ユグドラシルの梢

壱宮凪

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ハイキング

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 熱帯雨林の中を進む行軍は短路といえ快適とは程遠い。
 草を掻き分け木の根に躓き、柔らかな土に足をとられながら進まなくてはならないのだ。
 
 石板を掘り当てた若いNGO職員とコンゴ人ガイド、そしてボディーガードと共に、隊列を組み、葵は軽やかな足取りでジャングルを進んでいると、口笛とからかいの声が上がった。

「すごいな女ニンジャだ。鬱陶しいジャングルにようやく来たオアシスをエスコートしようと思ったけど、キミってそういう楽しみは味合わせてくれないんだな」

 レナート・カルバドスだ。
 マルミミゾウと共に出会った傭兵は、悪路を葵以上に軽々と歩いている。

「カワイ子ちゃん、ハイヒールを履かない? あとはミニスカート、バッチリ似合うと思うよ。だってほら、そうしないとキミのお連れと男共の言い訳ができないだろう?」

 カルバドスの軽口にもう一人の黒人傭兵と若いNGO職員男性、現地ガイドが揃って噴き出し肩を陽気に揺らした。原生林の草木に足を取られ、すでに息が上がって遅れをとっていた同じ研究室の男性たちが、ムッとして葵を睨んだのがわかった。

「先を歩いて、先導してカルバドス」
「オッケー、スターバックスを見つけたらすぐ報せる。なぁにフラペチーノくらいならゆっくり飲めるさ、なんてったってアイツらホント、ノロマ……じゃなくて文明人の歩みってヤツだしな」

 カルバドスが大袈裟に嘆くと、黒人傭兵と現地ガイドが我慢できないとゲラゲラ笑った、若いNGO職員は声こそ出さなかったが、顔がニヤけるのを隠せていなかった。

「ふざけていないで真面目に仕事をして」
「俺とカフェは嫌? なぁ、おいおい! もしかしてフラれちまった? あの連中、カタツムリよりは速い連中のほうがもしかしてお気に入り?」
「やめて! ねえ、ちょっともう! なんなのアナタたち! 笑わな……」
「高坂! 遊びじゃないんだぞ! しっかり先導しろ!!」

 葵たちのだいぶ後ろから、助教の東尾の日本語での怒鳴り声がして傭兵と現地ガイドは更に爆笑した。

 
「先生、あの小娘なんで研究室に入れたんですか」

 ジャングル奥地で湧いた低俗な爆笑をする不完全教育の成れの果て達と仲良くする若い女を、汗だくで睨みつけながら東尾助教は、自分の後ろを年の割には軽やかにジャングルを進む教授に、とうとう半年前からくすぶり続け、今や爆発寸前の不安を吐露した。

「高坂は考古学を勘違いしている、冒険じゃないんですよ。あのガキはそれがわかってな……」
「東尾くん、僕からしたらキミも充分若造だよ」

 教授は直弟子をやんわりと窘めたが、それは東尾の機嫌を益々悪くするだけだった。

「若いのに目をかけるのはいいんです、でも特別扱いしすぎじゃないですか? 他の研究員も不満に思っています」
「主に君を筆頭に、ってことかな?」

 柔和に核心を突かれ東尾は一瞬言葉に詰まったが、冬の凍えた日本とは違う熱帯雨林の暑さが彼に力を与えた。東尾の前方、葵たちには遅れているが重たい荷物を運び、時差と寒暖差に耐えながらこの発掘調査に付いてきている数名の研究員達を一瞥する。

 本来なら、先頭を行くのはあの中の誰かであった筈なのだ。

「フィールドワークを惜しまない先生の研究室に入りたかった学生は他にもいたんですよ、ご友人の娘だからって特別扱いには正直驚いています、先生がそういうことをなさるなんて」
「彼女は一人で私に会いに来た、十年前だよ」
 穏やかに、しかしはっきりと北里は弟子に言った。前方で上がった笑い声に、うるさいと葵が怒った声が重なった。

「葵くんが十六歳の頃だ。彼女を研究室迎える事はその時からの約束だった」
「そんなの、聞いたことも」
「言っていないからね」

 一行の隊列の進みが緩やかになって前方が詰まった、何事かと東尾は先頭集団にいるはずの葵を怒鳴りつける。

「休んでるんじゃないだろうな?!」
「大丈夫です、なんでもありません。転んだだけです!」
「真面目にやらないと日本に送り返すぞ!!!」

 「すみません」という声が返ってきて、一行の歩む速度がもとに戻った。

「とにかく、高坂は調子に乗りすぎです。誰とはいいませんが、先生の愛人じゃないかって噂している人間だっていっ……おわっ!?」
「東尾くん、キミは歩くか喋るかどちらかにしたほうがいい」


 北里研究室助教の東尾が躓いたのは、草木生い茂る大地から不自然に顔を出す、丸みを帯びたサッカーボール程の大きさの石。

 先頭を歩く葵が見つけ、存在を黙って飲み込んだ石だった。

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