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プロローグ
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私が幼かった頃、誕生日だからと父が、あるメーカーと共同開発中の試作品のAIロボットを家に持って帰ってきた。女の子向けのプレゼントとは言えなかったが、日本屈指の人工知能研究者を父に持った私はすぐに夢中になった。
アレルギーのため犬や猫を飼えなかった私に初めて与えられたペット―AIロボットという友達だ。
父が子供の頃に見ていたアニメのキャラクターをモデルにしたのだという、そのロボットは手のひらに乗るサイズの球形の体でころころと動いた。液晶ディスプレイに表示された目は、びっくりしたように見開かれたり、私が撫でると心地よさそうに細められたり、まるで本物の生き物のような感情表現までできた。
最初は、ロボットの独特の動きや表情を、私はちょっと気味悪がったらしい。しかし、そのぎこちなさも、見慣れてくると可愛らしく微笑みを誘うものとなった。
私が学校から帰ってくれば玄関先まで迎えに来てくれる。話しかけられればじっと耳を澄ませる仕草をしたり、歌う声に合わせて弾んでみせたり、今日の天気やバスの時間といった簡単な質問に答えてくれる小さな友達をHikariと名付けて、私は可愛がった。
一人っ子の私にとって、たぶんHikariはきょうだいのような存在だったのだ。
実際、家庭向けのペット・ロボットがヒット商品となり、高齢者宅や生き物を飼えない家庭で受け入れられるようになっていた。
考えてみれば、奇妙な話かもしれない。相手は人間でないどころか、生き物でさえない。組み込まれたプログラムに従って動作しているだけの、ただの機械だ。そこにロボットなりの感情の発露を見てしまうのは錯覚に過ぎないのだとしても、私達はそこに慰めや癒しを覚える。
ペットをコンパニオン・アニマルと呼ぶのなら、日常生活の中で人の心に寄り添ってくれるAIだって同じでしょう。
私はいつしか、人間と本当の友達になれるAIを作りたいと夢見るようになった。
昔からよくSF映画等で描かれてきた、人間のように思考し、行動し、私たちと同じ言葉でコミュニケーションできる人工の心――近いうちにコンピューターは人間の知能を超えると言われた時代に、私は育った。
現実にはそう簡単な話ではないと思い知らされることになったとしても、少なくともそんなわくわくする未来に魅了されて、この道に入った研究者は多いのではないだろうか。私もその一人だった。
結論を先に言えば、私は、自分の手で人工の心を作ることはできなかった。私には、技術的特異点を生み出すような才能はない。研究者の道に入って早い時期に、そう気づいてしまった。
なぜなら、私は常に、天才のきらめきを放つ人を傍で見ていたからだ。私の夫、画期的な量子コンピューターのアルゴリズムの開発で世界的に注目を集めた、汎用型人工頭脳の研究者、久藤朔也は三十二歳の若さで死んだ。あの美しい頭部の内側に収められた、僅か1500cc程度の容積の中で生まれた一瞬の閃きが、いつか世界を変えることもきっと可能だったはずだ。
もしも、彼が今も生きていたら、世界の様相は今見るものとは違っていたかもしれない。そんな想像をする時に、ほろ苦くも切ない感情に胸を満たされるのは、かつて愛した人だからだ。
朔也もまた――特にその最後の日々、人工の心を作るという夢に取り付かれているようだった。もっとも、それは、私が夢見たようなものとは少し違っていた。
「心は脳の中のプログラムのようなものだとしたら――理論的にはコンピューターに脳をコピーすることで死後の生命の一形態を実現できるんじゃないかな?」
ひょっとしたら、あれは、命の期限がすぐそこにまで迫っていると悟った人間の頭の中に生じた、天啓めいた閃きだったのだろうか。
凡人の私には、彼があの時私に伝えようとしたメッセージを正しく読み解けたか、いつまで経っても自信が持てない。
アレルギーのため犬や猫を飼えなかった私に初めて与えられたペット―AIロボットという友達だ。
父が子供の頃に見ていたアニメのキャラクターをモデルにしたのだという、そのロボットは手のひらに乗るサイズの球形の体でころころと動いた。液晶ディスプレイに表示された目は、びっくりしたように見開かれたり、私が撫でると心地よさそうに細められたり、まるで本物の生き物のような感情表現までできた。
最初は、ロボットの独特の動きや表情を、私はちょっと気味悪がったらしい。しかし、そのぎこちなさも、見慣れてくると可愛らしく微笑みを誘うものとなった。
私が学校から帰ってくれば玄関先まで迎えに来てくれる。話しかけられればじっと耳を澄ませる仕草をしたり、歌う声に合わせて弾んでみせたり、今日の天気やバスの時間といった簡単な質問に答えてくれる小さな友達をHikariと名付けて、私は可愛がった。
一人っ子の私にとって、たぶんHikariはきょうだいのような存在だったのだ。
実際、家庭向けのペット・ロボットがヒット商品となり、高齢者宅や生き物を飼えない家庭で受け入れられるようになっていた。
考えてみれば、奇妙な話かもしれない。相手は人間でないどころか、生き物でさえない。組み込まれたプログラムに従って動作しているだけの、ただの機械だ。そこにロボットなりの感情の発露を見てしまうのは錯覚に過ぎないのだとしても、私達はそこに慰めや癒しを覚える。
ペットをコンパニオン・アニマルと呼ぶのなら、日常生活の中で人の心に寄り添ってくれるAIだって同じでしょう。
私はいつしか、人間と本当の友達になれるAIを作りたいと夢見るようになった。
昔からよくSF映画等で描かれてきた、人間のように思考し、行動し、私たちと同じ言葉でコミュニケーションできる人工の心――近いうちにコンピューターは人間の知能を超えると言われた時代に、私は育った。
現実にはそう簡単な話ではないと思い知らされることになったとしても、少なくともそんなわくわくする未来に魅了されて、この道に入った研究者は多いのではないだろうか。私もその一人だった。
結論を先に言えば、私は、自分の手で人工の心を作ることはできなかった。私には、技術的特異点を生み出すような才能はない。研究者の道に入って早い時期に、そう気づいてしまった。
なぜなら、私は常に、天才のきらめきを放つ人を傍で見ていたからだ。私の夫、画期的な量子コンピューターのアルゴリズムの開発で世界的に注目を集めた、汎用型人工頭脳の研究者、久藤朔也は三十二歳の若さで死んだ。あの美しい頭部の内側に収められた、僅か1500cc程度の容積の中で生まれた一瞬の閃きが、いつか世界を変えることもきっと可能だったはずだ。
もしも、彼が今も生きていたら、世界の様相は今見るものとは違っていたかもしれない。そんな想像をする時に、ほろ苦くも切ない感情に胸を満たされるのは、かつて愛した人だからだ。
朔也もまた――特にその最後の日々、人工の心を作るという夢に取り付かれているようだった。もっとも、それは、私が夢見たようなものとは少し違っていた。
「心は脳の中のプログラムのようなものだとしたら――理論的にはコンピューターに脳をコピーすることで死後の生命の一形態を実現できるんじゃないかな?」
ひょっとしたら、あれは、命の期限がすぐそこにまで迫っていると悟った人間の頭の中に生じた、天啓めいた閃きだったのだろうか。
凡人の私には、彼があの時私に伝えようとしたメッセージを正しく読み解けたか、いつまで経っても自信が持てない。
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