとん拍子の展開に酔いしれてるだけなんだ。

今自分はここにいるけど、まだ会いたいんだ。
あの瞳も柔らかい唇もあどけない表情もまだ足りない。
もっと彼女の事が知りたい。

ふと、節目がちな色っぽい顔が脳裏を霞んだ。

いい女、可愛い女なんてこの世に探せばいくらでもいるかもしれない。けど違う。似てる人とかじゃなくて、そうじゃなくて。そっくりさん、でも違う。ふとした表情とか言葉を発する時の、、
俺の頭の中は永遠に彼女の事を考えているだけだった。

彼女に会いたい。ただそれだけだ。


「春!東京着いたぞ!」

隣のケンに肩を揺すぶられてハッと気づくと新幹線は止まっていた。
ビールを気がついたらずっと持っていて手が感覚がないくらい冷えている。俺はその痛みも感じなかった。


東京駅に降りるとこのまま各マネージャー送りのもとバラけようかとアッキーが言い出した。

「アッキー、今日から3日は休めるんだよね?」
「おう。仕事入るかもしれないけどひとまず3日は休もうな!」

3日休める。じゃあ3日丸々安藤ひろこといよう。
俺はそのまま無言で改札へ向かい大阪行きの新幹線の切符を買った。

「おい!春!!」

アッキーの声が聞こえたけどダッシュして改札に入ってのぞみに乗り込んだ。
荷物もなく、挨拶周りで着させられたスーツにマスクのまま。

大阪に着いたのは夜の10時を過ぎていた。彼女のマンションへタクシーで向かって部屋番号なんて分からないから辺りを探してからにしようと思った。

マンションの裏手の堂島川の辺りを探したけど彼女はいなかった。

彼女のいつも行く所なんて全く分からない訳で俺は部屋に落ちていたロイヤルの会員制プールを思い出してホテルへと向かってみた。

ホテルの15階の会員制プールに行くと非常灯だけが灯りフロアは真っ暗だった。プールの塩素の香りが真っ暗の中に特に際立っている。そんな中closeと書かれた看板が物寂しそうに下がっていた。

もう家に帰っているかもしれない。優希から彼女の連絡先を聞いて電話をかけてみて、もう一度マンションに行こうと思った。

エレベーターに向かうと閉まっているハズなのにプールの水音が聞こえた。まさか、とは思った。
まさかプールにいるわけはない。けど入口にスタッフもいないのでそっと中に入った。

やっぱり非常灯しかついてない暗い更衣室とスパを抜けると月明かりだけのプールに泳ぐ人がいた。
月が照らし水面が反射して呼応するかのように水を足で弾く音はプールに余計共鳴していた。

立ち上がって俺の人影を見つけたのかプールの中から振り返ると俺を見てびっくりしたのか目が動かなくなった。
俺もびっくりした。

安藤ひろこだった。

「ここにいたの?」

プールサイドを歩いて彼女の近くまで行った。彼女は俺を見てビックリしたのか黙って俺を見つめていた。

「探したよ」

月明かりだけのプールは光がぼんやりと美しく彼女に当たって光を微かに受ける水面と妖艶な雰囲気になる。静まり返るプールは俺の声と靴音がやたらと響いていた。

「どうして?どうしてここにいるのよ!」

イルカの鳴き声に聞こえるくらいプールに彼女の声が響いた。
鳴いているみたいだった。

目の前に、安藤ひろこがいる。

俺はプールに飛び込んだ。
ザバンという水音がやっぱりプールによく響いて、月明かりが気持ちいい。

ゆっくりゆっくり体にあたるプールの水を掻き分けて彼女の前まで行った。

ずっと俺の目から逸らさない視線。
視線の奥には俺がいるんだろう。
彼女の前まで行くともう目が離せなかった。

濡れた髪も濡れた顔も本当にイルカみたいでしばらく見とれていた。潤んだ瞳はずっと見ていたくて、自分だけをもうずっと見ていてほしくて。
言葉にはできないようなたまらない気持ちだった。恋した愛した好き大好きとかそんな言葉じゃなくて。


「・・わたしの名前、知ってる?」


名前なんて何度心の中で叫んだことだろう。どれだけ君を想って歌い続けたことだろう。


「あんどう ひろこ」


TVの収録よりライブより偉い人の前で歌うときよりも、とびきりの声を使って言った。

潤んだ瞳を見ていたら自分の中から今まで経験した事もないような苦しいくらいの愛しい気持ちがこみ上げてきた。

そのままキスをした。



ずっとずっと安藤ひろこに会いたかったんだ。




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