ユグドラシルの梢

壱宮凪

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観測者

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 十歳当時、葵が一度目の異世界から脱出できたのは奇跡のような偶然だった。
 あわや巨大な女王蜘蛛の供物として食べられる寸前、足をもつれさせて転がるようにつまづくと、身体はそのまま時空のひずみへ落ちて、永遠の玉つき遊びが繰り返される白樹の世界へ戻って来た。
「旅はどうだった?」
 しわがれた声が言った。
 落雷の様な激しく鼓動に内側から爆発するような恐怖を抱いていた葵は、大粒の汗を滴らせながら声の方を振りあおぐ。白い樹の根元にいたのはいつかあった少年ではなく、白髪の頭、聡明な面差しに皺刻んだ古木を思わせる老人だった。
「く……蜘蛛は?」 
「お前がいたのは、あそこだ」
 老人が白い樹にたわわに実るザクロのウチの一つを指した。
 赤黒く光るザクロ。先程まで彼女を捕食しようとしていた蜘蛛達の目にそっくりの澱み。
「なんで……どうして、あそこは何?」
 震えが全身に走り、感情がようやく戻って来た目尻に涙が浮かぶ。
 ふと、葵は老人が蜘蛛の世界へ落ちる前に出会った少年とよく似ている事に気が付いた。
「あなたは……誰なんですか?」
 

 そのあとは、目の前が真っ白になって、気が付けば学校でハイキングに来ていた山の中にいた。

 質問の答えはいまも得られないまま――

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